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『ビター・スイート 』
デルタ・セレス3611)&ファルス・ティレイラ(3733)
 デルタ・セレスは普通に中学校へ通いつつ、少し普通じゃないかもしれないが彫刻専門店で働いてもいる。
 そして普通じゃないことに、その容姿は女の子みたいに綺麗。
 普通を遙かに超えた力――触れたものを黄金と化す能力を備えていたりもするのだった。
 そんなこともあって、彼のそれほど広くない交友範囲は「知り合いの人」よりも「知り合いの人外」に傾いているわけで。
 異世界の竜にして配達屋さんのファルス・ティレイラは、そんな「知人外」のひとりなのだった。
「デルタさんいるーっ!?」
 デルタの勤める彫刻専門店に勢いよく入ってきたティレイラ。
「ファルスさん? 今日はなにか配達お願いしてるもの、ありましたっけ?」
 いきなりすぎる登場に驚くデルタに、ティレイラはかぶりを振り振り。
「今日は配達じゃないよ。――これっ!」
 両手で抱えた魔法書を指した。
 綺麗な装丁を施された分厚い書。ティレイラの師匠にして雇い主であり、大切な姉的存在でもある竜によれば、魔界の大魔法使いが書き上げた『読むショコラ』であるという。読者を内に引き込んでチョコレート三昧を味わわせてくれる、女子向けのエンタメだ。
「ってことで、探検に行こ?」
 ね! と笑顔を傾げるティレイラ。
 デルタは困った笑顔を彼女とは逆に傾げ。
「無理です」
「どうして?」
 きょとんとするティレイラに、デルタはゆっくりと説明する。
「僕、基本的に普通の人間ですから。元が竜のファルスさんとはスペックがちがうんです」
 自分を高く見積もらない冷静さは彼のもっともたる武器である。まあ、彫刻が絡みさえしなければ、だけれども。
 ともあれデルタのコメントを聞き終えたティレイラは。
「危ないのはお姉さんに任せなさい!」
 どーんと胸を張って言い切ったのだった。
 いつもはかばわれたり救われたりすることの多い彼女だが、誇り高き紫翼の竜なのだ。男の子ひとり守るなど、その力をもってすれば簡単! な、はず!
「お姉さんって、歳ほとんど変わ」
「いっこでもお姉さんならお姉さんなのーっ! それにお姉様が言ってた。んチョコの像も、んあるみたいね」
 最後のセリフはモノマネらしいが、演者の完成度が低すぎてまったくよくわからなかった。でも。
「像……彫刻とはちがうかもですけど、ちょっと興味ありますね。うーん、でもやっぱり危なそうだし」
「だからそこはお姉さんにお任せだってば!」
「ファルスさんはあれだけど、像は……悩ましい」
「大丈夫大丈夫! 私を信じて!」
 奇妙なほどやる気なティレイラに、デルタははたと思い至る。
「“お姉様”がやりたくて僕のこと誘いに来ました?」
「ええっ!? まさっ、まさかっ! そそんなことあるるわけななないじゃないっ!?」
 ティレイラに押し切られたわけではないが、結局好奇心は抑えきれず、デルタは書の内へと向かうのだった。


「チョコの匂いー」
 胸いっぱいにカカオの香りを吸い込むティレイラ。
 書の内には瀟洒な街並みが再現されており、そのすべてがチョコレートで造られている。
「すごい。魔法書の内ってこんなにリアルなんですね」
 めずらしげに辺りを見回すデルタの手を引き寄せ、ティレイラは大げさに眉根をしかめてみせて。
「でも、なにが起こるかわかんない場所なんだから。気持ちを引き締めて、慎重に行動しなくちゃね」
 そう言いながらも彼女の足取りは軽く、手を引っぱられたデルタはつんのめりそうになりながら追いかけるはめに。
「あの街灯ってミルクチョコだよね! ジャンプしたら取れるかな!?」
「ジャンプするときは僕の手、離してくださいね……」

