▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『晩夏の結び 』
空蝉ka6951

 或る、晩夏であると言うのにむせ返るほど暑い日のことだった。
「お師匠様、あちらで人が倒れています」
 クリムゾンウェストのある田舎に老師と弟子の少女がともに暮らしていた。水を汲みに行った少女が帰ってくるなりこう言ったので在る。
 さっそく老師が行ってみると、そこには、この地のものとは思えない肌にぴったりとした服を纏った、青年がひとり、倒れていた。
 老師は、大きな外傷がないことを確認すると、彼を抱き起こそうとしたが、青年の体は異様に重かったため、出来なかった。老師は彼に声をかけた。
 すると、ようやく青年は意識を取り戻した。
「あなたはここで倒れていたのですよ。何があったのですか」
 その他いろいろ問いかけたが、青年は「存じ上げません」と答えるばかりであった。ただ、彼はそう言いつつも、微笑だけは崩さなかった。
「お師匠様、この方は転移者かもしれません」
 だとしたら保護すべきだと弟子は師匠に告げた。
 その通りだ、と老師は思った。
 青年に行くあてはない。記憶もないらしい。老師は彼にしばらくの間ここで暮らすことを提案した。
 それに伴い、彼に名前の無いことはあまりに不便であるから、「空蝉」と老師は名付けた。
 空蝉とは、夏の終わりのことを指す。同時に抜け殻という意味もある。
 或る、夏の終わりに出会った、記憶喪失の青年にふさわしい名前であった。

 老師は学者である。符術を研鑽する学者で、弟子を取っていた。弟子というのは空蝉を発見した少女である。彼女は空蝉によく懐いた。
 何かあると「空蝉、空蝉」と呼ばわっては、彼の周りを飛び跳ねていた。
「空蝉、なにをしているか」
 少女は蔵へやってきた。そこには膨大な書物が積まれ、天井は高く、晩夏とはいえまだ暑い夏の日差しを避けるのに最適の場所であった。
 空蝉は、老師に恩返しをするようによく働いた。そして、暇があれば、こうして蔵で書物を読んでいるのである。
「本か。空蝉は本当に本が好きだ。何を読んでいるか」
 少女が覗き込むとそれはリアルブルーのある東方の国に起こった三国の闘争の歴史の本であった。
「空蝉は難しい本を読む。わたしは、若者が仙人になるような話の方が好きだ」
 そうは言いつつも、少女は空蝉が本を読む様子をまじまじと眺めていた。
 落ち着いた雰囲気に、銀色の長い髪がうつむいた顔にさらさらとかかっている。蔵を舞う塵が小さな窓から差し込んだ光できらきらと輝いていた。
 このようにして平穏な日々は過ぎて行った。

