▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『前に定む 』
八朔 カゲリaa0098
 絶対の肯定者、歩む者、燼滅の王――多くの名をもって契約英雄に評される八朔 カゲリ。
 激戦からH.O.P.E.東京海上支部へ還りついた彼は英雄の言葉を振り切り、傷ついた体を本部へと運ぶ。
「戦場を」
 血の臭いを振りまき、かすれた声で新たな戦場を求める彼の姿に、係員を務めるオペレーターは大きくかぶりを振ってみせた。
「ケガ治してから来てくれるぅ? ってゆうか、カゲくんが入るとほかのエージェントが入ってこないんだよねぇ〜。だからさ、戦闘系は紹介できない感じ?」
 HAD――ハッピー・アサルト・ドッグ。突撃狂の犬とでも言えばいいものか。チームワークも作戦も無視して独り敵へと突っ込んでいくカゲリを、他のエージェントはそう呼んでいる。
 それはそうだろう。今の俺はそうしたものだ。
 冷静沈着、あるいは絶対的肯定による平等。彼を端的に言い表すならそうなるのだろう。しかし、彼の内には確かな情動がある。
 背に負った他者への情動――彼は生者も死者を問わず、敵味方すらも問わず、自らと関わった者のすべてを受け入れる。そのはずなのに。
 彼は自嘲した。
 受け入れるならば横に並ぶエージェントをも受け入れて然るべきだろうに。それを無視して彼は進み、勝手に彼らを守り抜こうとして自滅し続けている。
 俺はらしくもなく、こだわってるんだ。“ママ”が、あの人が俺に見せてくれた思いに。
 彼女たちがけしてそんなものを体現していたとは思わない。つまりは彼の誤解だ。それを知りながら、彼は誤解をなぞることをやめられずにいた。
 思い定め、踏み越えてきたつもりだった。でもまだ俺は自分を――家族を護れず、あの人たちを死なせた俺を受け入れられていないんだ。
 笑える話だ。けして俺自身を違えないと誓ったはずの俺が、その“俺”を見定められずに迷うんだから。
 己をゆるさずともよい。己にゆるされずともよい。迷いのただ中に己を貫け。
 誓約の際、英雄は彼にそう語った。
 今の俺は貫けずにいる。己をゆるすこともゆるさぬこともできないまま、迷い続けている。そして、どこへ踏み出していいかもわからず、闇の底でもがくばかりだ。
 そんな自分に見える光は、ただ一条。
「依頼を紹介してくれ。ほかのエージェントはいなくてもいい」
 オペレーターはため息をつき、二日後に出発する予定の調査依頼を放ってよこした。
 戦闘依頼ではなかったが、戦場にほど近い場所での支援依頼。戦場が拡大すれば、参加エージェントは否応なく戦列の一端に加わることになるだろう。
「最悪おひとりさまでも行けるやつ。あ、出発する前にケガだけは治しといてねぇ!」
 ここにきてようやくカゲリは気づく。このオペレーターが、自分を心配しているのだということに。
 戦場の何処かに光は在る。
 立ち止まっていても届かないのなら、歩み寄って掴むだけだ。たとえその場に行き着けぬのだとしても、せめてそれが見える場所へ。
「――すまない」
 オペレーターの苦い顔を後に残したカゲリは、まとわりつく重いものを引きずり、歩き出した。この一歩が掴むべき光に近づくものなのだと信じて。


