▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『エメラルドとアメジスト』
フェイト・−8636)&明智・珠輝(8906)


「文明と呼ばれるものが発生する遥か以前から人類は、洞窟の岩肌に獣の姿や自然の有様を描いてきました。何故か? 描かずには、いられなかった。芸術に理由を付けるとしたら、今も昔もそれ以外には有り得ません」
 とある洋館で開かれている、無料の絵画教室。
 集まっているのは十数名。男ばかりで、フェイトと同じ20代の青年が大部分である。最年長者でも30歳は越えていないだろう。十代の少年もいる。
 全員と目を合わせながら、その男は語り続けた。
「貴方たちもそう! アルタミラやラスコーに壁画を遺した石器時代の人々と、同じ心が今! 皆さんの胸の内で静かに燃え、解き放たれる日を待っているのです」
 良い声だ、とフェイトは思った。煽動者の声だ、とも。
「遠い昔、人類の祖先は猿たちと袂を分かち、地球上で最も弱い種族として生きる道を選びました。彼らにとっては自然界のあらゆるものが、天敵であり、庇護者であり、恐怖と憎悪、畏敬と憧憬、様々な感情の対象であった事でしょう。そう、壁画として描かずにはいられないほどに」
 左目が、キラキラと輝いている。アメジストを思わせる、紫色の瞳。右目は、黒髪で隠されていた。
 顔立ちは秀麗で、均整の取れた長身にスーツがよく似合っている。
 年齢は、フェイトよりもいくらか上。20代後半といったところであろう。外見通りの年齢であるならば、だが。
「石器時代から変わる事なく皆さんに受け継がれてきた、芸術の根源……さあ、解き放とうではありませんか」
 絵画教室に集まった若者たちが、男の言葉に聞き入っている。
 明智珠輝。男は、そう名乗った。この絵画教室の講師、なのであろうか。
 集まった若者たちは、まず最初に、この洋館のオーナーから挨拶を受けた。
 みすぼらしい、くたびれた感じの中年男性だった。
 ようこそ、皆さん。彼は、それだけを言った。まるで誰かに言わされているかのような挨拶であった。
 その後、集まった若者たちが、一言ずつ自己紹介をする流れになった。
 だが、フェイトの番はどうやら来ない。
 この明智という男が、一言では終わらぬ自己紹介を始めてしまったからだ。もはや自己紹介ではなく、演説である。
 その演説に、全員が聞き入っている。
 やがて演説だけでは済まなくなり、フェイトはつい声を発していた。
「おいちょっと待て! あんた一体、何を解き放とうとしている」
「貴方たちの内に眠る、芸術の根源を」
 秀麗な顔を赤らめながら、明智は服を脱ぎ始めていた。
「私を描いて……目覚めて、いただきたいです……どうか、解き放って下さい……」


「主人が、いなくなってしまったんです」
 一般の人々が、こんなふうに依頼を持ち込んで来る事もある。
 IO2日本支部の応接ラウンジに、その母子は通されていた。20代の若い母親と、未就学児の女の子。
 人手不足である。現場のエージェントであるフェイトが、対応をしなければならなかった。
「あの人が……家出や失踪なんて、するはずありません」
 幼い娘の頭を撫でながら、母親は俯き加減に言った。
 撫でられた女の子が、顔を上げてフェイトを見つめる。
「……パパ、どこいっちゃったの?」
「見つけるよ。俺が、必ず」
 生きた状態で、と軽々しく約束出来る事ではなかった。
「ご主人は……お仕事先から、帰って来なかった? だとしたら、まずは何のお仕事をされているのか」
「……主人は、仕事をしていません。何と言うか、画家の卵でして。売れるわけでもない絵ばかり描いて」
「パパね、おえかき、とってもじょうずなの!」
 母親は恥ずかしそうに、娘は誇らしげにしている。
「うちは私が働いていまして。主人は……いつか俺の絵で、お前らにセレブの生活をさせてやる、なんて言って……」
「絵で……ね」
 フェイトは腕組みをした。
 1つ、嫌な話がある。
 若い男が何人も、行方不明になっているのだ。
 1人の探偵が、その事件を調べていた。
 フェイトの上司で、探偵というのは呼称だ。本名・正体を皆、知らないふりをしている。
 とにかく彼が、1枚のビラを入手してきた。
『絵画教室へのお誘い。プロの画家による適切な指導が、貴方の画力を優しく高めてくれるでしょう』


