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『雪の精霊と王子様 』
氷鏡 六花aa4969)&日暮仙寿aa4519
 南極の大地を覆う氷、その固き肌を白く飾る雪の結晶のただ中、氷鏡 六花は淡き眠りをたゆたう。
「……ん」
 その内に幻(み)るものはそう、黒胡椒の辛みと共に置いてきたつもりでいた、想いの残り香。


「日暮仙寿だ」
 無愛想に言い置いて先へ向かった仙寿の背中に、六花は胸の内でつぶやいた。
 ――王子様みたい。
「そういえば」
 甘く響くバリトンが六花へ振り向けられた。
 びくり。見とれていた目を現実に引き戻されて、六花は思わず肩をすくめて縮こまる。
 目線を前に戻す仙寿。
 六花、王子様のこと、怒らせちゃった? そうだよね。だって、なんにもないのにびくびくして。
 でも、仙寿はそのまま歩き去ったりせず、背を向けたまま言ったのだ。
「初めて会うな。よろしく頼む」
 今度こそ立ち去ろうとした仙寿に、六花はあわてて頭を下げて。
「うんっ! あのっ、六花も、よろしくだからなの!」
 あわてすぎ! こんなの絶対おかしいって思われちゃうから!
 下げたままの顔を引き攣らせ、あわあわとリカバリーの策を探る六花だったが……焦るほどに頭はホワイトアウトして、言い訳どころかどんな顔をしていいかすら思いつかなくて、そのせいでさらに焦って、焦って、焦って。
 仙寿は頭を下げっぱなしの六花にうなずきかけ。
「六花か。憶えた」
 今度こそ歩み去ったのだった。
 え? それってどういう「憶えた」!? え? え? えーっ!?


 別の戦場。
 呼気をなぞるように仙寿の刃がはしり、その刃が再び鞘に収まると同時、従魔の首は胴からすべり落ちた。
「六花、無事か?」
 仙寿の思わぬ言葉に目をしばたたかせた六花はこくこく、うなずきを返す。
「うん。……仙寿はだいじょうぶ?」
 仙寿は薄笑みを見せ、かるく両手を拡げた。
「どこにも傷はない。だろう?」
 そして優雅に一回転。羽織の裾が風を含んでふわりと舞い、六花の目を奪う。しかも。
「六花の援護があったからな」
 さらりと言ってみせるのだ。
「次の敵が来る。背中は任せたぞ」
 踏み出していく仙寿を追いかけながら、六花は小さなつぶやきを漏らした。
 ――着物だけど、やっぱり王子様だ。
 その胸を白雪色の髪と同じほどに弾ませて、それをごまかしたくて大きく顔を動かし、仙寿のまわりに視線をはしらせる。
 王子様が背中、任せてくれたんだから。絶対守らなくちゃ!


 また別の戦場。
 六花の視線の遙か先を仙寿が駆ける。
 降りかかるヴィランの銃弾をすり抜け、振り込まれる刃を伸べた刀の刃にすべらせていなし、足を踏み止めた瞬間。彼の眼前にあったヴィランがまっすぐ崩れ落ちた。
「峰打ちだ」
 最近よく顔を合わせるようになって、六花は仙寿と少しずつ話をするようになっていた。
 だからあの刀が“雷切”というものだということは知っている。普段左に佩いている“小烏丸”は切っ先から刀身の半ばまでが両刃で、峰を返してもヴィランを必要以上に傷つけてしまう。ゆえにこその“雷切”なのだということも。
 普通であれば、こちらを殺す気で向かってくる相手には同じだけの殺意を返してしまうものだろう。なのに仙寿は敵の悪意をもすらりと受け流し、舞うような剣捌きで無力化していく。その高潔さが六花にはまぶしくて、悔しい。
 銀の魔弾でヴィランの得物を取り落とさせた少女は急ぎ、仙寿の背後をカバーした。
「背中がら空き! ひとりでぴゅーって走ってくの禁止だよ!」
 悔しいのは、まるで仙寿の背中に追いつけない自分。
 悔しいのは、自分になんか頼らなくてもひとりで行ってしまえる仙寿。
 どうしてこんなに悔しいのかはわからないけれど。
 悔しさをそのままにしておきたくなくて、六花は必死で追いかけるしかなかった。


