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『また会う日を楽しみに 』
緋打石jb5225




 これが永遠の別れだなんて言っていない。



 心地よい秋風が緋打石の紫銀の髪にじゃれつき、曼珠沙華のコサージュを揺らす。
「すっかり秋じゃのう……」
 高い高い空を自由に飛ぶ翼を彼女は持っているけれど、今は大地の香りが何より愛しい。
 地に足をつけ、歩く人間たちの姿を見守ることが楽しい。

 二〇一七年八月、はぐれ悪魔は久遠ヶ原学園を卒業した。

 卒業はしたが、今も学園島に滞在している。
 学園生時代から暮らしていたアパートの一室を拠点とした『万屋トルメンタ』を開業し、フリーランスとして活動している。
 情報網は、昔なじみのあちらこちらから。
 それなりに楽しく活動し、それなりに大変さも経験し――

 十一月。
 彼女にとって馴染みのある土地の一つ、岐阜県多治見市のワインフェスタ会場を訪れた。




 久遠ヶ原学園生による出店もあるし、フェスタを遊ぶ見慣れた姿もチラホラ。
 外見年齢は圧倒的未成年の石は、本来の酒好きを封印してノンアルカクテルを楽しんでいた。
 白いブラウスにワインレッドのボレロとロングスカート。在学時代より大人っぽい衣装だけれど、トレードマークのマントはそのままだ。
「……む?」
 あてどなく喧騒を楽しむ中、見覚えのある金髪を見つける。秋らしい落ちついたグリーンのカーディガンを羽織り、周囲を楽し気に眺めている。

「ラシャ殿! 遊びに来ていたのじゃな」
「! ……!? !??」
 振り返った少年堕天使ラシャは、まるで亡霊を見たかのような顔をした。

 ――……卒業、しちゃうのか

 暑い暑い多治見の夏で、交わした会話。しょんぼりとした表情。
 石は卒業し独立すると伝えたが、活動拠点を伝えていなかった。
「夏以来じゃの。学園へ行かなくなると同じ島内で暮らしていても意外に会わないものじゃのう」
「…………、ヒダ?」
「うむ」
「生き……てる?」
「勝手に殺すな。お主の中で、自分はどうなっておるんじゃ」
 石は背伸びをし、ラシャの白い頬をむにゅっと引っ張る。
「永遠の別れではないといったじゃろうが」
「……!? ヒダも、クオンガハラにいるのか?」
「そう言っておる、非合法じゃがな。名が知れておらぬのは良いことなのか悪いことなのか……」
「そっか……」
「今日は1人か? 一緒に見て回らぬか?」

 卒業から3ヵ月。短いようで、長くもあり。
 それぞれが体験してきた積もる話は、アップルパイでも食べながら。




「白ブドウジュースか……、初々しい香りじゃのう。ワインとして熟成されたものも良いが、これはこれで」
「ヒダ! ホットサンド売ってた! 2種類あるから、半分コしよう!」
 人界知らずの堕天使も、久遠ヶ原へ来てそれなりに時が経っているはずだが……1つ1つの反応が大きいことに、変わりは無い。
「戦う依頼は減ってきたケド、その分、考えることも多くなった」
 少年は言う。
 人・天・魔・混血の、意識における垣根が低くなっているからこその問題が増えていると。
 それは、フリーランスとして動いている石も感じていた。
 同盟を不服とする天魔や、逆手に取る覚醒者などの事件。それによって広がる、人々の恐怖や不信感。
 学園へ正式に依頼されるものと、石が偶然居合わせたり仲間から情報を得て向かうものとでは種類も違うだろう。
「こんな時だから、きっとオレたちが役に立てるんだよナ」
 はぐれ悪魔と堕天使。
 『むこう』の世界を知る、人類側の存在。
 身長に成長は見られないが、ラシャなりに精神的には成長しているらしい。どことなく、横顔は大人びたように思う。
「のう、ラシャ殿」
 ブドウジュースのカップから唇を離し、石は友人を見上げた。

「よかったら、自分の事務所を手伝ってみぬか?」

 個人で動き回る制限に、歯がゆさを覚えることもあった。
 ぼんやりとは考えていた。少しで良い、ヘルプの手があれば良いと。
「むろん、学園の依頼や交友を優先してくれて構わん。信頼できる留守番役や手伝いが欲しくてな」
 人界を学んだらしい友人ならば、任せられよう。
「信頼? ……オレを?」
「うむ。不服か?」
 少年はキョトンとし、それから全力で首を横に振る。
「また一緒にいられるんだナ。色んなこと、教えてくれなッ」
「自ら学ぶものを探すのも面白いぞ。自分の部屋には本がたくさんある、暇な日は読むと良い」
 それを聞いて、ラシャは瞳を輝かせる。
 放課後は図書室で過ごすのが好きなこと。
 本に込められた、様々な知識や人々の願望。
 自分が好きな物語。
 石の部屋には、どんなものがある?

