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『泡の虜囚 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)
 12世紀後半の欧州で開花したゴシック様式。その中で“ハーフディンバー”と呼ばれる建築様式がある。これは柱や梁などの木材を塗り込めずに外へ晒し、間を漆喰と煉瓦で埋めたもので、イギリスにおいてはこの木材を斜めに配したり、装飾的な曲線を描かせたりとさまざまな工夫が成されている。
 そのイギリス式ハーフディンバーで建てられたクラシカルなホテルに、シリューナ・リュクテイアはいた。
「現代技術をもって建造したとはいえ、衝撃を与えると漆喰を割ってしまう」
 指先から放射した魔力の返りで壁や床の強度を確かめたシリューナが、ななめ後ろに控えたファルス・ティレイラを見た。
「射程を短くした指向性の音魔法を使うわ。だからティレ」
「出てきた子たちは私が捕まえる、ですよね!」
 胸の前でぐっと両手を握り締めるティレイラ。かわいらしい顔がやる気で輝いている。
「本当はもう少し広い場所ならよかったのだけれど」
「大丈夫です! 翼は出せないけど、素早さなら妖精さんにだって負けませんから!」
 腰を落とし、いつでも跳べる構えを作る。
 シリューナは小さくうなずき、魔法の術式を編み始めた。
 このホテルに棲みつき、夜な夜ないたずらを繰り返しているという小妖精たち。彼らへのお説教が今日の仕事だ。
「三、二、一」
 カウントし、シリューナがとんと床をブーツの踵で弾いた。
 本来全方向へ振りまかれるはずの足音が、彼女の魔法制御によって前方へ伸びていく。そして壁に当たるか当たらないかのところで小さく爆ぜ、家具の隙間に隠れていた妖精をつんのめらせた。
「そのままおとなしくしてなさいっ!」
 猫さながらのしなやかさで跳んだティレイラが妖精につかみかかり、あっさり捕縛。
「ぼうりょくはんたーい」
 キーキーと声をあげる妖精を、シリューナの魔力が強化した輪ゴムで縛り上げる。
「いたずらした子はごめんなさいでしょ? 反省するまで開放してあげないんだからね」
 この調子で数時間。シリューナとティレイラはすべての妖精を拘束し、「二度といたずらはしない」、「ホテルに滞在する場合は労働に従事、対価を得る」の二項目にサインをさせることに成功した。そして。


「ほんとに泊めていただいていいんですかっ!?」
 ティレイラがきらめく瞳を室内に巡らせる。
 ここはゴシック様式の家具がそろえられたスイートルーム。妖精をただ追い出すのではなく、ホテルの売りとして使えるよう配慮した功績から、オーナーが特別に通してくれたのだ。
「さすがに12世紀のものではないけれど、どれも18世紀に造られたアンティークだわ。違和感を出さないよう、製造年代を統一してあるのは英断ね」
 このような様式のホテルは集められるものを片端から詰め込みがちで、調度がちぐはぐになってしまうことも多いのだが、ここのオーナーはいい意味でこだわりが強いようだ。
 ひとつひとつの調度の出来映えを目と指先とで確かめ、シリューナはうなずいた。手入れもしっかり行き届いている。ここのオーナーとは、今後も長い付き合いができそうだ。
 と、勢いよく寝室と居間を行き来していたティレイラがふと足を止めて。
「お食事もイギリス料理なんでしょうか?」
「中世風なら、貴族料理と農民料理でかなりちがいそうね。貴族料理なら肉と魚メインでしょうし、農民料理なら野菜のポタージュとライ麦パンかしら?」
「……どっちも食べてみたいかもです」

 ちなみに正解は、貴農折衷の中世イギリス風料理だった。
「さすがにビーフ・イーターの国だけあるわね。ローストビーフの火の入れ加減は絶妙のひと言だわ。それにこのソースも現代風じゃなくてあえて昔風にしてあるのね」
 赤身を彩るグレイビーソースは、炒め玉葱の甘みとスパイスを効かせた伝統的なものである。
 ぱたつきそうになる足を抑え、ティレイラは「んー」と目を細めた。
「ポタージュも素朴なのに濃厚でおいしいです! ……どうしてイギリス料理っておいしくないのが合い言葉になっちゃったんでしょう?」
「労働者階級の台頭、というのが大きいらしいわね」
 なんでもない話をしながら、ふたりはたっぷりと料理を楽しんだのだ。