 調査に向かった山中の集落は地獄絵図、そのひと言であった。
「こりゃあ……」
 カゲリと共にこの地へ来たドレッドノートがしかめ面を逸らす。
 先行したバトルメディックの張った医療用テントの内に、数十もの人が転がっていた。青く爛れた皮膚から半ば溶けた骨を剥き出し、それでも死にきれず、弱々しい呻きを漏らす。
「愚神の毒、か」
 カゲリは目をすがめ、集落の先で今なお続く戦いを透かし見る。
 敵なる愚神は毒使い。ライヴスリンカーであれば癒やしようもあるその毒は、通常の人間にとっては致死毒なのだが、しかし。
 この毒は人を殺さない。紙一重の生を保たせて苦痛を与え続け、数日をかけて従魔と化す。かくて生まれ出でた従魔は生者へ襲いかかり、同じ苦しみを分け与えるのである。
 彼らが生きている間に治療の手立てを!
 そのために複数のバトルメディックが送り込まれ、カゲリたちはその援護を命じられてここにあるのだった。
「つまり、従魔になった人を仕末する役目ってことだよね」
 ジャックポットがたまらない声音を漏らす。
 これだけのバトルメディックを動員し、あらゆる医療とスキルを尽くしてあたってなお、止められない毒の侵食。
“支援”とはよく言ったものだ。人々が苦しむ姿をながめやり、従魔になった瞬間、殺すだけの簡単な作業。確かにこれなら、カゲリひとりでも充分に勤め上げられる。
「見ているだけなのか――私たちにできることは」
 ソフィスビショップは唇を噛んだ。
「助けられる可能性があるなら俺たちは……」
 もうひとりのドレッドノートがその肩に触れ、かぶりを振る。
 誰もが思いきれず、結果として作業を重ねていくことになった。従魔が死ぬたび、自分の心が死んでいくのを感じながら、それでも。
 その中でカゲリは淡々と作業の一翼を担う。
 これが俺のするべきことなのか? “ママ”とあの人が教えてくれたことを誤解なくやり遂げてるのか?
 答えるものはなく、ゆえに彼はただ引き金を引き続けるばかりであった。


 やがて集落に戦火が届く。
 多数の人だった従魔が押し寄せ、カゲリたちを、そしていずれ同胞となる人々に乱杭歯を突き立てた。
 すでに生の道へ戻ることかなわぬ人々が、声なき声をあげる。恨みを、悲しみを、願いの果て、ついにはひとつの言葉を口にした。

 せめて人として死なせてほしい。

 エージェントは誰ひとり応えられなかった。
 人を殺すことなどできようはずがない。だからこそ彼らが従魔と化すまで、不眠不休で無意味な治療を続け、血の涙を潜めて待ち続けてきたのだ。
 さらなる苦痛に苛まれる人々の隙間を駆け、防戦を展開するエージェントたち。
 カゲリはいつしか魔導銃を下ろしていた。
 そうじゃない。俺たちが決めなきゃならない覚悟は、返り見ずに前へ向かうことなんかじゃないんだよ。
 その手から銃が消え、刃が現われる。
 カゲリは従魔を黒焔噴き上げし刃で薙ぎ払い、その下に埋もれていた人に問うた。
「名前は?」
 告げられた名を繰り返し、そして。
「キムラユウイチ」
 これ以上の苦しみを与えぬよう、その命を断ち斬った。
「サトウハルカ」
「タナカソウタ」
 半ば以上従魔と化していた人々の骸が、黒焔を灯され、燃え上がる。
「何度も気づいてきたはずなのに、俺は眼を瞑っていた」
 焔を背に立ち上がったカゲリの前から、エージェントが退く。
「するべきことを知りながら、今まで見ないふりをしてきた」
 かくて彼の眼前に残されたものは、敵。
「俺は俺が殺したあんたらを全部負って行くよ。光なんかなくてもいい。ただ先だけを見据えて、踏み出す」
 言の葉を意志の焔で焦し、その眼に覚悟の光を閃かせ、一歩を刻む。
 と。
 彼を避けたエージェントの内より進み出る足音があった。
 それらはいつしかカゲリへ続き、同じ先へと向かう。
 カゲリはこのとき意識などしていなかった。ただ己ばかりが行方を定めていればいいと決めていたから。
 しかし、彼の内の英雄は思い出している。カゲリへバトルメディックが最期に残した言葉を。
 一匹狼なんてつまらない。
 脚など何本あってもいい。
 其は果たして予言となったな。

 今こそ覚者、その眼を開きて選ぶべきを選び、踏み出せり。
 英雄のうそぶきを胸に、カゲリは行く。
 死者の残したものを思い出すことなく、直ぐに死者の願った先へ――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【八朔 カゲリ(aa0098) / 男性 / 18歳 / 絶対の肯定者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 かくて王たる魂、醒める。
シングルノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年01月29日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.