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『永い夕暮れの終わり 』
イリス・リヴィエールjb8857)&ガート・シュトラウスjb2508

『約束の時。決着はイリスの復讐の始まりの地で』

 イリス・リヴィエール(jb8857)は俯いたまま、その手紙が「ぐしゃ」と音を発するほど握り締めた。歪んだ紙面、送り主の名――ガート・シュトラウス(jb2508)という文字も歪んだ。

 ガート・シュトラウス、またの名をケット=C=シュバルツ。
 イリスの父を殺した悪魔。
 イリスは彼に復讐を果たすべく日々を過ごし、久遠ヶ原学園でも虎視眈々と狙っていたのだが――二〇一七年。ガートは学園を卒業してから音信不通になっていたのだ。

 赦さない。
 あの悪魔を、赦さない。


 ――赤い夕陽の、血塗られた日。


 始まりの場所は、イリスの故郷。
 かつて安いアパートがあったそこには、立派なビルが建っていた。
 ここで、イリスの父親は死んだ。ガートに無残に殺されて。
 そう、今日のような、赤い赤い夕焼けの日。

「――、」
 イリスは周囲を確認した。ひとけはない。しからばと、その背に翼を顕現する――父親の血が彼女に与えた半魔の翼。一気に屋上へ、そして、軽やかに降り立った。
「随分と……、久々ね」
 在学時代より伸びた髪を夕風に翻し、イリスは冷ややかに正面を見澄ました。
「来たか」
 視線の先に、彼はいた。ガート。大人びたイリスとは逆に、学園を去る前と外見は全く変わっていない。だがその眼差し、物言いは、学生時代の飄々としたガートのものではなく――ケットとしての淡々たるものだった。夕暮れの闇に、金の猫瞳が爛々と輝いている。
「それで、」
 ガートは静かに問う。
「オマエの答えは?」
「私の答えは……」
 イリスは寸の間、目を閉じて深呼吸をして。
 そして、射る眼差しと共に、凛と告げる。

「私は、お前と刃を交えることを望む」

 言下、その手に持つのは金雷のレイピア。「ヴァーグ、来て」とイリスの唇が名前を紡げば、ストレイシオンも傍らに。
「そうか。じゃあ……本気で来い」
 ガートは目を細め、両手に鉤爪の武装を展開する。その髪は黒く、牙は鋭く、そして背に現れるは蝙蝠のごとき魔の翼。あの日と同じ。あの時と同じ。イリスの父親を殺めた時のあの姿と。
「っ――」
 その姿はイリスのトラウマでもある。全ての元凶、悲劇の始まり。赤い景色が脳裏をよぎった。首を切り裂かれ、血を噴いて倒れる最愛の父の姿……。
「……さない」
 あの時よりも大きくなった手で、大人になった少女は剣を握り締める。手の甲に筋が浮かぶほど。
「赦さないッ……!」


 ――いざ、復讐劇の終わりを。


(赦して欲しいなんて、一言も言ったことねぇよ)
 赦さない。それは何度も何度も言われた言葉。心の中で呟きつつ――先手はガート。鉤爪を鋭く振るえば、影の斬撃がイリスに飛んだ。が、それは割り入る賢龍ヴァーグが、主の盾となって受け止める。鱗に斬り傷ができるものの、防御結界がその深さを押し留めたようだ。
 直後、ヴァーグの影より、イリスが翼を翻して飛び出した。人龍一体の奇襲戦術。
「はァッ!」
 雷光瞬く剣が、一閃にガートへと突き出される。
「っと――」
 猫のような機敏さで、ガートは顔を背けて一撃を回避した。だが、茨のごとき稲妻の刃は、彼の頬にぱっくりと一文字の赤を刻む。
「へぇ、」
 ガートはわずかに口角をつった。あの日、自分が学園を去ってからも、彼女は鍛錬を怠ってはいなかったようだ。上達している。あらゆる動きが。

 だが――ガートは気付いていた。剣筋を見ればすぐに分かった。
 イリスは迷っている。

「なまぬるい」
 キッパリと呟き、今度はガートが間合いを詰めた。鉤爪でイリスの剣をかち上げて、空いた胴へ――あの時のように容赦のない蹴りを。
「が、ッ う!」
 細い体が吹き飛んで、屋上のコンクリートに叩き付けられる。擦り傷を作りながら、それでもイリスは跳ね起きた。せり上がる胃液を、奥歯を噛み締め我慢する。その目は戦意に満ちている。
「ヴァーグッ!」
 声を張り上げる。命令を汲み取ったヴァーグが低く唸り、イリスのアウルと自らの力を練り上げた雷撃をその口より放った。
「ぐあッ!?」
 今度はガートが、派手に吹き飛びフェンスに激突する番となった。焼け付く痛みに、されど悪魔は未だ倒れず。

(本当に、これでいいの……?)

