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『石恋 』
アリア・ジェラーティ8537)&石神・アリス(7348)&デルタ・セレス(3611)
「石神の家名にかけて、今度こそ問題はありませんので!」
 リムジンの後部座席――お話によく出てくる応接間みたいな造りになっているあれだ――から身を乗り出し、胸の前で拳を握る石神・アリス。
 学校の制服を着込んだ彼女はまさに学校帰りだが、帰る先は家などではない。
「温泉、入れる……?」
 道の途中でアリスに拉致……誘われたアリア・ジェラーティが、なんとか抱え込んだ大きなアイスボックスの向こうからちょっとだけ顔を出す。
「ええ。あの温泉に魔力を与えていた要因は完璧に排除しました。ですから安心して日々の疲れを癒やしていただけますよ」
 実に残念ですけれど。喉の奥に留めた言葉を飲み下し、アリスは笑みを傾けた。
 石神家所有の別荘に湧いた温泉。浸かった者を鉄に変えるというあの効能を最初に知っていれば、先日のような失態を侵すことはなかったのに。
 石には劣るが、鉄は鉄で趣のある素材だ。油で磨くもよし、あえて錆をまわして寂びた風情を演出するもよし……
「アリスさん、僕は自由に邸内を見せていただいていいんですよね?」
 と、デルタ・セレスの声音がアリスの妄想を遮った。
「もちろんです。清掃時間以外はどこでもどうぞ。もちろん温泉にも」
「彫刻の手入れはぜひ僕にお任せください!」
 にわかに盛り上がるデルタであった。
 彼は学業の傍ら彫刻専門店で店員をやるほどの彫刻好き。石神コレクションに触れられる機会は見逃せない。ということで、アリスが「先日のおわびに」と声をかけた次の瞬間には準備を整え、車に飛び乗ってきた。
「今度こそ彫刻界に名高い石神コレクションを堪能できるんですね! 寝る暇と食べる暇はないから、水分だけ補給してって、それだと結局時間のロスになるから」
「……デルタちゃん、楽しそうだね」
 ぽんやりとうなずくアリアに、アリスもまた神妙な顔でうなずきを返して。
「デルタさんは本物ですから」
「え? 僕が本物って、なにがです?」
 リムジンは静かに走り続け、ついには山の中腹に建てられた石神家の別荘へとすべりこんだ。

「いない……」
 並んで三人を迎えてくれた使用人たちを見て、淡々とした顔でアリアが言う。見た目わかりにくいが、縦線が何本も差しているのをアリスは見逃さなかった。
「どうしました、アリアちゃん?」
「お客さん、いない」
 アリアが引っぱっている大きなクーラーボックスの中身は、自家製のアイスキャンディーだった。温泉ということでアイス屋さんができるかなと思ってきたのだが――いや、考えてみれば当然のことなのだが。
「一本おいくらですか? 観光地価格ということで一万円」
 すかさず内ポケットから札束を引っぱり出そうとするアリスをわーっとデルタが止める。
「アリスさん! しれっとお金出しちゃだめですよー!」
「でもアリアちゃんを悲しませるわけには」
「すでに友だちの範疇超えてますから!」
 と。
「超えて……?」
「お友だちを」
 アリアとアリスはなぜかそろって頬を赤らめたりして。
「僕、彫刻を見せていただきに行きますから……」
 とにかくアリスに札束を元どおりしまわせて、ため息をついたデルタはその場を後にするのだった。
 いろんな意味でまちがい、起こらないといいんだけど。
 もちろんデルタの純真な祈りはどこにも届かない。それどころか躙られたりもする。
「……私、荷物置いてくる、ね」
「わたくしも準備を。温泉で合流しましょうね」
 互いに互いから目を逸らし、アリアとアリスは邸内へと入っていく。
 それぞれの企みのため、デルタには少しの間固まっていてもらわなければならないのだ。

