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『The No Life Queen 』
レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001)&リーゼロッテ・シュヴェルトaa3678hero002

 ヴォルクシュタインの王は実に上手くやっていた。大国であるポーランドとハンガリーに挟まれ、意気軒昂のハプスブルク家に睨みを利かせられながら、大国の利害を巧みに突いてその地歩を築いていた。嫡男はいなかったが、第三王女レミアは齢十二にして稀代の英才との誉れ高く、ゆくゆくは女王として自らこの小国に君臨する手筈となっていた。
 故に、レミアが十三歳の誕生日を迎えた日、王は国外からも賓客を招き、盛大な祝宴を執り行う事とした。彼女の後継者としての器量を示さんとしたのである。
 しかしその日の朝、彼女は卒然死んだ。大樹の傍で亡骸が見つかり、公的には樹上から落ちて死んだという事になった。彼女は樹上に立ち、その円い双眸に空の碧を映す事を何よりも好んでいたからだ。王が危ないからやめろと言っても聞きはしなかったからだ。しかしそれ故に、王は庭師に命じて、万一落ちても死なぬ高さに樹を整えるよう厳命していた。つまるところは暗殺である。魔術師の手に掛かれば、死因を欺くなど容易い事だ。
 その悲劇が王に口実を与えた。王家に伝えられてきた禁忌に手を染める口実を。彼女の運命は愚かな暗殺者の手で歪められた。然らば、この術を以て在るべき道に彼女の魂を引き戻さねばならぬと、王は信じたのだ。

 小国には似合わぬ巨大な王城の地下に秘められた、黒曜石の祭壇。毒々しい闇の中心に、レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)の亡骸が横たえられた。元より白い肌はいよいよ雪のように蒼白で冷たい。柊のように華奢な肢体は、今や枯れ枝のように軽かった。王は虚ろな瞳で彼女の頬を撫でると、つかつかと部屋の端へと歩く。
 天を巡る満月の光が、天井の裂け目から祭壇へと差し込む。純白の衣に包まれた彼女の亡骸が、黒曜石の祭壇が光を受けてうっすらと輝いた。それを見た彼は、震える手を掲げた。
 ヤルダバオート、第一のアルコーン。我は汝に血を与える。
 掠れた声が部屋を満たす。上階でそれを聞いていた兵士は、斧を手にして一歩踏み出す。国中から掻き集めた齢十三の処女百人。猿轡と目隠しをされ、訳も分からず部屋に並べられた彼女達の傍に踏み出した兵士は、次々にその首を刎ねた。溢れた血は、部屋に刻まれた溝を伝って儀式の間へ流れ込み、床に刻まれた魔法陣を描いていく。
 降り注ぐ月の光が深紅に染まった。王は父なる神の怒りを肌で感じる。浅い息を繰り返しながら、それでも彼は虚無なる現世の支配者と取引した。魂の取引を。
この血に代えて、レミア・ヴォルクシュタインに新たな血を与えよ。
 刹那、血が光ってうねる。人間を唆した蛇のようにその血は鎌首を擡げ、レミアに飛び掛かった。彼女の亡骸はひきつけを起こしながら、鮮血をその身へ受け容れていく。
 永遠にも思える時間が過ぎ、世界は再び静まり返る。祭壇には、衣を深緋に染め抜かれたレミアが黙して横たわっている。指先一つ動かす気配は見せない。
 王は、彼女を祈るような思いで見つめた。禁忌を暴き、民を惨く殺してでも、彼女の再臨を求めていたのだ。
 おもむろに、レミアは眼を開いた。ふわりと起き上がった彼女は、祭壇を降りて王と向かい合う。空を映したように蒼い瞳は禍々しい血の紅へと変わり、爪牙は獣のような鋭さを帯びた。血に染め上げられた衣は、祭壇の闇を吸い取るかのように黒く染まっていく。
 わたしは、レミア・ヴォルクシュタイン。
 その声は氷のように冷たい。王はそこで気が付いた。己の為した深い過ちに。
 肉の世界の支配者は人間を誑かす。心霊は父なる神のものだというのに、魂の売り買いに同意する。心霊の伴わない魂は、人を人たらしめない。
 王の目の前に立っていたのは、レミアであっても、最早王の知るレミアではなかった。
 ねえ、おとうさま。
 動けずにいる王の目の前に立ったレミアは、緋色に染まった爪で衣の胸元を裂きながら、つうっと下まで撫でていく。深紅の月明かりに照らされた彼女の表情は暴君のように冷酷で、娼婦のように淫靡だ。
 爪が、王の肉を掻き分ける。陶酔感に鈍麻する思考の中で、王として、人間として彼は己の罪科に慄いた。
 あなたをもらうわ。わたしのかわりに。
 あばらを断ち、レミアは王の胸から心臓を引きずり出す。彼女は王に見せつけるように、その心臓を握り潰していく。溢れる血を伸ばした舌先に絡め、一滴一滴を味わうように飲み干していく。その眼は蕩けるように濡れていた。
 それを見た王は、歪んだ法悦を感じて果てた。父として、男としての歓びに浸りながら。

 その後のヴォルクシュタイン王家の顛末は、諸々の年代記に記されている。凍れる霧が北の町を氷漬けにし、漆黒の焔で南の村が焼き、紫の轟雷が、東の街をソドムとゴモラのようにしてしまったと。そして西の城下では、生ける屍と化した王女が街中の人間の血を吸い尽くし、物言わぬ従僕へ変えてしまった、と。懼れるべきは、それが押し並べて真実であったという事だろう。
 紅女王レミアは、周辺の小公国にも天災の如く暴威を振るったのである。