 街はどこまで行ってもチョコ、チョコ、チョコだった。
 ティレイラは目についたものを爪先で少しずつ削り、口に入れてみる。
「お花とかはすっごく甘いけど、建物は苦め?」
 同じようにさまざまなチョコを味わったデルタもうなずいた。
「食べやすいもののほうが甘くなってるみたいですね」
 ティレイラは花壇のチョコ花を次々手折っては口へ運び。
「お花ごとに入ってるジャムがちがうんだもんー、止まんないよー」
 こういうところはほんと、女の子だなぁ。
「リンゴジャムに当たったら教えてくださいね――」
 ほのぼのとティレイラを見守っていたデルタの視界の端に、あるものが映り込んだ。
「――彫刻!」
 花壇の向こうにチョコ煉瓦を敷いた広場があり、中央部にブラックチョコレートの少女像が佇んでいた。チョコ花に夢中なティレイラから離れ、デルタはこちらへ背を向ける像へと近づいていく。
「なにで磨いたらあんな光沢が出せるんだろう?」
 像の肌艶の質感もすばらしいが、衣装の布感、まるで本物の紗みたいだ!
 どんな名匠の手で生み出された芸術品なんだろう。デルタがわくわくと伸べた指は像の背に到達し、にゅっと沈み込んで、弾き返された。
「え?」
「――女の子に触っといてそれはないでしょ」
 振り向いたのは、チョコならぬ漆黒の肌をした少女。
「魔族御用達の遊び場に入ってくるとかどういうつもり?」
 魔族の書いた本なのだから、その読者もまた魔族。考えてみれば簡単な話だが、とにかく他意などないわけで。
「その、偶然魔法書に触れる機会があって、それで入ってきちゃったんです。すぐに帰りますから」
「帰りますー、そうですかーって言うわけないでしょ。不法侵入には罰をあげなくちゃね?」
 残してきたティレイラを返り見れば、あちらはあちらで別の魔族たちに取り囲まれていた。
「!」
「ほらほら、がんばって? 頭まで沈んだらすぐにチョコを固めちゃうわよ?」
 少女たちは笑いながら、ティレイラの足元のチョコ煉瓦へ魔力の熱を送り込んだ。
「ちょっとやめて! 熱いってば!」
 液化したチョコがどろどろとティレイラの足にまとわりつき、引きずり込んでいく。
「あんたもお・し・お・き、ね♪」
 跳びかかってきた少女をかがんでやり過ごし、デルタはティレイラに叫んだ。
「とにかく逃げましょう!」
「了解!」
 火魔法で溶けたチョコを弾き飛ばして少女たちをたじろがせ、その隙に翼を拡げたティレイラは、駆け出すデルタとは逆方向へ飛んだ。
 デルタを守ると約束したのだから、少しでも多くの魔族をこちらに引きつけなければ……!
「私のこと捕まえたきゃみんなでかかってこーい!」
 あえて旋回してみせ、挑発。
 その場にいた少女たちは目線を交わし、ティレイラを追う。
「絶対泣かす!」


 デルタは無我夢中で走る。魔族から無事逃げ延びられたら、ティレイラの援護に戻る。逃げながら建物の壁の目立たないところに傷を入れているのは、帰り道に迷わないためだ。
「待ちなさいってばー」
 後方からのんびりとした声が追ってくる。
 だが、こちらへ向かってくるのは、幸いにしてあのひとりだけ。戻りにくくはなるが、逃走路をもう少しランダムに散らす?
「いろいろ考えて逃げてるみたいだけど、こんなことされてもまだがんばれる?」
 と。デルタの膝ががくり。力を失ったわけではない。道路が固さを失い、彼の足を引き込んだのだ。
 これ、さっきファルスさんがやられたのと同じ――!?
 沈んでしまう前に足を引き抜き、デルタは走り続けた。チョコにまみれた足が重い。でも、少女は彼が踏み出す足場を狙い、チョコを溶かしてくる。歩を鈍らせてしまえば踏み出す先すらなくなってしまう。
「思ったよりがんばるわね。じゃあ、これなら?」
 中空を飛ぶ少女が魔力を展開すると、道の左右に建つ家々の窓が盛り上がり、びゅう。とろけたチョコが噴き出した。
「わわっ」
 少女が魔力をもって、まわりの家々の内部を溶かしたのだ。
 って、それがわかってもどうにもならないってば!
 デルタは必死で頭を巡らせる。この状況をなんとかする策は……!?
 しかし、状況はすでにどうにもならないところまで進んでいた。はるか先の建物からもあふれ出すチョコはどろどろの雪崩と化してデルタへ押し寄せ、その体を押し包み、押し流す。
 悲鳴をあげようと開いた口にチョコが流れ込んできて、デルタは「――!」、声なき悲鳴をあげた。
「はいおつかれさまー」
 にやにや笑いを浮かべた少女の下まで流されたデルタに為す術はない。腕を持ち上げようにも冷えゆくチョコがその動きを封じ、足を曲げることすらもおぼつかない有様だ。
 こんなとき妹がいてくれたら……チョコ全部金に変えて脱出できるのに!
「逃げないの? はやくしないとチョコが固まるわよ? 固まったらもう最後よー?」
 少女はゆっくりと言いながら熱を操り、チョコの家を溶かす。
 デルタのまわり中からあふれるチョコ。それはじわじわ迫り上がり、彼の脚を飲み尽くしたかと思いきや、上体を這いのぼり始めた。
 チョコが生きてるみたいに――!
 チョコは服の繊維の隙間を塗り固め、彼の肌へと貼りつき、浸透する。肉体の隙間がチョコによって埋め尽くされ、血管を、内臓を満たし、やがて神経にまで絡みついた。
 体が外から固められただけなら、もしかすれば力尽くで脱出できるかもしれない。が、こうして内にまで満たされてしまえばもう抗う術などないのだ。
 あ、あ、ああ。
 思考が甘く痺れ、回転を低下させる。
 まとわりついたチョコの重さが、彼のすべてを停止させるまで、そう長くはかからなかった。
 果たして。不格好なチョコの像と化したデルタの頬へ舌を這わせた少女がにやり。
「えへへ、甘ぁい♪」

