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『セキュリティーナース太一』
松本・太一8504


 彼の事を、もっと知りたかった。
 だから、彼の名前で検索をかけてみた。
 まずは彼の誕生日だ。正確な生年月日を見てみたところ、何と職場で鯖を読んでいる事が判明した。私たちに対しては28歳と言っていたのに、本当は30歳をとうの昔に越えている。もちろん人事部には正しい個人情報を提出してあるのだろうが。
 確かに彼は若々しい。仕事ぶりは気力に満ち溢れ、かと言って体育会系の連中のように押し付けがましいわけでもなく、それでいて私がミスした時には庇ってくれる。
 気持ちはわかる、と私は思う。私だって、そろそろ微妙なお年頃だ。三十路に入れば、ごまかしたくもなろう。二十代にしがみつこうとする彼に、私はむしろ可愛らしさと親近感を覚えずにはいられなかった。
 もっともっと、彼の事が知りたくなった。
 私は表示されるページをことごとく熟読し、片っ端からリンクを辿って行った。
 彼の初体験は大学生の時で、相手は別段どうという事もない女で、特にドラマチックではない出会い方と別れ方をしていた。綺麗に別れているのであれば、私としては文句はない。
 中学生・高校生の頃の彼は、絵に描いたような優等生だった。
 小学生の時、彼の父親が独立して会社を作った。つまり彼は社長令息というわけで、一時期は父親の会社に勤める事も検討していたらしい。
 未就学児の頃も、彼は両親に愛され、のびのびと育った。
 拍子抜けするほど、何事も起こらない人生だった。
 そんな平穏な日々を過ごしながら彼は、あるものを育てていた。
 それが今、私を侵蝕している。
 わけのわからないものに変わりながら私は今、道を歩いていた。
 歩く度に、アスファルトがひび割れ、通行人が尻餅をつき、車が浮き上がったり横転したりする。
 どいつもこいつも、私を見て悲鳴を上げている。
 失敬な連中だ。文句を言ってやらねばならない。
 私は吼えた。身体のどこから声が出たのか、わからない。
 どこが口で、どこが目鼻で、どこが手足かわからない私の身体の、一部が伸びた。毒蛇のように、蛸足のように。
 それが、腰を抜かした通行人どもを叩き殺す……寸前で、硬直した。
「……いけないウイルス拾っちゃったみたいですねえ」
 声がした。
 若い女が1人、私の傍らに着地したところである。舞い降りた天使のように、ふわりと。
 まさしく天使……白衣の、天使であった。
 コスプレ風俗そのもののナース服が、私より大きな胸を閉じ込めている。
 私より細いウエスト、私よりムッチリとして形良いお尻、私よりもずっと人様の鑑賞に耐え得る太股。
 ナースキャップを載せた黒髪が、さらりと夜風に揺れて艶やかさを振りまいている。
「……いろいろ検索してると、止まらなくなっちゃいますよね。わかります、私もそういう事ありますから」
 可愛らしい顔に、哀れみの表情が浮かんだ。
「ですけどね……貴女のした事は不正アクセスなんです。もう、しないで下さいね」
 私の身体には、巨大な注射器が突き刺さっていた。
 猛毒にも似た何かが、凄まじい勢いで私の体内に流し込まれて来る。
「偉そうな事、言わせてもらいますね。相手の事を知りたいと思ったら、基本的には会話をするしかないんです。営業のお仕事でも、プライベートな人間関係でも同じです。不正なやり方で入手した個人情報が、信頼関係を築く上でプラスに働く事は絶対ないですから」
 初対面の女に要らぬお説教をされながら、私は破裂していた。


 先程まで巨大な怪物であった女性が、今は穏やかに気を失っている。
 彼女の身体を細腕で抱き上げたまま、松本太一は言った。
「上手いこと記憶をなくしてくれてると、いいんですけど……」
『どうかしらねえ』
 太一の頭の中にいる女性が、どうやら腕組みをしている。
『何やら悪い夢を見ていた、という事にしてくれると助かるわね』
 悪魔族の女性、という事になってはいる。本当は何者であるのか、教えてもらったとしても太一には理解できないであろう。
 たおやかな腕と豊かな胸で、女性1人をそっと抱き支えたまま、太一は懸念を口にした。
「この人……好きな男性に対して、絶望したりしちゃうんでしょうか」
『どうして?』
「だって、好きな人が……あんな……」
『ああいうものでしょう。これは貴女たち人間だけじゃなく、文明社会を維持できるレベルの知的生命体種族は皆そうよ』
 女悪魔が言った。
『親御さんに愛されながら、普通に健全に波乱のない生き方をしていても……人の心はね、どす黒い醜悪なものを孕んで育ててしまうのよ』
「人間社会で生きるって、そういう事なんですよね……」
『ひとりの人間に関して執拗に詳細に調べていくと、だからいつかは必ず、そういうものに行き着いてしまう。それに呑み込まれ、侵蝕されてしまう』
「悪質なウイルスサイトに、うっかり行き着いて感染しちゃう……みたいな」
 太一は見上げた。見回した。
 この女性が怪物と化して暴れていた、街中の風景……ではない。
 白衣の天使の姿で女性を抱き上げたまま、太一は宇宙空間に佇んでいる。
 空間内いたるところに、無数のアイコンやサムネイル、リンク表示が浮かんだ宇宙。
『ここへのアクセス権を持っているのは……私の知る限りでは、私と貴女だけ。の、はずなのだけど』
「……私も、ですか?」
『当然。貴女は、情報を操る魔女なのよ』
 森羅万象、全宇宙、あらゆる物事に関する情報にアクセスするための空間。
 そこへ、アクセス権など持っていない一般人の女性が何故か入り込み、不正な検索に興じ、ウイルスに感染した。
『迂闊な検索をすると、貴女でもああなってしまうのよ』
 女悪魔が、脅してくる。
『その女がここへアクセス出来た原因は、調べる必要があるにしても……おかげで、思いがけなく実例を見せてあげる事が出来たわ。ああならないように、さあ情報アクセスの実習訓練よ』
「その前に、この人をお家に帰してあげましょう」
 言いつつ太一はもう1度、見回した。
「で、結局……ここって一体、何なんですか?」
『決まっているでしょう。情報を扱うのであれば避けては通れない場所……アカシック・レコードよ』
 女悪魔が言った。
『気を付ける事ね。セキュリティの類は一切、機能していない、存在しない検索空間……何が起こっても、完全に自己責任・自己負担よ』



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登場人物一覧
【8504/松本・太一/男/48歳/会社員・魔女】
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年02月09日

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