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『恋のレシピを教えて下さい 』
緋打石jb5225


 とある街の路地に、そのカフェはある。
 グリーンに彩られたアプローチ、レンガ造りの外観にモスグリーンの日よけ。
 店内には耳馴染みのるクラシックが流れ、喧騒を忘れさせてくれる。

 フュージリア=フレースヴェルグ――『平坂黄泉子』名義でそれなりに名の売れている小説家の、お気に入りの場所でもあった。
 彼女は外見こそ幼いが、香り高い紅茶を前にした振る舞いは成人女性の気品を伺わせ――


「というモノローグは、今は要らないので」
「はい」
 カウンター席に腰掛ける女性が2人。
 1人が作家のフュージリア、もう1人は彼女の担当編集者である野崎 緋華だ。
 『cafeヘヴンズ・ドアー』はフュージリアお気に入りの場所で、執筆期間へ入ればカウンター席を占領して入り浸る。
 今日は野崎に呼び出されて来店していた。
 新刊を出すにあたり、編集部から要望があったのだという。

 ――乙女向けジャンルを1本、頼みたい

「私が言うのもなんだが、編集部は正気か?」
 ハンチング帽を目深にし、フュージリアは訊ねた。
 彼女が得手としているのはライトノベル。一般向けではホラーサスペンスを手掛けることもある。
 イチャラブとかスパダリとかドS彼氏とは無縁の世界を扱ってきた。
「ライトノベルのラブコメ要素を延長したらどうかしら」
「私のライトノベルにラブコメ要素があったことが?」
 目からハイライトを消し、フュージリアが応じた。
「ないね」
 薄紅色の長い髪を背へ流し、野崎の目からもハイライトが消える。
 冒険活劇、呪いと因果、民俗学の応用、そういった内容がベースで、セクシーシーンに頼らない作風こそ評価の1つでもあるのだ。
「でも『作風を広げる』ことには、あたしも賛成よ。先生だって恋愛の経験1つや2つ、あるでしょう? そこから広げるのはどう?」
「知っているか。この作家、恋愛経験というものがなく乙女の胸キュンのツボがわからない」
「すまんかった」
 カップをソーサーに置き、野崎は素直に謝罪する。
「ならば取材としゃれこもうか。野崎氏の体験談を所望する」
「仕事へ没頭するうちに恋人と疎遠になり、気づいたら彼はブラック企業で過労死していた話、聞きたい?」
「ごめんなさい」
 重すぎた。


「マスターのスマイルくださぁい★ミ」
「構いませんけど、当店では有料ですよ?」
「ヤダーーー/// じゃあ、季節のパフェを追加しまーす」
「あっ、アタシもアタシもー!!」


「なんだアレ」
 2人掛けのテーブル席から黄色い声が飛び、カウンター奥から落ち着いた声が返る。
 フュージリアは顔を上げ、2箇所を見比べる。
「なんだ今の」
「時々いらっしゃるんですよ、ああいったお客様」
 カフェオーナーの青年・カラスは、黒髪を揺らして塵程も困っていない風に笑う。腹の立つ。
「オーナーの外面もメニューの1つよねー、この店」
「外面……対乙女に特化したそれは、もはや武器なのでは」
 その時、作家は閃いた。
「教えろ……。多くの乙女に対してハートキャッチする技術を教えろ!!」




 客足が引いたのを見計らい、カラスは本日5杯目となる紅茶とコーヒーを2人へ差し出した。
「乙女向け……ねぇ」
 馴染みには、彼も砕けた口調になる。他に客のいない時に限るが。――それもまた、外面を保つためなのだろう。
「全年齢? 成人向け? レーベルは?」
「いきなり切りこむわね……」
「対象をはっきりさせないと、どういったシチュエーションが好まれるのかわからないからね」
「成……人……? 成人で、乙女……?」
「成人が乙女で何か不満でも」
「ないです」
 思考の迷路へ片足を踏み込んだフュージリアへ、野崎が氷点下の笑みを向けた。
「内容は全年齢よ。ターゲット層は10代、うちから出してる文庫から出す予定」
「ライトノベルの顧客とは?」
「先生の固定客とは被らないわね、向こうの読者層は20代後半からが多いの。それを含めて新規開拓ってコト」
 ふんわり甘い恋愛モノから入り、本格的なサスペンスや、手に汗握るライトノベルの世界へようこそ。
 逆もまた然り。
「……シンジンのヒラサカです……」
 フュージリアの声が震えた。
「ちなみにカラス、あなたの恋愛経歴を聞いても構わないか?」
 恐る恐る、そのままオーナーを見上げる。
「あ、すみませんいいですごめんなさい」
 威圧感のある笑顔を前に、ひたすら謝るしかできなかった。




