▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『不器用な彼の贈り物 』
氷雨 柊ka6302)&クラン・クィールスka6605


 ――あそこはもっと踏み込んでも良かった、か。いや、あれ以上は分断される恐れが……

「……さん、クィールスさん」

 考えに没頭していたクラン・クィールス(ka6605)は、名を呼ぶ声で我に返った。振り向けば、氷雨 柊(ka6302)が早足になってついてきている。

(夢中になりすぎたか)

 密かに自省し、歩調を緩めた。今しがた終えた歪虚討伐依頼を反芻する事に夢中になりすぎていたのだ。柊は心なしかほっと頬を緩め、並んで歩く。

 『あの時』とは違い、柊は不用意に身を寄せる事はしない。
 かと言ってクランも、年頃の柊にあらぬ噂が立っては……と、突き放す事もしない。
 柊の歩幅に合わせて歩くのも少しずつ慣れてきた――考え事をしなければ。
 柊も、クランとの適切な距離感を掴んできたようだ。

 ふたりは、晴れて恋人同士になっていた。

「……持とうか?」

 柊が抱えている長柄物を見、クランが手を差し出す。もう手が触れ合うのを恐れ、引っ込める事もない。
 けれど柊は頭を振る。銀糸の髪が、さらりとクランの肩を撫でた。

「大丈夫ですよぅ、でもありがとうございますー」

 嬉しそうに細まる紫水晶の瞳に、暮れゆく夕日の橙が映り込み、何とも綺麗で。クランは束の間見惚れたが、気づかれぬ内にそっと視線を外した。

「今日のクィールスさん、格好良かったですよぅ。あ。今日も、ですねー」
「柊は、頑張って前へ出ていたな……」
「ちょっと意識して前へ出るようにしてたんですよぅ」

 何気ない会話ひとつひとつ、柊はとても嬉しそうで。
 身長差もあって、クランと話す時は常に見上げる形になる。
 上目遣いににこにこと話す様子は可愛らしく、クランの頬も微かに綻んだ。

 すると柊、ぱたりと足を止めた。
 振り向くと、傍らにある店を眺めている。新しく出来た店らしく、壁もひさしも何もかもが真新しい。柊と同じ年頃の女性がふたり、買い込んだ荷物を抱え扉から出てくる所だった。

「……雑貨屋か。入るか?」

 綻ばせた頬そのままに告げると、自分の足が止まっていた事に気付いていなかったらしい柊は、「はにゃっ!?」と声をあげ飛び上がる。

「え、ええとでも、お疲れでしょうー? 帰りが遅くなりますよぅ?」
「依頼は終わったんだ、少しなら寄り道してもいいだろう」
「はにゃ……『あの時』と同じですねぇ。私、いつもクィールスさんに甘やかして貰っているような気がぁ……」

 柊が躊躇っている間に、クランは扉を開けた。そして開けたまま柊を振り返り、

「……もう日暮れだ。急がないと、店が閉まってしまうかもしれないぞ」
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけー……」

 そうして柊がおずおずと扉を潜るのを待って、クランも店中へ入った。




 店内には世の女性が好みそうな物――華やかな色味の日用品や愛くるしいぬいぐるみ、アクセサリーの類など、所狭しと並んでいた。

「色々なものが売ってるんだな……」

 こういう場に慣れないクランは、見ているだけで目眩がしそうになる。けれど柊は、目をきらきらさせて次々に棚を覗き込む。

「最近はこういう色が流行ってるんでしょうかー? ふふー、猫のモチーフのものを見ると、つい気になっちゃいますねぇ」
「そうか……」

 それでも柊がこれだけ喜んでいるのだからと、クラン、ぐっと目眩を堪える。
 棚から棚へぽてぽてと歩き回っていた柊だったが、しばらくすると不意に、

「あ、クィールスさん!」

 じぃっとクランを見上げた。

「……何だ?」

 クラン、ちょっと嫌な予感。
 尋ねると、にぱぁっと柊の顔が輝いた。

「あのですねー、何か私に似合うものを選んで貰えませんかぁ?」

 予感的中。

「……いや、なんで俺なんだ。自分で選べばいいだろう」

 何とか回避しようとするクランだが、柊は拗ねたようにぷぅっと頬を膨らせる。

「……だって、『あの時』……前の衣装試着の時。どれでもいいみたいな反応だったんですもん」
「ん……」

 それを言われると弱いクランである。
 あの時はまだ付き合う前だったろうとか、俺はそういうのに疎いからとか、様々な言い訳が脳裏を駆け巡るものの、この上目遣いのつぶらな瞳に敵う言葉などありはしない。

