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『ハッピーバレンタイン 』
荒木 拓海aa1049)&三ッ也 槻右aa1163
 夜闇の気配がゆるゆると這い上がってくる。
「頭下げて!」
 雷神の石斧――ウコンバサラを担ぐ肩越し、荒木 拓海はいつになく鋭い声を放った。
 山肌に紛れやすい革ジャケットに黒革のパンツ。ヴィランと化した山岳民との戦いには過ぎるほど頼りない防具だが、しかたない。本来なら交渉役として彼らの要求を聞き、この国の政府との仲立ちをするだけのはずだったのだから。
 過度の武装を避け、最低人数で山岳民の警戒心を抑える。そう決めて、4組だけでのぞんだ会談だったが……結果は最悪の形で決裂したわけだ。
「しかたないね。祖霊だとか悪神だとか持ち出されたら」
 拓海の後ろについた三ッ也 槻右が、黒の軍服を着込んだ体をかがめて返した。
 その頭上を矢が飛び過ぎていく。槻右は剥き出した機械脚の出力を最大にまで上げ、拓海の片脇へ並んだ。
「このまま山頂にいたら狩られるだけだよ」
 矢を斧の腹でいなして払い、拓海は下方の山岳民へと石ころを蹴りつけた。相手もリンカーである以上は嫌がらせにもなるまいが、こちらの無事はアピールしておかなければ。どれだけ射ても無駄だと敵の手を鈍らせられれば槻右を――最愛の配偶者を危険に晒す時間が減る。
「じゃあ逃げるのはここまで。一点突破で駆け下りよう」
 ふたりがろくに反撃もせず、山の中腹から頂にまで逃げてきたのは、もうふた組のエージェントを麓へ逃すためだ。ふた組はまだ経験が浅い。多数の敵を相手取る厳しい戦いにおいて、頼れない味方はある意味で敵以上に厄介だ。
「カバーする」
 と、踏み出した拓海の背に、槻右が低く。
「無理はだめだよ」
 拓海は応えず、ただ口の端を吊り上げてみせた。
 無理するな? それはオレのセリフだよ。痛いのも苦しいのもオレだけでいい――って言うと怒るんだろうな。分かち合うのが夫婦だって。でも。
 オレはやっぱり、槻右を守りたいんだ。
 それくらいの勝手はゆるしてよ。だってオレ、男だからさ。こんなときくらいは夫気取りでかっこつけたいんだよ。
 飛び来る矢を最小限の防御でくぐり、敵へと駆け下りていく拓海。
 その死角を守って飛盾「陰陽玉」を巡らせて続く槻右は、拓海の決意燃え立つ背を見て思わずにいられなかった。
 槻右のことはオレが守る! とか思ってるんだろうけど、おとなしく守られてるわけにいかないんだよ。
 僕には拓海しかいないんだから。置いてなんていかせないよ、絶対に。だからって置いていく気もない。きみが僕を守るなら、僕がきみを守る。ああ、だったらふたりで生きられるね。
 この戦場を抜けて家に帰ろう。
 そうしたら、これを。
 槻右は幻想蝶である赤蝶のブローチに触れた。そこには小さな箱――鬼気迫る数多の女子と戦い抜いて手に入れたひと粒のブランドショコラが収められている。
 拓海は彼を嫁と呼ぶし。嫁ならまあ、新婚二ヶ月の夫にサプライズをしかけてやるのも悪くはないだろうし。手作りだと現場を見られてサプライズできなくなるかもしれないし。なによりも拓海が驚いて喜ぶ顔が見てみたいし。
 だから死ぬわけにいかない。死んでもらうわけにもいかない。そういうことだよ。
 口にしているわけでもないのに照れを隠し、槻右は敵の先陣へと突っ込んだ拓海をカバー、守護刀「小烏丸」を引き抜いた。
“硯羽”の銘を与えたこの刀は、拓海から贈られたもの。鍛えなおし、想いを打ち込んだ黒灰の刃は、なによりも大切な人を護るためにこそその力を発現するはず。

