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『花は桜木 』
水落 葵aa1538


 愛情の形は人それぞれであると思うのだ。


 今回は枝垂桜にしよう、と水落 葵(aa1538)は考えた。八重紅枝垂桜。その名の通り花形が八重咲きで、花色は濃い紅色、枝がやわらかく枝垂れる桜。あの心に刺さるような鮮やかな紅色が、三番目の「恋人」にはぴったりだと考えた。枝が少なく、控え目に花を揺らせる様はいじらしい。枝が多く、零すように花を振り撒く姿は艶やかだ。若木の内でも長じてからも、きっと素敵な桜になるだろうから、八重紅枝垂桜に『して』やろう、と葵は考えた。

 特製の堆肥は手ずから作る。一から手作りするのは勿論大変な行為だが、美しい桜になるように、という努力を惜しむつもりはない。微塵も。柔らかい部分も、硬い部分も、脆い部分も、丈夫な部分も、赤も白も、肉々しい桜色も、等しく、細かく、満遍なく、愛情を持って、最期の時と同じように、綺麗な花になるようにと心を込めて混ぜていく。それは恋人と触れ合う時間そのものであり、恋人の奥深くまでを指に刻む行為でもある。丁寧に丁寧に、土の一つ一つになじませるように、焦らず、急がず、むしろこの時を惜しむように、愛しい人の柔肌に指を沈ませるように混ぜていく。

 植えるのはビルの駐車場だ。不動産業を営んでいる親から管理を任されたビルの、広めの駐車場の片側に。片隅ではなく片側に。それぐらいの広さを確保するつもりでいる。なにせ愛しい恋人なのだ。窮屈な想いはさせたくないし、桜が剪定を嫌う樹という理由もある。不要に傷付けなくて済むように、その枝葉を存分に広げられるようにしてやりたい。一番目と二番目のいる実家も悪くはないけれど、もしかしたらそっちの方が、桜にとっては寂しくないかもしれないけれど、葵が寂しい。決して枝垂桜だけを贔屓にするつもりはないけれど、せっかくだから、今回は葵のすぐ近くに植え替えようと決めていた。

 「こういう時のため」のとっておきを植え替えるための穴を掘る。この「穴を自分で掘ること」が儀礼的な通例なのだ。堆肥を作る時とは違い、恋人との触れ合いはなく、重い土を掘るだけの行為はただひたすらに重労働だが、これだって大事な作業だ。大変ゆえに大事な作業だ。恋人のために家を作ってやるのと全く同じに大事な作業だ。十分な深さで、十分な大きさで、幅広く、手抜かりなく、しっかりと掘ってやらなければ。桜がここに根を下ろして、根を張って、枝葉を広げ、この場所で最初の花を咲かせる瞬間を脳裏に描く。その時、穴が不十分なために痛い思いをさせてしまう、なんて事はあってはならない。だから汗をかこうとも、腕が重みで痺れようとも、愛おしい恋人のために、葵はしっかりと穴を掘る。

「おお、いい出来栄えだね」

 この手のことに“馴染み”な親戚の業者は開口一番、葵にそう言ってくれた。業者の指示を受けながら、丁寧に丁寧に、柔らかな感触になるようにと堆肥を穴に撒いていき、慣れた手つきで、しかしまるで女性をエスコートするように、業者が敷いた堆肥の上にそっと桜を下ろしていく。桜の周りに、さらに堆肥をかけていき……植え替えが終わった後、業者は親戚の子に向けるだろう笑顔をそのまま葵に見せた。

「はいお疲れさん。きっと綺麗な花が咲くよ。もし何か困った事があれば遠慮なく連絡くれていいからね」

 葵は業者に礼を述べて見送った後、散歩に出る事にした。このまま桜の傍に寄り添うのも良かったが、さすがに腕も足も疲れたので、整理運動代わりに軽く歩こうと考えた。

 ついでにコンビニに行ってカップ麺でも買おうかと、そう思い立った所で急に雨が降ってきた。それほど酷い降りではないが、このまま歩き続ければ流石に濡れてしまうだろう。カップ麺ついでにビニール傘も一緒に買い、そのままぶらぶらと散歩する。適当に歩き回って、そろそろ戻ろうかと考えた、その時、ドサリと、何かが地面に落ちるような音が耳へと入ってきた。思わず音のした方へ首を向けると、そこには白い髪の、先程までは確かにいなかったはずの少年が、うなだれるようにして一人座り込んでいた。葵は少年へと近付き、持っていたビニール傘をかざす。まるで今にも消えそうな、儚い色合いの少年を見る葵の手元でビニール袋がガサリと揺れた。


 「実家に行ってくる」と言った葵に、白い髪の少年は渋い顔をしてみせたが、いつものように苦言は呈さず「いってらっしゃい」とだけ述べた。葵の実家にある桜にも、ビルの駐車場にある桜にも、少年は近づきたがらない。だが葵『達』の有様を面と向かって否定することもしない。出来ない。その心情を知ってか否か、あの日「一緒にご飯を食べよう」と手を差し出した相手へと、葵は軽く片手を振って玄関から出て行った。

 葵の実家の庭には大量の桜が植わっている。葵が植えた一番目の山桜、二番目の染井吉野、それ以外にも水落一族が代々植えてきた桜木が。それは見事な桜ばかりが。

 桜はいい。なんと言っても美しい。花を咲かせるのは一年の内数日だけ。寒さを越えて、暖かくなると共に小さな蕾を綻ばせ、あのなんとも言えない薄紅を誇るように開かせて、しかしすぐに散ってしまう。その美しさを風に舞わせてあっけなくも散ってしまう。

 けれどそれが美しい。その一瞬が美しい。もちろん、それ以外の姿だって最高に素敵なのだけど、やはり花を咲かせている姿が一等美しい。彼らが、あるいは彼女らが、美しく桜を咲かせてくれることが最終的な愛おしさだ。水落一族の人間にとって。葵とてそうだ。

 心から愛しく思う唯一の、この世で最も美しい姿を、見たいと望むのはそれ程に罪深い事だろうか。

 さらさらと音がして、葵はそちらに視線を向けた。見れば、まだ咲き始めたばかりの枝垂桜が、風に揺れて音を立てている。さながら葵を引き留めようとするかのように。蕾から花弁が展開するにつれ、花色が濃紅紫色から淡紅紫色へと変化していくこの花は、遠目には五分咲きから七分咲きの頃に紅の色が最も濃く見える。だがやはり最も美しいのは花が咲ききった頃で、今は精一杯着飾っている最中とも言えるだろう。

 そんな姿で、葵の気を引こうと懸命になっているようで、それをいじらしいと言わずして一体何と言うのだろう。葵は八重紅枝垂桜の傍に行くと、擦り寄るように揺れてくる枝の一つに指を絡める。

「すぐ戻ってくるさ」

 そして一撫でして離す。桜はどこか名残り惜しそうにさえ見えたが、「いってらっしゃい」とでも言うように先程とは別の音を奏でた。葵は愛し気に笑みを浮かべて、春の香りが漂う道の向こうへ歩いて行く。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【水落 葵(aa1538)/男/外見年齢:27/能力者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、雪虫です。
 今回はものすごく大切なお話を任せて下さり、大変光栄でございます。調べてみた所桜前線の観測対象として主に使用される染井吉野より、八重紅枝垂桜の時期は数日遅いらしいので、ノベルに組み込んでみました。
 イメージや口調の違いなどありましたら、お手数ですがリテイクをお願い致します。
 この度はご指名下さり、誠にありがとうございました。
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2018年01月29日

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