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『ある男の決意の話 』
樒 和人jc2602

 二〇一七年春、帝塚山。
 ちょうど桜が満開で、もつれ雲の麗らかな春空が青く澄み渡っている季節――。

「なんやねん、アイツ! けったくそ悪い!」

 穏やかな風景と対照的に、樒 和人(jc2602)は苛立たしげであった。八つ当たりめいて屋敷の廊下を踏みしめて、肩を怒らせ、ずんずんと歩いている。廊下から見える庭では、古い桜の木が春風に桜吹雪を舞わせるが、そんな雅さすらこの少年の心を落ち着かせることはできないようだ。
「あー、思い返せば思い返すほどイライラする……!」
 はらわたが煮えくり返るとは正に。彼がこんなにも苛立っているのには、相応の理由があった。

 ――和人には、一回り上の姉がいる。
 和人は姉が大好きだ。とってもとっても大好きだ。
 すなわち、世間一般で言うところのシスコンというやつである。

 その姉が……結婚“した”。

 繰り返す。結婚“した”。
 結婚“する”ではなく、“した”のだ。

(なんやねん、なんやねん……意味わからん!)
 結婚連絡を聞いて、流石の和人も困惑した。「どういうことやねん!?」と。
 だがそれよりも脳味噌がブッ飛んだのは――姉が結婚相手、すなわち旦那という輩を連れてきたことである。
(嘘やろ!? 普通、お付き合いしてて結婚しよう思てるんですーってするところやん! なんで事後報告やねん!!)
 確かに姉はちょっとポワワンとしていて、時折ズレた言動をするような……いわゆる天然美人というやつだけれども。だとしても流石にこれは想定外すぎた。
 いやいや、これはアカンやつや。おとんとおかんも、そない思うやろ――和人はその時、信じていたのだ。両親が自分の味方であると。

 だと言うのに。

(なんでおとんとおかんも、あの男にデレデレしとんねん!!)
 チッ! と和人は舌打ちを隠さない。思い返すだけでムカッとする。姉が連れてきたのはドイツ人の、ムカつくけどイケメンで。
 いや、でも顔はいいけど心が最悪かもしらん。なんか弱味握られたんちゃうんか? なんか騙されてるんとちがうん? 無理矢理せまられたんちゃうんか? そう思った、のに。

(お姉ちゃんからプロポーズやとぉおお!!?)

 認めたくなかった。信じたくなかった。
 そう、だから和人はこう思ったのだ。

(皆、アイツのあの青い目に騙されとるんや!)

 アイツのあの目、なんだか瞳孔が変だった。猫のようというか……つまり人ではない。天魔ではないのか? ということは、天魔の怪しげな魔法だかなんだかで、姉を洗脳したり催眠したりしたんじゃないのか?
(天使と悪魔、人間の混血なだけで人間なんか……!)
 ぎり、と歯ぎしりする。こんな気持ちでずっと、ついさっきまで、例の結婚相手と家族一同でまみえたのだ。納得いかないことしかないが、それでも姉が幸せそうで――だから和人も、上っ面は笑顔で「おめでとう、お姉ちゃん」となんとかかんとか絞り出したのだ。

「ああーーほんま、腹立つ、腹立つ、腹立つ!」

 愚痴を隠さず、和人は自室の障子を荒っぽく開け、部屋に入り、荒っぽくピシャリと閉めた。座布団を枕に、畳の上に寝転がる。

 はあ。

 溜息を吐けば、静かである。
 障子の向こうでは麗らかな春の明かり。
 まるで姉の結婚を祝福しているかの輝きで――

(ああ、あかん)
 今は何を見ても、何をしても、イライラモヤモヤしてしまう。
 それも全部、アイツのせいだ。アイツが悪い。そう結論付ける。結論付けたところで、一向に気持ちは収まらなくて。
(僕が、アイツの鼻を明かしたんねん! そんで、お姉ちゃんの目ぇ覚まさしたんねん!)
 フン、と意気込み、寝返りを打つ。そのまま春の温かさに誘われるように、和人は目を閉じた……。


 さて。
 その日から、和人はその卓越した頭脳やコネやアレやコレやを駆使して、姉の結婚相手の粗探しを始めたのだが。
 結論から言おう。和人が見つけたかった“粗”は見つからなかった。

(なんでやねん!!!)