 かくて、幾度かの戦場を共にした帰路。
 少し休んでいこうということになって立ち寄った裏路地の喫茶店で、六花は黒檀のテーブルの向かいに座った仙寿の胸元あたりへ目を泳がせている。
「なんだよ?」
 仙寿が六花の顔をのぞきこんだ。
 少しぞんざいな言葉づかいは、共鳴しているときよりも高い。
 面を描き出す線も青年の確かな強さならず、少年であるがゆえの繊細を映していて、その縮んだ分の背丈のせいで顔が近くて……
「……ん。なんでも、ないです」
 言えないよ。いつもより王子様みたいなんて。
「そうか」
 少し困った顔を傾げ、仙寿は息をついてメニューを開いた。
「六花はなんにする?」
「あ、アイスティーで」
 そして仙寿は横に目線を向け。
「おまえは?」
 あったかいブレンドかな?
 答えるのは仙寿の英雄たる女――少女と女性の狭間にあるその姿はまぶしいくらいに綺麗で、まるでお姫様みたいに見えた。
 王子様のとなりにいていいのは、あんな人なんだよね。
「なんか無難すぎねーか?」
 いいお店はブレンドがおいしいの! それよりそんな言葉遣いでいいの?
 指摘された仙寿がぐっと詰まった。
「うるせ――うるさい」
 六花は笑んだ。初めて仙寿と逢ったあのとき、自分もおかしな言葉遣いになってしまったことを思い出して。
「その、気をつけてるんだ。剣士は礼節が大事だから。六花も俺の言葉がおかしくなってたら教えてくれ」
 赤みの差した頬を斜に逸らす仙寿に、六花はなんでもない顔を作って「はい」と応えた。
 シャドウルーカーでありながら剣にこだわる仙寿。となりにいるお姫様も、影の業を備えながらまるで太陽みたいに明るくて。仙寿はきっと、お姫様に恥じなくていい自分でいたいんじゃないだろうか。真っ直ぐ堂々とした剣士になって、お姫様と――
 胸がきゅうと痛む。
 でも、「痛い」なんて言っちゃいけないと思った。どうしてこんなに「痛い」のか、考えるのもだめ。
 仙寿様はコーヒーより「タワー苺クリームふわふわパンケーキ」かなー?
「……ブレンドでいい」
 からかう英雄へ苦い声を投げ返す仙寿。
 親密なふたりならではの空気に炙られながら、六花は必死で顔を笑ませた。
 その日から、六花は少しずつ仙寿と距離を置くようになる。
 そうしなければいけないんだと自分に言い聞かせながら、一歩ずつ。


 仙寿を避けながらひとりで戦うようになっていくつめかの戦場。
 六花は窮地に追い込まれていた。
 従魔に襲われた町で逃げ遅れた少女をかばって、四面楚歌。
 スキルはもう残っていない。終焉之書絶零断章を繰る指は従魔の爪牙に傷つけられ、うまく動かなかった。
 六花、もしかしたら死んじゃうかも。
 でも。
 六花みたいな人、絶対増やしちゃだめなんだから。
 包囲を狭めてくる従魔群を視線で撫で切り、六花は背にかばった少女へささやいた。
「六花が行ってって言ったら、あっちに走って。H.O.P.E.のエージェントがいるはずだから」
 1体は冷気で足止めできる。あとは……飛びついて、しがみついて、噛みついて、なんとしてでも止める。
「――行って!」
 少女を押し出し、六花が前へ踏み出した、そのとき。
 春風が彼女の横を追い越していった。
 え?
 研ぎ澄まされた両刃の切っ先に刻まれた従魔が飛び散って落ちる。
 あれほど六花を苦しめた従魔の爪牙は空を切るばかりで、“風”に触れることすらかなわない。
 ついさっきまでやさしい春風だったはずなのに、今は触れたものをすべて断ち斬る厳冬の風。従魔は先から己を失い、断末魔の尾を引きながら賽の目に刻まれて転がった。
 そしてすべての従魔が消えて。
 風がふわりと六花を包み込んだ。
「――増援だ」
 自分を軽々と抱え上げてはしる風を、六花は暴れることも忘れてただ見上げた。
「どうして」
「増援だと言ったはずだ」
 おもしろくない顔を前に向けたまま、仙寿は言う。
「どうして無理をした?」
 なにかを逸らすように重ねられた仙寿の問い。
 自分が避けてきた王子様と向き合わずにすんだ安堵と、その王子様のそっけなさへの落胆が、六花の胸でせめぎ合う。全部六花のせいなのに。
「……六花のパパとママ、従魔に殺されちゃったから。家族がいなくなるって、すごく悲しいことだもん。だからあの子より六花がいなくなるほうがいい。そう思うでしょ?」
 自分を傷つけたくて尖った言葉を紡ぐ六花。
 なのにどうして。
 王子様がそんなに悲しい顔するの?
 仙寿は六花と目を合わせないまま彼女を安全圏まで運び、なにも言わぬまま戦場へと舞い戻っていく。
 それきり、六花の前に仙寿が現われることはなくなったのだ。


