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『parfum de la rose 』
風深 櫻子aa1704)&ガブリエルaa1704hero002)&シンシア リリエンソールaa1704hero001


「お姉さま、今日のお昼はどうなさいますか?」
 フリルのエプロンをキュッとしめて、ガブリエルが風深 櫻子へ期待の眼差しを送る。
「んー、それじゃあエルちゃん! と言いたいところだけど。一緒に作りましょうか。ジャガイモを持ってきてくれる?」
「はい!」
 櫻子はスイス料理のシェフであり、師匠の店を受け継いでいる。
 定休日には、料理へ興味を持ち始めたガブリエルと簡単な料理を作ることもあった。
 細切りにしたジャガイモをカリカリに炒めた『レシュティ』に、白身魚のフライにはレモンを添えて。

 食欲をそそる香りがリビングへ漂い始める。
「シンシア、食事にしましょ?」
 ソファへ腰かけていたもう一人の英雄・シンシア リリエンソールへ櫻子が声を掛けると、シンシアはハッとした表情で主を見上げた。
「……ああ、すまない……手伝わなくて……」
「明日は雪かしら」
「どういう意味だ」
 いつになくしおらしい対応だったものだから、櫻子がおどけてみせれば普段通りの返しが来る。
「サロンの招待状が届いたんだ。以前の舞踏会の、主催者の一人からな」
 シンシアと親睦のある英雄たちには、貴族・王族系の文化を嗜む者が多い。その縁で、櫻子も舞踏会へ呼ばれた過去があった。
「へええええ、……サロンと舞踏会って、どう違うの?」
「だと思って、説明を考えていた。今回はガブリエルも一緒だしな」
「あたし……ですか?」
 ガブリエルが属していた世界はシンシアとは別の文化。どちらかといえば櫻子に近い。
 幼いことも相まって、知らないことはまだまだたくさん。
「シンシアが居てくれるならあたしは安心だし、着飾ったエルちゃんも見たいわ。いつ開かれるの?」
「…………」
 ――安心
 さらっとそんな言葉を向けられて、シンシアはドキッとするが表情には出さない。
「サクラの暴走を止めるのが大変で、私は生きた心地がしないがな」
「なによう」
 二人にとっては日常茶飯事の応酬だが、純真なガブリエルは未だ慣れることが出来なくて、ハラハラしながら二人の顔を見比べていた。




 胸元に、髪とお揃いの大きなリボンをあしらった淡い紫のドレス。
 幼い体形を幾重ものフリルが飾り、なんとも愛らしい花が一輪。
「あたしの見立てに狂いはなかったわ! 似合う! エルちゃん最高、可愛い、あたしの天使……!!」
 ドストライクと叫びながら、櫻子は着飾ったガブリエルをギュッと抱き締めた。
「お姉さまのドレスも、とても素敵です。とても大人っぽくて綺麗……」
 ガブリエルは抱き締め返しながら、櫻子のふかふかの胸元に鼻先をうずめる。優しくてあたたかくて、良い香り。
 香りのもとは、コサージュとしてアクセントに使用している薔薇の花。
 ドレスの色は赤。ワンショルダーのところどころにコサージュをあしらい、品のある香水を合わせている。
「ふふっ。……だそうよ、シンシア?」
「なぜ勝ち誇った顔をしているんだ」
 今夜は、シンシアもドレス姿だ。
 体の線が美しく出るマーメイドラインで、深みのあるロイヤルブルーがシンプルなデザインながら上品さを演出している。
 長い黒髪をアップにまとめ、凛々しさを残しつつ柔らかな印象を与えていた。
(シンシアも、こうしてればホント綺麗な子なのよね……)
 かつて騎士であったというシンシアは、いつだって毅然とした態度を崩さないから見落としがちだけど。
 舞踏会の夜で知った細い体の感触を覚えている。
「今日は舞踏会とは違いダンスはない。ガブリエルも肩の力を抜いて、雰囲気を楽しめばいい」
「あ……は、はい」
 櫻子の視線に気づかないまま、シンシアはサロンでの過ごし方を簡単に説明する。
 『この世界を自分たち流に楽しむこと』が主目的なので、必要以上に身構えなくて良いこと。
 そうはいっても、参加している者たちとの交流では礼を失しないように。美少女がいたからと飛びつかないように。
「慣れないヒールで走り回って、足を痛めないように」
「個人攻撃は大人げないと思いまーす」
 以前のことを蒸し返されて櫻子が頬を膨らませると、シンシアは微かに笑む。
 櫻子の腕を掴んだまま、ガブリエルはうろたえるばかり。
(ええと、ええと……この場合は……)
 ケンカ、しているわけではないみたい。
「そ、それじゃあ、行きましょうお姉さまっ」
「そうね。主催の方たちへ挨拶しに行きましょうか」
「…………」
 シンシアから離すように、ガブリエルがぐいぐいと櫻子を引っ張る。赤いドレスの淑女はそれに気づかず、引かれるままに進むだけ。
(どうも誤解されているな……)
 二人の後ろにつきながら、シンシアは内心で小さくため息を吐いた。
 ガブリエルは、生まれたてのヒナのような子だ。
 櫻子から注がれる愛情を、真正面から受け入れ、受け止めている。
 それに対し、シンシアと櫻子は決して『まっすぐ』ではない。
 まっすぐではないが、当事者なりに信頼関係を築いている――と、少なくともシンシアは感じている。
 その辺りの機微が少女には理解できず、まわりまわってシンシアが警戒対象となっているらしい。
(ガブリエルがずっと傍にいるなら、サクラも奇行に走ることはないだろうが)