 その「適切な指導をしてくれるプロの画家」というのが明智珠輝であるのどうかは、わからない。
 とにかくフェイトは今、イーゼルに固定されたスケッチブックを睨み、鉛筆を握っていた。
 絵画教室である。絵を描いていなければ怪しまれる。絵心など欠片ほどもないにしてもだ。
 他の若者たちは皆、真面目に絵を描いていた。
 彼らの熱っぽい観察眼を全身に受けながら明智珠輝は、まるでミケランジェロのダビデ像のような姿を晒している。
 美しい胸板に、スッキリと綺麗な腹筋に、引き締まりつつ隆起した尻に、得体の知れぬ自信が漲っている。
(俺は……こんなもの、描かなきゃいけないのか……)
 心の中で、フェイトはぼやいた。
 あの探偵が調べ上げた。行方不明となっている若者たちは全員、この洋館でこれまで幾度か開かれた絵画教室の参加者であるらしい。皆、あのビラを街頭で受け取り、その瞬間にまるで魂が抜けたようになってしまったという。
 代わりに紛い物の魂でも注入されたかの如く一心不乱に、若者たちは明智を描いている。
 この中にも、いるのであろうか。家族に迷惑をかけながら、芸術家を夢見ている青年が。
(奥さんと娘さんに、心配させてまで……打ち込むほどのものかよ……ッッ!)
 フェイトの手の中で、鉛筆が折れた。
 あの男も、そうだった。一発当てて、お前らにいい暮らしをさせてやる。そんな事を言いながら怪しげな事業に手を出しては失敗し、酒に溺れ、妻と息子に暴力を振るうようになった。
「うおおおおおおん!」
 明智が突然、泣き出した。
 若者たちは、無反応で鉛筆を動かし続ける。フェイト1人が顔を上げ、睨み、言葉を投げた。
「どうしたんだ突然……恥ずかしいなら、とっとと服を着なよ」
「辛い……本当に、辛い事があったのですね……」
 泣きじゃくりながら、明智が言う。溢れる涙の中で、紫色の瞳が発光している。
 フェイトの瞳も、緑色に燃え輝いていた。怒りの眼光だった。
「あんた……!」
「ごめんなさい。私、人の記憶を読み取る事が出来るのです。覗き見をするつもりはありませんでしたが、伝わって来てしまうのですよ……今は手元に絵筆もキャンバスもありませんが、私の心の中ではすでに描き上がってしまいました。貴方の……あまりにも、悲しい絵が」
「そうか。あんた、つまり……人間じゃあ、ないって事だな!」
 エメラルドグリーンの眼光が、物理的な力となって迸る。
 明智が吹っ飛び、錐揉み状に猛回転しながら床に激突した。大量の鼻血が、ぶちまけられた。
「おふ……ぅ……こ、この力は……」
「人間なら、これで死んでる」
 フェイトは歩み寄った。
「何だ? 悪魔か妖怪か、道を踏み外した能力者の類か。吸血鬼にも見えない事ないけど」
「よ、よく言われます」
「……俺の知り合いに、吸血鬼系の人がいる。その人と比べたら、品性がちょっとアレだな」
 言いつつフェイトは、明智の髪を掴んで引きずり立たせた。
「……さらった人たちを、どこに隠している?」
「な、何のお話でしょう……」
「若い男が何人も行方不明になっている。人間じゃない奴の仕業だろうってのが、俺の上司の見立てでね」
「若い……男の人たちを、何人も……さらい集めて、ははははハーレムを!? 何という背徳的な、ああでもその禁じられた悦楽が私の心を掻き乱さずにはおかないのです」
 明智の腹に、フェイトは膝蹴りを叩き込んだ。
 大量の鼻血を噴射しながら、明智が身を折ってのたうち回り、痙攣する。
「あふ……ぅっ……だ、駄目です……私、男なのに……貴方の子供を、身籠ってしまいますうぅ……」
「おふざけは無しでいこうか。俺も、拷問みたいな事はしたくない」
「……そんな事、言わないでぇん。拷問ってね、愉しいわよ?」
 おぞましい声と共に、衝撃が全身に巻き付いて来た。
 太い縄が、まるで大蛇の如く、フェイトの身体を絡め取って締め上げる。
