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『かくて踏み出す 』
ラファル A ユーティライネンjb4620)&クフィル C ユーティライネンjb4962)&日本撃退士攻業 美奈jb7003)&不知火あけびjc1857)&不知火藤忠jc2194)&不知火あけびjc1857
 それは今なお世界のどこかで話題として取り上げられ、さまざまな憶測飛び交う中で真相めいたものを閃かせてはかき消える――俗に『三方一両損』と呼ばれる事件の話。
 かいつまんで事件の内容を説明すれば。とある観光ホテルに襲い来た悪魔と、押っ取り刀で駆けつけた撃退士。互角の戦いを演じる両者の間へ降臨した天使は敵を選ぶことなくその力を振るい、最後には三者そろって痛み分け、後にはなんの関係もない一般の死傷者が残されることとなった。
 天魔も撃退士も、さらには巻き込まれた一般人も、誰ひとり得るものなく終わった、そもそもの起こりすら知れぬ話である。

「そないなことこないなとこで掘っくり返して、どないする気ぃや?」
 クフィル C ユーティライネンは、視線の先に立つラファル A ユーティライネンへかるい声音を投げた。かつては妹として、今は娘として見守り続ける少女の緑眼へと。
「戦争は終わっちまった」
 ラファルは口の端を歪めて返す。
 その長く伸ばした金の前髪が風に梳かれてたなびき、どれほどの機械をもって繋がれているやも知れぬ指で抑えられ、落ちた。
 いつもかぶっているペンギン帽子は今、バックパックの内にあった。それは彼女という存在を示す個体識別マークだが、今は――今だけは、ペンギン帽子のラファルではない、ラファル A ユーティライネンとして問わねばならない。
 他ならぬ『三方一両損』の現場の残骸上で。
 ここで死んだ男の娘として。
 自らの体の多くを奪われた被害者として。
 なお憎悪を滾らせ仇を追い続けてきた復讐者として。
「人間も天使も悪魔も、全部丸っと収まりましたみてーな顔してなかよしなかよし。筋通んねーだろ」
 ラファルが奥歯を噛み締める。
 一両損? 俺はなんも賭けちゃいなかったのに、ただ盗られちまっただけなんだよ。俺だけじゃねー。クソ母も、クソ父もよ。そもそも一両損の中に俺ら入ってねーじゃん。数えられてもねーんだよ。事件ってでっかいもんの中で揉み潰されて、なかったことになってやがる。
 ふざけんなよ。ふざけんなふざけんなふざっけんな!
 なんも終わってねーんだよ。
 なんも終わらせねーんだよ。
 俺は、始めんだ。
 一回俺が終わっちまったここから始めて、今度こそ全部終わらせてやる。
「なんや大げさやんなぁ。スジスジ言うんやったら牛スジでも煮込んだったらええねやんかいさ」
 張り詰めた空気を吹き払うように、クフィルは大きく息を吐いた。
 多くを失くし、自らも長らく病院に閉じ込められるはめに陥ってなお、彼女は陰に篭もることなくおどけてみせる。
 ラファルにはその強さがなんとも苛立たしく、少しだけまぶしい。
「……クソ父の話は聞いた。クソ母の話もな。で、俺のことは俺がいちばん知ってる。あとは、あのときの当事者ってやつ全員に損させた奴の話だ」
 ラファルが視線を雑木林へ投げると。
「ご注文どおり、へんなしかけはなしでいっしょに来てもらおうって思ったんだけどね。逃げたり抵抗したりする気ないって言うから」
 紫の武者袴の裾を捌きながら姿を現わしたのは、ラファルの友たる撃退士、不知火あけび。忍の一族の後継者でありながら“サムライ”を目ざすと豪語する愉快なお嬢さんだと思いきや、数々の戦場をくぐり抜けるうちに有言実行。サムライハートと忍術を併せ持つ女剣士へと成長を遂げてみせた。
 そんな彼女に付き添われる形で進み出たのは、あの事件以後、もっともラファルと近しい関係にある日本撃退士攻業 美奈だった。
「そりゃま、逃げらんねーよな」
 ラファルが苦い笑みを漏らす。
