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『昨日みたいな今日、去年とは違う今日 』
佐倉 樹aa0340)&真壁 久朗aa0032

 佐倉 樹(aa0340)はH.O.P.E.エージェントである。そして、一応は大学生である。なので一応はレポート提出やらなんやかんやがあるわけで。
「はあ」
 樹は溜息を吐いた。冬はレポートラッシュである。「たった一つの単位も守れないで何が守れるか」と第二英雄が、終わらないレポートに苦い顔をしていた樹に完全な冗談顔で言ってきたものだ。
 で、今何をしているのかというと、二進も三進もレポートが進まず煮詰まってきたので、小隊【鴉】の拠点にて文字通りの「羽休め」に訪れていたのだ。
 樹はソファーにぐったり体を沈めたまま、溜息を再び。眉間を揉む。片目でパソコンの画面を見つめ続けるのがこんなに眼精疲労に繋がるとは。ホットアイマスクか何か買おうかな――そんなことをうだうだ考えていると、扉の開く音が聞こえた。
「なんだ、お前だけか」
 直後に聞こえた声、樹が振り返れば、そこに真壁 久朗(aa0032)がいた。
「あー、そうだね」
 腐れ縁ゆえの樹の雑な挨拶返し。腐れ縁ゆえ、特に断りもなく久朗は樹の隣に座る。
 二人のやり取り通り、今日は【鴉】の拠点に仲間達はいないようだ。なので二人の会話が途切れれば、当然ながら訪れるのは静寂である。かち、こち、壁掛け時計の音が聞こえる。
「……そういえば」
 手元に抱えていた封筒から、貸出許可を得た報告書を取り出して目を通しつつ。紙擦れの音の中、久朗が思い出したかのように呟く。
「久し振りだな」
「何が? ――ああ、」
 問うた直後に意味を理解しては、樹は「確かに」と天井をボーッと見たまま呟きを返した。

 互いの英雄を含めて、他に誰もいない二人きり。
 最後にこうやって二人きりになったのはいつだったか。
 ああ、「男女の二人きり」なんて形容すると、軽率にロマンスへ直結させたくなるのが人のサガだが、この二人にそういったモノは欠片もない。性別とかそういう煩わしいものはぶん投げた、気の知れた仲間なのである。

「……最初の頃を思い出すな。生駒山の動乱――【白刃】の頃だったか」
 手元の文字を読むのを止めて、久朗は回想する。
「立ち上げの直後は、お前と二人だったな。この部屋も、もっと殺風景だった」
 言いながら、顔を上げた。今座っているこのソファーは、元々三人掛けの長さだった。「皆がお互いに側で過ごせるように」とそれは増設に増設を重ねられ、今や長いL字型。
 そこから部屋をぐるりと見渡せば――壁にはどこぞの脳筋忍者が手裏剣で開けた穴、床にはどこぞの純情美女がぶち抜いた穴。窓の向こうのテラスには、どこぞの馬鹿力が壊した機材が物言わず横たわっている。
 それだけじゃない、ヒマワリ柄のカーテンに、唐突なほどに存在感を放っているやたらメルヘンな家具、植木鉢に作られたミニ菜園スペース、エトセトラ、エトセトラ――挙げだしたらキリがない。【鴉】の面子が十人十色なように、彼らの拠点もまた、統一感とは対極を成す混沌とした空間であった。
 でも、その混沌こそが、久朗にとっては心地いい。あそこからもあちらからも、仲間達のことを思い出せる。存在を感じることができる。
 久朗が【鴉】を立ち上げたのは、元々は個人的なキッカケによるものだった。だが世の中、意外にも物好きが多かったようで……なんだかんだ人が集まってしまって。それからは、ただがむしゃらに走ってきた。短い出来事のようで、随分走ってきたようで。しみじみとした気持ちになる。
「そうだねぇ」
 樹は久朗の言葉に頷きを返す。横目に彼を見やった。
「くろーは……【白刃】作戦の頃から北極星みたいなところ、変わらないね」
 生駒山の動乱、久朗の言葉に過去に思いを馳せた樹はそう言う。あの時から、こうして横目に見やる彼の横顔は変わらない。そして、その瞳が秘めた、戦場の標としての揺るぎなさを。久朗のそんなところを信頼していた。
「変わらない……と言うより、変わって欲しくない、というのが本音かもしれない。このまま、安寧の幸福が続けば良いと」
 部屋を見渡したまま、久朗は答える。樹はほんのり、目を細めた。
「ん。……なんか飲み物、淹れてこようか。お茶? コーヒー? お紅茶?」
「……コーヒーで」
「りょーかい。ブラック? コーヒー牛乳? お砂糖は?」
「ブラックでいい」
「分かった。じゃ、ちょっと待ってて」
 言い終わりに樹はゆっくり立ち上がる。久朗は彼女を目線で見送り、また手元の報告書に視線を落とした。


