『HOPE学園〜林間学校編〜 』

カスカ（aa0657hero002）＆ゼム　ロバート（aa0342hero002）＆麦秋（aa0213hero002）＆アトリア（aa0032hero002）＆シセベル（aa0340hero002）

●
　英雄・能力者――そういった垣根を取り払い、誰もが自由に楽しく学園生活を過ごせるように。
　HOPE学園は『世界の未来を担う若者たち』を『HOPE』すなわち希望と称し、学びと青春の場を提供する学び舎である。


　入学式から１ヶ月が経過した頃。
　中等部では、クラスの親睦を深める一大イベント・１泊２日の林間学校が待っていた。



●
　バスで走ること１時間ほどの場所に、ハイキングレベルの標高の山を背にした自然公園がある。

「…………」

　雄大な自然を前に、絶望の表情を浮かべる赤髪の少女がいる。アトリアだ。
　しおりや、パンフレットは熟読してきた。
　行なわれるイベント各種も把握している。
　自然公園が、どういった場所かも……
（虫）
　いる。絶対にいる。
　真面目すぎると評され、気づけば風紀委員を担い、職務を全うしている彼女が苦手とするもののひとつ。
　虫。
　わかっていた、こういった場所には必ず奴らがいるとはわかっていた。
　かといって、虫が怖いので欠席しますだなんて理由が通るとは思えない。
　それに、料理や宿泊や集団行動を苦手とする級友たちだっているはず。友を捨て置くなんて、アトリアにはできない。
「…………同じ班かよ……」
「『げ』とは、なんですか」
「言ってねぇ」
　背後の呟きを拾って、アトリアは鋭い眼差しを後方へ向けた。
　同じ班であるゼム　ロバートが、ムッとした表情を返す。
　何だか気に食わないツリ目男……集団行動を好まない彼の存在は、アトリアにとって警戒対象である。
「アトリア、道具借りて来たよー」
「せっかくだから、何か素敵な拾いものも見つけたいわー」
　午前中は、班単位で山を登りながら清掃をする『クリーン作戦』。
　シセベルと麦秋が、割り当てられた道具を手に戻ってきた。
「え、えっと……３つある登山道のうち……ぼくたち、は、西側ですねっ」
　マップを手に、再確認するのはカスカ。
　入学式当日に起きた、ちょっとしたトラブルから半ば腐れ縁となった４人組に麦秋を加えた５人が、今回の仲間たちだ。
「…………まぁ、よろしくな……」
　シセベルから軍手と袋を受け取り、ゼムは改めてメンバーへ声を掛ける。
　険悪な空気がうやむやとなり、アトリアは消化不良な気持ちと安堵の気持ちと半々。
　ゼムの言動は気に掛かるものの、それを原因として友人たちとの空気を壊すようなことはしたくない。
「たくさん動けばお腹もすくし、お昼のカレーが楽しみだわ。がんばろうね」
　アトリアの肩に力が入っていることに気づいたシセベルはポンと彼女の背を叩き、屋外イベントに緊張気味のカスカへ微笑みかけた。



●
「後ろ、大丈夫ですか？　ついてきていますか？」
「はーい、大丈夫よぉ」
「……体力ないわけじゃねーから、気にすんな」
　のんびりマイペースで進む麦秋の、更に後ろ……最後尾にゼムがついている。
「アナタのような団体行動のできない者から迷子になるのが目に見えています」
「ならねーよ、サボリじゃねーし……　ちっ」
　『では、その真っ白な軍手は？』
　アトリアの眼差しから逃げるようにゼムは顔を背けて舌打ちをし、目に着いたゴミを拾い上げた。
　なんだって自分ばかり小言を受けるんだ。
　行動が遅いのは前の女だって……。いや、あいつの場合は、体力ないだけかもしれないか。ちっさいし。
　吹けば飛ぶような、小柄な麦秋。ゼムは、カスカと同様に見過ごせない印象を抱いていた。
（転んだり、貧血起こすかもしれないしな）
　アトリアも気を配りながら進んでいるが、最後尾だから見えるものだってある。
　ゼムなりに考えがあっての行動を、しかし伝えることはしないから２人の溝は相変わらず埋まらない。
　――と、そんな折。　
　彼と変わらない速度で歩いていた麦秋は、急に前方のメンバーを追いかけて行った。
「みてみてー、こんなの拾っちゃったわー」
「……わぁ、き、きれいです……ね！」
　キラリと光る何かを手にしているようだ。
「ガラスかな？　河原で丸くなったのが、雨かなんかで山道まで流れて来たのかしら」
　ヒョイと、シセベルが上から覗きこんで考え込む。
「……えっと……いくつかあれば、アクセサリーとか……作れたりするかも、です」
　小枝や木の実も使って、ブローチや髪飾りや。
「えー。カスカちゃん、そういうの得意系ー？」
「と……得意というか……、まだ、誰かに渡せるようなものでは……です、けど」
「全然うれしー。麦秋ちゃん、いろいろ探しちゃおうー」
　作って貰える前提で、麦秋が周囲を探索し始めた。
「おい、今はゴミ拾いだろ」
　話の流れに、ゼムが思わず割って入る。
「任せた！」
「任せたじゃねーよ！」
　シセベルが、ビッと真顔で親指を立てる。
「アトリちゃんも、ほらー」
「！？」
　せめて自分くらいは真面目にゴミ拾いをしよう。
　行動に移すアトリアの背後から、麦秋がスッと手を伸ばした。