 雑木林の影から手を挙げた不知火藤忠と、その傍らに立つ日暮仙寿之介。あのふたりが脇を固めるあけび相手に、自慢のカポエラは通じまい。
「話、聞かせてもらおーか」
 美奈は技師であり、義体特待生たるラファルの機械部は常に彼女の手で整備されてきた。知己という言葉ではくくれないだけの縁が、ラファルと彼女の間にはあるのだ。
 しかし。
「隠したってムダだぜ。わかってんだろ?」
 ラファルの声に情の揺らぎはない。
 無機質なまでの平らかさで問い詰める。
「全部不知火が調査済みってことだよね。それはもうわかってるさ」
 美奈は口の端をかすかに歪めて返した。多分、嗤っているのだろう。ラファルの執念をではなく、自身の不始末を。
「おかしいなあ。データは全部抹消したはずなんだけど。次の機会か来世のために聞かせてくれるかい? どこからどうやってあたしにたどりついた?」
 問われたあけびは小さく肩をすくめ。
「戦争が終わったから」
 目を半ば閉ざし、焦点を合わさぬ視線で美奈を見やる。かの剣豪、宮本武蔵が五輪書にて語った“観の目”……あえて一点に注視せず、視界全体へ意識を散らして死角を消すための視認法だ。
 これにより、たとえ美奈がどれほど慎重に動いたところで、あけびの視界の内であれば隠しおおせることはできない。
 そうして万全に備えておいて、あけびはゆっくりと言葉を繋いだ。
「データは消せても記憶は消せない。これまでは関係してた人をたどるしかなかったけど、今はもっと確かな記憶に頼れるでしょ。あの事件に関係がある天使と悪魔の」
 と、美奈の両手が持ち上がる。
 棒立ちのラファルとの距離を測り、あけびの腰がほんのわずか落ちる。いつ事が起ころうとラファルをカバーし、美奈の攻撃を弾く。そのために、左に佩いた桜紋軍刀の鍔元に親指を押しつけ、誰にも気づかれぬよう鯉口を切ったが。
「今度こそ降参だ」
 両手を上げてひらひら。美奈は苦い笑みを見せた。

「――あれはあけびの不徳だな」
 和装の袂に両手を収めたまま、仙寿之介がぽつり。
「どういうことだ?」
 振り返る藤忠に、仙寿之介はことさらなため息をついてみせた。
「備えることに拘泥する余り、見逃した。友人と技師の間合を」
 藤忠は首を傾げた。仙寿之介は無二の友なれど、兵法においては遙か高みにある存在だ。友の承知は自分にとって難解に過ぎる。
 わけのわからぬ顔の藤忠に、仙寿之介はもう一度ため息をついて。
「技師は回し蹴りを主に使うのだろう? あけびを相手どるには間合が狭まり過ぎているし、友人へ向かえばあけびに抜刀の間合を与えることになる」
 言われた藤忠は頭の内で想定を巡らせ、うなずいた。
「たとえ得物を抜いても、その間に腕を落とされる。しかもあけびはそれを、観の目を晒して知らせていた……か」
 今度は仙寿之介がうなずき、言葉を継いだ。
「そも、あの技師に誰かを害する気はない。そのつもりであれば、体の軸をああもずらして立ちはしないからな。そして友人はそれを見て取った……わけではないようだが」
 歯切れの悪い言葉。藤忠は仙寿之介の言葉の先を考える。
 見て取ったわけではないなら、知っていた? 打ち合わせたわけではもちろんないだろうから、そうなれば。
「信じていたのかもしれないな。彼女のことを」
「いかにもおまえ好みの美しい話だ」
 顎をしゃくり、仙寿之介が人の悪い笑みを閃かせる。
「ならばおまえも信じてやれ。妹分があの程度で後れを取るようなことはないと。後世に美談が残せるぞ? かくて姫叔父、「我、当主の業(わざ)信じらば、行かじ」と踏みとどまれり……とな」
 結果、藤忠は決まり悪げな顔で、思わず踏み出していた一歩を引き戻したのだった。
「むしろおまえはどうなんだ? 散りゆくときまで共にあると誓ったんだろう、あけびと。信頼よりも心配を見せてやるほうがいいんじゃないか? それこそ「冷徹な天使、想い人の危機に思わず跳びだした」って美談にもなりそうだ」
 からかいを込めて言い返す藤忠。
