▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『窓から差し込むオレンジ色の光 』
大狗 のとうja3056)&花見月 レギja9841


 空の端が色を帯びつつあった。
 花見月 レギはそんな時間に、ふと目を覚ます。
 だが起き出す気にはなれず、毛布にくるまったままぼんやりと考える。
(冬の夜明けは、まるで……氷でできたキャンドルのようだ)
 太陽の温かさを思わせるオレンジ色なのに、身を切るように冷たく、そしてとても美しい。
 再び夢に戻ろうとするとき、呼出音が鳴り響く。
 レギは飛び起きた。この音が鳴る相手は、ひとりだけだ。
「……ずいぶん早起きだ、ね」
『にゃははは〜、君こそ反応が早いな!』
 大狗 のとうの明るい声がレギの耳に心地よく響いた。
 久しぶりの、でも変わらない声。寒い空気の中、レギの耳だけが暖かくなる。
「ちょうど、起きたところ、だよ。どうしたの、かな」
 のとうはその問いに答えず、勝手にしゃべりだす。
『君、もう冬休みだよな? 暇? そうか、ではそのままで』
「うん、冬休みだ。忙しくはない、よ。それで。のと君、は、どうして……」
 レギはゆっくりと言葉を紡ぐので、最後まで言い終わらないうちに電話が切れる。これは割とよくあることなのだ。
 そして次に起こるのは……

 ブロロロ……キィッ! ダン、ダン、ダン!

 賑やかな物音。
 レギが立ちあがり、玄関のドアノブに手をかけると同時に、外からもドアに力がかかった。
「それじゃ、遊びに行こうぜ!」
 ドアからこぼれるのは朝焼け色に明るく輝くオレンジ色の髪。
 それに縁取られたのとうの満面の笑顔が、寝起きの目には眩しかった。


 拒否は互いに考えも及ばず、猶予時間は非常に短い。
 レギはすぐに顔を洗い、灰色のシャツを身につけ、黒のジャケットに身を包む。の前に、さすがにもう一枚、中に着こんだ。
「君は本当に……何時も斜め上から、くるね」
「玄関からしか入ったことないけど? ここは窓だったのかにゃ?」
 のとうはきょとんと首を傾げた。
「……なんでもない、よ」
 レギの支度を待ちわびていたのか、ドアを閉めると同時にのとうは跳びはねるように先を行く。
「ほら、今日はコレだ!」
 得意そうにバンと叩くのは、大型バイクの座席である。
「やっほー! 驚いたか?」
「うん、驚いた、よ」
 レギの驚いた顔を見たくて。そして一緒に笑って欲しくて。のとうはびっくり箱のように、いつも突然に楽しいことを差し出してくる。
 それが分かっているから、レギはこの強引な誘いをいつだって楽しめる。
「え、もしかしてバイクに乗れたことに驚いた? 君、俺を何だと思ってるんだ。久遠ヶ原学園生だぞ?」
 のとうはそう言って、レギの手にヘルメットを押しつけた。
「元、だけどな!」
 レギの笑顔は変わらなかったが、その言葉がほんの少しだけ彼の胸をざわつかせた。
「さ、学生クン。折角の休みだ、何処に行きたい? ……なーんて、残念ながら予定はもう決まっちゃってるんだけどな!」
 レギの心中を知ってか知らずか、のとうはどんどん話を進めていく。

「そうか……何故か乗せて貰う側になるんだ、な。俺は」
 レギはヘルメットをかぶり、のとうの後ろにまたがる。
「しっかりつかまるんだぞ! あ、寒くないか? カイロもあるけど」
「大丈夫、だと思う。のと君があったかい、から」
「にゃははは。人間カイロだな! バイクは冬に寒いのだけが欠点なんだよな」
 大型バイクのエンジンが気持ちの良い音を立てる。
「冬は、寒い。そんなコトは、考えたこともなかったよ」
 レギがしみじみと呟く。
「温かいと知覚しないと、寒いコトにも気付かないから、ね」
 レギは寒がりだ。だがそれは、暖かさを知ったから。
 思えば、寒さはいつもレギと共にあった。レギの外も中も、ずっと寒かったから。
「なんだってー?」
「なんでもない、よ。のと君、失礼」
 レギはのとうの身体に腕を回す。
 うら若い女性に抱きつくのは失礼かとも考えたが、バイクの後部座席で手放しという訳にも行くまい。

