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『求むる術は何処にありや 』
満月・美華8686

 その屋敷には魔女が住んでいる。

 陽が届かず薄暗い屋内に一歩踏み入れば、何者かの意思にも似た、何処か鬱屈した空気が澱んでいるように感じるかもしれない。人の気配は、薄い。けれど同時に、確実に誰かは居るのだろうとも思えるくらい、掃除が行き届いている。床や調度品に埃の一つすらも、壁や天井の隅に蜘蛛の巣の一つすらも無い。これだけ広い屋敷でありながら、完璧、と言えるその状態。

 …足りないのは、人の姿――住人の姿。
 即ち、『魔女』の姿――になるか。

 それは比喩でも何でもなく、単なる事実。…この屋敷には魔女が住んでいる。死を恐怖する豊穣の魔女が。その魔女である主がこの屋敷には居る――筈である。

 だが、居ない。
 まだ昼間だと言うのに屋敷の中は静まり返り、辛うじて耳に届くのは時計の針の音くらい。

 チク、タク、チク、タク――規律正しいささやかな音響だけが、時を刻み続けている。

 屋内空間はまだ続く。…まだ、部屋の奥がある。時計の針の音から離れ、屋敷の探索を進める余地がある。もし「そう」したのであったなら――今度はもう一つ、別の音に気付く事になるだろう。

 それは、何者かの、息遣い。
 苦しげでありながら、何処か艶やかにも聴こえる呼吸音が、屋敷の奥から響いている。
 それが、人のものであるどうかは――すぐには、判別が付かない。
 ここは魔女の住処。もしかすると――魔女の飼う使い魔か何かが、蠢いている可能性すら、考えておいていい。

 音の源を辿れば、そこは――主の寝室と思しき部屋。
 中に入れば、巨大な山があった。ベッドの上、何故か布地に覆われた――山としか形容し難いものが。

 …否。

 その巨大な山こそが、この屋敷の主にして、呼吸音を発していた魔女――満月美華、である。
 布地に覆われたその下は丸々、彼女の体の肉。聴こえた呼吸音の正体は、その豊満過ぎる体を動かす為に、気を吐いた事で音となったもの。
 例え僅かに動くだけでも一仕事になる程の巨体を、彼女は持っている。いにしえの地母神――と思わしき存在と契約した事で、その身に有り余る豊穣の加護を受けた。結果、いにしえの図や像に残る「太母」の如くその身は圧倒的に膨れ上がる。デフォルメでも何でもない、具体的な事実として。背丈も胸も腹もはちきれんばかりに膨らみ、普段使いの服を探すのすら困難な程に。そしてこれも契約の弊害か、美華は非常に大食いでもあり――現在進行形で体は肥大化し続けている。最早身長は百九十センチメートルに、体重は軽く三桁に達した。
 即ち、自然の理として――出不精にもなる。…とは言え、使役するゴーレムに命じて家の管理は可能な為、家事雑事と言った、自分が動くのが必須では無い細々した事柄に於いては、取り敢えずの不自由は無い。

 それでも、勿論、自分が全く動かない訳にも行かない。
 自分が自分でやらなければ立ち行かない事は、幾らでもある。

 例えば、これもそう――今、横になっていた身を起こそうと試みているが、それだけの事すらままならない。くぅ…と再び息を吐き、力を籠め踏ん張る。体を起こすに当たり、体重の掛けどころにも注意が必要である。自重のせいで骨を折ってしまう事だって、ありかねない。細心の注意と、精一杯の運動力で何とか起き上がり、恐る恐るベッドから下りる。

 その状態から歩くだけの事にもまた細心の注意と精一杯の運動力が必要になる。全身を重々しく揺らしながらゆっくり屋敷の中を歩いていく。もし何かの拍子に転んでしまいでもしたら、またそこから復帰するのに大仕事になってしまう――それどころか、転び方によっては命にも関わりかねないとすら思う。だから、ゆっくり、丁寧に、慎重に動く。
 死を恐れたからこそ豊穣の地母神と契約したのに――そして契約したからこそ有り余る命が己が身を巨体に作り変えたとわかっているのに、それでもまだまだ不安が募って仕方無い。
 こんな体になっても、死への恐怖は変わらない。

