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『HOLIDAY 』
砂原・ジェンティアン・竜胆jb7192)&和紗・S・ルフトハイトjb6970)&春都jb2291


 大きな戦いがあった。
 大きな戦いの後に、更なる戦いもあった。

 ――久遠ヶ原学園、卒業。

 卒業という新たなる道を選んだ者もいれば、学園での経験を積むことを選ぶ者もいる。
 卒業、進級、留年……
 時に同じ死線を潜り抜けてきた仲間たちと、今しばらくお別れの時を迎える。


 それから、ほんの少し時が流れ……
 二〇一七年、十一月。
 岐阜県多治見市の修道院で開催される毎年恒例の『ワインフェスタ』にて、懐かしい顔ぶれが集うこととなった。




 ああ、秋晴れの高い空が目に染みる。
 久遠ヶ原学園を卒業して来年4月に医大へ入学すべく猛勉強中の春都は、胸いっぱいに清々しい空気を吸い込んだ。
「お待たせ、春都ちゃん。今年は一段と盛況だね。迷子になるかと思った」
 待ち合わせ相手の声が後ろから。春都はワンピースの裾をひるがえして振り返り……驚きの表情に浮かべた。
「砂原先輩……本体はお留守番なのですか? あっ、もしかして迷子に……!」
「本体じゃないしね!?」
 長い金髪はスッキリとショートへ、眼鏡を外して宝石のようなオッドアイの輝きを隠すことなく。
 『冥魔空挺軍』へ正式に入団となった砂原・ジェンティアン・竜胆は、それまでの自分から一歩、変わることを選んだ。
 春都に眼鏡が本体と呼ばれ、あいさつ代わりに切り返す。
「和紗さん、どうでした?」
「元気元気。差入れも受け取ってきたよ」
 身重のため、和紗・S・ルフトハイトはこの場に居ない。
 けれど、参加の仕方はいくらでも。
 竜胆は『差入れ』をチラリと見せて悪戯っぽく笑った。
「春都ちゃんも元気そうでよかった……元気……元気に楽しもうね!!」
「はい〜〜」
 春都の勉強疲れが目に見えて、竜胆は空いている手で後輩の背を優しく叩く。
「あ。いたいた、見つけた」
 このイベントで、略式とはいえ狩衣姿は目立つ。それに、隣に立つ長い青髪の男性も。
 ターゲットを発見し、2人はそっと近づき始めた。




(秋晴れの空が目に染みるさ……)
 多治見の企業撃退士・夏草 風太は、国内屈指の猛暑を超えて迎えた秋の祭りに、感慨深さを隠せない。
 ここ数カ月で、近況は驚くほど変化した。
 夏草が直接トラブル対応へ走ることは減ったが、目配りをしなくてはならない物事が増えた。気苦労は質を増すばかり。
(この祭りだけは変わらないねぇ)
「四季……というのですか。不思議なものですね」
 夏には流しそうめんで悪戦苦闘していたが、秋は随分と過ごしやすい。
 夏草の隣を歩くのは、青髪の大天使・ユングヴィ。
 天使にとっては短い時間の流れで起きる変化に、彼は驚いていた。
「地球は丸いからねぇ」
 人界に慣れた堕天使は1人で大丈夫だろう。彼には給仕のベストを押し付けて肉体労働を課している。
 本日、夏草が面倒を見るのは実体験の乏しいユングヴィだけ。