 明るくなっていく空の下、高速道路を快調に飛ばしていく。
 ときどきのとうが「寒くないかー?」とか、「左! 鳥が飛んでる!!」とか叫ぶ度に、暖かな背中から振動が伝わる。 
 それはとても幸せな時間だった。
 だからのとうがバイクを停めて「着いたぞ!」と叫ぶまでが、本当に短い時間に思えた。
「ここは?」
 ヘルメットを外すと、潮の匂いと波の音。すぐ近くに水族館が見えた。
「よし、一番乗りを狙えるな! 砂浜を散歩するのもいいけど、混む前に水族館に入ろうぜ!」
 駐輪場にバイクを預け、のとうに背中を押されて水族館へ向かう。

 まだ朝早い水族館には、ほとんど人がいなかった。
「貸し切りみたいだ。ほら、空飛ぶペンギン!」
 チューブ状のガラスの通路は、地上の存在が海にお邪魔するためのものだ。
 ペンギンだけでなく色も形も大きさも個性的な魚が、飛ぶように通り過ぎていく。
「ペンギンは本来、泳ぐものだ、ね」
 地上をよちよちと歩く姿とは全く違い、どんな猛禽が飛ぶよりも鋭く飛びまわるペンギンに、レギは見とれる。
「楽しそうだよなー。でもペンギンは地上も好きなんだと思うぞ!」
 通路を通り抜け、あちらこちらを見て回る。
 のとう曰く「うまそうな」銀色の魚の群れを眺め、巨大な水槽をゆったりと泳ぐ大きな魚やエイを眺め、浮いたまま身を寄せ合うラッコを眺める。
 そうしているうちに団体客が大型水槽に集まり始め、のとうは静かな展示室へとレギを誘った。
「海月もけっこう好きなんだ」
 中央の大きな水柱には、無数の海月が泳いでいた。
 ふわふわと雲のように漂ったかと思うと、すいっと内部を移動する。その後ろを糸のように細い触手がついていく。
 刻々と色を変える照明に照らされ、自在にたゆたう海月は、とても美しい。
「なんだろう。きっと水は冷たいのだろうけど、柔らかくて、暖かそうだ、ね」
「何時間でも見てられそうだよな」
 いつも動き回っているのとうがそう思うのもわかる。
 ふたりは黙ったまま、ゆらゆら揺れる海月を見つめ続けていた。


 結局、お腹が空いてダウンする直前まで、海月を見つめていた。
 遅いお昼を済ませた頃には、人が溢れるほどになっていた水族館を出る。
「おもしろかったにゃー!」
 満足そうにそう言った後で、のとうがくるりと振り向いた。
「君と一緒に来られて良かった」
 レギは虚を突かれて、言葉を探る。
「……連れてきてくれて、ありがとう」
「どういたしまして! んじゃちょっと砂浜で遊ぼうぜ!」
 そう言われて後をついて歩きながら、レギはふと思い出す。
「まさか、のと君。この季節に、スイカ、とか……」
「スイカを食べたかったのか? でもさすがにバイクに乗せるのは無理だったのな!」
 のとうもかつての砂浜を思い出して笑う。

