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『ニーナ 』
藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001
 東京湾岸部に建つ総合病院。
 入院病棟の奥にある個室のひとつに、藤咲 仁菜はいた。
「……電柱の根元のところにね、紫色の実がなってたよ。ブドウみたいな茎だったけど、ベリーなのかなぁ? 雀がわーってつつきに来てね」
 はっきり、そしてゆっくり言葉を綴る。
 いろいろな機械とたくさんの管で繋がれた妹がちゃんと聞き取れるように。
 目を閉じたまま動かない妹に、一音でも届くように。
 音に込めた思いが、ひとかけらでも、染み入るように。
「藤咲 仁菜。時計っていうんだったよな? おまえが言ってた、短い針が8のところに来る」
 戸口にいたリオン・クロフォードが、手に持っていた女性物の腕時計を指して言った。
「うん。ありがとう、リオン」
 仁菜はベッドの上で眠り続ける妹の傍らからあわてて立ち上がる。
「お姉ちゃん、もう行かなくちゃ。また明日来るからね。いつまでも寝坊してちゃ、だめだよ」
 両目を奥から押しつけてくる衝動。それをまばたきで押し戻しながら、仁菜は妹に笑顔を向けて――振り切った。

 リオンと共鳴した仁菜の癒やしの術は、妹に刻まれた傷を跡形もなく消し去った。
 これで全部大丈夫。そう思っていたのに。
 妹は目覚めることなく眠り続けて、その原因は病院の偉い先生にもわからなくて。今、こうして無理矢理に生を引き延ばされるばかり。

「もう少し早く帰るほうがいいな、藤咲 仁菜」
 廊下を行く仁菜の斜め後ろについたリオンが言う。
 面会時間が終了する20時には正面出口は閉じており、裏口から出ることになる。そこは灯もまばらで、少なからず物騒だ。
「うん。わかってるんだけど……って、どうしていっつも“藤咲 仁菜”って言うの?」
 出逢ってから数日、リオンは常につかず離れずな距離感を保ちつつ仁菜をガードしてくれていた。この礼儀正しさ、実に王子様らしいのだが、だからといっていつまでもフルネームで呼ばれるのも落ち着かない。
「おまえが名乗ったんだろ? 藤咲 仁菜だって」
「あ」
 そういえば一度名乗ったきりだった。
 いやしかし、自分だってリオン・クロフォードで、仁菜は「リオン」と呼んでいるのだから、せめて藤咲でも仁菜でも片方だけで呼べばいいじゃないか。
 と、ここまで考えてあきらめた。
 避難所になっている小学校の調理室で、有志一同の手で「あたたかな料理」が作られることになったとき、興味ありげな顔でうろつくものだから手伝ってもらおうかと……あれはちょっとした黒歴史だ。
 リオンは礼儀正しくて気づかいも濃やかだけれど、常識や生活能力は持ち合わせていない。
 それはしょうがないよね。だって王子様だもんね。
「仁菜って呼んで。私の名前」
 うなずいたリオンは口の中で何度も唱える。ニイナ、ニィナ、ニィーナ。普通にしゃべってるくせに、どうしてそこだけ外国の人みたい?
「呼びにくかったらニーナでいいから」
「ニーナ、ニーナ。わかった」
 リオンがあまりに神妙な顔でうなずくものだから、仁菜は思わず笑ってしまう。
「そっちの顔のほうがいいな、ニーナ」
 え?
 不意打ちの言葉に固まる仁菜の脇をリオンがすり抜けた。出口の外に危険がないかどうか確かめに行ってくれたのだ。それはわかっている。でも。そういうことじゃなくて。
「止まれ」
 先ほどのやわらかさをすべて削ぎ落とした、鋭いリオンの声音。
 すくむように立ち止まった仁菜への道を塞ぎ、リオンが外へ通じるドアの前に立つ。腰に剣こそなかったが、いつでも踏み込めるよう、重心を据えたままで。
「……警戒していただく必要はありませんよ。怪しい者ではあることは否定できませんが、身分だけは確かなものです」
 ドアがゆっくり開かれ、苦笑を含んだかろやかなテナーが外から投げ込まれた。
「初めてお目にかかります」
 声を追うように姿を現わしたのは、見るからに高そうなスーツでその身を固めた銀髪赤眼の美青年であった。
「身分的には不動産業の経営者ということになりますが、クロフォード様と同じリライヴァー――英雄です」
 仁菜は差し出された名刺をのぞきこむが、印刷された文字はまるで目の中で意味を成さない。
 リライヴァー?
 英雄?
 それよりも、初めて会ったはずのリオンの名前をどうして知っている?
「経営者って偉いんだろ? 俺たちみたいな子どもになんの用?」
 なんでもない顔で言いながら、リオンが仁菜に小さな手振りで「もっと下がれ」と告げる。
 でも。名前を知られているということはきっと、仁菜たちのことを調べてきている。避難所に逃げ帰ってもすぐに見つかるだろうし、なにより、妹がここにいる以上はどこへ行くわけにもいかないのだ。
 唇を噛み締める仁菜をリオンの頭越しに見下ろしながら、青年は口の端を吊り上げた。
「藤咲様のほうが状況を正しく理解しておられるようですね。そんなあなたに私から提案があります」