「ホテルといえば温泉! ――は、さすがにないですよね」
 盛り上がった次の瞬間がっくり肩を落としたティレイラへ、ソファに体を沈めて読書していたシリューナは苦笑を上げて。
「本館の外に温泉があるそうよ。もともとこのホテルが日本旅館だったころのもので、そのうちにイギリス風に改築する予定らしいけど。露天じゃないから安心して入れるわ」
 聞いた瞬間、居ても立ってもいられなくなった様子のティレイラは足踏みしながらそわそわと。
「私、ちょっとのぞいてきていいですか?」
「ええ。私は部屋のお風呂ですませるつもりだから、ティレは気にせずゆっくりしてらっしゃい」
「えー、お姉様もいっしょに入りましょうよー」
 子どものように頬を膨らませ、シリューナの手をぶらぶら振り回すティレイラ。
 ふたりで出かけることは多くとも、こうしてのんびりできる時間を共有する機会は少ない。ティレイラにしてみれば、せっかくの機会だからという思いが強いのだろう。もっとも、行動派の少女はこのなにもない時間を持て余している部分も大きそうだが。
「……この本を読み終わったら行くから」
「はーい! じゃあ先に行って待ってますね!」
 早足で部屋を出て行くティレイラの背を見送り、シリューナは本を繰る指をわずかに速める。


「これは和だぁ」
 ホテルのイギリス感など欠片もない、どこからどう見ても日本家屋な建物の内にあったのは、やはりどこからどう見ても日本の温泉だった。
 確かにイギリス風で妖精まで現われるようなホテルには似つかわしくないが、これはこれでトラディショナルな風情が感じられる。
「シャンプー、リンス、ボディーソープ、全部柚子だし」
 洗い上げた髪と肢体を包む柚子の香り。
 ティレイラはほくほく、縁を檜で囲った石造りの浴槽へ足を入れる。
「お湯がやわらかいー。うーん、イギリス風に改築って、どうするんだろ?」
 シャンプーなんかは薔薇の匂いにする? 浴槽は猫足で……ってそれはヴィクトリア様式だから年代合わないかー。
 などと考えているうち、頭がくらくらしてきた。
 倒れちゃう前に一回脱出!
 ティレイラは脱衣所まで退避してバスタオルを巻き、息をついた。
 外気の涼でほどよい温度を保つこの場は実に居心地がいい。
「ここまで来たらアレが欲しくなっちゃうよね」
 と。その顔の前に、にゅっと差し出されたのは。
「フルーツ牛乳! ありがとー」
 お礼を言ってぎゅーっと呷り、中身を飲み終えて、あれ?
 いったい誰がこれを持ってきてくれたんだろう?
「仲間を強制労働から開放しろー!」
「働いたら負けだと思うー!」
 キーキーと甲高い声がティレイラのまわりを取り巻いた。
「あなたたち、妖精さん!?」
 先ほど捕らえた妖精ではない。とすれば、あの場にいなかった別の妖精たちか。セリフからして、どうやら仲間が結ばされた契約の破棄を迫りに来たらしい。
「ちょうどよかった! あなたたちも捕まえていたずらできないようにサインさせちゃうんだから!」
 小さな羽を拡げ、わーっと浴場へ飛んでいく妖精たち。
 ティレイラは竜翼を拡げて後を追いかけた。もちろん、屋内で飛んだりはしない。しかしこの翼と尻尾があれば、すべりやすい浴場でもバランスを崩さず駆けられる。
「待ちなさーい!」
 妖精たちはティレイラの全力ダッシュにおののきつつ言い合った。
「追っかけてきたぞー!」
「転んだらヒザが痛いのにー!」
「よしゃー、泣かしてやれー!」
 ぷこぷこ。逃げながらシャンプーやボディーソープのポンプを踏み、中身を押し出しにかかった。さらには床に撒き散らされたソープをそのへんのスポンジで泡立て、泡だらけにしていく。
「ちょっとくらいすべっても転ばないんだから!」
 ティレイラは翼で空気を捕らえ、逆にすべりを利用してスピードをあげた。擬似的な滑空だ。これによって次々と妖精が捕らえられるが。
「かかったー!」
「今だー!」
 ティレイラの足元で泡立つソープから、一際大きな泡が浮かび上がり、そのまま彼女を包み込む。
「え? ええーっ!?」
 うろたえるティレイラの手からにゅるんと脱出した妖精たちが大笑い。
「ブラックな職場に押し込められた仲間の苦しみを知れー!」
「でも働いたらクッキーもらえるらしいよー?」
「妖精は食わねど高楊枝ー!」
「クッキー食べて高楊枝したいわー」
 勝手なことを言い合う妖精たち。ティレイラはその口を塞いでやろうと泡に指を伸べるが……
「破れない!?」
 異様な弾力で弾き返されて、破るどころか穴ひとつ開けることはできなかった。それは魔力を込めても同様で、火魔法など発動しすらもしなかった。
「ふははー。我々の水の魔力混ぜてあるからなー。火は使えないぞー」
「でもあんまり暴れられたらやばいかもねー」
「あー、破れちゃうねー」
 こっちをちら見しながら妖精が言う。罠だ。暴れたりしたらきっと泡が縮んでひどいことになるんだろう。
「じゃあ、暴れない」
 えー。不満そうな妖精たち。あからさまにアテが外れた顔をしている。
 ティレイラはふふんと笑んでみせたが、それはそれとして、閉じ込められている現実は変わらないわけで。
 無言のにらみ合いが数十秒続いた後、妖精がぽんと手を打った。
「あいつが暴れないんだったらー」
「我々が代わりに暴れるかー」
 泡のまわりで大騒ぎし始めた。
「ちょっと! 暴れると困るんでしょ! えっと、主に私が!?」
「そのとーりだー」
 果たして泡に穴が空き。
 ティレイラを包んだままひとまわり縮んだ。
「わ、狭っ! やめてやめて!」
「まだまだ行くぞー」
「我々の仲間を不当解雇しろー」
「不当でいいの!?」
「難しいことはどーでもいーのだー」
 また穴が空いて、もうひとまわり泡が縮む。
 こうなるともう、立っていられない。ティレイラは中腰になって「うう」。自分で暴れればさらに泡は縮んでしまう。でもこうしていても結局は妖精のせいで泡は縮む。
 一、二、三。押し詰められたティレイラは膝を抱え込んで悲鳴をあげた。
「ああもう! どうしたらいいのーっ!?」
「おとなしく待っていればよかったのよ」
 ため息と共に紡がれる艶やかな声音。
「むぎゅー」
「ぎゅー」
 急に倒れ伏した妖精たちがじたばたするが、すべりやすいはずの床の一点に押しつけられたまま、一ミリも動くことはできない。
「お姉様……!?」
 脱衣所に用意されていた浴衣を着たシリューナがゆっくりと歩み寄ってくる。
「さて。他人の所有地で好き勝手にした騒乱罪と、私の弟子に対しての傷害罪。どうやって償ってもらおうかしら?」
 妖精を捕らえた重力魔法に、新たな術式の糸を織り込むシリューナ。ごくごく細い――それだけ弱い術式であるはずなのに、妖精たちは声すら出せず、弱々しく降参のタップを繰り返すことしかできなかった。