 死にたくない。
 どうしたらいい。

 何をしている時でも、何を考えている時でも頭の何処かにその思いが確実にこびりついている。それが自分の行動全ての指針になっている。その為にやれる事は無いかといつの間にか考えている。どんな魔術を使えばいいかと己の持つ知識を探っている。…家を守らせているゴーレムもある意味では不死。けれど同時に、手順を踏めば一瞬で死するようにも造っている以上本当の不死とは到底言えない。同じように、豊穣の契約――の恩恵を受けたこの体にも、そういった何かしらの欠点があるのではとつい考えてしまう。事実、この巨体であるからこその恐怖を覚えた事も何度もある。考え過ぎだと鼻で笑われてしまうかもしれないが、実感としてどうしても、そう思えてしまうのだ。

 …だから。

 そう、美華は新たな不老不死を求めている。息を切らせながら屋敷の中をのしのしと歩き続け、辿り着いたのは書庫にしている部屋。これこそが自分でやらなければ立ち行かない事の一つ――魔女足る事、求める術を探す事それ自体。
 書庫の中に入ると、この場での作業の為に用意してある椅子に座る。元々はゆったり座れる大きい椅子だったのだが、今の美華にとってはどうしても小さい。座る事自体に軽い恐怖を覚えるが、大丈夫な筈だと己に言い聞かせ、座る。みしみしと美華の重さに抗議し軋む音がしたが、愛用の椅子はそれでも何とか踏ん張ってくれた。

 ふーっ、と一息吐く。

 この部屋には、ゴーレムは入れていない。研究の途中の状況である以上、迂闊に片付けられたら困ってしまう――つまり、他の部屋と違って、散らかっている。椅子の周りや机上には書物が山と積み上がり、術式を書いたメモが幾つも散らばっていた。その一つ一つの内容は、頭に入っている。…どう組み立てても、足りない部分が、齟齬が起きる部分がある。どうしてもしっくり来ない。
 屋敷にある資料では限界が来た。…だからと言って、新たな資料探しもまた、自分でやらなければ立ち行かない事でもある。書名内容があらかじめわかっている資料ならば家に持って来るようお使いで頼むと言う事も出来るだろうが、未知の資料ではそうも行かない。自分で探し、一つ一つ吟味する事が必要になって来る。

 つまり、外へ、行かなければならない。

 既にそう結論は出ている。だが、美華にとってそれはなるべく避けたい事でもある――巨体故に動く事すら億劫である事に加え、そもそも外に着て行けるようなまともな外出着が…あるかどうか。勿論、外出着自体はある。あるが――「こう」なる前のものが殆どなので、今のこの肥大した体ではまずお腹が入らない。
 ならば新たに買いに行くにしても、Lを幾つ重ねたサイズならばこのお腹が入るのか。今着ている服は間に合わせで何とか調達した、特大どころか極大サイズの男物ゆったりスウェットに該当する。…それでほぼぴっちり――何とか入る程度なのだから…外出に適したようなまともな服でこのサイズは、そもそも探して存在するものなのかどうかがまず謎である。

 それでも、今度ばかりは外へ行かなければならないとわかっている。
 渋々ながらも、決心も付いた。…その為にこの書庫に来て、己の背を押す為にこれまでの状況を再確認した訳なのだから。

 外へ、出る。

 求める術を探す為――美華にとっての進むべき道は、最早、そこにしかない。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8686/満月・美華(まんげつ・みか)/女/28歳/魔女(フリーライター)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 満月美華様には初めまして。
 今回は発注有難う御座いました。

 そして初めましてから大変お待たせしてしまっております。
 当方毎度のように作成が遅くなりがちな輩で申し訳無い限りなのですが、どうか御容赦頂けると有難いです。

 また、実は今回諸事情ありまして、このライター通信部分や本題のノベルの方で普段やらないようなポカをやっていないかどうかが非常に心配な状況だったりしています。そろそろ復帰出来てはいると思うのですが…自分では確りやっているつもりでも何かしらすぽーんと抜けている可能性がまだまだありそうな状況と言うか。
 取り敢えず、まともにこちらの意図通りにお届け出来ていればいいのですけれど。

 ちなみに、タイトルの読みは「もとむるすべはいずこにありや」で。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルの方で。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年01月22日

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