「――ギャッ！」
「え？」　

　茶色く光る、何かがアトリアの頬に――……
「面白い形の枝よねー。これも何かに使えるかしらー」
「あ……枝……です、ね」
　虫と見間違えて悲鳴を上げただなんて、とっても言えない。
　脂汗を流しながら、アトリアは強張った面持ちで頷いた。
「おい赤毛、外側へ踏み出すと危ねぇぞ」
　彼女の胸中は知らずとも、立ち位置の危うさに気づいたゼムが呼びかけた。
「え？　外？　――ッ！！」
　強い日差しを遮ってくれる若々しい葉が枝をしならせ、その上には動く白い……

「ウギャアアアアア……！！！」

「……アトリアさんっ……！」
　足を滑らせたアトリアが、斜面から落ちそうになる。カスカが悲鳴を上げる。
「危ない！」
　素早く踏み込んだのは、シセベルだ。
「ごめん、はしゃぎすぎたね。ケガはない？」
「……あ、はい……。私こそ、取り乱してしまって」
　アトリアを肩ごと抱き留め、シセベルは友人を見下ろす。
「この辺り、生い茂ってて道がわかりづれぇよな」
　無事でよかった、と彼なりの言葉でゼムも伝える。
（見守りたい感じがする子ねー）
　ほわほわとした表情の下で、麦秋はアトリアの動揺の原因をなんとなく察していた。
　のんびりして良い時間であっても、気を張り詰めてしまうこと。　
（ゼムちゃんも、悪い子じゃないと思うのー）
　アトリアはやたらと警戒しているが、ゼム自身は恐らくニュートラルで、周囲をきちんと見ている。
　彼の伝え方の不器用さからは、背伸びしている印象を受けた。
　まだまだクラスメイトの事は知らない事ばかり。
　紫色に光る石を見つけた麦秋は、鼻歌交じりにそれを拾い上げた。



●
　ドタバタしながら到着した山頂では、早いグループが昼食となるカレー作りを始めている。
「料理は割と得意なのー」
　材料と共に配布されるレシピへ目を通し、これなら大丈夫と麦秋が言う。
「はーい、カレーは辛口が好きでーす」
「私は構いませんが、皆さんはどうですか？」
　シセベルのリクエストを、アトリアが仲間たちへ問う。
「度を超えてなければ気にしねぇよ」
「……ぼ、ぼくも……カレーは、好き、だったり……なので……」
「それでは、辛口ということで。ちゃんと分量を測って作りましょう。適当に目分量や勘でいれるのは失敗の元ですから」
「ふふふー。特に辛いものは、味見をし過ぎると感覚が麻痺しちゃって危ないわぁ」
　麦秋が付け加えると、同じような失敗をしたなぁ、とカスカが笑った。