「「だ〜れだ♪」」

 そこへ。
 突如、2人同時に視界が塞がれる。
「その声は……!   え 誰」
 バッと振り向いた夏草は、1人は春都であると確認し、もう他方に「!?」となる。
「ほら、本体無しだとわかってもらえないんですよ砂原先輩」
「だから本体じゃないって。……驚いた? 夏草ちゃん」
「……ジェンティアンくん!? 髪の毛……それに多治見には……」
「来るの最後かもしれないと言ったな、あれは嘘だ」
「『まだ』居るんですよねー、砂原先輩!」
「まさか入団内定、取り消されたんか!?」
「永久就職したから! 失恋で髪切ったみたいに言わないで!!」
 2人のやりとりに、たまらず春都はお腹を抱えて笑う。
「春都さんは、ちょっと雰囲気かわったかい?」
「わかります? 救命医目指して……絶賛猛勉強中です」
 フッ。春都の目からハイライトが消える。
「救命医!? それはまた、大変な道さね」
「はい。それでも、進みたいって決めたから。……頑張ります」
 勉強は大変だけれど、必要な知識であり経験を重ねるための基盤だから。
「それじゃあ、今日は息抜きの日なんだね。ゆっくりしていってよ」
 顔色は少し悪いけれど、春都の笑顔に無理は見えない。夏草は労わるように、ポンと彼女の頭を撫でた。
「あ。そうだユンちゃん。夏は名乗ってなかったね。冥魔空挺軍ケッツァーが1人、砂原ジェンティアンだよ、宜しく♪」
「……ケッツァーの? 君は……人間に見えますが……」
「色々と経緯があってね。今日はお頭のために美味しいお酒を手に入れに来たんだ。フェス終了後は、灘の酒も入手するつもり」
 所属先の名にユングヴィが驚きを隠さない。
 その後に続けた竜胆の説明に、彼らなりの信頼関係が築かれているのだろうと察したらしい。それ以上の言及はなかった。
「私は春都です。ユングヴィさん、お元気でしたか?」
「おかげさまで。……1人、姿がないようですが」
 春都へ会釈を返しながら、ユングヴィは夏を共に過ごしたもう1人を探す。
「ああ、和紗? 安定期には入ったらしいけど遠出は厳しいので……これで」
 竜胆が、提げていた鞄からスッとタブレットを取り出した。
 TV電話がつながり、画面に和服に羽織姿の和紗が映る。
『お久しぶりです。夏草、ユングヴィ』
「お久しぶりー、和紗さん…… え 安定期って」
 結婚報告は受けていた。が。まさか。
「わー! 和紗さんだー!!」
『春都もお久しぶりですね』
 現実について行けない夏草を押しのけ、春都が画面へ語り掛ける。和紗が、向こう側で表情を和らげた。
 背景から見るに、和紗がいるのは久遠ヶ原島にある自宅――バーの2階だ――らしい。
『今は17週……5ヶ月ですね。体調は安定していますよ、お陰様で大切にしてもらっているので』
「っていうと、出産予定は春かな?」
『順調にいけば、4月上旬予定です』
 冬の寒さを超えて苺が甘くなるように、強く愛らしい子が生まれるだろうか。
「和紗さん、お子さんが生まれたら抱っこさせてくださいっ」
 春都が、再び画面へ身を乗り出す。
『はい、抱っこは勿論どうぞ。是非会いに来てやって下さいね』
 春。4月上旬。
 その頃には春都にも『新しい生活』が待っているはず。笑顔で話せるようになっていたい。
「いつまでも立ち話もなんだし、そろそろ移動しようか。和紗のお使いとしてワインの仕入れも任務なんだ」
『楽しみにしていますね。竜胆兄、夏草』
「そういうことなら、お任せさ。今年作られた以外にも、出来の良い年のワインも用意するね」
「通話はこのまま繋いでおくから、和紗にもフェスタの案内をヨロシク」
「喜んで」
 



 収穫を終えたブドウ畑を案内したり、修道院地下にあるワイン醸造施設を見学したり。
『香りが、こちらまで届いてきそうです……』
 ほう、と和紗が溜息をつく。
『店で使っているお酒ひとつひとつが、こうして大切に製造されているのですね』
 カクテルとなれば、いくつもの背景が溶け合うことになる。
 洋の東西を問わず、酒は人々を元気づけてきた。道を外させてしまう場合もあるけれど。
 和紗は、小さな命の宿る場所にそっと手を当てた。あたたかい。
 お客の為の、大切な一杯。
 その源となる場所を見ることができたのは、とても感慨深かった。


「甘くて飲みやすいワインが良いんですけど……どれになりますか?」
 ドリンクブースで、春都が夏草を見上げて訊ねる。
「あれ。春都さん……」
「これでも21歳ですよ!」
「そ、それはごめん!」
 まだまだ高校生で通るから!
「夏草ちゃん、そういうトコだと思うよ〜」
 フォローにならないフォローへ、竜胆が追い打ちを掛ける。
「ウッ。ワインに慣れてないなら、やっぱりロゼかな。渋みが少なくて、白より辛くないさ」
「へえ……かわいいピンク色ですね」
 赤と白のいいとこどり。説明を受けて、春都の目が輝いた。
「ユングヴィさん、お好きなワインありました?」
「うーん……。私も、よく解からないんですよ。春都と同じものにしましょうか」
「何と食べるかによっても、変わってくるしねぇ」
 ワインに正解はない。自分が美味しいと感じるものが美味しいのだ。夏草が、そう笑った。