「これが石神コレクション……保存状態は良好、でも手入れは95点。勉強のできる人がマニュアルどおりにしてる感じ?」
 廊下に飾られた彫刻の数々に鋭い目をはしらせ、時に羽箒で表面の埃を払ったり、手袋をつけた指で彫り感を確かめたりしながらデルタはぶつぶつ。
 と。その足と目が、ある部屋の内で動きを止める。
 そこに置かれた像の数々は、廊下や他の部屋のそれとは段違いにすばらしい。高名な彫刻家の手によるものであることはすぐに知れた。
「明日、僕の手で洗わせてもらえるようにお願いしなくちゃ」
 いいながら手袋をもどかしく外し、像に触れる。ブロンズ像は一種の鋳物だ。直接的な造形はもちろん、ブロンズの厚みひとつ取ってみても作者の意図がそこには大きく反映される。
「すごい。すごいすごいすごい」
 次々ブロンズ像を目と指で確かめて、確かめて、確かめて。デルタはなにも置かれていない台座へ行き着いた。
「ここだけ空? えっと」
 台座に薄く鉛筆で書かれた文字を見ようと膝をつく。他の像の台座には、作品名のプレートが貼りつけられていた。ということは、それもここに収まるべき作品名が仮に書きつけられているのだろう。
 ちゃんす……。
 後ろから小さな声が聞こえたような気がして、デルタは両膝をついたまま体を起こして。
 そのまま凍りつかされた。

 なにかに気づいた顔を上向かせるデルタの氷像は、まるで天へ祈りを捧げているようで。
「デルタちゃん……綺麗」
 万が一にも損なってしまわないようそっとデルタのアホ毛をなでたアリアは、うっとり息をつく。
 魔力を瞬間的に放ったことから、芯までは凍りつかせていない。凍結状態は一時的なものに留まるだろう。
 一時的でいいのだ。アリスとお風呂に入っている間、うっかりデルタがやってくることさえなければ。
 アリスがどんなことを自分に隠しているのかは薄々気がついていた。それに、自分に対してどんな感情を持っているかも。それは自分がアリスに抱いている感情と同じものだし。だから。
 デルタを巻き込まない。
 デルタに邪魔させない。
 アリアはデルタの下に氷を張ってすべらせ、なぜか空いていた台座の上へ押し上げた。向きを調整するとき、首からかけていたペンダントがうっかりデルタを削りそうになったから、あわてて外してふと思いついた。
「ごめんね。ちょっと、さみしい……よね?」
 ペンダントをデルタの首にかけて飾り、むふーとひと息。
 そうして数分ですべてを完了し、出来映えを確かめていると。
「アリアちゃん、そちらにいますか?」
 廊下からアリスの声が聞こえてきた。
「……すぐ、行くから」
 あわてて出て行くアリア。
 アリスとの時間は、ここから始まるのだ。

「ん、ほっこり……」
 顎まで湯に浸かったアリアはとろりと目を閉じた。
 露天風呂の周囲は日本庭園となっており、湯を池に見立てて配された岩々や木々が外からの視線を趣深く遮っている。
 つまり、分け入ってくる者さえなければ、立派な閉鎖空間というわけだ。
「この前はいっしょに入れませんでしたからね。やっと夢がかないました」
 その肢体を申し訳程度にタオルで隠したアリスが笑む。こちらは温泉の縁を形作る岩に腰を下ろし、ほてった肌を外気で冷ましていた。
 のぼせてしまったら計画が台無しになってしまうものね。
 こんな機会は何度も訪れるものではない。だからこそ失敗できないし、だからといってそれまでの過程をおろそかにもしたくなかった。
「アリアちゃん、よく温まったら体を洗いましょうか。芸妓さんが使う糠袋を用意してありますから」
 糠には天然の油分やビタミンが含まれている。石鹸を使わなくとも体の汚れを落とし、艶を与えることができるのだ。
「洗う」
 ざぱーっと立ち上がったアリアを檜の椅子に腰かけさせ、その白い背へ糠袋をこすりつけた。
「ん」
 やわらかな刺激に声を凝らすアリア。