 そして、或る秋の日である。冬はまだ遠いと言うのに、その日は異様に冷え込んでいた。まるで、地獄の釜が開いたかと言うように、おぞましい冷気が忍び寄ってくる日であった。
 この日もやはり、少女は水を汲みに、森を抜けて川に行くのだった。
 老師と空蝉が見送りに行く。その時、少女が、
「空蝉、帰ったらまた蔵に一緒にいていいか」
 と言った。
「ええ、もちろんです」
 空蝉は静かな声で答えた。
 それを聞いて、少女はご褒美ができたと言うように喜んでいた。
 老師も、空蝉と少女が仲良くするが嬉しいのであろう。満足そうに二人を見た。
 しかし、空蝉だけはどこか不思議そうに首を傾げているのであった。
 空蝉にはどこか常人離れしたところがあった。老師もそれに気づいていた。しかし、それ以上に空蝉はよく働き、不実なことをしない、いつも微笑みを浮かべている、良い若者であった。だから、ふと気になることはあれ、記憶喪失のためであろう、と深くは考えなかったのだ。
 その時である。前方の山の草木がざわざわと揺れた気がした。
 老師は異様な気配を感じた。つまりは歪虚の気配を。
 即座に符を抜き放ち、茂みの中へ投げつけた。
 しかし、同時にはっしと一本の矢が少女めがけて飛んできたのだ。
 とっさに空蝉は少女を庇った。
 少女は訳が分からず、空蝉の腕の中でもがいている。しかし、空蝉の肩に矢の刺さっているのを見て、さっと顔を青くした。
「空蝉、大丈夫か」
 茂みの中からは剣を持った人型雑魔が三体現れた。射手は奥の茂みに潜んでいる。格好からして、山賊か何かの成れの果てであろう。
 老師は、符で敵を迎撃していた。しかし、どうにも数が多い。
「空蝉、空蝉」
 少女は空蝉の名を繰り返す。
 それを、空蝉は不思議そうに見ていた。
「なんでございましょう」
「空蝉、痛く無いのか」
「はて、どういうことでございましょうか」
 空蝉は、苦痛を感じていないのか、普段と変わらない声で言うのだった。顔にはいつも通りの微笑が浮かんでいる。
 空蝉は敵と対峙するように、優雅な所作で立ち上がった。
 銀色の髪が風になぶられた。そして、ずっと閉じたままだった瞳が開眼し、ついに髪と同色の銀色の瞳が姿を現した。さらに、瞳の奥にあるシグナルランプが点灯し、冷酷な光を放つ。
『──脅威ト認定。殲滅シマス』
 ゆらり、と空蝉は腰に差していた二本の刀を抜き放った。
 空蝉が敵に迫って行くのを老師は止めようとしたが、空蝉は聞かない。
『殲滅シマス』
 そう繰り返して、敵へ斬りかかった。敵もとっさに武器で防御するが、空蝉は怒涛の剣戟を浴びせ、反撃の隙を与えない。ついには敵の剣が砕けて、露出した胸を貫いた。
 その脇から、別の敵が仕掛けてくる。脇を狙って放たれる刺突を、空蝉は円を描くように受け流した。勢い余って敵の体勢が崩れる。そのまま空蝉は敵の手首を斬り落とし、留めとばかりに首を跳ねた。
 そして、すかさず空蝉は右手に持った刀を背中へ回した。すると、甲高い金属音が響き渡る。二体と敵と打ち合っていた隙を見て、後ろに回っていた者があったのだ。そして、空蝉は敵の次の攻撃を許す暇もなく、左手に持った刀を逆手に持ち替え、敵の脇腹を鋭く突いた。
 その刹那、今度は矢が飛んできた。射手もまた隙を伺っていたのだ。
 空蝉は矢を弾いて、そして、その刀を投げつけた。
 刀は回転しながら射手に飛んでいき、その頭を叩き割った。
 攻防は一瞬だった。敵は塵になって消えて行った。空蝉は戦闘中も終始笑みを崩さず、肩に刺さったままの矢も気にすることなく、舞うように戦ったのだ。
 空蝉は刀を回収し鞘に収めると、再び静かに瞳を閉じて、それから、抱拳礼をした。
 そこへ少女が駆け寄ってきた。
「空蝉、空蝉は強かったんだな」
 しかし、それを老師が制した。老師は今や警戒の眼差しで空蝉を見ている。
「あなたは何者ですか」
 老師と少女に怪我はない。しかし、先ほどの空蝉の変貌に警戒心を老師は抱いていたのだ。
「お怪我はありませぬか。老師」
 だが、空蝉にそんな恐れは伝わっておらず、相変わらず微笑をたたえているばかりだった。
 それを見て、老師はひとつ大きくため息をし、結局、空蝉は空蝉なのだと思った。こうして、自分達を守ってくれたのが何よりの証拠である。
「いえ失礼いたしました。助太刀、感謝します」
 老師もまた礼を返した。
 空蝉もようやく礼を解く。
 少女が駆け寄って、空蝉の腰に抱きついた。
 冷え切っていた空気はいつの間にか払拭されていた。
 空は秋晴れ。清々しい青色が三人を見守っていた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka6951 / 空蝉 / 男 / 20 / 舞刀士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 空がどんより曇っても、
 蝉の声が途絶えても、
 この、晩夏の結びは、忘れない。

 ご依頼ありがとうございました。
シングルノベル この商品を注文する
ゆくなが クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年02月13日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.