「どうぞお好きなものを。ここはうちの関連ですので、私の払いは食材費分だけですみます」
 風情ある和食レストランの個室、その上座に腰を落ち着けた青年がメニューを示す。
「……なにもいりません。あなたの提案を聞いたら帰りますから」
 リオンと並んで座り、頑なにかぶりを振る仁菜。
 青年は肩をすくめて店員を呼び、「適当にお持ちしてください」と告げた。
「あなたは面目というものを学ばれるべきですね。お連れしてただお帰りいただくというわけにはいかないのですよ、大人の世界は」
 リオンが低い声音で青年を遮った。
「記憶はないけど、知ってるよ。親切めかした提案とか話とかが無償じゃないことくらい」
 漆塗りの卓は重いがネジ止めされているわけではない。入ってくるときに襖の強度も確かめてある。蹴り上げて引っ繰り返せば、逃げられないのだとしてもひと泡くらいは吹かせてやれるはず。
「これは話が早い。もちろん善意など欠片もありませんので、その点はご安心を」
 リオンの張り詰めた気をいなして笑み、青年がふたりに茶をすすめた。
「共鳴していただいて構いませんよ。クリアレイが使えるなら、私が毒を盛っていても対処できます」
 がたり。体を跳ねさせた仁菜の膝が、卓の裏に突き当たった。この男はそこまで――仁菜とリオンの力のことまで知っている。
「そ、それ」
 焦る余り言葉を失う仁菜に、青年は手を振ってみせ。
「うちはH.O.P.E.の提携企業ですし、あの病院はうちの先代が建てたものです。情報に困ることはありませんよ」
 そして。
「妹御の入院費用が立て替えられていることはご存じですね?」
 仁菜が息を詰める。
 病院には保険証を提示した上であるだけの金を支払った。結果、それが妹の一日分の個室代と一日分の治療費にまるで届かないことを知らされたのだ。
 結局「立て替える」ことを告げられ、なけなしの金は仁菜へ戻されたのだが……どうやら病院や制度の助けによるものではなかったらしい。
「あなたが、立て替えてくださってるんです、か?」
 青年はうなずく。
「現状、うちであなたの妹御にかかる費用をもっているわけですが、出所も知れぬひとりの少女に巨額の金をつぎ込んで生かしている現状、すでに株主から疑問の声があがっているわけです」
 絞られた青年の眼光を、仁菜に変わってリオンが真っ向から受け止めた。
「いろいろ聞かされたって俺たちにはわからない。だって、おまえはわからないように言ってるんだからな」
 青年がほうと目をゆるめた。子どもと思いきや、鋭く見抜くものだ。この少年、記憶を失くす前は権謀術数の世界にいたのかもしれない。
「だから、早く提案ってやつを聞かせてくれないか?」
 ちらとも視線を動かしたりはしないが、リオンが仁菜を守っていることは知れる。子どもが一端に、とは思わない。その心に決意ある者は、歳も性別も越えて戦士たりえるのだから。
「働いていただきたい。H.O.P.E.のエージェントとして」
 仁菜がまた驚いた。
 H.O.P.E.といえば愚神やその配下たる従魔と戦い、世界を守る異能の戦士集団だ。そこで自分とリオンが働く?
「どうして、私とリオンなんですか?」
 思わず訊いてしまった彼女に、青年は静かな口調で答えた。
「簡単な話です。回復職は不足していて、その力を持つあなたがたを紹介すればうちはH.O.P.E.に大きな貸しを作ることができる。代償として、私たちはあなたの妹御の命を繋ぎましょう。いつか目覚めるその日まで」
「話がうますぎる。ひと晩あの子を入院させるだけで、ニーナが崩れ落ちるくらいの金がかかるんだ。貸しひとつと釣り合わないだろう」
 リオンの言葉に青年がうなずいた。やはりリオンは幸せな環境に生きていたわけではなさそうだ。
「目覚めぬ妹御を命がけで支える可憐な少女の献身、その裏には我が社の手厚いサポート体制があった……下手なCMを定期的に打ち続ける程度の予算で、我が社の好感度を大きく稼げるドラマ。投資の価値は十二分でしょう? ですから」
 青年は目を細め、視線を仁菜の見開かれた目に突き入れた。
「生きるも死ぬも戦場でお願いします」
 仁菜が戦場に立ち続ける間、青年の会社はイメージアップという利益を得続ける。
 仁菜が戦場に斃れれば、青年はその死と残された妹とを出汁に、なにかしらの手を打つつもりなのだろう。
 それが大人の世界というものか。
 子どもの命を式に含め、利益という答を弾き出す。それが資本主義の有り様か。
 ならば。
「……保険、できるだけいっぱいかけてください。私が死んだらそのお金で妹のこと、よろしくお願いします」
 仁菜は深く頭を下げる。
「まずは現状考えうる最良の医術を維持し、妹御の延命に努めましょう。これはあなたのエージェント活動が続く限り保証いたします。あなたの死後どうするかは、そのときの遺産額とあなたの価値によりますね」
 死後の価値……ただのエージェントでは無価値。人が讃えてくれるような存在にならなければ、価値は認められまい。
「わかりました。エージェントになります」
 正直、交渉の余地などないのだ。大人の土俵で戦うには、地位も経験も足りなさすぎる。
 だから今は、この命の価値を上げるしかない。
 価値が高まればより多くの“代償”を引き出せる。
 自分がいなくなった後も、妹をより長く守り続けられる。
 仁菜の小さな体に沸き立つ強い意志に、青年はまた目を細めた。
「契約成立ですね。三日以内に契約書と後見担当者を用意します」
 果たして仁菜は、運び込まれてきた料理をひたすらに食べた。
 味なんかどうでもいい。自分の無力を少しでも埋められるなら、それで。