 仙寿之介はふと目を逸らし、口の内でつぶやいた。
 ならば俺はすでに美談を演じている。
 彼の佩剣、鯉口はすでに切られていた。抜かなかったのは、ラファルと美奈の間に通う空気に留められただけのこと。
 俺も踏みとどまれてなどいなかった。これでは友を気づかうあまり見誤ったあけびを責められん。……まったく、情とは厄介なものだ。
 言わずに飲み下してあけびの無事を再度確かめ、ラファルへ視線を移す。
「さて。情うんぬんはともかくあの少女、肚は据わっているようだ」
「第一関門は突破か」
 仙寿之介の言葉に藤忠が薄笑みを見せた。
 学園を卒業し、特に行き所もないというラファルを不知火家に迎えてはどうかとあけびに進言したのは、他ならぬ藤忠なのだ。
「俺の立場はまだ決めかねるがな。決めるのは不知火のためにではなく、あけびのためになる人物かどうかを見定めてからだ」
 藤忠は言い返さず、仙寿之介と共にラファルを見やった。
 彼女の人となりは、これまでの撃退士としての活動の内で充分に見定めてきたし、信に足る人物だと判断もしている。そうでなければ次期当主に進言などしない。
 ラファル、おまえにもいろいろあるだろうが、不知火はおまえにとってかならずその心を預けるに足る場となるはずだ。なにせ大敵だった天使を次期当主の婿に迎える家なんだからな。
 ラファルを迎えるため、彼女の心残りを片づけることを手伝う。藤忠は自分がすべきことを確認し、息をついた。
 まずはとなりの厳めつらしいお目付役を納得させることからか。

 雑木林の端でかような言葉と思いとが交わされているとは知らぬまま、美奈は両手を上げたまま話し始めた。
「あたしは技師だ。技師は常にチームで動く。開発も整備も、最適を導き出すには多角性ってやつが要るからな。あたしはラファルにとっての窓口だ。後ろには何人もの技師が控えてたのさ」
 それはそうだ。兵器ひとつとってみても、考案から作製までには多くの手を経なければならない。
「で、あたしが窓口になったってのもあたしの意思じゃない。上からの命令さ。ラファルもよく知ってるだろ? 義体特待生監督官」

 あけびがかすかに眉根を引き下げる。
 なにも言わないのは、ラファルと美奈との間に張られた“糸電話”を切ってしまわないためだ。ふたりがこれまでに重ねてきた時間によって縒られた糸は、他者の無粋な介入でたやすくちぎれてしまう。そうなればもう、ふたりは二度と元のとおりには繋がれまい。
 少しだけ虚言を混ぜて割り込めば、ラルは私のこともっと信じるようになる。不知火にラルを迎えたい私からすれば好都合、だけどね。
 効率を第一に考える忍の性は早くそうしろとうるさいが、是とするわけにはいかなかった。
 大事な人の感情を繰りたくない。
 忍としてためらうようなことではないし、ラファルと美奈の関係に少なからずおもしろくない思いを覚えてもいるが、それをしてしまえる自分を認めたくなかった。
 私もずいぶん情に流されてるなー。でも。
 背をあたためる仙寿之介の視線。心を交わした誰かとの繋がり、その価値を、今のあけびは誰よりも知っていればこそ、恥じない。

「あいつが……」
 美奈の示した男の顔は、ラファルにとってたやすく思い起こせるものだった。
 彼女の義体の設計開発は、彼が中心となって行われてきた。そしてそれは驚くほど安い代償で彼女にもたらされてもいた。
 監督官は特待生のもっとも身近にある味方だ。利かせられる融通くらい、いくらでも利かせるさ。
 決められた日数ごとに行われる面談の中で、なぜそこまで融通を利かせてくれるのかと問うたラファルに彼はそう答えたものだ。
「自分は俺の味方だって、いつも言ってた」
「その気持ちに嘘はなかったと思うよ。ただ、そう考えるに至った事件があったのさ」
 クフィルが苦い薄笑みを浮かべて言葉を添える。
「『三方一両損』、やな」
 美奈はあけびの顔に視線を送る。あたしが話しちまっていいのかい?
