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『間違いなく、しあわせな時間 』
フィオナ・アルマイヤーja9370)&グリーンアイスjb3053)&ブルームーンjb7506


 今日の冷え込みは、随分と厳しいようだ。
 フィオナ・アルマイヤーはキッチンでカップを洗いながら、なかなか温かくならない水温にそう思う。
「今日はクリスマスイブ、ですか……」
 ここ日本では、若者は「恋人同士で過ごす」という印象のある日だ。
 もっとも彼女の故郷ではおおむね「家族と静かに過ごす」日とされていて、その意味でもひとり久遠ヶ原学園にいるフィオナは「寂しい状況」かもしれない。だが一族の中で余り良い扱いを受けなかったことを思えば、今はむしろ気楽で楽しい。
 だからフィオナには、カップル達が寒さすらはしゃぐタネにして今宵を楽しむことも、完全に他人事。
 温かで静かな自分の部屋でいつも通りに過ごして、寝心地の良いベッドで眠って終わる日。
 ――少なくとも昼間までは、そう思っていた。

 新しいお茶を用意して、部屋に戻る。
 と同時に、ふたり分の声がにぎやかに響き渡る。
「あーお茶だー。なんか甘い香りがする」
 カーペットの上でクッションを確保して寝転がったまま、目だけをフィオナのほうへ動かしたのはグリーンアイス。
 金色の絹糸のような長い髪に、金色の瞳。黙っていれば人間が思い描く通りの、美しい天使そのものの容姿の持ち主だ。
 ……黙っていれば、だが。
 ちなみに着ているのは、勝手にフィオナのクローゼットから拝借してきたフェミニンなトレーナーの部屋着である。
「あらクリスマスティーも知らないの? ねえフィオナ、こんな奴には出涸らしのお茶を飲ませておけばいいのよ、せっかくのお茶がもったいないじゃない」
 前半は鼻で笑いながら、後半は耳をくすぐる甘い声で。
 美しく無垢な少女の白い顔立ちに反し、青い瞳に小悪魔的な光をたたえているのは、本物の悪魔のブルームーン。
 こちらもフィオナのゆったりしたカーディガンを勝手に羽織っていた。
 フィオナは曖昧に笑いながら、部屋の真ん中に置いたミニテーブルにカップを並べる。
 紅薔薇色と、翡翠色と、スミレ色の3つの揃いのカップである。
「うーんいいにおい! なんだろう、バニラ? それからスパイスもかな」
「あんたにはもったいないって言ってるでしょう? お砂糖でも舐めておきなさいよ」
 ブルームーンの刺々しい言葉を一切無視して、お茶をすするグリーンアイス。
 いつも通りの光景だ。
 いつも通りの……

「どう、して……」
 フィオナは頭を抱えて机に顔を伏せた。
 と同時に、天使と悪魔は飛ぶようにして(実際に飛んでいたかもしれない)、フィオナの両脇にぴったりとくっつく。
「どうしたのフィオナ。お茶が熱かった?」
「まあ火傷したの? 大変、可愛いお口を見せて頂戴な」
 両側からやいのやいのと騒がれて、フィオナは表情の消えた顔をゆっくりと上げる。
「いえ、なんでもありません。大丈夫です」
 本当はぜんぜん大丈夫じゃない。
 ここはフィオナの、フィオナだけのお城。
 なのに、お昼を食べて片づけて部屋に戻ってきたら、このふたりが我が物顔で居座っていたのである。

 ちょうど1年前のこと。
 窓の外からフィオナの部屋を覗いていた天使と悪魔は、透過術を使って不法侵入に踏み切った。
 あの日以来、フィオナのプライバシーはほぼ失われたといってよい。
 自分の部屋でくつろいでいても、ふと気がつけば、金と青の瞳がキラキラ輝きながらフィオナの挙動を観察しているのだ。
(どうしてこうなったのですか……)
 そう思いつつも、ふたりを怒って追い出さないばかりか、それぞれのカップやお気に入りのクッションを置いてやっているのがまた泣ける。
 こんなフィオナの生真面目さとか、どこかズレた心の広さとかが、グリーンアイスとブルームーンをますます惹きつけるのだ。
 けっこうな美人で、頭脳も明晰なフィオナは、元々のお固い性格もあって取っつきづらい印象を与えるタイプだ。
 加えて今は、このふたりがずっと付きまとっているために、余計に他の友達が近寄りにくいという悪循環に陥っている。
 なにせ天使と悪魔は決して仲の良い方ではないのに、フィオナに関する行動だけは面白い程にシンクロするので、他の誰か――特に、フィオナに好意を持ちそうな異性――が近付こうものなら、素晴らしい連携プレイで排除してしまう。
 そんなわけで、今年のイブも3人で過ごしているという訳だ。


