▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『 I make nothing of it 』
工藤・勇太1122



 彼は自分が迷っていたことに気付いていたのだと勇太は思う――。

 普通に暮らしたいと強く願う一方で、自分の力が誰かの役に立つ事があるという現実に、やり甲斐みたいなものを、たぶん少なからず感じていたのだろう。
 だから。
「別にこの仕事、手伝う必要はないんだからな」
 と言いつつも、やめさせる事はしなかった。
 ただ、そう言って草間興信所の所長は自分の頭をくしゃっと撫でるだけだ。
 そういえば彼はことある毎に自分の頭を撫でてくる。最初は癖なのかと思ったけど、自分にしかしていない。高校生にもなって、身長だってそんなに変わらないのに、どうして子供扱いをするのだろうと思って聞いてみたら、彼は笑って『おまじないみたいなものだ』と答えた。
 他者の体温に一度も触れる事なく育った子どもの歪な末路を彼が知っていたからだと気付いたのは、それからずっと後の事で。
 この時はただ、彼の言ってる事がさっぱりわからなかった。
 紆余曲折を経て高校生になれた。紆余曲折についてはあまり思い出したくない。ただ、年相応に高校に通って普通に友達を作って笑い合える、そんな当たり前の事が出来るようになったのは間違いなく彼のおかげだったから、感謝もしているし彼の仕事を手伝うのは至極当たり前だと思っていた。


 ▼


 放課後、授業中に熟睡して罰掃除をさせられた自分を待ってられない友人に置いてかれた帰り道。友人を追うように目抜き通りの雑踏を走っていた足が、ふと止まった。路地裏に視線を馳せる。誰もいない。だが、ビルの谷間の暗がりが夕方にしても深く濃い闇色をしているのが気になって誘われるように足がそちらへ動いた。
 昨日の事件の事を思い出した。居眠りの原因だ。主因は片づいたが、まだ残党がいるらしい。大丈夫だからと言われて途中で帰されたのだが、気になって眠れなかった。
 “奴ら”は自分の匂いを覚えていたと後に推測された。仕返しなのだとしたら、この邂逅は必然だったのかもしれない。
 路地裏に殺気が満ちる。蒼く光る目がこちらを睨めつけていた。
 いつしか背後の雑踏は耳に入らなくなっていた。草間に連絡をと思いながら、そんな余裕はどこにもなかった。“奴ら”が動く。
 刹那。
 まるでスローモーションのように赤い血が目の前を舞っているのを自分は呆けたように見つめていた。何が起こっているのか理解出来なかった。
 鮮血をあげているのは、自分でもましてや“奴ら”でもない。
「なん…で…?」
 恐る恐る訊ねた。
「友達だろ…」
 まるで当たり前のように友人は答えた。
 友人が勇太の存在に気付いたのだろう、そして勇太が路地裏に入っていくのを見て追いかけてきたのだ。いや、そんな事は今はどうでもいい。何を冷静にどうでもいい状況を分析しているんだ。珍しく高速で回転する頭は必死に現実から目を背けているようだった。
 バカな事をと思う。特異な力を持つ自分が、邪悪な気を纏った明らかに人ではないもの達の攻撃を受けたところで大した事にはなるまい。にもかかわらず“奴ら”に抗する力を持たない友人は身を挺して自分を庇ったのだ。しかも。
「勇太…逃げ…ろ…」
 なんて言ってくる。
 友人の背からは鮮血が溢れ出し、その体は力なく自分の腕の中に倒れ込んできた。怒鳴りつけたい衝動を“奴ら”が待ってくれそうな気配はなくて、ぐっと飲み込むと友人の体を路上に横たえそれを背に庇うようにして立ち上がった。
「目を閉じてろ」
 背中越しにそう言った。
「勇太…もしかして…泣いてる?」
 茶化したような声が自分の背を叩いた。友人の精一杯の虚勢に違いない。
「んなわけねぇだろ。いいから閉じてろ!」
 勇太は声をはりあげた。見られたくなかった。自分の中にあるこのバケモノみたいな力は異様で異質で大切な人たちでも簡単に傷つけてしまうような力で、今も現に巻き込んでて、だからきっと…。
 そこからの記憶は殆どない。自分がどうやって“奴ら”を殲滅していったのか全く覚えていない。ただ、目の前の凄惨な有様を見れば、その暴走は明白だったのではないかと思う。
 誰かの手が自分を制するように翳されていて、我に返った。
 そこにIO2が誇るトップエージェントが立っていた。もう大丈夫なのだと彼が在るだけで知れた。彼はただ、こう言った。
「タイムリミットだ。彼を早く病院へ運んでやれ」
 そう言われてハッとした。首がぐぎぎぎぎと音を立てそうなほど軋んでそちらを振り返る事を拒んだ。怖かった。そこに横たわる友人の自分を見る目がどんな風に変わったのかを確認する事が。
 だが時は一刻を争う。
 やっとの思いで振り返ると、友人と目があった。思いの外、その視線は変わっていないような気もした。希望的観測なのかもしれないけど。
「目を閉じてろって…言っただろ…」
 絞り出したのは友人を思いやる言葉ではなく、自分を守る言葉だった。なのに。
「…勇太を…庇って正解だった…な」
 息も絶え絶えで、なのに友人は笑顔で自信満々にそう言った。
「なっ…」
 言葉に詰まる自分を余所に、そのまま友人は力なく目を閉じる。呼吸の仕方も忘れて駆け寄った。友人の手がひどく冷たい事に青ざめる。
 いつも自分の頭を撫でてくれる草間の手の暖かさを思い出した。いや、違う。たぶんこの時、初めて人の体温というものを、その存在を自覚したのだと思う。知識ではなく実感として。生きているという事は暖かいという事。その温もりを知っていたからこそ、今のこの切迫した状況が知れたのだ。
 息はある。鼓動も微弱だがまだある。急いで病院へ運べば。それだけを支えに友人を抱え上げて走った。
 ただ。
 友人の言葉の意味がさっぱりわからなかった。どう考えても庇い損のはずなのに理解出来なくて吐き捨てたんだ。
「何でだよ!」