 あけびは静かにうなずいた。あなたの言葉で聞かせてあげて。
 手刀を切って謝意を示した美奈が言葉を継いだ。
「彼は悪魔を憎んでた。娘さん夫婦を殺された恨みさ。ああ、めずらしくなんざない。天魔の襲撃も、巻き込まれて死ぬ一般人も。でも――」
 美奈は不自然な間で言葉を切った。
 言えねーか。「残された家族はそうじゃねー」なんて。
 ラファルは確信した。美奈は監督官とグルだ。歳を考えれば直接的な関わりはないのだろうが、心は監督官の側にある。同じ境遇にあるラファルから彼をかばうほどに。
「残された家族はそうじゃねー。だろ?」
 すべてを飲み込んだ上で平らかに、しかし確信をもって、ラファルは追い立てた。この場において美奈はラファルの言葉に逆らえない。とりあえず、全部吐いてもらうぜ?
「……そうだ。だから、彼は復讐を誓った。そうなれば話は早い。この世界には天魔に恨みを持つ人間も多い。必然、過激派もな。彼はそのひとつに身を投じ、技師として、兵士としてその力を振るいながら仇の悪魔を探し続けた」
「で、見つかったわけだ」
 逃さない。かならずその口から言わせてやる。ラファルは冷徹な声音で促した。
 彼女をよく知るあけびは胸の内で息を飲む。こんなに怒ってるラル、初めて見た。こんなことなら姫叔父に代わってもらっとけばよかったな。姫叔父ならいい感じにラルのこと止めてくれたのに。
 いや、そうじゃない。ここには自分がいなくてはならない。ラファルの友だちとしてその思いを全部受け止めて、必要なことをする。この地を血華で染めることになろうとも。
 あけびが意を決する中、美奈は苦しげに声音を絞り出した。
「仇は、君の父親の中にいた。そこから速やかに襲撃計画が立てられ、結果として悪魔が顕現した。あの日に事を起こしたのは、最小限の犠牲ですむからだ。妻たる撃退士を引き離してしまえば、悪魔を体に潜めた男がひとり残るだけだったのだから」
 それは美奈のものならぬ、男の声音。
「監督官、どこにいんだ?」
 美奈の口腔にしこまれた生体型通信機を通し、男は答えた。
「学園の研究棟だよ。私は司法との取引で、この学園内から出ることができないからね」
 取引とやらの内容は知らないが、学園は監督官の過去を知った上で受け入れたということだ。それも、彼が引き起こした事件の被害者であるラファルの担当者に就けて。
「学園を責めないでほしい。君の体を繋ぐには私の技術が必要だった。そして私には、自らの罪と向き合い、ほんのいくらかでも贖うための機会が」
 男は続けて語る。
「私の計算をはるかに越える力を悪魔は持っていた。正直、情報を天使側にリークして呼び寄せていなければ、被害はどれほどのものになったかわからない。天使軍のプライドと、名うての撃退士クフィル C ユーティライネンの尽力で、事件は収束できたのだ」
 男は一度言葉を切り、大きく息を吐いた。年齢を越えた老いの無力を滲ませて。
「計算違いはほかにもあったよ。いや、計算違いのほうが多かったと言うべきか。仇と思い込んでいた悪魔は仇ならず、クフィル君は深手を負い、天使軍は壊滅、そして君というイレギュラーな犠牲者までもを出してしまったのだから」
 彼が極刑を望めば、司法はそのとおりに受け入れたことだろう。
 それに逃げ込むことなくラファルと向き合ってきた彼は、これまでの間なにを感じてきたものか。
 推し量ることなどできはしない。推し量ってやるつもりもない。司法の都合も学園の度量も男の贖罪も、全部まとめてドブに捨ててやる。
「俺ん中に引っ越してきやがった悪魔を引きずり出す。心臓の止めかた、教えろよ」
 すべてを削ぎ落とした声音でラファルが問う。
「君の心臓はアウルリアクターに置き換えられている。それは自動制御であり、専用の機器を取りそろえた手術台の上でなければ止めることはできない。だから」
「だから?」
「無理矢理に止めるよりない。リアクターの鼓動を、物理的に」