 戦いは続く。刃と爪が何度も交わり、夕日に赤が散ってゆく。その間にもずっと、イリスは自問自答していた。
 剣戟の音色が爆ぜる度、イリスの脳裏によぎるのは学園での日々――入学してから知った異父弟の存在、彼らの笑顔、そして……はぐれ悪魔になった彼の笑顔。
 ケット=C=シュバルツという名の悪魔を殺害すること、それで復讐は終わるはずだったのに。
(ずるい――)
 彼が冥界勢力から離れた理由を、話してくれた時の声音を、嫌でも思い出してしまう。人間に情を移し、更には人間との誓いを果たすことを優先しているなんて。腹が立った。そんなのずるい、卑怯じゃないか!
「――っ……!」
 奥歯を噛み締める。ヴァーグのヒーリングブレスで、イリスは自らの傷を治療する。一対一の戦闘において、自己治癒能力の有無は持久力に直結する。イリスが睨み付ける先のガートは満身創痍だ。それでも、彼は挑発的な目線を向けることを辞めない。
 それはまるで、さも「自分は殺されるべき悪役だ」と演出しているかのようで。益々、イリスは腹が立った。

「そんなに……、そんなにッ、殺されないなら――!」

 お前が父さんを殺したように。私が助けてって言っても助けてくれなかったように。
 再び、ヴァーグのハイブラストが迸る。ガートは直撃こそ免れたものの、手負いの体であることに変わりはなく。だからこそ、一瞬、致命的な刹那、反応が遅れた――イリスの捨て身とも言えるほどの強襲、爪に切り裂かれながらも彼女の足がガートを蹴り飛ばし、地面に倒し、その胸を復讐の赤を宿したハイヒールで強く強く踏みつけて。
「かハ、」
 肺から空気を押し出されたガートが、噎せながら目を見開く。夕焼け空、乱雲のようになびくイリスの金の髪、残酷なほど透き通った翠の瞳、そして――喉元へ突き下ろされる断罪のレイピアの切っ先、が、猫の目に映った。切り取られた一瞬は、酷く遅く見えた。

(綺麗に……、なったなぁ)

 最初に見た時は、あんなにちっぽけな少女だったのに。
 たった数年、悪魔の命の尺度から言えば、ほんの一瞬。
 そう、そんな一瞬だけれども、小さな少女が清廉なる乙女になるほどの、彼女にとっては、膨大な時間……。

(……最期に見る光景にしちゃ、悪くない)

 これで、彼女の想いに決着がつくのであれば。
 これで、彼女が自分の人生を歩めるのならば。
 これで、彼女が救えるのであれば。

 これで、――……。







「――オマエの復讐は遂げたか? 諦めたか?」

 いつまで経っても訪れない最期に、ガートは溜息を零した。
 振り下ろされた剣は、彼の首をほんのり掠めただけだった。
「……、」
 イリスは髪をかき上げて、顔を上げた。屋上に埋まったレイピアの切っ先を引き抜き、彼を踏んでいた足をどけて――容赦なく蹴り転がす。
「まだ捨ててなかったのね」
 ゲホゲホ噎せる彼に、イリスは冷ややかに言い放つ。その目線は、ガートの指にて輝く指輪に向けられていた。シルバーリングに緑の宝石が煌くそれは、ガートの「人間を救う証」。それが、トドメを刺さんとした瞬間にイリスの目に映って。
「っ!」
 ガートはバッと自らの指輪を見る。ああ、無意識だったのか、それを着けていたのは――捨てなかったのは。イリスは溜息を吐いた。
「呆れた」
 その感情が、先ほどまでイリスを煮え滾らせていた怒りを鎮めていく。
「治療はしてあげない。赦すつもりはないから」
 言いながら、イリスは残った自らの傷をヴァーグに治療させて、そして相棒の召喚を解除し、ヒヒイロカネに剣を仕舞った。束の間の静寂。イリスにはもう殺気はない。殺せなかった。でも、それは宣言通り「赦した」という意味ではない。
「オレは、三国同盟反対勢力の一員だぞ」
 踵を返そうとしたイリスに、ガートは呼び止めるように言う。が、振り返るイリスの瞳はまるで興味がない様子で。
「へえ。まるで、私がお前を殺しても罪に問われないような、理想的な条件ね……悪役さん」
 見透かされている物言いに、ガートは言葉を詰まらせる。
「音信不通の間、何をしてたの」
 向き直ったイリスが問う。ガートは観念したように肩を竦め、語り始める。

 誓いを果たしつつ、イリスの父のについて調査したこと。
 その為に、別の名を騙って、かつての主人である悪魔に取り入ったこと。
 結果として、イリスの父は冤罪である可能性が濃厚であったこと。
 そして、主人悪魔が小規模な三国同盟反勢力であること。

「バレてるみたいだから補足。……反勢力に、オレは加担してないしする気もない」
「そ」
 やはりイリスの言葉は素っ気なく。ガートに背を向けた。夕日は沈む直前で、東の空は夜である。長く――彼女は溜息を吐いた。

「復讐は嫌なものね。恋でも愛でもないのに、復讐を遂げるか諦めるか、忘れるかしなければ……ずっと嫌いで憎しみを抱く相手のことを、考え続けてしまうのだから」

 終わる夕日に目を細めた。そして、イリスは背中に父の翼を顕現する。
「じゃあね、『ガート・シュトラウス』。さようなら。あとは野垂れ死ぬなり尻尾巻いて逃げるなり、お好きにどうぞ」
「……オマエは、これからどうするんだ」
「私? ……そうね。……教師になるわ。もう、私やお前みたいな『馬鹿』が、『馬鹿な目』に遭わないように、……そうね。一人でも、導きたい」
 表情は見えない。でも、その物言いは穏やかで。
 ふわり、その飛翔は、蛹から蝶が飛び立つようで。
 血塗られた赤い夕焼けから、新しい明日を運んでくる夜へ。

 軽やかに――飛んで行った。



 ……残された悪魔は、苦笑を一つ。

「アイツ、綺麗になったなぁ」



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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イリス・リヴィエール(jb8857)/女/19歳/バハムートテイマー
ガート・シュトラウス(jb2508)/男/22歳/鬼道忍軍
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エリュシオン
2018年01月31日

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