 急ぎ足の冬の太陽は、すでに斜めに傾きつつあった。
 のとうの影が砂浜に長く伸びていく。
「冬の海も、俺ってば好きなのな。波の音がいつもよりも大きく聞こえるし、何時までも眺めていられる。あと、いろんなものが流れ着くしな。面白いのだ」
 そう言って、白く色の抜けた、人の大腿骨ほどもありそうな木の枝を拾い上げる。
「これ、どこから来たんだろうな」
 のとうは枝をぶんぶんと振り回すと、そのまま海へ向かって放り投げた。
「今度は何処へ行くかな。俺の知らない外国までも行くかな」
 揺れる髪が、夕日に照らされて輝く。レギは眩く感じて、目を細めた。
「君は、何処に行くのだろうか」
 夕焼けのオレンジの光に、のとうの髪の色が溶ける。まるでそのまま海の彼方へと、のとうを連れて行ってしまいそうだ。
「え? なんだって?」
 波の音は小さな呟きを遮ってしまう。
 ――なんでもない。
 そう言いかけたレギだったが、今この思いは言葉にしなければならない。言葉にして伝えなければならないと思う。
 だから、真っ直ぐにのとうを見つめて口を開く。
「俺にはきっと、もう暫く君が必要なんだと、思う」
 のとうは目を丸くしていた。
「君は俺の知らないことを、知っている。俺が『ある』と知らなかったものも、知っている」
 寒いと気付かせる『暖かさ』だとか。
 空を飛ぶペンギンだとか。
 海月の輝きだとか。
 ――レギの知っている『生きのびるための知識』ではなく。ヒトとして、ヒトの社会で『生きる喜び』を。
「だから、出来れば……うん、出来ればでいいんだ。もう少しだけ……傍においてくれない、だろうか」
 レギの皮膚の中に閉じた世界が、ヒトの世界と繋がるまで。
 もしそんなことが可能だとしたら、最初に窓から差し込むのは、きっとオレンジ色の輝きだろう。

 のとうは暫く黙りこむ。
 だが黒い瞳は、レギの不安そうな顔を映したままきらめいている。
(なんて綺麗なヒトなんだろう)
 夕日を受けて、レギの浅黒い肌が艶やかに輝く。
 真っ直ぐにのとうを見つめる青い瞳は、ときに幼子のように輝く。
 綺麗で強いのに、どこか脆そうで。
 穏やかな微笑みの裏に、底なしの孤独を抱えていて。
 けれどそこから抜け出そうと、のとうに向かって手を伸ばしている。
 ――まるで姉を求める弟のように。
(というか、刷り込み行動のヒヨコ?)
 のとうにとって、レギが大事な友人であることには疑いがない。
 これからもずっとそうだろう。だから今更、縋るような目で見られると、どう言葉をかけていいのか迷うのだ。
(ま、その辺りはこれから覚えていくしかないか)
 学園は社会に出るまでの準備をする場所である。
 のとうはそこを既に卒業した。
 いつか、レギも巣立つ日が来る。けれど今はまだその日ではない。レギにはまだ時間が必要だ。

「あのな、ひとつ提案があるんだ」
「なんだろう、か」
 レギの瞳に不安そうな影が浮かぶ。
「今日は泊まって帰る!」
「……え?」
 のとうがにやりと笑った。
「この近くに人気の温泉宿があるのな! ああ心配ない、もう部屋は押さえてあるからな」
「待って。のと君、待って。俺は外泊の予定は立てていな……」
「でも予定なんかないんだろ?」
 レギはぐっと言葉に詰まる。
「……何で知って……」
「そうそう、外泊届けももう出してあるんだ」
「……は?」
 してやったりというのとうの笑顔に、レギは抵抗する術を知らない。
「……君は、何というか……時々凄く素早く動く、ね……」
 ――まるで俊敏なカピバラみたいだ。
 その独特な例えを言葉にする前に、あることに気付く。
「いや、ではなくて。仮にも妙齢の淑女がそう大胆なのはどうかな、と」
 そこでのとうが至って真面目な顔でレギの顔を覗き込んだ。
「何か問題があるのか?」
「え?」
 レギの目線が言葉を求めて泳いだ。

 ――わかっている。
 心はいつだって傍にいる。でもずっと傍にはいられない。
 だから今夜は、語りあかそう。
 言葉にするのが難しい気持ちも、頑張って言葉にしよう。
 オレンジ色の光が空を染めるまで、冬の夜はたくさん時間をくれるのだから。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 23 / 人間 / ルインズブレイド】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 29 / ハーフ(天使) / ルインズブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
長らくお待たせいたしました!
冬の海でのひとときをお届けいたします。
執筆している間、エリュシオンの世界では色々なことがあったと、改めて感じました。
おふたりをずっと書かせていただいたことは、私にとっても大事な思い出です。

ヒトは変わる。ヒトは変わらない。
当たり前のことを、言葉に表すのは結構難しいですね。
今回のノベルがお気に召しましたら嬉しいです。
長らくのご指名、本当にありがとうございました。
パーティノベル この商品を注文する
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年02月14日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.