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『黄金の竜』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)


 嫌い、というわけではない。
 だが顔を合わせるのは多くとも年に1度か2度にとどめておきたい、という相手がシリューナ・リュクテイアにはいる。
「貴女よ」
「年に1度、いいね。織姫と彦星のような逢瀬を、君と私で」
「私はね、貴女とは商売のお話以外の会話はしたくないの。手早く終わらせましょう」
 言いながら、シリューナは小箱を開いた。
 黄金の指輪が、輝いていた。
「この輝き……ミダス王の受けた呪いは未だ健在、というわけね」
「かの王は、黄金の呪いを川に流した……その川から採れた砂金で、私が作り上げた指輪さ」
 魔女が言った。
 シリューナの、商売仲間でも商売敵でもある魔女である。
 彼女からシリューナは、この指輪を買い取った。支払いは、すでに済ませてある。
 商品を、魔女が自ら届けに来てくれたところである。
「ミダス王は、触れる物を無差別に黄金に変えてしまった。だけどね、その指輪をはめていれば、望んだ物だけを黄金に変える事が出来る……そんなものを、私から法外な値で買い取って」
 いくらか興味深げに、魔女がテーブル上に身を乗り出した。
「そこに君が、どれだけ利を乗せて売るつもりなのか……どんな商売をするつもりなのか、興味はあるな。まあ企業秘密だろうけど」
「まだ決めていないわ。とにかく私がこれを大急ぎで貴女から買い取ったのはね、こんなものを貴女に持たせておきたくないからよ」
 シリューナは答え、魔女を軽く睨んだ。
「……貴女が何の目的で、こんなものを作ったのかは知らないけれど」
「私ら魔宝具職人にとって、ミダス王の黄金は夢の素材だよ。指輪にしようか髪飾りにしようか迷ったのだけどね」
 魔女が、にやりと笑う。
「君のその黒髪と、美しい指……黄金の輝きが本当に映えるのは果たしてどちらか、実は今でも迷っている。ああ、髪飾りでも良かったなあ」
「……私はただ、この指輪が悪意ある者の手に渡る事があってはいけないと思っただけよ。こんなもので身を飾ろうという気はないわ」
「そんな事を言わずに」
 魔女の、いくらか押しつけがましいほど美しい顔がシリューナに迫る。
 優美な五指が、シリューナの繊手に絡み付く。
「その指輪……婚約の証として、受け取ってはくれないだろうか? 女同士だっていいじゃないか。もちろん代金は返す。私が欲しいのは、お金ではなくて君」
「はい、お帰りはこちらでーす」
 この店の従業員、兼シリューナの私的な使用人として働いている少女が、いきなり現れて魔女の細腕を容赦なく掴む。
 ファルス・ティレイラだった。
「お見送り、よろしくねティレ」
「はい、お姉様。御用がお済みのお客様には、きっちり帰っていただきます」
「お姉様だって? シリューナ・リュクテイアよ、君はこんな200歳近く年下の女の子に、そんな呼び方をさせているのかい。昔は君の方が、私をそう呼んでくれたと言うのに」
 世迷い言を垂れ流す魔女を、ティレが物のように引きずって行く。シリューナは、ただハンカチを振った。


「やれやれ……さすが、竜族の子は凄い力だね」
 笑う魔女を、ティレはなおも容赦なく引きずった。
「私のお姉様……こほん。店主シリューナ・リュクテイアは、特定のお客様と私的なお付き合いをする事はありません。こないだもね、しつこく言い寄った人がいて、身体の中身と外側ひっくり返っちゃったんですから」
「ああ、やるだろうね。シリューナなら、その程度の事は」
 この魔女は、シリューナとは旧知の間柄、であるらしい。
 自分の知らないシリューナを、この女性は知っている。
 自分よりも多く、知っている。
 それだけが先程からずっと、ティレの心の中で渦巻いている。
「君の事は聞いているよファルス・ティレイラ。いろいろ噂になっているからねえ」
「どんな噂……あっいや、いいです。聞きたくありません」
「想像がつくから? まあ、想像通りだと思うよ」
 魔女が微笑み、ティレの顔を覗き込む。
 心に渦巻く思いを、覗かれている。ティレは、そう感じた。
「シリューナに面白おかしく弄ばれて、石像になったり氷像に変えられたり人魚に変身させられたり……皆が噂し、羨ましがっているよ。君という、この世で最も可愛らしい生きた美術品のオーナーであるシリューナ・リュクテイアをね」
「……まあ、お好きなように噂してくれればいいと思いますよ。はい、お出口はこちらです」
「日頃のお返しを、してみたいとは思わないか」
 魔女が、囁きかけてくる。
「たまには君が、シリューナを……物に、してみてはどうかな」
「お姉様を……」
 相手にせず早急に追い出してしまうべきだと、ティレは頭では理解していた。
「君がね、シリューナ・リュクテイアのオーナーになるのさ。彼女を……所有物として、独り占めしてしまうんだよ」
「独り占め……私が、お姉様を……」
 呟きながら、ティレは光を感じた。
 細かな金色の輝きが、キラキラと舞い散りながら全身を包み込んでくる。
「この金粉はね、あの指輪に彫刻を施した際の削りカスさ」
 魔女の囁きが、ティレの心に染み込んでくる。まるでパンが蜂蜜を吸収するかのように。
「君は今、望む物を黄金に変える事が出来る……シリューナをね、君だけの黄金のガラテイアに変える事も出来るのさ」