 アリスは思わず力が入りかける手を制し、ゆっくりていねいにアリアを磨きあげる。
 無防備ね、アリアちゃん。わたくしを信じて、その背を預けてくれているのね。それなのにわたくしは――あなたを侵す。
 力を絞った魔眼をアリアの背に這わせ、ほんの少しずつ、石化の力を擦り込んでいく。もちろん、それだけで石化は発現したりしない。一度固めてしまえばもうアリアのポーズは変えられないのだから。固めるのは最高の瞬間に。
 しかし、あまりゆっくりもしていられない。このときのためにデルタを石化すべく探していたのだが、先にアリアを見つけてしまったのであきらめた。一応、温泉へ続く出口には「清掃中」の札をかけておいたが、最後まで邪魔されない保証はないのだ。
「肩や腰は、自分では手が届きませんね」
 言いながら角度を変え、アリアが不審に思わない程度に幅広く、うっすらと石化の魔力を拡げていった。
「……次、私がアリスちゃんのこと、洗ってあげるね」
 いきなり言われて、薄笑みを浮かべていたアリスがびくりとすくみあがる。
「えっ!?」
「いや?」
 かくり。首を傾げるアリアにぶるぶるかぶりを振ってみせて。
「とと、とんでもありません! お願いします!」
 今までアリアに触れていた糠袋で洗われる。
 わたくしが! アリアちゃんと! 関節糠袋!
 あわあわしている間に、相当際どいところまでアリアの糠袋がすべりこんできて。
「アリアちゃんそこは――」
「サービス、サービス」
 結局隅々まで洗われてしまうアリスであった。
 いろいろ予定外だったけど、とにかく実行するわよ!
 アリアと共に湯船へ戻り、並んで浸かる。
 この湯に鉄化の力は残されていなかったが、石神家の調査でもうひとつの力があることは知れていた。すなわち、魔力との微弱な融和性。この湯は効力こそ低いが、魔法の触媒として機能するのだ。
 アリスは静かに自らの魔力を湯へ溶かし込む。その魔力はあたためられて開いたアリアの肌に吸い込まれ、先に擦り込んでおいた魔力と結びついてゆるやかに魔法を為していく。
「アリアちゃん。湯冷めしないよう、しっかり浸かってくださいね?」
 催眠の魔力を忍ばせた視線をアリアの半ば閉じた両目へ差し込んだ。
「ん……ん……」
 とろとろとうなずくアリア。その首の動きが少しずつ小さくなって――石に変じた細胞が、アリアの無防備な一瞬を永遠に固定する。
「動いているアリアちゃんもかわいいですけれど、こうやって石になっていくアリアちゃんは例えようもなく素敵ですよ」
 低くささやいて、アリスはその指をアリアだった石像へと伸べた。
 ずっとおあずけだったのだもの。今日こそアリアちゃんの全部を、わたくしの全部で、味わわせてもらうから。
 磨いたわけではないのに、どこまでもすべらかなアリアの石肌。湯の熱を映すぬくもりは、生なき生の妙でアリスの指先をくすぐり、心を跳ねさせる。
「ああ、もう――!」
 たまらずアリアへ抱きついたアリス。
 こうなれば情動のままに最後まで! と、盛り上がったその目が見てしまったものは。
「あ、えっと、なにがどうなってるのか、わからないんですけど」
 言葉のとおり、どうしていいかわからない顔を左右に振るデルタだった。
 彼としてはいきなり凍結され、それが解かれた後でなにが起きたかを探っている内、温泉にたどりついたというだけなのだが、事情をまったく知らないアリスに説明できるはずもなく。
「で、デルタさん!? これはそのちがうんですなんでもないんですあるはずがないです」
 信じてもらえるはずがないことは、アリス自身がいちばんよく知っていた。なにせアリアは石像になっていて、そこに自分がのしかかっているわけで。
「清掃中は立ち入り禁止ですからーっ!」
 混乱したアリスの魔眼がデルタへ石化の魔力を飛ばし。
「わ」
 尻餅をついたデルタの胸で反射した。
 反射!?