 距離を失った山岳民たちは弓を投げ捨て、山刀を構えた。先の膨らんだ分厚い刃は、その重さで突き込むにも叩き斬るにも必殺の威力を発揮する。
「ジャッ」
 濁った呼気と共に切っ先を繰り出す男。
 拓海は自らが高所にある利を生かし、刃の腹を横から蹴りつけて弾いた。そして横回転を止めずに体を巡らせ、遠心力を乗せたウコンバサラの腹で思いきり男の脇腹を打ちつける。
「殺すつもりはないけど痛い目には合ってもらう。力を認めてもらわなきゃ、次の話し合いができないだろうからさ」
 男たちは応えず、一斉に駆け上ってきた。互いの刃の間合分を確保し、それでいて穴を作らない、見事な連携である。
「でも、範囲が広いだけに薄い」
 拓海の背から剥がれ飛ぶがごとく、槻右がすべり出した。その右手から直ぐに飛ぶ無数の“硯羽”、その柄頭が男のひとりを叩いて体勢を崩し、転げ落ちさせた。
「時間がなにより惜しい。ですから、手もスキルもできる限りを尽くさせてもらいます」
 言いながら、すでに駆け出していた拓海の足元へ飛盾をすべりこませ。
「跳べ!」
 拓海が前に出した右足で盾を踏み、跳んだ。
「おおっ!!」
 全身にライヴスを滾らせて斧を振り下ろし、へりを蹴り上げて斧筋で突き上げ、さらに体を巡らせて横殴り。男たちの刃を、持ち手の骨ごとへし折っていく。
 その大振りをサポートするのは槻右の鋭い刃である。
 拓海の斧を避けて迫る男の前に踏み込み、その手に突き立てた“硯羽”の切先を支点に反転。体当たりで突き飛ばしながら引き抜いた刃で次の獲物の肩を裂く。
 拓海と槻右の連携を例えるなら、剛直な砲弾とそれを取り巻く柔軟な刃だ。あえて役割を特化することで戦術をシンプルにまとめ、互いをカバーしやすくしている。
 次になにをするかを知らせ合うことなく、ふたりはごくあたりまえに連携を為す。言うどころか考えることすらも不要。同じ場に在るだけで、一体の右と左を勤めるがごとくにその体は動くのだ。
 果たして戦う術を失くし、倒れゆく男たちだったが……拓海と槻右は無心であったがゆえに思い至らなかった。殺されないことを知っていればこその搦め手を。
 倒れ伏していたはずの男が海老反り、矢を放った。先に誰かが捨てた弓を拾い、浅手を負った時点で倒れて機を待ち受けていたのだ。
 矢が槻右の脚へ食い込んだ。弦の引きが甘く、貫くほどの威力はなかったが、問題はその当たり所。
 槻右は生身と機械脚の継ぎ目に突き立った矢を引き抜き、“硯羽”を投じて射手を無力化した。
 接合した神経に妙な痺れがはしる。しかし、声は漏らさなかった。拓海は今鉄火場のただ中にいるのだ。気を逸らさせるわけにはいかない。
 ギチギチといやな音を立てる左足をかばいながら拓海から離れ、“硯羽”の豪雨を降りしきらせる。敵ひとりを巻き込むに留まったが、それはそれでいい。ウェポンズレインのために間合をとったのだと拓海に思わせられれば。
 そして。
「右から敵の後続が回り込んでくる! 意識して!」
 ナイフをへし折り、ライヴスキャスターの贄としながら槻右はぎこちなく身構えた。幸いにしてカオティックブレイドのスキルは広範囲型と遠距離型だ。かならず拓海が突き抜ける穴を穿つ。
「負けられない」
 心残りはただひとつ、この箱を渡してやれなかったことだが……渡したい相手がいなくなることにくらべれば、どうでもいいことだ。

 槻右に向かう敵の足を止める。それだけを考え、拓海は斧を振るい続けた。敵の目を引きつけるために大きく動き、わざと隙を作って誘い込み、口にいくつも放り込んでおいた賢者の欠片を噛み締めて踏んばり、踏み出した。
 しかし。
 聞こえないのだ、音が。“硯羽”の風切り音も、機械脚の駆動音も、槻右の息づかいも。
 槻右!?
 ぞくりと振り向いた彼の目に映るものは、石ころだらけの山肌と暮れゆく空ばかりで。
 ざん。胴に、脚に、肩口に、男たちの振り込んだ刃が食いついて、肉を引き裂く。
「……うるさい」
 自らの血と共に斧を薙ぎ、男たちを吹き飛ばした拓海は、口中に残る欠片をすべて噛み砕き、後方へと駆け出した。
 オレは槻右を守るんじゃなかったのか!?
 痛いのも苦しいのもオレだけでいい。夫気取りで勝手にかっこつけるって……!
 後続として到着した山岳民を斧で、それが間に合わなければ肩で押し退け、拓海は暗がりと化しつつある山に必死で視線を巡らせる。ああ、見つからない。足場が悪くて、思うように速度も上げられない。もどかしい気持ちばかりが募り、拓海は大きく息を吐いた。
 オレはいつもそうだ。
 いつでもいつまでも、ずっといっしょにいようって誓ったのに。
 絶対ふたりで生き抜くことを考えるって約束したのに。
 気がつくと大事なもの全部置き去りにして、勝手に突っ走って。
 気がついたら、失くしてて。
 怒ってくれていい。見限ってくれてもいい。だから、お願いだから間に合ってくれ――!
 果たして。
 星のまたたきに飾られた空を塞ぐ数多の黒灰。
 拓海はなにも考えず、降りしきる黒灰の嵐へ突っ込んだ。まわりの男たちと共に柄頭で打ち据えられた体から、骨が折れる湿った音が漏れ出すが、かまわない。なによりも大切なものが、この中心にあるのだから。手を伸ばす。限りない愛しさを、狂おしい願いを込めて、必死で前へ、前へ、前へ。
「よかった……ケガはないか?」
 内出血と外出血でひどい有様に成り果てた顔を笑ませ、拓海が問うた。
「きみに言われたくないよ――」
 それ以上言葉にしてしまえば泣いてしまいそうだったから、槻右は口をつぐんでかぶりを振った。
「ごめん。もう見失わないなんて、オレには言えないみたいだ」
「そしたら探しに行くよ。こうして探しに来てくれたみたいに」
 気がつけばふたりは背を合わせていた。
 もう二度と離れないように。

