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『美味しい湯気のふたりごと 』
グラディートka6433

 冬の風物詩といえば、なんと言っても炬燵だと思う。
 キン、と冷たく張り詰めた空気の中、そこだけほっこりと暖かな炬燵の布団の中に足を入れ、何なら両腕はおろか肩のあたりまで突っ込んで、ぬっくぬくに暖まる至福。一度そこに入ってしまったら容易なことでは抜け出せなくて、ふと気付けばそのまま寝入ってしまっていたりして、目覚めたときに感じる一抹の罪悪感――だがそれが良い。
 そんな背徳的な冬支度を、するには季節がちょっとまだ早い。けれども『あ〜炬燵入りたいな〜』と思ってしまったのであれば、それが冬支度の始め時。
 ゆえにグラディート(ka6433)とヘルヴェル(ka4784)は今、ひと足早い冬支度を恙なく終えて、至高にして至福たる炬燵の恩恵を存分に味わっていた。ぬくぬく、ほこほこ。あぁ、幸せ。
 そんな風に炬燵で姉弟で向かい合い、存分にぬくぬくごろごろと温まっていたのだが、ふと違和感が在ることに気が付いたのは姉と弟、果たしてどちらが先だったのか。違和感、というよりは物足りなさというか。

「こう、せっかくの炬燵なんだからさ」
「そうですね……このままでは画竜点睛を欠くというか」

 顔を見合わせうんうんと頷き合う、2人の視線が向けられているのはまだ何も乗せられていない炬燵の卓上だった。もちろん炬燵は炬燵であるというだけですでに完成された至高の存在ではあるのだが、冬の風物詩として考えるとやはり、卓上に何も乗っていないのは寂しいというか、物足りないというか。
 となれば、今日のご飯はその『物足りなさ』を補完するメニューが良かろうという話になったのは、だから当たり前のことだと言える。となればこちらも冬の風物詩、鍋をおいて他にふさわしい料理はあるまい――否、もちろん個々人の主義主張はあるだろうけれども。
 何はともあれそんな理由で、今宵のご飯となった鍋は速やかに用意され、炬燵のど真ん中に設置された。そうして改めて炬燵に入れば、足元はがっちりあったか温度がキープされ、目の前ではあったかお鍋がくつくつ煮え――完璧。完璧だ。
 これぞ冬の醍醐味、と鍋から煮えた白菜を取るグラディートに、ヘルヴェルが自身の取り皿を空にしながら尋ねる。

「つみれもう煮えてます?」
「大丈夫じゃないかな〜。取る?」
「お願いします」

 鍋の中でくつくつ揺れるつみれを突いてそういうと、姉はこっくり頷いて空になった取り皿を差し出した。はい、とご所望のつみれと周りの野菜、それから柔らかく煮えた豆腐をよそってあげると、ありがとうございます、と目元が綻ぶ。
 鍋から立ち上る湯気も部屋を暖めるから、炬燵に入っているとほんの少し暑さすら感じるのだが、それがまた心地よい。そんな中ではふはふと鍋を食べ、ほぅ、と口の中の熱気を逃がすように息を吐くのがまた、良い感じ。
 そんな風に、半ばは無心に鍋をほくほく食べる姉弟の話題に上るのは、最近あったとりとめもない出来事が多かった。聞く方も話す方も、いい意味であまり考えずに話し、相づちを打っていたりする。
 依頼先での話やたまの休みに出かけた先での話、果てはご近所の猫の話まで。他愛もない話題を滔々と重ねていたグラディートに、そういえば、と姉が不意にそれまでとは違う声色で、言った。

「また、誰かれ構わず結婚して〜、って言ってませんよね?」

 その口調はもちろんのこと、ヘルヴェルが弟に向ける眼差しも顔付きも真剣そのもの。なんだったらこれからヴォイドの群れに切り込もうかというくらい――とまでは行かないかもしれないが、ちょっと見にはそう映るくらい、ヘルヴェルのあらゆる態度から真剣みが溢れている。
 だが、もちろんそれに臆するようなグラディートではない。というかこういう姉の姿も今更というか、とっくに慣れっこなのだから、臆する必要も意味もない。
 そんなわけでいつも通り、あくまで気楽な口調でグラディートは、大丈夫だよ〜、と笑った。

「大丈夫、知り合いにしか言ってないよ〜」
「知り合いって、何人いると思ってるんです。そのうちの何人に言ったんです? あ、お替りお願いします」
「ん〜……?」

 誤魔化されませんよ、と言わんばかりにヘルヴェルは、あくまで追及の手を、もとい口調を緩めない。ついでに鍋を味わう速度も緩めはしない。
 そんな姉が当然のように渡してきた器を受け取って、よく煮えた白菜をたっぷりよそいながら――余談だが、今日の鍋はある材料を適当に放り込んだ味噌鍋だ――グラディートは、こっくりと小首を傾げる。何人。何人、と聞かれても。
 はい、とヘルヴェルに器を渡し、ひぃ、ふぅ、と指を折る。あの人と――あの人と――ああ、あの人も――あれ、あの人はどうだったっけ?
 そんな風に指を折ったり伸ばしたりをひとしきり繰り返してから、ん〜、ともう一度、今度は反対側に小首を傾げた。