「遅かったのねティレ。彼女と、話し込んでいたの?」
 シリューナは訊いた。
「まさか、とは思うけど……何か、いたずらをされていたわけではないでしょうね?」
「……私にいたずらしていいのは、お姉様だけですから」
 ティレが、そんな事を言っている。
 やけに距離が近い、とシリューナが思った時には抱き付かれていた。
 竜族の少女の、見た目よりはずっと強靭な細腕が、シリューナの身体をぎゅっ……と拘束する。
「……何の真似かしら? ねえティレ」
 すぐには振りほどこうとせず、シリューナはとりあえず微笑んで見せた。
「もしかして、今日は貴女が私にいたずらをしようとでも? 挑戦心を持つのは可愛い事だけど、100年ほど早いのではなくて?」
「100年……200年くらい、私より長く生きておられるんですよね……お姉様って」
 ティレが言った。
「私が生まれる前から、ずっと……あの人と……もしくは、私みたいな子が何人もいたりして……」
「ティレ? 何を言って……」
 そこで、シリューナは気付いた。ティレの身体からキラキラと散舞する、黄金の輝きに。
 その光が、シリューナの全身にまとわりついてくる。
 ティレの両腕、だけでなく翼が、シリューナの身体を包み込む。
 竜の少女の、白桃のような尻から生え伸びた尻尾が、色艶の良い大蛇の如くシリューナに巻き付いて来る。
(あ……そういう事……)
 気付いた時にはシリューナは、言葉を発する事も出来なくなっていた。舌が、黄金の板に変わっている。
(ティレを使って、私を……玩具にでも、したつもり……?)
 この場にいない魔女に、シリューナは語りかけていた。
(貴女は……黄金の像に変える、くらいでは済ませないわよ……ティレ、貴女はまあ黄金の像に変えるだけで許してあげる……)
 ティレの、細腕と翼と尻尾による抱擁の中で、シリューナは黄金の像に変わっていった。


「やった……とうとう、やっちゃった私ってば……」
 この世で最も美しいものが、目の前にある。
 シリューナ・リュクテイアの、涼やかな美貌が、豊かで艶やかな黒髪が、たおやかな繊手と優美な二の腕が、すらりと伸びた両の美脚が、時を止められつつ黄金と化している。柔らかく引き締まりながらも豊麗に起伏したボディラインは、黄金化する事でより肉感を増しているようでもある。
 この世で最も美しいものを、自分の手で作り上げたのだ、とティレは思った。
 もちろん錯覚である。ティレが作ったわけではない。シリューナ・リュクテイアは、誰かが手を加える必要もなく美しいのだ。
 その美しさを永遠にとどめた状態でシリューナが今、自分のものになった。ティレは、そう思った。
「……それも、錯覚……わかってるわ。お姉様ならこんなの、自力で元に戻っちゃう……そうなったら私……お姉様に一体、どんな目に遭わされちゃうの……?」
「さあ、どうなるのだろうね。それをしっかり見届けたいところではあるが」
 魔女が、いつの間にか背後にいた。
 ティレは振り返り、見据えた。睨みつけた。自分が今どんな表情をしているのか把握出来ない。
「私、結局……貴女に玩具にされてるような気がしますけどどうでもいいです。もう帰って下さい。私を、お姉様と2人きりにして下さい……いつもと逆の立場をね、楽しんでいたいんです。邪魔しないで下さい……じゃないと私……」
「おお怖い怖い。今の君はねえファルス・ティレイラ、竜王クラスの邪気を発しているよ」
 魔女が笑う。
「闇堕ち寸前の竜乙女に1つ警告をあげよう。私が君に振りかけたのはね、魔力の最終調整をする前に指輪から削り取った金粉だ。あんまり感情を燃やしていると、未調整の黄金化魔力が暴走して……と、遅かったようだね」
 魔女が何を言っているのかティレは一瞬、わからなかった。
 その一瞬の間に、ティレは動けなくなっていた。
「な……何、これ……」
 両腕が、両脚が、黄金に変わり始めている。
 動けぬ手足を、ティレは無理矢理に動かした。
 健康的な四肢が、元気良く暴れながら黄金と化してゆく。
「ちょっと何、結局いつものパターンじゃないのよーっ!」
 翼がはためき、尻尾がうねり跳ね、健やかにくびれた胴が捻れて胸が瑞々しく揺れる。
 それら全ての部分に、黄金化が及んでゆく。
「さて……元に戻ったシリューナに一体どんな目に遭わされるものか、心配しなければならないのは私の方になってしまった」
 魔女の呟きを聞きながらティレは、シリューナと一揃いの黄金像に変わっていった。
「すり潰されて、何やら邪悪な魔法薬の材料にされる……程度で済めば良いのだが」


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登場人物一覧
【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2018年02月13日

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