 跳ね返った魔力があろうことかアリスの体を侵していく。
 とっさに放ったフルパワーの魔力で石化しながら、アリスは必死で反射の原因へ目を向けると。
 デルタの首にかかった、鏡のペンダント。それは本来アリアの首にあるべきもので……。
「どうしてあなたが持ってるのよ!?」
 驚愕と憤怒を発した瞬間、完全に石化した。
「あ、アリスさん――」
 あいかわらずわけのわからないデルタだが、アリスへ歩み寄ろうとした脚が動かない。
 アリアよりもサイズが大きいデルタは、フルパワーで放たれたアリスの魔眼を反射しきれず、四肢の端から侵されていたのだ。
「あ、これ、だめなやつだ」
 言い終えると同時、石化されたデルタは今度こそ沈黙した。

 数日後、なかよく石化が解けた三人は応接間で向き合っていた。
「どういうことか説明していただきましょうか?」
 静かに切り出したアリスへ、正座させられたデルタが説明する。
「よくわからないうちに意識を失って、目が覚めた後原因を探していたんです。そうしたらその、温泉でアリスさんがアリアさんを」
「それはとにかくっ!!」
 アリスが声を張ってデルタの言葉を遮り、アリアはきょとんと首を傾げた。
「……なんでもありませんから。とりあえずデルタさんは他言無用でお願いしますね」
「あ、はい。それで僕、そろそろお店に顔出さないと」
 そっと立ち上がろうとしたデルタにアリスがにっこり。
「お店にはすでに連絡済みですよ。デルタさんはしばらく温泉で療養が必要ですから」
 ああ、やっぱりそういう流れに。
 観念した顔のデルタへ、アリスの石化の魔力が叩き込まれた。
 体の芯に生じた“塊”が爆ぜ、デルタの血に乗って隅々へと伸びていく。
 ひどく息苦しくて、空気を吸い込もうとするが、弾力を失った横隔膜はまるで膨らんでくれなかった。
 でも、苦しい顔はできない。あのとき、アリスとアリアは確かにふたりだけの時間を楽しんでいた。それを邪魔したのは自分だから、お仕置きは甘んじて受けなければ。
 それに僕にも、あんなふうに大事にされてみたい気持ちがないわけじゃないし……せいぜい愛でられる石像になろう。
 そっと目を閉ざしたデルタの像の前に、アリスは苦い表情をうつむけた。
 焦りのせいでいろいろしくじってしまった。どうしてあのときもっと冷静に行動できなかった? せめてペンダントに気づいてさえいれば、やりようはあったはずなのに。
 自分を責めながら、彼女はポケットの内に潜めたスマホを握り締めた。
 そこには、他のふたりより数十秒早く石化から解かれたアリスが撮影した、アリアの写真が収められている。
 ――次こそはきっと! アリアちゃんをわたくしのものに!
 そのために用意した台座は今も空いている。アリアをあの場所に安置できたら、まわりの像も他の場所のコレクションもすべて撤去しよう。ここに在るのはアリアだけでいい。
 アリスの思いを知らず、アリアはひとり甘い息をつく。
 アリスちゃん、アリアのこと好きなんだ……
 労をいとわず策を巡らせてくれるほどに。我を忘れて焦ってくれるほどに。
 そして。
 アリアを、あんなにたまらない指で愛でてくれるほどに。
 あのとき、石になりながらもアリアには意識が残っていた。ついでに言えば、先ほどアリスが自分の写真を撮っていたときにも。
 アリスの表情を忘れない。
 そしてできうることなら、そのまま氷で固めてしまいたい。
 どっちが先に固められるか、競争だよ……?
 異口同音の想いを秘めるアリアとアリスを、石像と化したデルタは見ることもないままに見守るのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【アリア・ジェラーティ(8537) / 女性 / 13歳 / アイス屋さん】
【石神・アリス(7348) / 女性 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【デルタ・セレス(3611) / 男性 / 14歳 / 彫刻専門店店員および中学生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 石は魔眼の少女の愛を映せしものなれば。
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東京怪談
2018年02月09日

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