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『あれからの話 』
矢野 古代jb1679)&ミハイル・エッカートjb0544)&緋打石jb5225

「くそッ――」

 舌打ちと銃声と。
 ミハイル・エッカート(jb0544)は、ヒビ割れて視界を阻害するだけになったサングラスを乱雑に投げ捨てた。
「た、隊長、申し訳、ありませ、……」
 ミハイルに担がれた若い男が呟く。彼――部下をミハイルは『アウルの爆発』から咄嗟に庇ったが、それでも部下の負傷は酷い。
「いいから喋るな! じっとしてろ!」
 ミハイルは部下の傷に掌を押し当て、応急手当を施した。だが、そのミハイルの肩口にもまた、爆発の衝撃が傷を作り、スーツに血糊を広げている。

 ――二〇一八年二月、より少し前の冬。
 久遠ヶ原学園から卒業したミハイルは、元々所属していた会社にて『アウルテロ対策室』を立ち上げた。

 だが……ようやっと仕事が軌道に乗り始めた頃、悲劇は起きる。

 ミハイルの会社を、三名の覚醒者テロリストが襲撃。
 非戦闘員である社員が数人殺害され、ミハイルの部署『アウルテロ対策室』が応戦している、が……まだ立ち上げてまもない部署、部下は少なく、練度も決して高いとは言えない状況で。だというのに、テロリストは三名であるのに関わらず強敵だった。

 ――そう、最悪な状況。

「我々は、劣等なる非覚醒者共と慣れ合う貴様らとは相容れない!」
 テロリストが拡声器で声高に謳う。
「先に我々を虐げたのは非覚醒者共だ! 今更和解など愚弄に他ならぬ!」
 彼らは非覚醒者から疎んじられ、罵られ、傷つけられてきた人間だった。
「我々は徹底抗戦を宣言する! しかし我々は貴様らのような下劣な虐殺者ではない。大人しく投降すれば、命だけは助けてやろう!」
 彼らの目的は会社の占拠、そして金。

「虐殺者ではない……? ハッ、良く言うぜ……!」
 ミハイルは口元を歪めた。怒りに吐息が震えそうだった。部下が一人、殺された。他にもたくさん重傷を負っており、放置すれば命に関わる。
 会社からは、テロリストの射殺命令が下されていた――ミハイルはV兵器の拳銃を握り締める。曲がり角の壁に身を隠した向こう側のフロアでは、今もテロリスト共の『世迷言』が響いている。
 生かして捕らえる、……つもりだった。
 でも。同僚を殺され、部下も殺され、理念を徹底的に否定され、ミハイルの心がじわじわと、怒りと憎悪の色に染まる。

「消し飛びたくなければ俺をあまり怒らせるな」

 壁からミハイルは押し殺すように声を発した。
 しかし。テロリスト共はそれを嘲笑った。臆病者だと罵った。一体お前に何ができるのか――ミハイルの全てを否定する。
(ああ、)
 ミハイルは、意識が唐突にスッとするような心地を覚えた。

(そうか、コイツらと俺は根本的に分かり合えないんだな)

 じゃあ、どうする?
 決まっている。

「――お前ら全員 殺すッッ!!!」

 唸りながら、ミハイルは曲がり角から飛び出した。その周囲には大量の銃器が展開されている――弾丸の行進と名付けられたその『必殺技』は、間違いなく彼等を『必ず殺す』だろう。
 テロリスト達が目を見開く。そして、引き金が、――

「こらっ」

 その時だった。
 ぽか。ミハイルの頭に下ろされる拳骨。

「っ……!?」
 ミハイルは目を丸くして振り返った。そこに、なんと、棄棄が――恩師がいた。
「せ、先生!? どこから、」
「俺はどこからでも湧いてくる」
「な、な」
「お前の将来の夢は?」
 唐突な状況、唐突な質問。
 けれど、その言葉にミハイルは我に返る。
「俺は……」
 そうだ。ミハイルは思い出す。そうだ、そうだった。俺の、夢は。

「――俺は、覚醒者と非覚醒者の間の諍いをなくしたい!」

 言って、展開した銃を発射。
 数多放たれた銃弾は、しかし、テロリスト達の体を器用に掠めるだけで……その武装と、そして服を破壊して引っぺがすだけに留めて。実力差を思い知ったテロリストは、へたりこんで手を上げた。
「おう、先生は応援してるぜ」
 ミハイルの頭を、棄棄はグシャグシャと撫でまわした。「んじゃ二月の海に備えて帰るわ」と――ミハイルが振り返った頃には、教師はダクトに潜り込んで姿を消していた。

(二月……、そっか、もうそんな季節だな)