 六花、嫌われちゃったのかな。
 なにかいけないこと、しちゃったのかな。
 先に避けたのは六花のほうなのに、考えずにいられなくて。寂しくならずに、悲しくならずにいられなくて。
 あのときの仙寿の表情が幾度となくプレイバックされる。
 きっとあそこで六花はまちがえた。
 でも、離れられてよかったんだよ。
 だって王子様のそばにはお姫様がいるんだもん。今だってふたりでなかよくしてるよね。六花のことなんて思い出してくれるはず、ない。
 そう思うだけで、どうしようもなく涙があふれてきて、自分がどんなに身勝手なのか、自覚せずにいられなかった。
 六花は、わがままだ。
 このまま雪といっしょに消えちゃえたらいいのに――願いはかなわず、六花は六花のまま、次の戦場へ立つ。


 人質を盾にしたヴィランの一党がエージェントへ告げた。
 人の命が大事なら、代わりに全滅して正義とやらを示してみせろ。
 六花は薄笑んで共鳴を解除、英雄を置き去りにして前へ進む。
 すでにH.O.P.E.は救出作戦を展開しつつある。必要なのは少しばかりの時間だ。それをこの命ひとつで稼げるならいいと思ったし、溶けて消えられない六花も銃弾に撃ち抜かれれば確実に消え去ることができるはず。
 誰も困らない、いいやりかただよね。
 六花は一斉にこちらへ向けられた銃口を冷めた目で見やり、大きく手を広げてみせた。
「――やらせねーよ」
 黒い憤りを含んだ声音がはしり。
 後ろから腕を斬り飛ばされたヴィランが人質を放して転げ回る。
 眼窩の端に指先を突き込まれて振り向かせられたヴィランはそのまま脛骨をずらされ、昏倒。
 アキレス腱をブーツのつま先で蹴り抜かれたヴィランががくりと体勢を崩し、腎臓を刺し抜かれて声なき絶叫をあげた。
 あまりにも凄惨な、効率だけを優先した業(わざ)。
 その繰り手は、見間違えようはずのない――
 王子様!?
 血の気の通わぬ青ざめた面は無表情で、それなのに、いや、それゆえに美しい。
 誰よりも美しいまま、仙寿は業を尽くしてヴィランを壊していく。
「仙寿、さん……!」
 人質から銃口が逸れたことを確かめたジャックポットの狙撃が仙寿に加勢する。
 かくて銃弾が横殴りの豪雨を為す戦場へ、六花は転がり込んだ。
「来んな!」
 ヴィランのボスを後ろから抱え、小烏丸の切っ先を鎖骨の窪みに上から突きつけた仙寿が彼女を止める。
「俺は、こういう奴なんだよ。剣士だなんだって言ってるけど、俺の剣はただの暗殺剣だ。おまえの親殺した従魔とか愚神とか、今おまえ殺そうとしたヴィランとか。俺はそっち側なんだよ。だから――おまえは俺に近づいちゃだめだ」
 切っ先がボスの体に潜り込む。あと12センチで心臓に届く。
 届いてしまったら、仙寿は本当にそっち側へ行ってしまう。そう思った途端に、六花は小烏丸に飛びついていた。
「馬鹿! なにして」
「仙寿さんは王子様みたいって思ってた! お姫様みたいな英雄さんとすごくお似合いで……だから六花みたいな普通の子、いっしょにいちゃだめだって思った! 仙寿さんにも嫌われちゃったし、このまま消えちゃえばいいって!」
 仙寿の顔が目の前にある。
「なんでおまえがそんなこと思ってんだよ。お姫様って――勘違いしてんなよ。こいつはただの相棒で、おまえが消えなきゃだめなことなんかねーよ」
 大人の顔をしているくせにふて腐れた少年のような表情をした、王子様なんかじゃない“仙寿”の顔が。でも。
「だったら。仙寿さんが、いなくならなきゃだめなことも、ない! 王子様じゃなくても、仙寿さんは仙寿さん、だから」
 必死で言葉を紡ぐ六花の手に、強く握り締めた小烏丸の刃が食い込む。
 と。
 仙寿の手が刀を放して六花の手を握り、魔法のように解きほぐした。
「来い」
 ボスを蹴り飛ばして六花を抱きかかえ、仙寿は跳ぶ。
「王子様じゃねー薄汚い殺し屋だけど。それでもいいか?」
 くすりと笑んだ六花が仙寿の胸に頭を預け。
「言葉、お行儀悪く、なってます」
 ああ、きっと仙寿は苦い顔をしている。
 六花が思っていたような王子様じゃない。彼が装っていたような高潔なばかりの剣士でもない。けれども仙寿が仙寿なら、それがいい。
 共鳴を取り戻した六花は仙寿と共に戦場を駆ける。
 今度こそ互いを見て心を重ね、始めるのだ。
 ふたりがふたりのままに進む時を。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【氷鏡 六花(aa4969) / 女性 / 10歳 / 絶対零度の氷雪華】
【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 17歳 / 守護刀を継ぐ少年】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて雪の精霊、王子の心に降り落ちぬ。
イベントノベル(パーティ) -
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2018年02月06日

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