 ワインの他、パンケーキやサンドイッチをフードブースで入手したらランチタイム。
 ステージ上の音楽を楽しみながら、テーブルに着く。
「そうそう。和紗から差し入れを預かってるんだ。一緒に食べようよ」
「えっ、手作り!」
「ユンちゃんの為にって」
「私に、ですか?」
 身を乗り出しかけた夏草が、それを聞いて冷静に椅子へ戻る。冷静を繕って、笑いをこらえている。

 竜胆が重箱の蓋を開け……里芋の煮物を披露した。
「箸慣れた?」

「レベル、高!!」
 色んな意味で!
 耐えきれず、ついぞ夏草は体を折って笑う。
「これは……初めて見ますね」
『日本の伝統的な食べ物です。口に合うと良いのですが』
 にこり。和紗も画面向こうから暖かく見守っていた。

「…………」
 つるっ
「………………」
 つるっ
 
 とれない。
 美しい顔立ちの青年の、眉間のしわが次第に深くなる。
「わぁ。味がしっかり染みこんでるし、優しい味だねぇ……。これは美味しいさ」
 その隣で、夏草は難なく煮物を食べているのである。
「フォークやスプーンもあるよー。使う?」
「……いえ。もう少しでわかりそうです」
 春都や夏草の箸使いを凝視し、気高き大天使は新しい階段を一つ登ろうとしている。
 箸の開き方、里芋を掴む力の加減。慎重に、慎重に……
「ユンちゃんが取ったー!」
「おめでとうございます、ユングヴィさん!!」
 奇跡の瞬間に立ち会い、竜胆と春都が手を叩いた。
「……うん。美味しいです。礼を言います、和紗」
『どういたしまして。作った甲斐がありました』
 和紗も、すっかり慈愛の眼差しだ。
『ユングヴィ。あなたはきっと夏草や俺たちよりも、長くこの地で生きるのでしょう。だから、この地の文化に親しんでもらいたかったんです』
 彼の部下である堕天使は、余命が宣告されている。部下よりも長く、大天使という立場で、ユングヴィは生き続けるのだろう。
 だから。
『……聞いてくれますか?』
 画面越し、和紗は真っ直ぐにユングヴィを見つめた。
『俺の夫は天使、悪魔、人間と3種族の混血なので、この子もその血を引く三界と繋がる子なんです』

 大きな戦いがあった。
 天使と悪魔に関していえば、気が遠くなるほど長い戦いだった。
 互いの欲の果てに人界へと戦いの場を移した結果――
 全てが美しい終結の円を描くというわけにはいかないまでも、少なくとも3つの世界の関係は友好的なものへと変化した。
 ユングヴィが堕天することなく人界への滞在が許されていることも、
 竜胆が冥魔の空挺軍へ入団したことも、
 それらの答えの一つ。

『俺は、この子と歩く未来が楽しみです』
「……私は――……」
 微笑みを浮かべる和紗は、既に『母親』の表情をしていた。暖かく、優しく、強さも兼ね備えている。
 ユングヴィは、夏草へ視線を遣ってから和紗へ向き直る。
「歩いて、貴方たちの街へ行けるようになったなら……嬉しいですね」
 今は『お目付け役』が必要な立場だから、難しい。
 けれど、世界の関係が変化したなら許されるのだろう。
「世界は交わり……天使が人界で暮らしたり、人間が魔界に属することもある。ユンちゃんはどんな未来を見られるだろうね」
 会話を聞きながら、竜胆がしみじみと言葉にする。

 ――私の目的は人界ではありませんから
 暑い夏の日、ユングヴィは別の者へそう伝えた。
 この大天使は、新体制を決して快く思ってはいない。
 だからといって人界の破滅を望んでいるわけでもない。