「片手よりちょっと?」
「それは少ないと言いません!!!」

 そうして言った、てへ、という効果音でも付きそうな弟の口調に、ばんッ! と思わず炬燵を叩いてしまったヘルヴェルである。すかさず「危ないよ〜」とグラディートが肩を竦めたが、どっちがだ、と言い返したい。
 何しろこの弟ときたら子どもの頃から、『人たらし』としか言いようがないくらい老若男女、見事にたらし込――もとい、可愛がられる術に異様なまでに長けている。というか正確には、老若男女問わずグラディート自身の好意の対象が広いのだ。
 好意、というか。簡単に言えば優しい人やかっこいい人が大好きという、そこだけ切り取ればとても微笑ましい感情を、ごくごく素直ににこやかな笑顔と誉め言葉、とどめに『好き』という言葉で表現できる、稀有な才能というか。
 グラディートのこの顔でそんな言葉を、しかも全力の好意がありありとわかる笑顔と態度で告げられたなら、そりゃあ落ちない方が間違っている。そんな恐ろしい子供がこの歳まで『まっすぐ』成長してしまい、『好き』の言葉がさらにパワーアップしてしまったのだから、ヘルヴェルの心労も一通りではないというもの。
 まったく誰に似たんでしょう、と白菜をモリモリ食べながらため息を吐く。うん、味がよく染みていてなかなか美味しい。
 ちろ、とグラディートの顔を見やったら、きょとん、とした風情の表情で小首を傾げてみせた。もっとも、本当にわかっていないのかは大いに怪しい所だ。
 まったく誰に似たんでしょうね、と思わずため息と共にこっそり吐いた呟きは、実のところそこまで小声でもなかったので、しっかりグラディートの耳にも届いていた。う〜ん? ともう1度、今度は反対側にこっくり首を傾げる。

「母さんじゃないと思うけど……いや、母さんかな……?」
「ああ……うーん……どうでしょうね……」

 考え込んでしまった弟の言葉に、ヘルヴェルもまた複雑な表情を浮かべて、もはや会うことは叶わぬ母の面影を思い浮かべた。彼女とよく似た赤髪を靡かせた――否、彼女の方が母に似ているのだけれども――もはや見えることは二度とないかの人。
 何と言うべきか、色んな意味で型破りな凄い人だったから、グラディート以上にエピソードの枚挙には暇がない。そんな母に似ていると言えば、確かに似ているのかもしれないとつい思ってしまうくらい。

「寒いからってもうひとりの母さんベッドに引っ張っていったり……」
「あー……あたしもディも引っ張り込まれましたよね、冬眠するぞ〜って」
「妖しいこともしてたけどね〜、僕らがいないと」

 うんうん、と大真面目な顔で頷き合う姉弟である。それ以前に育った環境そのものにも大いに突っ込みどころがあるのだけれど、それは言わぬが花だろう――もう1人の母さんって何だよ。
 型破りで、豪放磊落。豪胆にして繊細。気丈でいて脆く、けれどもそれを決して悟らせようとはしないしなやかな強さのあった母。
 そんな思い出を重ねてよく語っていたから、もしかしたら多少は美化されていたり、誇張されている部分もあるかもしれないけれど。姉弟にとって、母とはそんな女性なのである。
 もしここに母その人が居たら、心外だと大いに唇を尖らせたか。それとも面白そうににやりと笑って、姉弟も知らない武勇伝を語って聞かせてくれたのか。

「だったら聞きたい気もするけれどね〜」
「聞かない方が良さそうな気もしますよね……と。そろそろお腹も膨れましたし、そろそろシメに移りましょうか?」
「あ、いいね」

 そんなことを他愛もなく語っているうちに、気付けば鍋の中身は殆んどなくなっていた。結構な量を用意していたのだけれど、話に花が咲くと同時に箸もどんどん進んでしまったらしい。
 これもまた、炬燵の魔力のなせる業か。これから始まる長い冬の間にきっと、幾度でもこうして炬燵の中で語り合うのだろうと、姉弟は楽しく予感していたのだった。


 ――この直後、鍋のシメを雑炊にするかうどんを入れるかで盛大な姉弟喧嘩が勃発し、うどん、のち雑炊という妥協案で決着を見たことは、また別のお話である。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 / 職 業 】
 ka4784  / ヘルヴェル  / 女  / 20  / 闘狩人
 ka6433  / グラディート / 男  / 15  / 格闘士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

ご姉弟でのんびり過ごす物語、如何でしたでしょうか。
気付けばすっかりお鍋の美味しい季節になってしまいましたが、蓮華は比較的夏でもお鍋は大好きです(聞いてない
お姉様も弟様も、どちらも素敵なキャラクターで、とっても楽しく書かせて頂きました
もしイメージと違うなどあられましたら、いつでもお気軽にリテイクをお申し付けくださいませ(土下座

ご姉弟のイメージ通りの、のんびりとした時間を噛み締めるノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年01月23日

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