「読書の秋ともいうのう」

 穏やかに笑いながら、石はジュースを飲みほした。




「未成年は飲酒禁止よー」
「わかっておる」
 修道院ワインを振舞うブースでは、久遠ヶ原の風紀委員・野崎 緋華が目を光らせている。
 それを知っていて、石はラシャを伴って顔を出した。
「満喫してるみたいで良かったわ。ワインは、お土産用でいいかしら」
「うむ、赤・白・ロゼ、1本ずつ包んでくれ。……野崎氏も元気そうで何より、と言いたいが……少し疲れておるようじゃな」
「わかる? 本職の風紀委員がね。依頼として協力要請も難しいモノもあるし」
 ――久遠ヶ原の風紀委員。撃退士を取り締まる権限を持つ者。
 その役職にある野崎は、ひとつの――そしてそれがやがて大きな流れとなる依頼で、石と出会った。
「そういう時は『万屋トルメンタ』を使ってくれ。ラシャ殿経由でも構わぬよ」
「あら。いつの間に」
「カラスを追いかける間じゃな」
「あー……」
 言われ、野崎はアイスブルーの眼を閉じた。
 天使――現在は堕天使の、カラス。
 奴がそもそもの発端で、終着と言わんばかりにこの多治見に滞在している。
 野崎は彼が関与する事件によって婚約者を喪い、
 その使徒を退治する依頼で野崎と石は出会った。
 天使カラスは堕天使ラシャへ試すような言葉を掛けては打ちのめし、
 紆余曲折を経て再起不能となった彼は残り僅かな命を多治見に置くのだと言った。
 揃いも揃って、よくかき回されたな、と三者三様に遠い目をする。

「これは珍しい取り合わせだね」
「生かさず殺さず、お主をぎゃふんと言わせる会議を開いていたところじゃ」
 無駄に似合う給仕服を纏い肉体労働をしているカラスが、トレイ片手に姿を見せた。
 遠目に3人の歓談の様子に気づいたとのこと。
「ふぅん? それで名案は浮かんだかい?」
「ヒミツじゃ」
 黒髪金眼の堕天使は相変わらず余裕の笑みを浮かべ、石もまた不敵に返す。
「社内のお届け物には気をつけるんじゃな!」
 カラスが現在、彼のお目付け役である企業撃退士のもとデスクワークをしているという話は掴んである。
 何がしか愉快な仕込みもできるだろう。
「なるほど、楽しみにしているよ」
「社会科見学の時は、ちゃんと鍵を掛けておくんだぞ……?」
「あれは、わたしは不可抗力だからね……?」
 いつぞやの件を少年堕天使から真剣に心配され、多治見を護る『風の剣』所有者は苦く笑った。




「はーーー、今日は楽しかった!」
 帰りの電車で、ラシャは石の向かい側に座り満足そうにしている。
「懐かしむには早いはずじゃが……懐かしいものじゃなぁ」
「来年も、ミンナ来れるかナ?」
「揃うと思うぞ」
 無邪気な問いに、石が穏やかに答える。
 容姿だけで言えば兄妹のようなのに、会話はまるで姉弟だ。
 グラデーションに暮れてゆく車窓の景色を眺めながら、石は小さく笑う。
 気づけば、ラシャは窓に頭を預けて寝息を立てている。
「成長したと思っても、まだまだじゃの、ラシャ殿」
 春には、小川で水切りをしようか。
 そう呟いて、石は己のマントを友人へ掛けてやる。
(そうじゃ。来年は変化の術を使って入ろう。外見年齢を変えればワインも飲める)
 ラシャにも技を教えてやろう。
 同じことの繰り返しではない、楽しい祭りにしよう。


 ふわりと花の香りが漂い、幸せそうな表情で友人は身じろぎをした。



 
【また会う日を楽しみに 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5225 /  緋打石  / 女 / 12歳 / 万屋トルメンタ 】
【jz0324 /  ラシャ  / 男 / 14歳 / 久遠ヶ原の撃退士 】
【jz0054 / 野崎 緋華 / 女 / 27歳 / 久遠ヶ原の風紀委員 】
【jz0288 /  カラス  / 男 / 28歳 / 多治見の堕天使 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
大変お待たせいたしました。お待ちくださり、ありがとうございました!!
多治見ワインフェスタ2017、お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年02月14日

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