「終わった」
 地平に赤みを残すばかりとなった星空を見上げ、座りこんだ槻右がつぶやいた。
「槻右のことはオレが守るとか思い上がってたんだけどな」
 その背にもたれて座す拓海。ごめんと刻みかけた唇が、振り向いて伸ばされた槻右の指に塞がれる。
「思い上がってたのは僕もだよ。似たもの夫婦だね」
 頬をつけた拓海の背はひどく傷ついていて、血の臭いがした。でも、その傷も血も槻右のためのものだと知っているから、切ないくらいに愛おしくて。
「槻右、泣」
「そういうのいいから! ――手、出して」
 拓海はあわてて顔を前に向け、左手だけを後ろに伸ばす。
「?」
 固いような柔らかいような、小さな重み。引き戻してみれば、その手に乗せられていたのは小さな箱だった。
「サプライズ、だよ」
 どこか怯えるような、それでいて期待するような槻右の声。
 拓海は息を飲む。もしかして、これって?
「ハッピーバレンタイン。愛してる、拓海」
 ああ、ほんとに? 嫁置いて勝手に暴走するようなオレが、そんな言葉と証、もらっていいの?
 さすがに、この期に及んで訊いてしまうようなことはしなかった。だから。
「オレも愛してるよ――槻右」
 マイナス思考を握り潰し、箱はうれしい気持ちといっしょにそっとしまい込んで、応えた。
 槻右はそのあたたかな声を聞きながら思う。きっといろいろだめなこと考えてるんだろうけど、僕はきみがいてくれて、きみのとなりにいられることがいちばんの幸せだから。
「帰ろう」
 自分の思いにてれてしまったことを隠したくて、槻右は勢いよく立ち上がった。が、損傷した機械脚からはやはり嫌な音が漏れ出して、うまく動かない。
「脚、痛めてるのか?」
 こんなときでさえ「壊れてる」じゃなくて「痛めてる」と言う拓海の心に、うっかり頬がゆるみかける。って、そんな甘々に浸ってる場合じゃない。日が完全に落ちてしまえば、たとえ装備で補うとしても下山がそれだけ難しくなる。
「大丈夫だよ。動くから」
 言い張る槻右を、なにも言わずに拓海が負ぶう。
「拓海、危ないってば」
「ドレッドノートドライブ全開で駆け下りればすぐだよ」
 頼むから背負わせてくれよ。だって、こうしてればもう離れなくてすむから。
 言えなかった言葉の代わり、槻右の両脚を抱え込んだ。離さないために。離れないように。強く。やさしく。
「ん、じゃあ任せる。ありがとう」
 静かに目を閉じれば、感じるのはもう拓海の背のぬくもりだけ。
 申し訳なさも気恥ずかしさもかまわない。今はもう、このあたたかさがあれば、いい。
「ホワイトデーのお返し考えとかなきゃな!」
 拓海は努めて陽気に言い放ち、斜面を確かな足取りで駆け下り始めた。
 今、どれだけ悔いて誓っても、いつまた槻右を置き去りにしてしまうかもしれない。
 でも、槻右は待っていてくれる。たとえ拓海が地獄の底に落ちたとしても、探しに来てくれる。その確信があるから、拓海は次の一歩も迷わず踏み出してしまうだろう。
 オレが槻右を守る。ずっといっしょにいる。ただの理想かもしれないけど、オレはそれを叶えるためにオレを尽くすよ。
 山はなにを語ることもなく、ただふたりの行方を見守るばかりであった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【荒木 拓海(aa1049) / 男性 / 27歳 / 受け継ぐ想い】
【三ッ也 槻右(aa1163) / 男性 / 22歳 / 優しき魔王】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 言うも言わずも愛あればこそ。
 
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2018年02月19日

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