「はぁ……わかった。選んでくるから、適当に待っててくれ」
「はぁい♪」

 にっこり笑顔に戻った柊は、店の入口付近にいると言い残し、ぱたぱたと小走りに駆けていった。どんな物をクランが選んでくれるのか、買って見るまでのお楽しみという事らしい。

 ――さて、どうするか……

 取り残されたクラン、膨大な品々を前に途方に暮れた。
 独りでいると、若干他の女性客の視線が痛い。そんな気がする。
 手早く選んでしまおうと、果敢に棚の間へ進んでいった。


 まず目についたのは、柊自身が言っていた猫のモチーフの品だった。やはり猫は人気らしく、猫モチーフの商品を集めた特設スペースがあった。

「んん……」

 ――無難にマグカップか……いや、それじゃあ面白みがない、か? ……猫が表紙に書かれた日記帳? いや、日記をつけているなら既に持っているだろう……

 クラン、ぐるぐる。下手な戦闘依頼よりも余程難しい。
 一口に猫と言っても色も模様も様々だ。猫モチーフを諦め、別の棚に進んだ。

 ――キッチン用品? 止そう、ちょっと意味深な気がする……。これは、魔導スマートフォン用の自撮り棒? こんなのハンターしか使わないじゃないか……

 だが見れば見るほど沼に沈み込んでいく。あまりにも品揃えが豊富すぎ、すっかり溺れかけていた。だが溺れてしまうわけにはいかない。お願いを承知した時の、柊のあの嬉しそうな顔と言ったら。

 ――ここは一度初心に帰ろう。……女性への贈り物と言えば……アクセサリー、か?

 藁にも縋る思いで、装飾品が並んだコーナーへ足を踏み入れた。
 だがしかし、そこもクランにとっての安息の地ではなく。耳飾り、ネックレス、ブローチにアンクレット――挙げればきりがないほどの綺羅びやかな品々が。

「…………」

 ――落ち着け。柊に似合いそうなのは何かを考えよう……

 クランは、今ここにいない彼女の姿を思い浮かべる。
 指輪は最初に却下した。意味深にも程がある。大事な着物に穴をあけてしまうブローチやコサージュも却下だ。
 大量の商品を前にした時はあんなに苦労したのに、柊の事を中心に考えだした途端、すとんすとんと纏まってくる。
 と、そこでクラン、ある物に目を留めた。

「……バレッタ、か……」

 柊のつける髪飾りと言えば、着物に合わせた簪だ。けれどデザインやモチーフによっては、和装でも充分に使えそうだし、何より柊自身で買う事がなさそうな気がした。
 物はバレッタ。そこまでは決まった。あとはどれが彼女に似合うか、記憶に焼き付けた柊の姿をより詳細に思い出す。

 さらさらと流れる美しい銀の髪。
 くすみのない白い肌。
 ゆるりと語尾を伸ばして喋る癖。
 自然と口角が上がった唇。
 ほっそりとした指に、自然に色づた桜色の爪。
 クランよりも40センチ以上も小さく、けれどしっかり柔らかな身体。

 この前見た桜花を散らした柄の着物も良く似合っていた。依頼に赴く際に着る、荒々しい筆致で描かれた柄の着物も、柊が纏うと洗練されたデザインであるかのように映える。稀に見せてくれるスカート姿も、それはそれで可憐で、愛らしくて……

 そこまで考えた時、クランは再び思考のループにハマっている事に気付いた。
 似合うのだ。
 色白でクセのない銀髪の柊は、何を着ても、何を身に着けても似合ってしまうのだ――!

