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『銃と鬼 』
聖陽aa3949hero002)&月詠aa3949hero001
 幇会というものがある。
 これは中国に根ざした非合法組織を指すワードだが、そもそもは民間発祥の互助組合的存在だったことからも知れるとおり、初期の任侠組織やマフィアの理念を色濃く残す存在である。
 その幇会のひとつを統べる“主”がいた。
 男とも女ともつかぬ容姿を持ち、子どものようでいて端々に成熟の風情をはしらせる。
 会を継いだころは部下たる者に実権を握られていたのだが……抗争の中でその部下は死に、権勢は無事、性別も年齢も不詳たる“主”のものとなったのだった。
 そして今、俗に謁見の間と呼ばれる趣深い黒檀張りの大広間にて“主”と数十人の男たちとが向き合っていた。

 男たちは新参ながらその働きをもって“主”の側近くに召し立てられた者ばかりである。今日はその仕事ぶりに対し、“主”から褒美を与えられるとの名目で集められたわけだが。
「やれやれ。一、二、三、いっぱいときたもんだ。おまえら四海幇だろ? 数合わせて四人で来いよ、なァ?」
“主”の左に立つ隻眼隻腕の男が、火を点けていない紙巻煙草をくわえた口の端を吊り上げて言った。
 口調も立ち姿もどことなくゆるさを感じさせるが、その右眼に沸き立つ鋭い気は語る。この男――聖陽がむしろゆるさなどとは無縁の存在であることを。
「たかだか鼠数匹と思って泳がせておきましたが、わずかな間にここまで増えていたとは……あなたがたを侮っておりましたこと、ここに謝罪させていただきましょう」
“主”の右に立つ美麗な青年――月詠が、酷薄な視線を男たちへ巡らせる。
「失礼をいたしました。あなたがたは鼠などではなく、ゴキブリでしたね」
 形ばかり控えた男たちの間に剣呑な気配がさざめいた。立ち上がり、広間のまわりに“主”の護衛が隠れておらぬことを確かめ、隠し持った得物を探って連携の間合を計る。
「ってことなんだが、ドン。やっちまっていいんだよな?」
「失礼ながら、少々騒ぎたてますことをお許しください」
 左右からかけられた声にうなずき、“主”はひと言告げた。
 シャー。
 すなわち「殺せ」の命を受けた静養と月詠が“主”の左右から駆け出していく。

 先端に刃を埋め込んだ奪命扇のひと振りをつま先で蹴り上げ、聖陽はゆるやかに横回転。強烈な後ろ回し蹴りを扇の使い手の鳩尾へと叩き込んだ。
「ドンは殺せと仰せだが、そういうわけにもいかねェだろ?」
 細身の槍、その穂先を床に突き立てて体を跳ばし、敵の連携を避けた月詠は降り立つと同時に槍を蹴った。穂先を蹴られた槍の石突が低い唸りをあげて敵の脳天を打ち据え、昏倒させる。
「権謀術数は相身互いですよ。ゴキブリ程度で大騒ぎを演じれば、黒社会で面目を失うだけです。全員無事に帰っていただきましょう。ただし車の用意はこちらでさせていただきますが」
 この幇会に手を出せば痛い目を見ることになる。それを伝えるため、歩けぬほどの傷を負わせて送り返してやる。――月詠が言外に含めた意図を悟り、聖陽は右眼をすがめた。
 四海幇の動向を知るために鼠を泳がせておいたのはこちらの都合だ。加えて必要な情報を得、鼠が邪魔になったから追い出そうということも。
 それでいて一方的にぶちのめして「うちをなめてもらっては困る」としたり顔をしようというのだから、月詠の人の悪さも埒外というものだろう。
「ま、会内の雑務なんかより荒事のほうが気楽でいいやねェ」
 聖陽は黒の長袍の腰からオートマチックを引き抜いた。
「手の数が足りないもんで、早撃ちは見せられないんだが」
 敵の投げた流星錘の分銅を撃ち落として歩み寄り、振り込まれた拳を上げた膝でブロック、そのまま脚を伸ばして蹴り飛ばしておいて、別の敵の腿に一発撃ち込んだ。そしてさらに。
 奇声と共に突き出された鉤爪を脇に抱えてひねり、その腕をへし折りながら振り回して迫る敵の追撃を防ぎ。
 振り捨てた“盾”に銃弾をくれて動きを封じ、丸まった背を踏んで跳躍。上から四連射して弾倉を抜き落とした。
 聖陽は隻腕である。弾が切れた今なら――敵のひとりが、未だ宙にある聖陽へ小銃を撃った。
 パギンッ! 硬い金属が打ち合う甲高い悲鳴が弾け。
「!?」
「薬室にもう一発仕込んどくのは銃手の常識だぜェ?」
 降り立った聖陽のつま先が撃った敵の膝裏を引っかけて体勢を崩し、銃のグリップで顎をかち上げた。骨の割れる湿った手応えに、ふむと息をつく。
「よそ見をしてもらっては困りますよ。当たりどころがずれてしまえば、思わぬ重傷を負うことにもなりかねませんからね」
 悠然と新たな弾倉を抜き出し、口にくわえた銃へ食わせる聖陽。
 それに眼を奪われた敵どもへ月詠が告げ、石突を横薙いだ。
 とっさにその柄の半ばを腕で抑える敵だったが。
 月詠の槍の柄は白蝋であつらえられており、よくしなる。半ばを止められた槍は大きく撓んでその石突で敵のこめかみを叩き、吹き飛ばした。
「石突とはいえ、頭蓋を砕くのはそう難しくありませんよ? せめて気絶で済むよう、下手な抵抗は避けていただければ幸いです」
 無表情を傾げて言い放った彼に、九節棍使い――体に巻き付けて隠していたらしい――が襲いかかる。
 九つの短棍を鎖で繋いだこの武具は、単なる打撃武器ではない。鞭さながら自在に動き、鞭にはない硬さをもって肉を削り、骨を砕く。
 波を描いて伸びてきた棍の先を穂先で払い、月詠は息を止めると。
 槍を突き出した。
 敵は棍の両端を握り、穂先をいなす。
 月詠は手首を帰して槍を数センチ引き戻し、突く。
 いなす。
 突く。
 いなす。
 突く突く。
 叩く。
 突く突く突く突く。
 月詠の手が速度を上げる。敵は取り残され、それでも必死に防ごうと手を速めて、ついには払い退けようと棍を大振り。
「どうやら功夫が足りていないようですね」
 手元に穂先を残したまま棍を見送った月詠のひと突きで肩を貫かれた。