 温かいお茶を飲み、ブルームーンが満足そうに息をつく。
「フィオナはお茶を淹れるのが本当に上手よね」
「……そうですか?」
 フィオナの表情は非常に分かりにくい。だがブルームーンは、フィオナが喜んでいると見抜いていた。
「私、嘘をついて褒めたりしないわ。上手と言ったら本当に上手なのよ」
 色っぽい流し目を送りながら賛辞を送ると、フィオナは口元を僅かにほころばせた。
「わかりました。では自信を持つことにします」
 フィオナは凝り性でもある。だからお茶を選ぶにも、それを淹れるにも、色々と工夫しているのだろう。
 誰だって自分が頑張っていることを褒められたら、嬉しいに決まっている。
 まあこういう形で、結局のところフィオナは操られているわけだが。
「そうそう。ということで――」
 ブルームーンが目を細めながら、自分の傍に置いていた紙袋を引きよせた。
「そんなフィオナに日ごろのお礼を込めてプレゼントよ。受け取ってもらえるかしら?」
 金色の包み紙に、深紅のリボンを飾った箱を差し出す。
「え……?」
 フィオナは目を大きく見張る。
 待ちきれないように、グリーンアイスが身を乗り出した。
「ほら、早く開けてみてよ。絶対気に入るから!」
「え? あ、おふたりからなんですか? それはどうも有難うございます」
 ブルームーンとグリーンアイスの顔を交互に見比べながら、フィオナは丁寧にリボンをほどき、包み紙を慎重に開く。
 店名の金文字が優雅に綴られた白い箱の蓋を開けると、視界に薄紅色が飛び込んできた。
「……?」
 手を触れると、上質なシルクの滑るような手触りが心地よい。
 更に広げて、それが「何か」に気付いたフィオナは絶句した。
「……!?」
「「素敵でしょー?」」
 天使と悪魔が満面の笑みで同時に声を上げる。
 フィオナは半ば透ける生地越しに、ふたりの顔を呆然と眺める。
 ふたりのプレゼントは、セクシーかつゴージャスなネグリジェだった。

「え。ちょっと。これ……」
 フィオナは改めて確認するかのように、立ちあがって目の前にプレゼントを広げた。
 まがうことなくネグリジェだ。
 襟ぐりから肩にかけて繊細なレースが覆い、胸元のシルクのリボンが愛らしい。ひざ丈の裾にかけて、たっぷりとした光沢のある布地が優雅なラインを描く。
「綺麗ですね……」
 気がつけば、フィオナは溜息のように呟いていた。
 まるで映画に出てくるお姫様のよう。フィオナの憧れそのものの、愛らしくも上品なデザインだった。
「ね、着てみてよ」
 グリーンアイスの声でハッと我に帰る。
「え? いや、あの……」
 ……透けてる。たぶん。
 さすがにこれを身につけたら、身体のラインなどがくっきりしっかり見えてしまう。
 フィオナは無言のまま首を振る。
「着てくれないの? フィオナに似合うと思って、選んだのよ。ね、着て見せて?」
 ブルームーンが甘い声で耳元に囁いた。

 ――そう、これまた1年前のこと。
 偶然にもフィオナ観察で顔を合わせたブルームーンとグリーンアイスは、その日フィオナが着ていたパジャマを可愛らしいと思ったものの、もっとゴージャスなネグリジェなどを着せてみたいと話し合ったのだ。
 寒い季節ではなく、着やすい夏に贈るつもりで買いに行ったのだが、そこでふたりの意見は対立。
 これが似合う、いやこっちが似合うと、長い戦いを経て、とうとう冬になってしまったのだ。
 とはいえ、ふたりで吟味(?)しただけあって、フィオナが好みそうな愛らしさと、ふたりが好む健康的な色気が奇跡的にマッチングした品を選ぶことができた。
 後は、フィオナが身につけた姿を見るだけなのである。
「「さあ、着てみて!!」」
 結局、フィオナはふたりの迫力に押され、ネグリジェを持ってキッチンに退避した。

 それからフィオナは10分ほどかけて着替えた。
 ためらっただけが原因ではない。
 独特の光沢や肌触りが、ゆっくり味わいたいほどに心地よかったのだ。
(なんだかこのネグリジェを着ていると、お姫様になれたような気がしますね)
 軽く身体をひねり、裾を揺らす。
 まるでずっと昔から纏っていたかのように身体になじむ。
(本当に上質なんですね)
 フィオナがうっとりと楽しんでいると、部屋のほうからグリーンアイスが声をかけた。
「ねえ、まだあ? 着方がわからないなら見てあげようか?」
「あっ、大丈夫です! お待たせしま、した……!」
 おずおずと顔を出すと、天使と悪魔はパッと顔を輝かせる。
「かっわいい! すごく似合ってるよ!!」
 グリーンアイスがそう言って、フィオナの手を取った。
「本当によく似合っているわ。フィオナは立ち姿が綺麗だもの、こういう光沢のある布地が綺麗に見えるのよ? ふふ、わかっていると思うけど、私は嘘なんかつかないわよ」
 ブルームーンはフィオナににじり寄り、肩に手をかけて耳元に囁きかける。
 フィオナは思わず肩をすくめ、耳まで真っ赤になりながらブルームーンの声から逃れようと身じろぎした。
「あ、有難うございます、おふたりとも。とても素敵なネグリジェで……嬉しいです」
 その言葉を聞いた天使と悪魔は、同時に満面の笑みを浮かべた。
「良かったー! ちなみにね」
「おそろいよ?」
 グリーンアイスとブルームーンが、着ていたフィオナの部屋着をぱっと脱ぎ捨てると、全く同じデザインで色違いのネグリジェを、それぞれが纏っているのだった……。