「はいおまたせー」
 樹が戻ってきたのは間もなくだ。ブラックコーヒーを、久朗の分と彼女の分。まあ、インスタントだけどね。
「……ん」
 久朗の短い頷きは「ありがとう」を意味する。一見して表情も変わらず素っ気ない雰囲気だが、これが彼のデフォルトだ。樹が気にするとかそういうことなども、ちっともない。淹れたての温かいコーヒーを、火傷しないようにほんの一口。こうばしい香りの湯気が部屋にゆったりと満ちる。
「お菓子も、置いてあったの持ってきたから。適当につまんで」
 言いながら、樹が卓上で開封するのは市販のクッキーだ。シンプルなクッキー。クッキーと言われれば脳内に思い浮かべるようなテンプレート。報告書を一度傍らに置いた久朗は、やはりかすかな頷きを返した。
「市販のクッキーってさ――」
 クッキーを一枚、手に取った樹がふと言う。
「家で作る手作りのクッキーの味と全然違うっていうか。なんでだろうね」
「……さあな」
 答えつつ、黒手袋の指先で久朗もクッキーを一枚。この手袋の下の左手は機械で作られているが、こうして外見を隠せば人のそれと変わりはない。

 そこからはまた、しばしの静寂だった。

 樹が再びクッキーを取る。隻眼の遠近感にも大分と慣れてきた、と思う。最初に比べて『空振り』することは減ったはず……と一応は自覚している。
 そして、そんな樹の様子に、久朗があれこれ、余分な気遣いや言葉をかけることはない。それは彼が冷たい人間だからという意味では決してなく――むしろその逆と形容した方が良いだろう。相変わらず、久朗は樹の隣で、黙々と報告書を読んでいる。樹はというと、のんびりコーヒーとクッキーを味わいつつ、窓の外の景色を見て、最近酷使していた目玉を休めていた。
 窓の外は雪の降りそうな曇りである。雪が降る前に帰るかな……とは、奇しくも二人が同時に思ったことだった。そして更に奇しくも、まあもうちょっとだけここでゆっくりしてから、と思うのだった。まだコーヒーも飲み切っていないことだし。
「そういえばさ」
 樹が言葉を発する。久朗が横目に樹を見れば、手遊びと暇潰しにクッキーの包装――原材料の一覧を眺めている彼女の横顔。
「さっきの話なんだけど」
「……さっきの?」
「うん、」
 髪を耳にかけて、樹はクッキーに混ぜ込まれていた保存料や人工甘味料の呪文めいた名前を読みつつ、言葉を続ける。
「変わったねーとか変わらないねーとか、そういうことの話」
「ああ……」
「それで、ふっと思い出したというか。最初の頃は、くろーって圧縮して乾燥したスポンジみたいに硬かったけど……ずいぶんとやわらかくなったよね」
 再会した当初のことを思い出しつつ、樹がそう言う。
「……良い水に恵まれたね」
 柔らかい物言いだった。遠回しに、彼が良い人間関係を築くことができる人間であると褒めているのだ。久朗はわずかに――親しい仲でなければ違いが分からないほどの角度で――片眉をもたげ、樹へ顔を向けた。
「お前はなんか……無関心になれない人間が増えたよな」
「……あー、」
 樹は特に否定はしなかった。古馴染みの久朗が言うことならば、それは疑いようもなく真実なのだろう。まあ、尤も、「そうなんだよね!」とキャピるような性格ではないのでそれきりであるが。そんなことをしたら久朗がなんとも形容できない顔で凝視してくる未来まで想像して、ははは。樹は内心だけで笑っておく。コーヒーをもう一口。
「くろー、コーヒーのお代わりあるけど」
「……いや、大丈夫」
「そ」

 そうしてまた、静寂だ。

 今日は仲間達は拠点には来ないようだ。まあ、それぞれの日常というものがある。仕事とか学校とか。ひょっとしたらH.O.P.E.エージェントとして任務に出ていたり、作戦会議に頭をひねっているのかもしれない。もしかしたら家で寝てるのかも。
 など、など、思いを馳せつつ、時たま、隣にいる古馴染みと明日には忘れているような他愛もない話をして。
 ガサ。紙擦れの音は、久朗が報告書を膝の上で整える音。全て読み終えたようだ。報告書からレポートを連想ゲームした樹は、帰ったらまた恐ろしいほど埋まらないレポートと戦わねばならないことを予感して、辟易の溜息を残ったコーヒーで飲み下す。
「……樹」
 封筒に報告書をしまいつつ、久朗が樹を呼んだ。彼女が目線を向ければ、「クッキー」と久朗が目線で卓上を示す。クッキーが一枚だけ残っていた。食べていいよ、という意味合いである。が。
「ああ、くろーにあげる」
 彼の分の、中身が空になったマグカップを手に取りつつ、樹はそう言う。割合的に私の方が食べたし、と付け加えれば、久朗は「そうか」と頷いてから、最後の一枚を手に取った。一口で、もぐ。
 あのクッキー割と大きかったのに流石に一口は……と樹は思った。案の定、久朗はほっぺがぱんぱんだった。やると思った。そう思いつつ、樹はマグカップを流しへと下げるのだった。
「じゃあ、雪降る前に帰るね私」
「…………」
「うん、飲み込んでから喋ってどうぞ。……また明日」
「…… ん」


 ――ちょうど良い距離、離れすぎない速さ、変わったり変わらなかったりする部分を携え、平行線。
 多分、また明日も、こんな感じで続いてく。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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佐倉 樹(aa0340)/女/19歳/命中適性
真壁 久朗(aa0032)/男/24歳/防御適性
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2018年02月05日

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