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『受け継がれしコルト 』
J・Dka3351

 月のない夜の森は、昏い。ただでさえ淡い星明りは、鬱蒼と茂る梢に遮られて、地表に届くのは、頼りない薄光のみだ。
 故に、夜の帳に沈む森中で、まともな光源があるとするならば、それは旅人が点す焚き火の灯りくらいのモノだ。
 この日この晩この森でも、それはあった。
 黒水晶のサングラスで目許を覆い、群青色のポンチョを肩に掛け、燻した銀色の髪から覗く尖った耳の先端から察するにエルフらしき男が一人、焚き火に薪をくべていた。灯りの傍で彼が何をしているかといえば、ただ黙々と銃の整備をしていた。
 コルトSAA。そのアーティラリーモデル──砲兵用に設計された、五・五インチバレルのシングルアクションリボルバーだ。
 揺らぐ炎を鈍く照り返す、ガンブルーを施したフレームの至るところに細かな傷があり、銃把の木目は手形がうっすらと分かる程に摩耗している。いかにも年季の入った銃が、その機能性を今なお十全に発揮しているのは、男が毎夜手入れを欠かしてはいないからだ。
 命を託す得物の手入れを欠かさないのは、ガンマンとして当然の心得である。だが、男が毎夜必ずネジの一本まで丹念にガンオイルを差すのは、彼にこの銃とガンベルトを託した者の言葉でもあったからだ。
 あれはまだ、男が“男”になる以前の事。彼がまだ何も知らず、何も知らないが故に何にでもなれると確信する“少年”だった頃の事だった。