「そうですね……。『神』のみぞ知る、でしょうか」
 神。本当に、そんな存在があるのなら。
 先の戦いに掛け、大天使はそう答えた。どこか読めない笑みを浮かべて。


「夏草ちゃんは、何かないの? 未来の展望」
「僕は到着した感が強いなぁ……」
 竜胆に問われ、夏草が唸る。
 過去の事件を機に深く感情を置くことから逃げていた企業撃退士は、多治見でようやく取り戻すことができた。
 忙しいながらも充実した現在が、とても気に入っている。
(……夏草やユングヴィは、いつまで独りなのでしょう。いつまでも、でしょうか)
 会話を聞いて、和紗はそんなことを思った。
 人界へ来て日の浅いユングヴィはともかく、夏草は地域で活動するようになったなら良き理解者とも出会えそうなものなのに。
「不思議ですね……。みんな、進む道はバラバラなんですけど、不思議と寂しくないんです」
 ロゼワインをお代わりし、ラズベリーソースのパンケーキを頬張りながら春都が言う。

「離れていても、元気でいるんだって思うと……私も、元気になれるんです」

 それぞれに、楽しいことや苦しいことを乗り越えている。
 見えなくても、信じられる。
 そんな存在が、いるという幸せを。強く強く、感じる。
「…………うん」
 まっすぐな言葉を受け止めて、竜胆は照れ隠しに目を伏せた。
「えっと…… 切り出すタイミング、探してたんだけど、さ。春都ちゃん、夏草ちゃん」
「はい!」
「んー?」

「……良ければ竜胆って呼んで?」

 『砂原・ジェンティアン・竜胆』。それが、フルネーム。
 けれど、竜胆は本当に心を許した相手にしか『竜胆』と呼ぶことは許さない。
「………ッッ、はいっ、竜胆先輩!」
 それを知っているから、春都は目に涙を浮かべながら答えた。
「ん。何度でも呼ぶから、いつでも遊びに来てね、竜胆くん」
 春都の様子から察し、夏草は穏やかな表情で。ユングヴィは空気を読んで頷くに留める。
「あっ。それじゃあ、夏草さんのこと『風太さん』って呼んでも良いですか?」
「え。良いよ。下では呼ばれ慣れてないから新鮮だねぇ」
「……風太ちゃん……風太……風ちゃん……」
「竜胆くん、何を不穏な呼称の羅列を」
「僕からも呼び方を変えたいかなって……」
「少なくとも、私が多治見に来てから一度も聞いたことが無いのは『風ちゃん』でしょうか」
「じゃ、それで。っていうか『風太ちゃん』って呼ぶ人いるんだ……」
「幼稚園の女の子がね……」
「……ごめん、聞かなかったことにする」
 夏草の目からハイライトが消え、竜胆も顔を逸らした。


「あ。ステージ空いたかな? 飛び込み参加もOKなんだよね、皆で行ってみない?」
「さんせー!! 竜胆先輩、歌ってくださいね。ダンスは私と風太さん、ユングヴィさんに任せて下さい!」
「え!?」
「ダンス……?」
『RECしますので、遠慮なく行ってきてください』
「どゆこと!?」
「ほらほら、行きますよ風太さん! せっかくの休日、楽しまなくっちゃ!!」
 ぐいっと、春都が夏草の手を引く。
 引かれた先には、眩しいステージ。竜胆は、既にマイクを手にしている。
 裏方仕事の長い企業撃退士が悩んだのはほんの一瞬。
 仕事着である略式狩衣を放りだし、スポットライトの下へ向かった。


 それぞれが未来へ向かって歩く日々。
 その中の一幕、大切な休日を、全力で。




【HOLIDAY 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb7192 /砂原・ジェンティアン・竜胆/男/ 24歳 / 冥魔空挺軍所属 】
【 jb6970 /和紗・S・ルフトハイト/ 女 / 20歳 / 未来を繋ぐ命を宿し 】
【 jb2291 /     春都    / 女 /実年齢21歳/猛勉強中! 】
【 jz0392 /   夏草 風太   / 男 / 27歳 / 多治見の企業撃退士 】
【未登録NPC/   ユングヴィ   / 男 / 28歳 / 多治見預かりの大天使 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
それぞれの道へ進んでから迎える、多治見でのワインフェスタ。休息の一幕をお届けいたします。
この度は、大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした……!
また、お待ちくださって本当にありがとうございました!
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年02月06日

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