「えっと、野菜、嫌いな人いたら、ぇと……もう少し、小さく……とか、することもできたりしたりする……から……」
「むしろ大きい方が良いわ、ジャガイモはゴロゴロしてるのが好きよ」
「ぁ、あの、その、大きさ、これぐらいで大丈夫……だったりしたりする……かな……？」
　シセベルは、好きなモノをハキハキ答える。
　野菜を切るカスカの手元を覗きこみ、『バッチリ』と片目をつむった。
「玉ねぎは、煮溶けちゃうくらい細かくするー？　隠し味になって美味しいのよー」
「こら、そこ！　変なものをいれない！」
「やだな、アトリア。飾り切りしたニンジンだったら」
「あっ……、すみません。シセベルの普段が普段だったので……」
「本音が漏れてるぞー。私だって自分が食べるなら美味しいものがいいんだから」
　日常生活に、ちょっとしたイタズラという名のスパイスを。
　本当に相手を困らせることはしないけれど、イタズラ好きのシセベルへ、ついつい先入観を持って接してしまっていたことをアトリアは謝る。
「おい、こっちは窯の準備できたぜ。米は？」
「今、行きます」
　振り返れば、ゼムは薪を伐り岩を組み、立派な窯を作り上げていた。
　米を炊くこともカレーを煮込むことも同時に出来る。
　飯盒を運んできたアトリアは、感嘆の息をこぼす。
「……ゼムさん……凄い……です……」
　女子だけでは、きっと作ることはできなかっただろう。
　その仕事ぶりにカスカが目を輝かせる。
「大したことじゃねぇよ……。野菜は切り終わったか？　カレー用の鍋も掛けるか」
「待ってー、ゼムちゃん。プリントの手順どおりでは作れない味を見せてあげるわー」
「！？」
　麦秋の台詞に、血相を変えたのはアトリアだ。
「麦秋ちゃんにお任せよぉー」
「で、でも」
「材料自体は支給されたモンだし、良いんじゃないか」
　杓子定規になることはないだろう。
　アトリアの融通の利かない性分を知っていればこそ、ゼムは麦秋を推す。
「万が一、失敗したらゼムくんが全部食べてくれるって言うし、さ？」
　アトリアの肩に入った力をほぐすように触れながら、シセベルがもう一押し。巻き込まれたゼムが「！？」と彼女を見上げる。
「……私だって、別に頭ごなしに否定しているわけでは」

「お肉はここで取りだして―。カスカちゃん、今度は玉ねぎだけもらえるー？」

「……あっ、は、はい……っ」
　カレー班、既に調理開始していたなど。


　山登りと調理とで疲れた体に、山頂の風が心地よい。
　手には、出来たてカレーが盛られたお皿。
「ゼムちゃん、シセベルちゃん、どうかなー？」
「ん……ふつーに美味い。それとは別に『ちゃん』やめろ」
「美味しい！　ただ辛いだけじゃなくって美味しさがあるっていうか……。お肉も柔らかくてジューシーだわ」
「ふふー、よかったわぁ」
「みんなで食べるご飯、美味しかったり……ん、……美味しい、ね……！」
「……はい」
　屈託のないカスカの笑顔に、アトリアの心が少しだけほぐれる。
（心配しすぎでしたね……）
　体力のないカスカや、おっとりとした麦秋は料理が得意。
　普段はイタズラを楽しむシセベルも団体行動には真面目に参加している。
　素行の気になるゼムも……問題を起こすようなことは、今のところ、無い。見直す一面もあった。
「うん……美味しい、です」
　煮溶けた玉ねぎがコクと甘さを支えている。
　大きめに切ったジャガイモは、口の中でホロリとして、心地よい熱さの追討ち。
「私……空回っていました」
「……え？」
　独り言のような友人の弱音。ハッとして、カスカは顔を上げた。
「心配……なんて、皆さんに失礼でした」
「……そ、そんなことない、よ……？　アトリアさん、しっかりしてるから……ぼくは……安心できたり……だからっ」
　
「ねーっ、向こうで釣りができるってー！　皆で行こうよー！！」

　一足早く食べ終えたシセベルが、他班から情報を得て沢の方向を指している。
「もうっ。後片付けも料理のうちですよ。麦秋さんだって食べ終えてないんですから、足並みをそろえて下さい」
　しおらしかったのは、一瞬。
　すぐに、いつものアトリアに戻る。
（やっぱり……みんなと一緒は……楽しかったり、です）
　カスカはホッとして目を細めた。



●
　沢で遊び、山を下り、自由行動のあとはキャンプファイアー。
　オレンジ色に揺れる炎の先には、銀色の星が輝いている。
「あとは寝て終わりって……なんだか寂しいね」
「あっという間だったわねぇー」
　シセベルの隣に座った麦秋が、とろんとした目で同意をする。少し、眠くなってきたかも？
「でもでも……写真、たくさん撮れました、し……帰ってからも、楽しみ、です……」
「カスカちゃんのアクセサリーも楽しみにしてるわぁ」
「……えと、それは、その……えっと」
　プレゼントできるようなレベルじゃない。カスカは繰り返すけれど、それがいいのだと麦秋が言う。シセベルも頷いた。
「家庭科の裁縫も上手だったものね。手先だけじゃなくて、配色とか全体のバランスとか、そういう感性が良いんじゃないかな」
「…………そ、そんな」
　そんなふうに、誰かに言われるとは。思ってもいなくて。
　真っ赤になったカスカの頬を、麦秋がツイと突いた。