 少年が暮らす集落は、排他的な風潮のあるエルフの里の中では、比較的外に開けた場所だった。一つの季節に二度、隊商との付き合いもある。そうした隊商は数人の護衛を雇っているのが常だ。
 あの日集落にやって来た隊商も、数人の護衛を伴っていた。少年は、子供らしい好奇心とは明らかに異なる目付きで、昼の陽射しの中、野営の準備を行う彼らを見ていた。
 剣や弓といった武器で武装する屈強な者が多数を占める中、ただ一人、趣を異とする男が居た。
 たとえば、他の護衛達が青葉を茂らせた逞しい若木とするなら、その男は、枝に花を付けなくなって久しい老木だ。他の護衛は誰もが若年から、最も年かさのある者でも壮年域の真っ只中にいた。しかしその男は、初老と呼ぶにも齢を喰っているように見えた。
 そして、何よりも少年の目を惹いたのは、男が腰に吊り下げた代物だった。
 飾り気のないガンベルトのホルスターに納められた、黒鉄の輝き。革製の容れ物と同様に、なんのエングレーブのないその無骨なリボルバーに、少年は思わず魅入っていた。
 少年が、意を決して老ガンマンへ声を掛けたのは、その日の晩、何をするにしても火の灯りが欠かせない、新月の夜の事だった。
 ──なんの用だ。
 正確に言えば、恐る恐る近付いて来た少年へ先に声を投げたのは、焚き火の傍に腰を下ろす老ガンマンの方だった。彼はまず顔を向けず問うたあと、二の句を告げずに居る少年に向けて、ようやく顔を上げた。
 ──老いぼれの差し添えが珍しいのか。それとも、銃を見るのは初めてか。
 少年は最初の問いに言葉を詰まらせたが、続けて老ガンマンが口にした問いには、はっきりと頷いた。事実、少年は銃器の類など一切眼にした事はなかった。エルフの子供が寝しなに訊くフェアリーテールで登場する武器といえば、弓と相場が決まっている。
 少年は、それはなんだと、老ガンマンに尋ねた。
 ──これは銃だ。誰しもを平等に均す装置(イコライザー)だ。
 老ガンマンは、ホルスターから銃を抜きながら言った。
 ──剣や弓は、扱うのに力が要る。だがこいつは、たかだか四ポンドの引金を引くだけの握力があれば、それでこと足りる。
 老ガンマンは、手の中で銃を回転させると、少年の方へ銃把の台尻を向けて差し出した。
 揺れる炎の輝きを照り返す銃身から、少年は眼が離せなくなっていた。やがて、憑き動かされたかのような手付きで少年が手を伸ばすと、銃把の木目に指先が触れる前に、銃が逃れた。
 ──お前は、どうしてコイツに惹かれた。事と次第によっては、この銃、くれてやってもいい。
 老ガンマンの申し出に、少年はふと我に返り、彼に問うた。何故だ──と。行き摺りの自分に、どうして銃をくれるのか。
 ──そういう用心は悪くない。だが、まずは俺の問いが先だ。
 老ガンマンがそう言うと、少年は目許を覆うように垂らしていた前髪を手で払った。露になった少年の瞳は、ひどく色素の薄い灰色をしていた。
 少年は言った。この目は光に弱い。日の光には眩み、焚き火の灯りですら、ジリジリと痛むのだと。
 少年は、両親が自分をこの体質に生んだ事に罪の意識を感じている事を知っていた。照り付ける日の光よりも、身を潜めて盗み見た、涙する母と、その肩を抱く父の姿のほうが、少年の目には痛かった。
 少年は言った。だから証明したいのだと。自分は決して弱くはないという事を。
 だから、それを成し得るだけの可能性が欲しいのだと。
 少年は訥々と、しかしその身から溢れる熱を声に籠めて語った。語り終えた時には、頬が上気し、息を荒くしていた。
 それを黙したまま聞いていた老ガンマンが、口を開いた。
 ──この銃は、俺の銃じゃない。
 そして腰に巻いていたガンベルトを外して、ホルスターにリボルバーを納める。
 ──この銃と、そしてこのガンベルトはな、受け継がれて来たモノだ。俺がコイツを手にした時も、お前と同じちっぽけなガキだった。俺にこの銃を寄越して手入れのやり方を叩き込んだ名前も知らないあのガンマンはな、こう言った。
 ──もしもお前がくたばる前に、今のお前と同じ眼をしたガキに会ったら、そいつを渡せと。
 老ガンマンはそう言って、少年にガンベルトを差し出した。
 ──いいか、一日も手入れを欠かすな。お前にその時が来たときに、この銃が役目を全うできるように。
 老ガンマンは、少年の薄い瞳を覗き込んだ。少年はその眼を見返しながら、小さな顎を力強く引いた。
 そして、一巻きのガンベルトと一挺のリボルバーが、かつて少年だった老ガンマンの手から、いつか男になる少年の手へと託される。
 ──よし。今からそいつの手入れのやり方を教えてやる。死ぬ気で憶えろ。
 それから一晩、これから毎夜繰り返す事になる儀式を、少年は老ガンマンから教わった。
 少年が故郷を飛び出したのは、それから何度も繰り返した新月の夜の事だった。その腰に飾り気のないガンベルトと無骨なリボルバーを伴にして、彼は己を試す旅に出たのだ。



 解体した部品を繋ぎ終えた男は、両手で銃把を握りながら、射撃の構えを取った。利き手──左手の親指で撃鉄を起こして、銃爪を引く。
 カシン──と撃鉄が空振りする音が響いた。
 空撃ちの手応えから手入れの出来を図った男は、やがてローディングゲートから実包を込め始めた。装填を澄ませると、暴発を避ける為に撃鉄をレストポジションには戻さず、ハーフコックにしたまま、ホルスターに納める。
  男は想う。あと何度、この儀式を繰り返すのだろうか。この役目を終える時、それは果たして己が果てる時か、それとも──。
 そうあってくれれば良いと、男は口許に微笑を浮かべた。
 自分へ手入れの手順を説く際に見せた、あの老ガンマンの眼。全てをやり終えて満足し切ったあの笑みを浮かべる事ができたなら、きっとこの人生にも意味はあったと胸を張れるのではないかと、そう想ったからだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3351/J・D/男/26/猟撃士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 御依頼ありがとうございます。
 初めてのノベル執筆が彼だとは、光栄の至りです。でも実を言うと、こうなるんじゃなかろうかという予感は、ちょっとありました。
 さてノベル本編の方ですが、ご覧の通り、好き勝手やっています。老ガンマンは、何故見ず知らずの少年に銃を託したのか、そこを掘り下げた結果、こうなりました。リテイクは随時受け付けておりますので、遠慮なく申し付けてくださいませ。
 それでは、また御贔屓に。
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ファナティックブラッド
2018年02月06日

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