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『後に惑う 』
ナラカaa0098hero001
 神威の鷲、鳥の王、見守る者、裁定者――多くの名を持つ英雄ナラカ。
 その契約主たる少年が今、H.O.P.E.東京海上支部へ帰還した。
 他のエージェントはみな医務室へ直行していて、彼のまわりには誰ひとりいない――いや、ひとりだけいた。彼の傍らならぬ、内に。
『覚者(マスター)、汝も治療を受けるがいいよ。共鳴を解けば倒れることになるぞ』
 彼の契約英雄たるナラカが告げる。
 今日の依頼は激戦であり、未だ新人の域を出きれておらぬ契約主はそれなり以上の怪我を負っていた。
「いい。それよりも次の依頼だ」
 強引に共鳴を断ち切った契約主はナラカの目の前で膝をつき、震える体を無理矢理に引き起こして歩き出した。
 あの場所は残された思いがわだかまっている。それを避けたか。
 ナラカは彼を追わず、静かに息をついた。

 先日まで、医務室にはひとりのバトルメディックがいた。
 契約主の家族を救えなかったあの日を悔やみ、それをきっかけに彼と縁を繋ぎ、彼に導きを残して死んだ女だった。
 惜しい者を亡くした。他者を救わんがため、己を投げ打ち手を伸べ続けてみせたあの意志……あの輝きは、私をして魅せられたものだよ。
 彼女の手は契約主を救う手でもあった。そのはずだったのだが。
 淡い想いを寄せた女の死は、契約主の行動を大きく変えることとなった。
 いかな死地であれ先陣を切って突っ込み、あらゆる支援を期待せずにただ独りで戦いを始め、連携も作戦もかまわず、その身を守ることすら惜しんで得物を振るい続ける。いつしか戦いが終われば、後に残るは立ち尽くす彼か、重い傷に耐えかねて倒れ臥した彼があるばかり。
 HAD――ハッピー・アサルト・ドッグ。それこそが今、契約主を指すあだ名だ。敵と己、どちらが先に死ぬかを比べ合っているかのような戦闘狂ぶりを、他のエージェントは過ぎる身勝手、自暴自棄と評し、揶揄していた。
「確かにそう見えてしかるべき、だがな」
 ナラカは肩をすくめる。
 あの気高きバトルメディックは契約主の目の前で死に、心を残した。そしてそれより先に死んだ優しき“ママ”もまた、彼に心を残して逝った。
 契約主は、女たちの心の有り様を無意識の内に摸そうとしている。すなわち己を捨てて他者の盾をなり、他者の命を護らんという姿を。
 それは契約主の悔いなのだろう。ふたりを救えなかった悔いをもって、すべての他者を救わんと我が身を投げ打つ。
 それはもしかすれば楽な道なのかもしれない。視界に他者を映さなければ気にかける必要もない。それも救わんがためと言い張れば自身の内で正当化は成る。果たしてHADのできあがりというわけだ。
 言ってしまえば目を瞑って両手を振り回しているようなものだが、契約主の愚直な突撃に、ナラカは別の形を見ていた。
 覚者は負ったのだ。死んでいった女たちばかりでなく、その先に続いたかもしれない彼女たちの生を。それを自らで為すことで、託された生を贖おうとしているのだ。
 身勝手かもしれない。自暴自棄かもしれない。しかし、その勝手も自暴も自棄も、すべては負ったもののためにある。
 そう、契約主は呪われている。自らにかけた、ありもしない呪いでだ。
「すなわち覚者の負ったは業であろうが、覚者の私心そのものでもある」
 ただし、私心でありながら私心ならぬものだ。なぜなら彼の為しようの果て、彼が得るものなどなにひとつありはしないのだから。
 負った業をひたむきに為す、無私の行い。それはいっそ美しいとさえ云えようが。
「問題はひとつ」
 覚者が今、目を瞑っていることだ。
 彼はなにを見ることもなく、闇のただ中をひたすらに進んでいる。
 このままであれば、彼は背に負ったものだけを探り、贖いのために生き、贖いの内で死んでいくのだろう。
 なんとも不器用で純然なる生き様。それは人でなくば為し得ぬ愚かしさだ。
 ナラカは人を愛している。その不器用さも純然も愚かしさも……人が人であればこその意志の輝きは、彼女の心を捕らえて放さない。
 しかし。
「そればかりではだめなのだ。道半ばに惑う覚者よ」
 彼女の契約主の目は硬く閉ざされている。
 彼は今も前へ踏み出し続けていると信じているだろうが……実際は過去という、すでに整えられた道を遡っているに過ぎない。
 追憶はその痛みすら甘やかだ。私は誰よりもそれを識るがゆえに断じよう。
 眼を開かねばならぬよ、覚者。
 護るべき他者は背後ならず、眼前にこそあるのだから。
 しかし、今はそれを言うべきときではあるまい。言わずとも識るときが来るだろう。否、識らねばならぬのだ。甘き闇を裂き、茨たる今を掻いて、冷たき先を目ざすがために。
「いや、それすらもすでに識っているのだろう?」
 契約主は自らに向けられたすべてを肯定する。
 その中で彼がただひとつ肯定しえぬものは、契約主自身だ。
 彼は自らの存在を認めない。有り様を認めない。心を認めない。ゆえにこそ他のすべてをそのままに受け入れるのだ。
 受け身の極みとも言えようが、それも自らに選ぶ意志を認めておらぬがこそ。まさに安楽であろうよ。なにを選ぶこともなく、背負い続けるばかりの今は。
 それに気づいていながら気づくことなく目を閉ざすは、彼が彼を認識し、識別しておらぬからこそ。
 あえてもう一度、ナラカは言葉として思いを口にした。
「眼を開かねばならぬよ、覚者」
 覚者たる覚悟をもって、先を。
「踏み出さねばならぬよ、覚者」
 覚者たる意志をもって、先へ。
「行かねばならぬのだ。自らの覚悟をもって選ばぬ安楽を越え、自らの意志をもって選ぶ苦難を越え、先へ」
 ゆえに覚者よ、迅く目覚めるがいい。
 人を見よ。己を見よ。すべては等しく汝の世界に在る。
 そして無私なる私を貫く魂の輝きを、このナラカ・アヴァターラに魅せてくれ。
 汝は彩なき黒焔。闇底の彼方にある光の下に出でて初めてその形を現わすものなのだから。

 ナラカは思い出す。
 契約主と初めて言葉を交わすまで、傍らで見守り続けたあの日々を。
 彼が彼となり、さながら陽中に陰を穿つがごとく肯定の内に否定を穿ったあの誓約の日を。
 覚者よ、汝はかならず選び取るよ。その硬く閉ざされし目を見開き、震える足を直ぐに踏み出し、汝が選ぶべきを自らの流した血にまみれし手で。
 私はそのときを待とう。なに、誓いを交わすまで待ち続けたのだ。ほんのわずかな時を待つなど、苦にもならぬさ。
 そう、私は識っているのだから。
 そのときが、もうすぐにでも来たることを。
 死者の残したものならず、死者の願った先へ汝が行くのだということを。
 だから――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ナラカ(aa0098hero001) / 女性 / 12歳 / 神々の王を滅ぼす者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 万物を俯瞰せし鳥の王、闇底に黒焔の閃きを魅る。 
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2018年01月29日

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