 聖陽と月詠、ふたりの敵たる男たちは戦慄した。
 四海幇より命を受けてここへ来た自分たちは選りすぐり。数をもってこのまま組織を乗っ取ることすら可能と思い込んでいた。
 それが泳がされていただけでなく、共鳴もしていないふたりの英雄に武力ですら圧倒されようとしているのだ。
 このままでは幇の看板に泥を塗ることとなってしまう。おめおめと生き延びたところで幇の制裁を受けるばかり。ならばせめて一矢報いて戦いの内で散るのみだ。
 男たちの眼が、ふたりの奥で退屈そうにあくびを漏らす“主”へ向いた。生き残った者全員でかかれば――

「誰がそれを許可しましたか? 私が? それとも“主”が? まさか、あなたがたの独断ではないでしょうね……?」
 静やかに紡がれる月詠の声音に気が燃え立つ。怒気と狂気、そしてそれをくべられた鬼気が。
 男たちはようやく気づく。
 目の前の麗しき青年の正体に。
 この後の自分の末路に。
 かくて始まる月詠のひとり舞台。虐殺にならないのは、彼が心へ残したひとかけらの理性のおかげか。
「ちぎられたくなきゃ本気で逃げなよォ。ま、逃しちゃやらないんだけどねェ」
 にやりと笑んだ聖陽が銃口を男たちに向け、ふとそれをずらして三発撃ち込んだ。
「危ないねェ」
 弾かれた槍を引き戻し、月詠は艶然と笑みを傾げ。
「おや残念。いえ、失敬、でしたね。ゴキブリと同じように黒かったものでまちがえたのですよ」
 聖陽は“主”に忠誠を誓う以前、抗争で死んだ幹部の契約英雄だった。
 ただの敵よりも厄介な立場から“主”と対立していた聖陽に、月詠は好意とは真逆感情を抱いているし、それを隠したこともない。
 一度裏切った者は二度裏切るものです。
 月詠は幾度となく“主”に進言したものだが……よく言えば鷹揚、悪く言えば無気力な“主”は、その度に「無問題」のひと言ですませてしまうのだ。
 泰然は長たる者にふさわしき資質ですが、毒虫と知りながら肌に這わせるは愚行。いえ、そのようなことはどうでもいいのです。“主”のすべてを預かるこの私がそれを許さないのですから許されない。それだけのことですよ。
 一方の聖陽は月詠から押し寄せる凄絶な悪意の圧を柳がごとくに受け流し、口の端を吊り上げる。
 テメェがなに考えてるかなんざどうだっていいんだよ。俺様ァこの世界に留まるってドンと約束したんでね。蛇のくせに煙草もやれるし、抱き枕としても悪かねェ。つまりドンのとなりは俺様にとって居心地いい場所なのさ。そいつをテメェの歪んだ保護欲なんぞで取り上げられんのはごめんだねェ。ってことで。
 聖陽の銃が月詠の眉間へ弾丸を撃ち込んだ。
 察していた月詠が顔を振ってこれをよければ、弾は彼の後方に回り込んでいた敵が振り上げた剣の持ち手をぶち抜く。
「先に言い訳を用意しておくあたりが実にあなたらしい。小悪党の卑屈というものでしょうか?」
「俺様なりの信頼さァ。まさかこんな弾に当たるようなヘマはしないんだろう?」
 月詠と聖陽は剣呑な笑みを突き合わせ、同時に動いた。
 月詠の槍が薙がれ、敵をのけぞらせておいて、軌道を低く変えてさらに一回転。その脚を払って床に倒した。
「おっと、とどめをさし忘れましたか」
 背中越しにわざとらしい言葉を投げれば。
「そっちの敵はいいのかい?」
 薄ら笑いで転がった敵を踏みつけながら、聖陽が月詠の背に銃弾を叩き込む。
「狙いが来るっているようですが? 確かあなたは銃だったかと思いますけれど、もしや手が足りないせいで腕にも難があるということでしょうか?」