 改めて己の目指す道の難しさを噛み締めつつも――ミハイルはフッと笑う。お礼は海にて、改めて。







「――二十歳どころか、その十倍以上は生きとるわい!」

 緋打石(jb5225)は身分証明のために運転免許証を突きつけた。外見年齢が小学生である彼女は、こうでもしないと居酒屋に入れないのである。居酒屋の店員は目を真ん丸にしたものの、「申し訳ございません」と頭を下げて、彼女を店に通してくれた。
「全く、毎度のことながら面倒じゃわい」
 やれやれ、肩を竦めつつ、緋打石は障子で仕切られた座敷席へ。部屋の前には年季の入った革靴が揃えられてある。ふむ、彼は既に来ていたようだ。
「待たせたの、矢野氏」
「おう、来たか」
 障子を開けると、老年の男――矢野 古代(jb1679)が、シワの刻まれた顔でニッコリと微笑んで緋打石を迎えた。
「門前払いされなくて何より」
 靴を脱いで座敷に上がってきた友人に、古代がくつくつ笑う。
「こんな時の為に免許とっておいて正解じゃ」
 緋打石はドヤ顔で免許証をまた取り出して自慢する。なお免許とったのは割と最近。まあ、彼女にとってこれは、車を運転してもいい証というよりは、「これを見せると皆がビックリした後に頭を下げる」という便利アイテムという認識だが。
「アクセルとブレーキに足とどくのか?」
 免許証にある証明写真の緋打石の顔はすっごいドヤ顔である。こんなにドヤドヤしている証明写真も珍しいだろう。写真の彼女と実物の彼女を見比べつつの古代の言葉に、緋打石は免許証をしまいつつクワッと言い返した。
「だーれが短足じゃっ! この緋打石の足は八頭身じゃい!」
「足が八頭身って、どんなだよ」
「八頭身なのは八頭身なのじゃ」
 悪魔の言葉に古代はつい笑ってしまいつつも、メニューを彼女の方に寄せた。彼の目に映る緋打石の姿は――悪魔であるがゆえ、久遠ヶ原学園時代からなんにも変わらない。学園を卒業してから何年経っただろう? あれから古代は随分と、人間相応に老いた体となってしまった。遥か遠くの青春の日々は、しかし、今でも鮮烈に鮮明に思い出せる宝物で。
「ときに矢野氏」
「ん?」
「ハゲんでよかったのう」
 緋打石は、ロマンスグレーを通り越して真っ白になってしまった古代の頭髪をまじまじと見る。ぶはっ、と古代は笑ってしまった。「日頃の行いが良かったからさ」とそのまま言った。

 ――とりあえずビールで乾杯。おつまみや料理をいくつか。

 流石に二〇年以上の付き合いだ。多少の沈黙も気にならない。古代は、枝豆を食べるのに必死になって無口になっている緋打石を穏やかに見守りつつ、ビールをゆったり飲んでいる。
 学生時代の頃は……、娘とその相方へのストーキングというかなんというか怪しい人であったが。今ではもう、お互いに長い付き合いの友人、という印象だ。
「そういえばさ、ニュース見たか?」
 砂肝の串焼きに手を伸ばしつつ、古代が言う。ほっぺいっぱいに枝豆を詰め込んだ緋打石が顔を上げた。
「ニュース?」
「ほら、ミハイルさんとこの会社の」
「ああ――」
 枝豆を飲み込んで、ビールをゴキュゴキュ飲む緋打石が頷く。口に着いた泡のヒゲを舐めとりつつ、「アウルなんたらの」と続ける。
「凄いよなぁ、こないだも事件を解決してて」
 同じ学園出身の者が、こうして活躍しているとなんだか嬉しい心地がするものだ。古代はしみじみと、しかし嬉しそうに目を細める。
「ぼろもーけじゃろーな、ウハウハじゃな、億万長者じゃな」
「緋打石さん……ズバッと言うなぁ」
 まあ活躍に見合って儲けているだろうけども、と古代は苦笑した。
「きっと毎日、ザギンでシースーじゃ、シースーザンマイじゃ」
「緋打石さん、それ意味わかって使ってる……?」
「なんか、すっごい贅沢なんじゃろ?」
「まあ、そうっちゃそうだが」
「矢野氏はどーなんじゃ、まだ撃退士やっておるんか?」
 酒の追加オーダーをしつつ、緋打石が友人を見やる。古代は卒業後、フリーランスの撃退士として活動していた。ミハイルが人間同士の専門なら、古代は人間・天使・悪魔の種族同士の仲裁専門。『黒手袋の仲裁屋』といえば、撃退士界隈ではそれなりの知名度を誇っていた。
「まあ、動けるうちは、な」
 古代はそう答える。尤も、今では現場で行動することはめっきり減って、ノウハウの伝授などといった後続の教育に力を入れているが。久遠ヶ原学園でも、時折卒業生のよしみとして、講演などの依頼が来る。一応は生涯現役を謳っているが……まあ、それも難しいんだろうな、とは、古代は心の片隅で思っていた。
「ほー」
 軟骨カラアゲを噛み締める緋打石が、古代を見やる。
「なんじゃ、てことはもしや、矢野氏もザギンでシースーか」
「そこまでドンジャカ儲かってたらいいんだけどなぁ」
 肩を竦めてみせる。「そっちはどうなんで、万屋トルメンタさん?」と今度は古代が緋打石に問うた。
 緋打石も卒業後はフリーランスとなり、主に同盟の裏で暗躍する天魔や、同盟を不服として暴れる覚醒者を取り締まる何でも屋となっていた。
「まー、こっちはぼちぼちじゃ。のんびりそれなりに頑張っとるよ」
「そっかー。悪魔には定年退職なんて概念もなさそうだしな……まあ、応援してるよ」
 うむ、とそれに緋打石が答えた頃に、酒のお代わりやおつまみの追加注文がやって来た。一度途切れる話題。それから、「そういえば……」と、ちょっとだけお酒が回ってきた赤い顔で古代が顔を上げた。
「今日みたいな、ちょっと雪がちらつく日だったな」