 見舞いに行ってもいいのか迷っていると草間が珍しく…この日を境に頭を撫でてくる事はなくなり、ただ背中を押してくれた。それで自分は友人の見舞いに行く事が出来た。
 自分が友人を巻き込んだと思っていたのに友人は開口一番。
「ありがとう」
 と言った。
 何もしていないと思うのに。
「守ってくれたし、病院まで運んでくれたし、見舞いに来てくれただろ」
 なんて笑ってくれる。
 だから自分は意を決してあの時の言葉の意味を聞いた。
 すると友人は。
「ああ、だってあの時の勇太の顔ったらっ…!!」
 そのまま言葉を詰まらせ腹を両手でぐっと押さえたので、傷が痛み出したのかと慌てたのに、ただ必死で笑いを堪えてるだけで、いやむしろ全く堪え切れてないその姿に、なんだかムカついて「もういいよ!」なんて結局自分で話を終わらせてしまった。

 ―― 一体、俺はあの時どんな顔をしてたんだ?

 仕方なく自分は友人の事を彼に話してみた。彼は考える風に視線をさまよわせて。
「俺はその友人じゃないからわからないけど、彼が庇ったのは勇太の体じゃなく、心の方だったのかもしれないな」
 なんて言った。

 さっぱり意味がわからない。

 世の中、わからない事だらけで、わかった事といえば。
 “それ”に対抗する力を持たない者でさえ大切なものを守るために体を張って戦ってみせるのに“それ”に対抗できる力を持っている者が、何もしなかったらそれは怠慢かもしれないという事だ。


 そして。
 彼は自分の出す答えを知っていたのだと勇太は思う。





END






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【1122/工藤・勇太/男/17/超能力高校生】
【NPC/草間・武彦/男/30/草間興信所所長、探偵】
【NPC/友人/男/17/高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 いつもありがとうございます。
 楽しんでいただけていれば幸いです。

東京怪談ノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年01月25日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.