 かるく銃弾をかわし、聖陽の足の甲へ穂先を突き込んだ。
「いやァ、目の前でチラチラされっとつい見ちまうもんでねェ」
 足をついと上げて穂先をかわし、月詠の向こうで先の弾を食らって転がった敵へもう一発撃ち込む。
「飛蚊は老眼の病と云いますが、銃手にとっては致命的ですね。隠居をおすすめしますよ」
 赤き槍纓(穂先の根元につける房)を踊らせて聖陽の視界を塞ぎ、月詠が笑んだ。
「ドンとふたりして引きこもるってェのも悪かないがなァ」
 投げ上げた弾倉を空の銃に食わせ、聖陽は肩をすくめてみせた。
「今のまんまじゃどうにも落ち着かねェ。掃除がきっちりすんだ後の話だな」
 それぞれの邪魔をしているうち、月詠と聖陽の間合が詰まる。
 と、その脚に、肩を貫かれて呻いていた敵の体が引っかかり。
「!」
「っとぉ!」
 思いきりふたりの踵で踏みつけられ、哀れな敵は意識を失った。

「あなたの詰めの甘さに私を巻き込まないでいただきたいものですね」
 聖陽の邪魔をし、立ち塞がる敵を突き、薙ぎ払って月詠が舞う。
「テメェの仕末の悪さ、こっちに押しつけられてもなァ」
 月詠の悪意を流し、いなし、ときに弾で返して聖陽が駆ける。
 ふたりの争いは「言い訳」たる敵を巻き込んで拡大。いつしかその言い訳が潰えたことで渋々と幕を引いたのだった。

「どうぞそのままで。御御足の穢れとなります」
“主”に一礼して月詠は、縛り上げた敵が運び出されていった後の広間を丹念に拭き清めていく。
「ま、動けねェってんならいっしょにどうだい?」
 聖陽が“主”に声をかけ、銃を握っていた手をひと振り。すると魔法のようにライターが現われた。
 是(シー)。短く応えた“主”は袂から瀟洒な煙管を抜き出した。そこにはすでに、月詠の手で刻み煙草が詰められている。
「俺様手がいっこしかないんでね。詰め替えは自分でやってくれよ」
 言いながら火を点けてやり、自分の紙巻にも火を点けた。
 と。
 その横腹に月詠のつま先が食い込んで。
 聖陽が盛大にむせた。
「――ったく、なにすんだよォ」
 しかし聖陽はそれ以上なにをすることもなく、新たな紫煙を肺に吸い込んだ。
 月詠がいなければ“主”の日々は立ちゆかない。彼がこなす役どころまで担うのは避けたいところでもある。
“主”の煙管の煙草を詰め替えてやる月詠も、聖陽が反撃してこないだろうことは承知していた。善くも悪くも互いに立場はわきまえているのだから。……とはいえ隙を見逃すつもりはない。たとえ聖陽の死によって、幇会がどのような不利益をこうむることになろうともだ。
 ゆるゆると煙管を吹かす“主”を挟み、奇妙な均衡を保つふたりの英雄はそれぞれの役割を全うし続けるのである。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【聖陽(aa3949hero002) / 男性 / 35歳 / 酒豪・ウワバミ】
【月詠(aa3949hero001) / 男性 / 24歳 / Knight of 忠】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 陽中の陰。陰中の陽。彼ら、互いに寄り添わぬがこそ太極を為す。
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2018年02月07日

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