 仕切り直し。
「テンプレートは、こんなものか……。避けて作り出したいところだが」
 野崎の助言から書き出したキーワードを眺め、フュージリアは唸る。
「読者が、自身を重ねて楽しめるもの――それがジャンルとして大きな要素なら、主人公の設定は平凡になりがちなのかな」
 ふむ、とカラスがあごをなでる。
「『どこにでもいる普通のアタシが、なぜか王子様に告白されちゃった!』一行で終わるぞ」
「言ったらお終いだから」
 身もふたもないフュージリアの言葉に、野崎は項垂れる。
「そこは舞台装置次第かしら。先生得意の分野を絡めるのはどう?」
「『どこにでもいる普通のアタシが、引きずり込まれた深淵の先で異形の王子様に告白されちゃう』かな?」
「脱出系ホラーだ、それは」
 雑に繋げたカラスへ、フュージリアは冷静に突っ込んだ。
「む……異形の王子とやらが、実はイケメンだったりするのか」
「更にドS?」
 設定を修正したフュージリアへ、野崎が繋げた。
「異形の頃からドSだったら、絵面的に拙いんじゃないかい」
「そこは口絵イラストで詐欺る」
「いいのか編集」
 たぶん怒られる。
「そもそも『普通のアタシ』が気に食わんな。ヒロインが異形で、人界へワープするというのはどうだ」
「表紙どうするのよ」
「そこは詐欺ってもらう」
「良いの? 作家先生……」
「『現代へ転生したらドワーフだったあたしにイケメン王子が求婚してきて困ってます』どうだ!!」
「ラノベだね」
「ラノベだわ」
「……ぐぅっ……!!」
 現代社会でドワーフが当たり前 とは。

 『普通のアタシ』より『こんなアタシ』を強烈なキャラへ設定すること自体は、アリかもしれない。
 ひとまず、このアイディアはステイ。
「文字で表現する世界だからな、どれほど容姿が醜くても脳内で如何様にでも変換できる。つまり、描写する心が美しければ補正して読んでもらえるのだ」
「先生が作家らしいことを」
「作家だというのに」
 からかうカラスを、フュージリアは半眼で睨んだ。
「王子――と仮定して、彼は容姿で判断はしない。そこも鍵かしらね。『どんなアタシでも』肯定へ繋がるから」
「なんだかカウンセラーみたいになってきたね……」
「乙女向けは、そういう需要が大きいと思うよ。自分を重ねて、認めて、好きになってほしいって」
「ふぅん……」
「男性向けは、女の身体なら何でもいい感が凄いわよね」
「野崎氏、普段から何を読んで……」
 なんだか不安になって、作家は担当編集差の腕を掴んで揺さぶった。




 完全に陽が落ちたところで、ほかほかオムライスが差し出される。
「進んだかい?」
「生まれながらにして眼球を持たない王子に、どうやって視力を与えるかで詰まった」
「……乙女要素どこいったの」
 光が見えたようで再びお通夜会場になっている。
 お通夜というか黒ミサというか。異教の何かというか。
「わかったわ、先生。ヒロインが前の世界で食料としていたモノが現代世界でいう『眼球』で、王子の為に痩せたい一心で吐き出したそれが――」
「成人向けっていうかGが付くよ? 食事出したところでやめてくれる?」
「前の世界……世界、か……」
 うーん。そこはもう少し、詰めていくべきかもしれない。
 スプーンを手にして、フュージリアは呻く。
 何かが、見えそうな気がした。 

「前の世界でも、先生は恋をした?」
「え」

 オムライスを頬張る頭上に、不意に優しい声が降ってきた。
「新しい世界で、素敵な恋が見つかるかもしれない。あるいは、前の世界に置き忘れてきたかもしれない」
(『前』の…………?)
「ウッ、アタマが!!」
 頭痛が走ったのは一瞬で、フュージリアはホウッと息を吐き出す。
「……前の世界から追ってきたストーカー気質の元カレの眼球を奪い、王子は視力を得る。これでどうだ!!」


「「ホラーだ!!!」」




 平坂黄泉子先生の最新作にご期待ください!!


 
 
【恋のレシピを教えて下さい 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5225/緋打石(真の名をフュージリア=フレースヴェルグ、作家名は平坂黄泉子)/女/12歳/作家】
【jz0054 / 野崎 緋華  / 女 / 27歳 / 平坂黄泉子の担当編集者】
【jz0288 /  カラス   / 男 / 28歳 /cafeヘヴンズ・ドアー オーナー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
大変お待たせいたしました……! お待ちくださり、ありがとうございました。
【IF】設定『cafeヘヴンズ・ドアー』、お届けいたします
楽しんでいただけましたら幸いです。
WTアナザーストーリーノベル(特別編) -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年02月08日

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