 ここでそこらの男子であれば、ヤバイ俺の彼女可愛すぎかとデレる所だろうが、クランはあくまで大真面目。
 元々過去の体験から、人と触れ合う事を拒んでいたクランだ。そんなクランに、共に歩むと決めさせた柊である。惚れ込んでいない訳がなかった――例えそれを表に出す事が稀であっても。

 再びドツボにハマってしまったクランだったが、ふとひとつのバレッタに視線が吸い寄せられた。

 それは、水晶細工の花飾りがついた、清楚な雰囲気の一品だった。
 紫水晶が持つ天然のグラデーションを活かし、淡い紫から透明感のある青までが、ひとつの花の中に詰まっている。

 ――……柊の瞳の色に似ているな。花も髪に映えるだろうし……

 そうと決めたら早かった。クランは手早く会計を済ませると、待っていた柊に声をかける。

「出るぞ」
「はにゃ? クィールスさん、どんな物を選んでくれたんでしょー……楽しみですねぇ♪」


 足取りからしてふわふわと楽しげな柊を連れ、クランは静かな通りへ入った。周りに人がいない所まで来ると、

「ほら、選んだぞ。お前が気にいるかはわからないが……」

 買った包みを差し出した。柊は、それはそれは嬉しそうに、大事に両手で受け取って、包みを開いた。

「――……にゃ、紫陽花の髪飾りですー?」
「紫陽花?」

 柊の言葉に、クランは思わずぎょっとした。花飾りが紫陽花だと気付いていなかったのだ。気付いていたならこれを選ぶ事はなかっただろう。紫陽花の花言葉と言えば、浮気心に移り気、無情――土の性質で色を変える紫陽花の性質からだろうが、恋人に贈るには躊躇するような花言葉を持っているのだ。

 ――やってしまった……

 胸の内で盛大にヘコむクラン。けれど、元々表情があまり動かないその顔は、今も殆ど動かない。けれど恋人である柊は、僅かな変化に気付いたのだろうか。バレッタを大事そうに手のひらに乗せると、

「クィールスさんの瞳の色ですねぇ」

 クランを透かして見るように顔の前へ翳した。確かにクランの瞳の色も紫紺なのだが、柊に言われるまでこれも気付いていなかった。驚いて一瞬目を瞠り、隠すようにまぶたを閉ざす。

「……、お前の瞳にも似ているよ」
「私にも似てますー? ふふ、どちらにも似てるって素敵ですー」
「まあ、気に入ったのなら何よりだ……」

 柊はクランが自分の為に選んでくれたバレッタに頬を寄せ、更に告げる。

「そうそうー、花に花言葉があるように、石にも石言葉があるんですよぅ。紫水晶の石言葉、知ってますー?」
「いや」

 首を捻るクランに、柊はうっとりと紫水晶の瞳を細める。

「ふふ、じゃあ秘密にしておきましょうー」
「何だ、」
「クィールスさんが調べて、知ってしまうまで、私だけの秘密ですよぅ♪」
「おい」

 追求を逃れた柊は、最上級の笑顔でクランにお礼を告げたのだった。
 釈然としないクランだったが、のちにこっそり石言葉を調べ、今とは別の意味で頭を抱える事になる――だが今はそうとは知らず、柊のあとを追いかけるしかなかった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka6302 / 氷雨 柊 / 女性 / 20歳 / 猫使い】
【ka6605 / クラン・クィールス / 男性 / 18歳 / 背中で語る男】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
自分に似合う物を選んでほしい柊さんと、彼女の為にと奮闘するクランさんの物語り、お届けします。
お届けまでに大変お時間を頂いてしまい、申し訳ありませんでした。
紫水晶、アメジストの石言葉は『真実の愛』です。
紫陽花の花言葉を打ち消すようにアドリブで入れてしまいました。楽しんで頂けると良いのですが。
近年、紫陽花の花言葉として『家族愛』が定着しつつあるようですね。『家族愛』。意味深!
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!



■イベントシチュエーションノベル■ -
鮎川 渓 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年01月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.