　班行動と言っても、就寝のテントは男女別になる。
「えー。ゼムくんだけ離れるのは寂しいよ、おいでよー」
「誰が行くか」
　シセベルの悪乗りへ、ゼムは真面目に返す。
「……お、おやすみなさい、です……、ゼムさん。……また、明日です……」
「おう」
　テントから、カスカがヒョコっと顔を出す。
　女子たちがテントへ納まるのを見届け、ようやくゼムは深く息を吐き出した。
「あー……肩凝った」
　大人数で、一日中ドタバタと。
　騒がしくて疲れたが、
（まあ、一日くらいなら）
　悪くはないかもしれない。
　あちこちのテントから、笑い声がこぼれている。
　ゼムに割り当てられたテントでも、クラスメイトが話に花を咲かせていたけれど加わる気にはなれなかった。
　宿泊ゾーンの端、森林との境目に腰を掛け、ぼんやりと夜空を見上げる。
　キャンプファイアーで霞んでいた星が、今は存分に輝いていた。
　ゼムは記憶を辿り、星と星を線でつなぐ。
　こんなにはっきりと星座を認識できる空なんてはじめてに近い。
（……おお）
　星を追うことに夢中になっていると。

「ギャァアアアアアアア！！！」

　聞き慣れた悲鳴が、テントのひとつから響いた。



●
「どうした、虫でも出たか」
「よく来たゼムくん、ヘルプヘルプ！！」
　冗談半分、心配９割でゼムが駆けつけると、同班の女子たちがテントから飛び出している。アトリアが、シセベルにしがみつくという珍しい姿も見えた。
「……ほ、星が綺麗だね、って……思って、思ったん、ですけど……」
「蚊取り線香にジュースをかけちゃったのねぇ。消えちゃって、効果が無くなってたのー」
　ほんの少し、外に出ていたら。
　テント内はジュースやお菓子の甘い匂いに誘われた夜行性の虫たちのカーニバル。
「…………お、おう」
　入っても良いのか……？
　ゼムの視線に、女子たちは涙目で頷いた。
「ちょっと待ってろ、……しかたねーな……」
　上半身に虫よけスプレーを噴いてから、ゼムは魔境へと入っていった。


　ゼムが戦うこと、20分ほど。
　死骸も全て袋に詰め込んで、テント内は何事も無かったかのように綺麗になっていた。
「アトリアー。もう大丈夫よ」
「……ハッ」
　シセベルに髪を撫でられ、アトリアは我に返った。
「……あり、あ……ありがとう、です……」
　カスカは、泣きそうになりながらゼムの手を両手でギュッと握る。
「タチが悪いのはいなかったから、気にすることねーよ。あんまり夜更かしするなよ」
「そんなこと言わないで、御礼させてよ。ほらほら、入って。お菓子あるから」
「離せ！　誤解されたら面倒だろうが」
「今回の件は、私たちの落ち度です。先生には、きちんと話しますから……」
　シセベルに引かれる手を、ゼムが振り払おうとする。
　そこへ、視線を逸らしながらアトリアが声を掛けた。
「その……少しだけ、ですし」
「…………」
「ほらほらー。いつまでも外で立ち話してると、それこそ怒られちゃうー。入って入ってー」
　えいっ。麦秋が、ゼムをテントへ押し込んだ。
　思いもよらぬ力強さであった。



●
　ジュース各種、スナック、チョコレート、キャンディにマシュマロ……
　長い夜を過ごすお菓子がたくさん。
　そして灯りは、テント中央に用意された大きなロウソク１本のみ。

「高校へ入って、初めての夏休み……。打ち融け合った少年少女は、１泊２日のキャンプをとても楽しみにしていたの」
　始まるは、シセベルによる怪談話。
　麦秋はニコニコしながらチョコ菓子を楽しみ、
　カスカはまんじりともせずクッションを抱きしめている。
　アトリアは動揺を抑えるように無心でマシュマロを食べ、
　ゼムは『どうしてこうなった』と口には出さず話を聞いていた。
　中学生の林間学校と、高校生のサマーキャンプでは状況が違う……ようでいて、どこか現状と重なる描写が散りばめられている。
　耳をすませば川のせせらぎが聞こえ、日中の晴天から転じて風が吹き始める。
　風が雲を呼び、月あかりを遮る。
　次第に、聞こえるのは互いの声と風の音だけで……
「演出が本気過ぎはしませんか……！」