 重力魔法を加えた泡に妖精たちを閉じ込めたシリューナは、あらためてティレイラを見た。
「いったいなにが起こったのかは見ればわかるけれど。ずいぶんおもしろいことになっているのね?」
「すみません――」
 泡の内でぎゅうぎゅう詰めになったままのティレイラが涙声で返す。
 シリューナはまたため息をつき、やれやれとかぶりを振って。
「とりあえず私、まだお風呂がすんでないの。終わるまで待っててくれる?」
「ってちょっとお姉様!? 転がすのは……目が回りますぅー!」
 シリューナは聞く耳持たず、ごろごろとティレイラ入りの泡を押して浴槽の近くに安置した。

「……いい湯加減ね。肌触りがやわらかくて」
 湯に体を沈め、シリューナはほぅと息を漏らした。
「お姉様? できれば私もいっしょに」
「ティレはもう入ったんでしょう? 湯あたりすると困るもの」
 ティレイラ玉はオブジェとしては少々騒がしいが、やはり水場には水属性。マッチングがいい。
「あえて別属性のオブジェを組み合わせて、アンバランスを演出するのも悪くはないけれどね」
 神妙な顔で泡に閉じ込められている妖精たちを見やり、魔力を編んで彼らをティレイラのまわりに配してみる。思ったとおり、単一のときとはまたちがった風情が出た。
「このまま部屋に持ち帰ってひと晩じっくり観賞しましょうか。困ったわね。今夜は眠っている暇がないわ」
 お姉様は邪竜オブ邪竜ですぅぅぅぅぅ!!
 絶叫はシリューナの魔法でカットされ、ティレイラはある意味で忘れられない夜を過ごすはめに陥るのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【シリューナ・リュクテイア(3785) / 女性 / 212歳 / 魔法薬屋】
【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 弾けぬ泡は悪夢より酷きものなり。
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2018年02月13日

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