「ぐっ!? ……こ、これは……ッ!」
 フェイトの念動力が迸りかけ、だが巻き付く縄によって体内へと押し戻されてしまう。
 単なる縄ではない。恐らくは、黒魔法の産物。
 それを握っているのは、洋館のオーナーだった。
「ああん、いいわァ。若い子のカラダをねえ、こうやって縛って締めて骨とか内臓とかメキメキ言わせてあげる……この感触。悪魔やってて良かったと思う、至福のひと時よねぇー」
 みすぼらしい中年男の肉体が、醜悪に膨れ上がってゆく。
 巨大な肥満体が、翼を広げて角を生やしながら、そこに出現していた。
「アナタ、今までの子たちの中で……一番イイ反応よぉ。おいしーぃ精気が抽出できそう」
「今までの……だと……」
 フェイトは血を吐いた。
「お前…………ッッ!」
「まーかせてぇん。男の子のカラダから精気を搾り出すテクニック! いろんな子で、いろんな事して、アタシ何百年もウデをみがいてきたのよん」
「……その割には、お粗末ですね」
 明智の言葉と同時にフェイトは突然、解放され、血を吐きながら床に倒れた。
 黒魔法の縄がほどけ、明智の片手に握られている。
 肥満体の悪魔が、後退りをした。
「な……何よ、アンタ……」
「貴方からビラを受け取った者の1人ですよ。人間を特定の場所へと導く、黒魔法のビラ……私にも、その緑眼の彼にも効かなかったようですね」
 明智が微笑み、軽く縄を動かした。フェイトには、そう見えた。
「大勢の少年たち若者たちに、私を描いてもらえるチャンス! 逃してはなるまじと思いましてね……ふふっ」
 それだけで、黒魔法の縄が、悪魔の巨体を縛り上げていた。
 巨大な肥満体が、締め上げられて破裂する。破裂した各所から、おぞましいものたちが溢れ出して悲鳴を上げる。
「あ……あああ……俺、就職なんてしたくない……ずっと絵を描いていたいよおぉ……」
「待ってろよ……俺の絵で、お前らにセレブな生活をぉ……」
「母さん待ってて……僕の絵で、もっと楽な暮らしを……」
 フェイトは、よろりと起き上がった。そして呻いた。
「……何だ……それは……」
「あっあの子たちのねェ、カラダはたぁっぷり可愛がってあげたわ。ぐっちょんぐっちょんの肉塊に変わるまでねぇ」
 締められ、破裂しながら、悪魔が苦しげに笑う。
「魂はねぇウッフフフフこんなふうに、アタシの中でみんな愉しそーにィ」
 フェイトは吼えた。緑色の瞳が、激しく燃え上がった。
 エメラルドグリーンの眼光が、潰れかけた悪魔の巨体を完全に粉砕していた。
 悲鳴を上げていたものたちが、キラキラと消滅してゆく。
 若者たちは全員イーゼルごと倒れ、気を失っていた。
 彼らだけでも助けることができた。誰も守れなかった、などと思うのは自惚れだろう。
 フェイトは、そう思う事にした。
「芸術が、許せない……そう思っていますか?」
 明智が問いかけてくる。
「夢を見せて、人を狂わせる。破滅させる……それが芸術であると、まあ否定はいたしませんが」
「……明智さん、だったな。ごめんよ、あんたを疑って悪かった」
 フェイトは行った。
「それはそれとして、服を着なよ」
「それは出来ません。だって私まだ、貴方に描いてもらっていませんから……」
 顔を赤らめる明智を、殴って蹴って憂さを晴らす。
 その欲望を、フェイトは懸命に抑えなければならなかった。


ORDERMADECOM EVENT DATA

登場人物一覧
【8636/フェイト/男/22歳/IO2エージェント】
【8906/明智・珠輝/男/801歳/自称アーティスト】
東京怪談ノベル(パーティ) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年01月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.