 ――ずっと、そばに

 それは、どれくらい?
(…………)
 自分で考えて、自分の中に生まれた疑問を疑問に思う。なぜか胸に走ったチクリとした痛みを疑問に思う。
「シンシア? あなたが案内してくれないと、サロンの歩き方もわからないんだけどー」
 シンシアが胸元を押さえたのは一瞬。
 気づくと、広間の入り口で櫻子とガブリエルが待っていた。
「すまない、すぐ行くから勝手に動くな」
「はーい、いい子にしてまーす」




 美しく着飾った紳士淑女。優雅な音楽。
 テーブルの上には見たこともないような煌びやかな菓子や軽食が並ぶ。
 ガブリエルは宝石のような瞳を一層かがやせ、眩い世界に胸を躍らせた。
「ほんと、目の保養だわぁ」
「お姉さま?」
「んーん、独り言よ。あたしにはエルちゃんがいるしねっ」
「……サクラ」
 社交界デビューとばかりに初々しい姫君たちの姿を、櫻子はついつい目で追ってしまう。
 知らぬガブリエルをギュッと抱き締め自制心を保とうとする姿に、シンシアは慣れた頭痛を覚えた。


「色々な世界のお話を聞けるのも楽しいわね。こういった交流は新鮮だわ」
「楽しめているなら良かった。サクラの物怖じしない態度は評判が良いようだぞ」
「あら、光栄ね」
 壁際のソファへ腰を下ろし、三人は小休憩。ガブリエルには紅茶を、櫻子とシンシアは度数の低い洋酒のグラスを手にしている。
「世界は不思議ね……」
 明日になれば、昨日と同じ日常が待っているというのに、この瞬間だけは別世界。
 夢のような現実。
 どこか遠くを見ながら赤い唇をグラスにつける櫻子の横顔は、一枚の絵のようだとシンシアは思った。
(……どうして)
 どうして、櫻子はこんなにも美しい女性なのに、あんなにも残念な一面があるのか。
 天は二物を与えない、という言葉がこの世界にはあるそうだ。上手く言ったものである。
 もちろん、そうと知らぬ男性諸氏は櫻子へ何度も視線を送っているし、櫻子が視線を送る姫君たちも無邪気な微笑を返している。
 知らぬが仏、という言葉もあったか。
 そして、そんな櫻子の本質を知っているシンシアは――
「サクラ」
 薔薇のイヤリングが、彼女の耳元から落ちようとしていることに気づき、シンシアが手をのばす。
 耳の後ろを支え、そのまま顔の輪郭を包み込む。
「……きゃっ」
「!?」
 思いもよらぬ声が櫻子の声からこぼれ、シンシアもビクリと肩を震わせた。
「ど、どうしたのよ急に……。あたし、耳が弱いんだって」
「知るか……。イヤリングが落ちそうになったから、私は」
「……あ……、そ、そうだったんだ。ありがと」
 つけ直そうと、櫻子が左耳に手をのばす。支えたままのシンシアの手と触れ合った。
「も、もう大丈夫だったら」
「そうだな、すまない」
(先程の声)
 好みの美少女へ向ける歓声とも違う。それなりに櫻子の傍にいながら、初めて聞いた――
(いや、私は何を)
 何を、意識して。
 相手は、サクラで――契約を結んだ主で――だから――