 一方ティレイラは、数人の魔族少女と空中での追いかけっこを繰り広げていた。
 一度は振り切ったはずなのに、少女たちは正確にティレイラの位置を把握し、追いついてくる。ここは魔族のテリトリー。異物である彼女を探知することなど造作もないことなのだろう。
「それっ!」
 少女のひとりが声をあげると、眼下に並ぶ家の屋根が吹き飛び、チョコが噴き上がる。
「食べ物で遊んじゃいけませんって、お母さんから習わなかった!?」
 噴射を避けたティレイラだが、その翼に飛沫が降りかかる。
「っ!」
 バランスを崩しかけて、ティレイラはなんとか持ちなおした。
 少女たちの意図はもうわかっている。ティレイラの翼が羽ばたけなくなるまでチョコをかけようというわけだ。雫は翼に貼りつき、すぐに固まる。振り落とすのは無理だし、こそげ落としている暇もない。
 ずいぶん重くなってしまった翼。直撃を避け続けたとしても、もうじき墜とされてしまう。
「だったら!」
 ティレイラは翼を目いっぱい拡げて下へ。羽ばたきに力を取られるより、滑空している間に火魔法を発動し、少女たちをやっつける!
「待て待てー」
 少女たちの魔法がチョコの建物を溶かしてはティレイラへ噴かせる。
 それを避け、ティレイラは下へ、下へ、下へ。
「えー!?」
 目の前を行き過ぎたチョコの向こうから現われたのは、噴水。すべてがチョコ製だから、当然“水”もチョコなわけで。
「ぷあっ!」
 衝突をぎりぎり免れた代わり、その体は完全にチョコフォンデュされて……墜落した。
 チョコの上を転がりながらティレイラは魔力を高める。だめ。早く、チョコを墜とさなきゃ! かくて彼女の全身から噴き出した炎はチョコを一気に溶かし……さらに彼女の全身へまとわりついた。
「どうして!?」
「魔法書のチョコだから。形はいくらでも変えられるけど、消しちゃったりはできないわよ? ほら、子どものころって魔力不安定じゃない?」
 少女のひとりが含み笑いを漏らしながら告げる。
 このチョコには、幼い魔族の魔力暴走対策に不滅属性を与えられているのだ。
「っ」
 そうしている間にも、ティレイラ自身の熱で溶けた地面のチョコがまとわりつき、その動きを阻害する。
「もうちょっとフォンデュする?」
 出力を高めた噴水が、もがくティレイラへ降りそそぐ。甘く粘つくチョコがその体を押し包み、さらに彼女の動きを鈍らせた。
「せっかくだから羽は伸ばしたまま固めたいね」
 無遠慮な手で翼をつかまれて引き伸ばされ、たっぷりとチョコをかけられる。痛いより熱い。熱いより、悔しい。
 せめてこいつらに火魔法を――握り込もうとした手の指はすでに厚いミルクチョコに固められ、魔力は虚しくチョコに吸われるばかりであった。

 こうしてできあがったふたつのチョコ像は少女たちのおもちゃとなる。
 かじられ、付け足され、さんざん子どもの思いつきと大人の遊びの道具にされた後、やっと開放されたふたりは書の外で再会、げんなりと顔を突き合わせた。
「……僕、チョコはしばらくみたくないです」
「うん。私も……」
 このときの話はふたりの間で絶対の秘密とされ、その後語られることはけしてなかった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【デルタ・セレス(3611) / 男性 / 14歳 / 彫刻専門店店員および中学生】
【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 苦みも甘みも悪夢の内では等しく辛い。
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2018年02月13日

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