 語り始めるのは、幾年前かの某日の出来事――
 とある連続殺人事件。犯人として疑われたのはアウル覚醒者、過去に非覚醒者に迫害された経緯があるがゆえと。
 しかし本人は無実を主張。たしかに幼少期、非覚醒者の子供達からいじめには遭ったけれども。
 そこで調査に乗り出したのが古代と緋打石だった。
 事件の結論としては……、まだ人天魔が戦争をしていたころ、人間に親を殺された天使の仕業で。
 追い詰められて自棄になった天使を、二人がかりでなんとか生きたまま捕縛して……。

「そんなこともあったのう〜」
 あの時は大変だったが、過去になれば思い出話。
 そう――久遠ヶ原時代、駆け抜けた青春の日々も。
 凄惨な事件。救えなかった命。理不尽でクソッタレな現実。悩み、傷付き、苦しんで、それでも前を向いて、足掻いて這って進んだ日々も――そう、今では、「そんなこともあったね」という思い出の話だ。
 昔の方が良かった、なんてことは、決してない。だけど、心の中でずっと輝き続ける記憶……。
「矢野氏、意外に長生きしたのう」
 ぽつり、緋打石が微笑んだ。
「意外にってなんだよ、意外にって」
 老紳士は肩を揺らした。
「まあそんなこともあるのう!」
 老いぬ悪魔は笑い飛ばす。それから、ジョッキに残ったビールをぐいと飲み干して、空のそれを置きながら。
「まー、またこーして、酒を飲みながらグダグダ喋ろうではないか」
「なんだ、まだお開きじゃないってのに、もう次回の約束か?」
「おじーちゃんがベロベロになる前に決めておかねばの」
「誰がおじーちゃんだ、ナイスミドルって言いなさい」
「矢野氏、もうミドルじゃなくて、ガチオールドじゃ」
「うぐっ。……ていうかこの年でガチオールドなら、緋打石さんはどうなるんだ年齢的に」
「アラサーならぬアラミレニアムじゃ」
「語感わっるいな……」
 酒と周囲の賑やかさに、どうでもいい話でも盛り上がる。

 ……長大な悪魔の寿命からすれば、人間の人生など一瞬の花火のようで。
 彼とこんな風にできるのも、あと何回なんだろう? 緋打石はふと思う。
 あと数十年もすれば、学生時代に知り合った人間は、軒並み世界からいなくなってしまうんだなぁ――。

 でも、まあ
 それを哀しいとは思わない。

 少なくとも。緋打石の目の前にいる矢野古代という男は、自らの人生を駆け抜けて、生き抜いた。その様はどんなものよりも価値があって尊くて、きっと人間は命が短いからこそ、燦然とその時間を駆け抜けるのだろう。それは長命種族にはないもので……キラキラと、眩しかった。

「緋打石さん、枝豆おかわりするかい」
「んむ」



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
矢野 古代(jb1679)/男/40歳/インフィルトレイター
ミハイル・エッカート(jb0544)/男/32歳/インフィルトレイター
緋打石(jb5225)/女/12歳/鬼道忍軍
棄棄(jz0064)/男/41歳/ルインズブレイド
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2018年01月29日

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