「おっと、すまない。気をつけるんだよ、レディ」

「ごっ、ごめんなさい!」
 淑女との談笑に夢中になっていた紳士が、ソファから足を延ばしていたガブリエルに躓いた。
 紳士は少女を咎めることなく、やんわりとした笑顔で去ってゆく。
 しかし、ガブリエルは自身が起こしてしまったことに青ざめ、ぎゅうっと櫻子にしがみつく。
 というやり取りに気づかなかった櫻子は、抱きつかれた反動でドミノ倒しのようにシンシアへもたれかかり、シンシアの手にしていたグラスから琥珀色の洋酒が零れた。
 アルコールの香り。
 揺れる耳飾り。
 それから、柔らかな唇。
「――っ」
 五感に訴えてくるそれらを、シンシアは反射的に引き離した。床で、グラスが割れる音がした。酷く遠くに聞こえた。
「っっ、お姉さま、シンシアさんっ、あたし……」
「大丈夫よ、エルちゃん。相手のひとも怒ってなかったでしょう?」
「で、でも……ドレスが……」
「借りものだから、どのみちクリーニングに出る。案ずるな」
 ガブリエルは謝ることに必死で、櫻子もシンシアの動揺には気づいていないらしい。
「誰もケガをしなくて良かったわ。シンシアは、じっとしていて。せめてハンカチで拭いてあげる」
 せっかくの美人が台無しだもの。
 そう言って、櫻子はレースのハンカチでそっとシンシアの顔に触れた。
 アルコールの香りと甘いバラの香水が混ざりあい、シンシアは軽いめまいを覚える。
「もういい」
「でも」
 掴んだ櫻子の手首は存外細く、案じるように顔を覗き込む距離は近かった。
 ――これではまるで

 まるで、キスをするような。

「……ごめんなさい」
 そこで、まったく流れを読まないガブリエルが――どうやら二人が睨み合いの喧嘩をしたと思ったらしい――涙声で再度の謝罪をしてきたものだから、櫻子は普段の笑いに戻してガブリエルを自身の膝上にのせた。




 とても楽しかったと、着替え終わった櫻子は短く告げた。
「三人で写真も撮れたし、素敵な日だったわ。ありがとう、シンシアのお友達にもよろしく伝えてね」
「そんなことを言うと、毎月のように招待状が届くぞ」
 主催者は一人ではない。
 変わるがわる、主の趣向を凝らした催しが開かれている。
「いつか、あたしの料理の腕を披露できればいいんだけど。頂いてばかりももったいないわ」
「サクラの手料理は確かに美味しいが――……」
「『使用人の仕事』なんでしょ? それだって、使用人を甘く見ていると思わない?」
 櫻子は、自分の仕事に誇りを持っている。
 とはいえ、文化が違えば見方も変わるのだろう。そこは仕方がないし、シンシアが普段から櫻子を尊重してくれているのも解かる。
「あたしは、難しいことはよくわからないのですが……」
 櫻子と手を繋ぎながら、二人に挟まれたガブリエルが見上げる。
「今日のクッキー、とても美味しかったです。今度のお休みは、お姉さまと一緒に作れたら……。上手くできたら、シンシアさんも食べて下さいますか?」
「はーーーーっ。エルちゃん、ほんと花丸! いい子! いっぱいクッキー作りましょうね!」
「……食べさせてもらってばかりじゃ、なんだか悪いな……」
「試食係も大事ですから。シンシアは嘘を吐かないから信頼できるのよ。ね、エルちゃん」
「はっ、……はい!」
「そうだったのか……」

 てっきり、怯えられているとばかり。
 ほんとうは、ちょっと恐いと思ってました。

 英雄二人の本心をあずかり知らぬ櫻子が、なんだか上手くまとめる。
「素敵なお城で舞踏会も良いけど、やっぱり愛すべきは自分の城ね」
 ご機嫌な櫻子の耳たぶは少し赤く、ほんのりと薔薇の香りがした。



 
【parfum de la rose 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1704    /    風深 櫻子   / 女 / 28歳 / 人間 】
【aa1704hero001/シンシア リリエンソール/ 女 /  20歳 / ブレイブナイト 】
【aa1704hero002/     ガブリエル  / 女 /  14歳 / バトルメディック】
 
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
大変お待たせいたしました……! お待ちくださり、ありがとうございました。
タイトルは『薔薇の香り』。
ドレスアップをした素敵な一夜をお届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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2018年02月21日

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