　――ざり

　砂を踏む足音がテントの外から聞こえたところで、アトリアが言葉を挟んだ。
　薄明りの中、細い肩が震えている。
「あら、全ては偶然よ偶然。……それでね、足音は次第に増えて行った。１つ、２つ……他にキャンプ客などいないはずだったのに」
　夏休み。レジャーのハイシーズン。なのに、ほかのキャンプ客が居ない？
　格安で泊まれるというから、気にしなかったけれど……
「『ねえ。誰か外を見て来てよ』女子が言った。でも、誰も動けなかったわ」
　……足音が、テントの周りをぐるぐると歩きはじめたから。

　――ざり。ざり。

「……シ、シセベル、さん……？」
　何かの気配を感じ取ったカスカが、震える声で名を呼ぶ。
　しかし語り部は止まらない。
「風の音が強くなり、テントを揺らし始める。そんな中、足音だけが消えない。テントへ近づき、……ついに、音はテントの中へ入り、」

「こら！！　何時だと思っているの！」

　バンッ、とテントが叩かれ、教師の怒声が飛び込んできた。

　催眠術から解かれたかのように、仲間たちがビクリと跳ね上がる。
「えへへー。ごめんなさい、先生。もう寝ますから」
「明日も朝は早いんですから、ハメを外し過ぎないように。……先ほどのは、災難だったわね」
　虫騒動の件を知ってくれているから、少しだけ大目に見てくれるようだ。
　シセベルがテントから顔を出して謝ると、話のわかる女教師はあきれ顔でコツリと生徒の額を小突くにとどめた。

「正座説教も覚悟してたけど、ラッキーだったわ」
「シセベルちゃん、なかなかの迫力だったわぁ」
　麦秋が、ぱちぱちと拍手で彼女を迎える。
「楽しんで頂けて幸い。おっと、こんな時間だね。そろそろ寝ようか」
「だな。菓子、ごちそーさん」
　時計を確認し、ゼムは周辺に人が居ないのを見計らって戻ってゆく。

　テントには再び静寂が戻り――……

「……うう……」
「今ので、眠れるものも眠れなくなったではありませんか……」
　カスカとアトリアが、涙目でシセベルを見ていた。
「…………えーと。その。ごめん！」
　シセベルは、今度こそ正座して謝罪した。



●
　朝陽は、全てに等しく降り注ぐ。

　心地よい目覚めと共に洗面場へ向かったゼムが睡眠不足で酷い顔のアトリアと鉢合わせて、互いに小さな悲鳴を上げたり。
　小枝や天然石など、素敵な『拾いもの』を麦秋から受け取ったカスカが、ほんわり嬉しかったり。
　美味しいカレーの作り方を、シセベルが麦秋へ訊ねてメモを取ったり。

　
「記念撮影の時間ですよ。皆さん、準備は良いですか？」
　引率教師顔負けの統率力で、アトリアが走り回っている。
「寝不足だったんだろ、あいつ。無茶しやがって……」
「反省してます」
　かといって自分たちに手助けできることは少ない。ゼムとシセベルは、迷惑を拡大しないようにするばかり。
「もう、帰る時間なのねー……。あっという間で寂しいわー」
「……がっ、学校へ戻ったら……また、一緒だったり……だから……」
「それもそうよね」
　ちょっとした、非日常体験。
　けれど、戻る日常では同じ仲間たちが待っている。

　互いに意外な一面を知った、１泊２日。
　明日からの『日常』は、きっと今までよりも特別になる。




【HOPE学園〜林間学校編〜　了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0657hero002／ カスカ ／　女　／　HOPE学園中等部　】
【aa0032hero002／アトリア／　女　／　HOPE学園中等部　】
【aa0340hero002／シセベル／　女　／　HOPE学園中等部　】
【aa0213hero002／　麦秋　／　女　／　HOPE学園中等部　】
【aa0342hero002／ゼム　ロバート／　男　／　HOPE学園中等部　】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
【IF：HOPE学園】、林間学校編をお届けいたします。
大変お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした……！
また、お待ちくださってありがとうございました。
思い出の１ページを飾ることが出来ましたら幸いです。

ＷＴアナザーストーリーノベル（特別編）

佐嶋　ちよみ

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2018年02月05日