 こうしているうちに、もう日付が変わろうという時間になっていた。
「そろそろ寝ましょうか」
 フィオナの提案に、意外にも素直に天使と悪魔が同意する。
「そうね。睡眠不足はお肌に悪いわ」
 ブルームーンが立ちあがり、お先にと言って洗面台に向かう。そこにお泊りセットが置いてあるのだ。ちなみに、グリーンアイスの分もある。いつのまにか、そうなっていた。
 ブルームーンがお手入れをすませて戻ってくると、フィオナのベッドにグリーンアイスが潜り込むところだった。
「ちょっと、何してるのよ。そこは私の寝る場所よ」
「えーそうだっけ? まあ部屋は広いから、好きなところで寝なさいよ。さ、フィオナ、こっちへ」
 グリーンアイスはブルームーンのほうを見もせず、フィオナを手招きする。
「厚かましいわね。あんたが床で寝なさいよ」
 ブルームーンがつかつかとベッドに近寄ると、グリーンアイスの腕を掴んだ。
「あの、おふたりでそちらを使ってください。私は研究室で慣れていますから」
 何故かフィオナがそう言って、ミニテーブルを片づけ、床に敷物を広げている。
 実際、大学部では忙しい時には長椅子や床で寝ることもあって、抵抗は感じないのだ。
「寒いわよ、フィオナ」
 グリーンアイスが不満そうに漏らす。
「いえ、むしろ部屋が温かいので。このネグリジェでちょうどいいぐらいです」
 フィオナが照れたように微笑んだ。
 おそろいのネグリジェは、少し気恥ずかしい。何と言っても相手は本物の美しい天使と、極めて魅惑的な悪魔なのだ。
 だが肌になじむ絹の感触と、綺麗なものを身につけているという自覚に、自分も美しい彼女達に近付けたような気分になってくる。
「いいわグリーンアイス、あんたそこで寝なさいよ。ねえフィオナ、私も床で一緒に寝るわね。きっとあったかいわよ」
「え? え、あの、ブルームーン!?」
 ブルームーンはさっさと掛け布団を奪うと、フィオナを敷物に寝かせて隣に滑り込み、ばさっと布団をかぶる。
「ずるい! あたしもそっちで寝るわよ!!」
 グリーンアイスが急いでベッドを抜け出してくると、フィオナの隣に潜りこむ。
「えっと、あの、そんなにくっつくと寝返りが……」
 フィオナは小声で抵抗を試みた。
 薄い布地を挟んで、温かくいい香りのする肌がぴったりと両側に寄り添い、なんとも落ち着かない気分になってしまう。
 だがグリーンアイスは子供のようにますます体を寄せてくる。
「ふふっ、くすぐったい」
 こちらの心を翻弄する無邪気な笑顔を見ていると、本当は天使じゃなくて悪魔なのではないかと思うほどだ。
「寝る時ぐらいフィオナに迷惑かけるんじゃないわよ。ね、フィオナ、狭かったらもっとこっちいらっしゃいな」
 ブルームーンのうるんだ瞳が熱を込めてじっと見つめる。
(結局こうなるんですね……)
 フィオナは天井を見つめるしかない。

 騒々しくて、傍若無人で。でも、楽しいことに貪欲で。
 天使と悪魔が見せる姿は余りにも自由で、無理も無駄もない。
 押しかけ来訪は迷惑なはずなのに、それは間違いなくしあわせな時間でもある。
 ――ヒトはときどき、捻くれて面倒くさいからでしょうか。
 柔らかな温かさと心地よい香りに包まれながら、フィオナは眠りに落ちていくのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9370 / フィオナ・アルマイヤー / 女 / 23 / 人間 / 阿修羅】
【jb3053 / グリーンアイス / 女 / 18 / 天使 / 陰陽師】
【jb7506 / ブルームーン / 女 / 18 / 悪魔 / アカシックレコーダー:タイプB】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、クリスマスイブの夜の襲撃エピソード、今年もまたお届けします。
いつもご指名をいただきまして、本当にありがとうございます。
ネグリジェのデザインなど勝手にこちらで決めてしまいましたが、思い出の一幕としてお楽しみいただけましたら幸いです!
イベントノベル(パーティ) -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年02月19日

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