 和人は心の中で力いっぱい叫んだ。
 本当に奴に粗はないのか? いやそんなはずはない、きっと巧妙に隠しているんだ! そうに違いない!
 ……そうやって無理矢理、自分を納得させないと、駄目だった。
 その裏には「最愛の姉を奪われて寂しい」という心があったのだ。

 そこから長い間、不貞腐れた和人は今まで以上に――いわゆるクソガキ(ただし素行は良い)な日々を送ることとなる。







 桜の花びらが全て落ちて、青い若葉がすくすく育ち、眩しいほどの太陽を照り返す――季節は流れて夏になる。
 空には入道雲が大きく伸びて、蝉がひっきりなしに鳴き喚き、陽炎が立ち上るほどの容赦ない熱を太陽が世界にバラ撒いている。

「あっづぅぅ〜……」

 午後、一日の中で一番暑い時間。
 なんで一番暑い時に外出て体育やねん。体操服に身を包んだ和人は、ゲンナリした顔で運動場に立っていた。あれからまだ、例のアイツの粗や黒い噂は掴めておらず、そのイライラをこの暑さが助長している気にすらなってきた。
(なんでこんなあっつい中で徒競走やねん……アホちゃうんか)
 成績の為に文句も言わず、授業態度は優等生。なんでも50m走の記録を取るとかなんとか。うわああメンドクサイ。こんな最悪な環境とコンディションでいいタイムが出るわけない。アホかと。熱中症で誰か倒れたら学校側はどう責任を取るんだか……などなど、表情は天使のまま内心で散々悪魔して、まもなくすれば和人の測定の番が回って来る。
(はよクーラーの利いた涼しい部屋に戻りたい……)
 位置について、よーい……と教師の声。直後に笛の音がピーッと鳴る。

(あーもう、あれもこれも全部、全部ぜぇぇえんぶアイツのせいや!!)

 最早八つ当たりめいている。足に込める力もまた八つ当たりめいていた。
 まあ、50mを走るのはなんだかんだで一瞬である。ふう。さて、何秒だろうか。主観としてはなかなかいいタイムな気がするけれど――
「……あのー、何秒やった?」
 振り返れば先生が愕然とした顔でストップウォッチを凝視していた。先生だけじゃない、シン、と誰もが静まり返っている。

 なぜか。常人ではあり得ざるタイムだったからだ。
 なぜか。和人がアウルに目覚めていたからだ。

 ――アウル適正の検査結果の紙を握り締め、和人は震えていた。
 恐怖? とんでもない。これは歓喜の震えである。

「これは義兄ちゃんボコれ言う神さんの啓示やな……!」
 誰にも見えない位置で悪魔の笑みwithガッツポーズ。そして和人は、満面の笑顔で両親へと振り返った。

「おとん、おかん、僕、久遠ヶ原に行くで!
 僕らの将来のためにも、立派な撃退士んなって、おとんとおかんとお姉ちゃんを守ったんねん!」

 言葉だけなら家族想いの美談であるが。とまあ、ある意味本音っちゃ本音な建て前を振りかざし、和人は諸手を上げて久遠ヶ原学園へと入学するのである。
 空に膨らむ入道雲と同じように、和人の心にも喜びが膨らんだ。
 きっと、楽しい日々が待っているに違いない。
 そしてその果てに、愛する姉を邪悪な義兄から奪い返すのだ!
 ここに和人の人生プランが決まった。未来は太陽のように輝いている。

「お姉ちゃん、待っとれよ〜〜!」

 ――そんな、八月下旬の話。



『了』




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樒 和人(jc2602)/男/7歳/インフィルトレイター
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2018年02月15日

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