 車の手配を断り、仁菜とリオンは夜道をふたり、避難所へ歩いて行く。
「なんでそこまでするんだよ?」
 ぽつりと訊くリオンに、大きく膨れた腹を抱えた仁菜は笑顔を振り向けて。
「だって私、お姉ちゃんだから。……リオンのこと巻き込んじゃうね。ごめん」
 ぐぅっ。リオンの喉に音が押し詰まる。
 俺はニーナと誓った。
 もうなにも失わないように、どんな状況でも守ることをあきらめない。
 でも失わないためにニーナがニーナじゃない“お姉ちゃん”に成り果てなきゃいけないなら、そんなの意味ないじゃないか。
 俺は、ニーナを守ってやれないのか。今度こそ俺であることを貫くんだって誓った俺は、うなだれて後をついてくだけかよ。
 今の俺にできるのは――
 リオンの手が仁菜の手に触れて、そっと引き寄せた。
「今の俺には守るなんて言えないけど。それでもニーナにニーナでいてほしいから」
 仁菜を抱きしめた腕にやさしい力を込めて。
 仁菜に差し出した言葉に強い決意を込めて。
「俺の前でだけは、お姉ちゃんじゃない、ただのニーナでいてほしい。俺はあきらめないから。逃げないから。いつかニーナが誰の前でもニーナでいられるようになるまで、ここにいるから」
 それは今のリオンにとっての、精いっぱいの約束。
「あ」
 仁菜の笑顔が割れた。
 大きく開かれた両目から涙があふれ出して、それはもう止まらなくて。
 お姉ちゃんだからがんばらなきゃいけない。
 お姉ちゃんだから守らなきゃいけない。
 お姉ちゃんだから泣いちゃいけない。
 ……私、「お姉ちゃん」に縛られてた。そしてこれからも縛られたまま、生きていくんだ。でも。
 リオンにぎゅってしてもらってる間は、仁菜でいいんだよね。
 だからもう少しだけ、仁菜のままで。

 一週間後、新たなエージェントがH.O.P.E.東京海上支部に登録された。
 どれほど過酷な戦場でも白きロップイヤーを閃かせて最前線を目ざし、誰かを護り続けるバトルメディックの物語が、ここに始まる。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【藤咲 仁菜(aa3237) / 女性 / 14歳 / ありがとう、優しい方】
【リオン クロフォード(aa3237hero001) / 男性 / 14歳 / ただ想いのみがそこにある】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて少女と王子は互いのぬくもりを胸に死地へと踏み出せり。
 
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2018年02月16日

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