 心臓を鷲づかみ、動きを止めろというのか。
「10秒の鼓動停止でリアクターは休眠状態に入る。再起動には同じように鼓動を10秒刻み続けることになるが……再起動確率は未知数だ」
 これだけ多くを奪っておいて、なお差し出せ、賭けろ、そういうわけだ。
「ラーちゃん」
 クフィルは後ろからラファルの肩をつかむ。
 果たして振り向いたラファルは、嗤っていた。
「上等じゃねーか。命なんざいっくらでも賭けてやる。どうせ1回死んでんだ。2回死ぬくれーどってこたねーよ」
 以前は父の内に封じられていた悪魔。
 それが外へ這い出してきたのは、父の死によって封印が破れたからだ。皮肉なことに、彼の死によって“封印”の資格を受け継いだラファルがそばにいたことから、悪魔は少女の身へ引きずり込まれることとなったわけだが。
 その間に、悪魔はラファルを引き裂いた。封じられるまでに彼女を殺しきれれば、今度こそ自由を得ることができる。その途中でクフィルに邪魔をされなければ――天使軍の強襲を受けなければ、だが。
 ああ、あのとき俺はおまえにちぎられるばっかだった。おまえは邪魔されて俺をちぎりきれなくて閉じ込められた。恨んでんのはお互い様だよな。
 ラファルは内に在る悪魔へささやきかける。
「ケリつけよーぜ? 俺が死ぬかおまえが死ぬか、今度こそよ」
 ふと、あけびが踏み出し、ラファルの前に立った。
「命、捨てる気じゃないよね?」
「そのときになんなきゃわかんねーよ」
 あけびが鞘に収めた桜紋軍刀を抜き出し、その鍔をラファルが背負う天狼牙突の鍔にかるく打ち合わせた。キン。高い音が空気を揺らす。
「ラルの命、私が守るよ。悪魔に止められても、ラルがやだって言っても、絶対」
 彼女が為したものは金打。武士が互いの刀の鍔などを打ち合わせ、誓約とする儀式であった。
「金打ってあけびはん! 自分、武士か!? もののふなん!? もふもふサムライなんかーい!?」
 ツッコみながらまとわりついてくるクフィルに雰囲気をぶち壊されたあけびは、足捌きでクフィルの手から逃れつつ。
「武士ですもののふですサムライですー! もふもふじゃないですけどっ!」
 ま、湿っぽいよりこっちのがいいや。
 ラファルは苦笑し、美奈の向こうにいる男へ声をかけた。
「聞くこた聞いた。あとは俺が死ぬだけだ」
「本当にやるのかね? もし許されるなら、私が安全を保証した上でリアクター操作を」
「それじゃ出てきた悪魔と殺り合えねーだろ?」
 男はため息をつき。
「……これから私は学園を出る。その瞬間に取引は破棄され、私は私があるべきだった場所へ送られるだろう。君の大舞台を見届けることはできなくなるが……せめて置き土産だけはさせてほしい」
 そして声音を取り戻した美奈が言葉を継ぐ。
「あたしはチームに入ったときから全部を聞かされてきた。こんな日がいつか来るって、彼は知ってたんだろう。彼が特許を持つ義体技術は、たった今からラファル、あなたのものだ」
 ラファルは肩をすくめて歩き出した。
「くれるってならありがたくもらっとくさ。とりあえず俺が心臓引っつかめるように、骨んとこに穴開けてくれよ」
「学園で待ってるよ」
 美奈はなにも言わず、ラファルとは別の方向へ歩き出した。
 互いにするべきことはわかっていた。これがふたりの時間の終焉となるのだとしても、約束の地へ行くため、踏み出すのだと。

「……憤るほどに冷め、敵を追い詰める。有事には頼れる人物だが」
 途切れた仙寿之介のラファル評に、藤忠が眉をひそめた。
「気に入らないか?」
「あけびがあれに染まるのは問題だな」
 心配そこか。というか、ああいうタイプの女は苦手というだけか。藤忠は思わず苦笑した。
「俺は念のためにあの技師をつけるが、おまえはどうする?」
 藤忠の言葉に、今度は仙寿之介が眉をひそめ。
「あけびと友人に声をかけていかなくていいのか?」
 藤忠はかるくうなずき、歩を進めた。