 夜闇と焔に染まる街。狂ったように叫びながら民草が逃げ惑う。屍の兵達が心霊を求め、彼らを追って駆けずり回る。生き地獄の中で、女王は城砦へと続く大通りを悠然と闊歩していた。
 射て、射て。
 肩を並べた兵士が弩の矢を女王へ浴びせた。しかし、女王の身体は霧。矢は呆気なくすり抜けていく。女王は悠然と嗤い、何処からともなく深紅の大剣、血によって鍛えられた大剣、リーゼロッテ・シュヴェルト(aa3678hero002)を抜き放つ。ぬらぬらと艶めく光沢を放つ刃は、兵士へ己が運命を知らしめた。
 弩を放り出し、蜘蛛の子を散らす。女王は疾風となって兵士へ迫ると、大剣の一薙ぎで幾人もの首を撥ね飛ばした。驟雨のように紅が舞う様は、闇夜の血華。
 顔についた血を舌で舐めとった女王は、腰を抜かした一人の兵士へと迫り、喉笛を爪で握り潰し、思うままに血を飲み干していく。その周りでは、屍によって串刺しになった者の亡骸が積み上げられていた。
 兵士を地に放り出した女王は、再び己が姿を変え、城内へと身を滑り込ませる。不死の女王の襲来に肝を潰した公達が、城から逃れようと走っている。
 どこに行こうというのかしら。
 女王は霧のままで公に襲い掛かると、全身を八つ裂きにしてしまう。鮮血が散り、傍に立っていた公女の白いドレスを深紅へ染めた。突然の事に我を失い、公女は卒倒しそうになる。女王はドレスの襟元を掴むと、そっと引き寄せた。年若で、穢れを知らぬ面立ちをしている。
 貴方のような者を見ていると、穢してしまいたくなるわね。
 そっと公女に語り掛けると、柔らかな喉元に牙を優しく突き立てた。公女は気をやったように仰け反り、儚げな呻き声を上げる。女王は永久に幼いその身で公女を抱き寄せ、甘い言葉を弄する代わりに、その血を己が肉体に収めていった。何度もひきつけを起こしていた公女はやがて弓なりに張り詰めたまま動かなくなる。
 口から垂れる血を拭うと、女王は彼女をその場に投げ出したまま謁見の間へと向かう。己が支配を、この地にも打ち立てる為に。しかし、その支配者の座を前に、一人の男が立っていた。女王は大剣を取り直すと、忌々しげにその男を見据える。ローブを纏い、羊飼いの杖を握りしめた男を。
 大司教。まさか貴方が出向いてくるとはね。
 聖剣公が討たれたとあっては、最早他に術は無い。
 大司教は嘆息すると、杖を掲げて女王へと一歩歩み寄る。女王もまた大きく一歩を踏み出すと、踊るように大剣を振るう。だがその刃は、彼の首筋を前に静止する。
 貴方は私を傷つける事は出来ない。私が貴方を傷つけられないように。
 聖銀で飾られた杖を大司教は振るう。女王は飛び退き、遠巻きに大司教と向かい合った。完全な均衡がその場に存在した。
 貴方は哀れだ。その眼には最早碧を映せず、代わりに映るは夜の闇と血の紅。それが、貴方という存在に神が与えたもうた罰なのか。
 己の意にそぐわぬ者に次々と破門を下す低俗な魂ではそうとしか理解できないでしょうね。その高慢な志向が人間に罰を与えたというのに。
 ならば、如何とする。
 独立独歩。わたしは二度と神には縛られない。神はそれを良しとせず、己の領域からわたしを追放した。それは敵対する者として当然の事。
 大剣を担ぎ、血に濡れた唇に愉悦の笑みを浮かべて女王は応える。大司教は無念に眉をしかめると、杖をついて女王へと歩み寄る。
 ならば、立ち去るがいい。ゲルトリオン家のエルンスト(NPC)がここにある限り、これ以上この地を貴方に穢させはしない。
 かつては幼馴染であった者同士の視線が交錯する。片や人々を赦す者。片や人々を罰する者。婚姻の盟約が交わされていたという言い伝えも残るが、定かではない。ただ一つ明らかであるのは、二人が不倶戴天の関係であったという事だ。
 変わらないわね、公子。あんまり憎たらしくて、八つ裂きにしてしまいたい。
 貴方は変わった、取り返しがつかない程に。私にはそれが哀れでならない。
 互いの頬に手を伸べる。大司教の頬は爪に裂かれ、女王の頬は焦がされる。二人は己が内に渦巻く愛憎を確かめ合うと、身を翻してその場を去った。

 その孤城の周囲には、槍に磔とされた亡骸が並んでいる。そのまま腐り落ちるもの、烏に啄まれて骨となったもの。その末路は様々だ。
 不死者の女王は幾百年もの間、その玉座において孤独に君臨した。その無聊を慰めるがために、城を取り巻く亡骸は殖え続けたという。
 かつてその瞳に碧空を映した小王女は、その玉座において何を想い、明ける事のない夜を過ごしたのだろうか。最早人間に、それを知る術を持つ者はいない。
 その問いを投げかける前にその妖艶に魅了され、骨の髄まで喰らわれてしまうだろう。

Fin

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)
リーゼロッテ・シュヴェルト(aa3678hero002)
エルンスト(ゲストNPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
読みにくいかもしれない……とは思いつつも、古めかしい雰囲気を出したかったので記号の類は句読点以外廃しています。鍵括弧を付けます。
狒村さんとの出会いがレミアさんにとって如何なるものだったのか、を想像しながらアドリブを利かせてみました。
ちょっと思っていたのと違う、とかそもそも読みにく過ぎて、という場合はリテイクをお願いします。修正しますので……
ではまた、御縁がありましたら……

カゲエキガ

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2018年02月09日

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