「今の俺は影だ。ラファルが望みをかなえられるよう支えるだけさ」
 その藤忠に、向こうからクフィルが目礼を送ってくる。
 見かけや言動がどうであれ、やはり彼女はラファルの母親なのだ。そう思った。
 かくて藤忠が行った後、あけびが仙寿之介の元に駆け込んできた。
「姫叔父は?」
「万一に備えて技師をつけるそうだ。俺は監督官という男の行方を見届けよう。だからおまえは友人についていてやれ」
 あけびは一度仙寿之介の胴に抱きつき、離れて駆け出した。
「行ってきます。お師匠様も気をつけて」
「ああ。おまえも」
 衣にわずか残されるあけびの香を共連れて、仙寿之介もまた行くべき先へと向かった。

「なんでついてくんだよ、クソ母」
 大股で歩くラファルは速度を落とすことなく、小走りについてくるクフィルへ背中越しに問いを投げた。
「そんなん決まってるやん。ユーティライネン家の一大事やで? ひとり娘にきばってきぃやーですむわけないやんか」
「昔は強かったってだけで、超弱っちくなってんだろ。足手まといだぜ」
「そんでも親不孝よりマシや」
 ラファルが足を止めて、クフィルを返り見た。
「親は子ぉより先に死ぬもんや。しかもラーちゃんはうちがお腹痛めて生んだ大事な大事な……うち、無痛分娩じゃなかったよな? 入院生活長うてそこんとこ記憶がイマイチなー。どうやったっけ?」
「そんなん知らねーし」
「あー、そりゃそうやんな。あんときのラーちゃん、あっかい顔でほわほわ泣いてるばっかやったし。ちな、2718グラムのちっちゃい子ぉでなぁ。お医者さんは未熟児ちゃいますーって言うんやけど、うち信じられんくてやー。へその緒切ったら軽なるやんけーって」
 だからってへその緒が何百グラムもあるわけがないだろうに。
 どれだけシリアスに振る舞っていても、油断すれば一瞬で崩される。我が母ながら侮れない女だ。
「とにかく! ラーちゃんひとりで行かさへんよ。今までおかんらしいことできひんかったし、今さらおかんヅラすんなって言われるかもやけど」
 うちはラーちゃんのおかんなんやから。
 ラファルは聞こえなかったふりで前を向き、また歩き出した。
「ラルー!」
 今度はあけびの声がした。
 まったく、どうあっても放っておいてはくれないようだ。話の途中、ずっと向こうに隠れていた藤忠も、そのとなりにいた人ならぬ気配をまとう剣士も、おそらくは美奈も、あの男さえも。
 迷惑だと思う。
 ありがたいとも思う。
 そしてなにより、どう思えばいいものかと思う。
 思いながら、踏み出す。
 もう一度死ぬために。
 もう一度生きるために。
「死ぬにはいい日になるといいけどな」
 どこまでも青い空。その茫漠の下で、ラファルはあらためて腹を据えた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ラファル A ユーティライネン(jb4620) / 女性 / 16歳 / ペンギン帽子の】
【クフィル C ユーティライネン(jb4962) / 女性 / 22歳 / 舌先三寸】
【日本撃退士攻業 美奈(jb7003) / 女性 / 20歳 / 美脚すぎる撃退士】
【不知火あけび(jc1857) / 女性 / 16歳 / 明ける陽の花】
【不知火藤忠(jc2194) / 男性 / 22歳 / 月紐に想ひ結びて】
【日暮仙寿之介(NPC) / 男性 / ?歳 / 天使】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 踏み出せし歩は、終わるがためか、始めるがためか?
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2018年02月22日

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