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『『ある日 あの店へ』 』
小宮 雅春jc2177

 久しぶりに来たな、と彼は肩に掛かった長い髪の毛を後ろに払う。
(あれは確か――二年半くらい前だったかな)
 そう、と彼――小宮 雅春(jc2177)は思い出す。

 あの時は確か夏だった。
 だが今は2019年になり、時期も寒い2月。
 そしてもう一つ、あの時とは違う事がある。
 小宮の手の中に、『ジェニーちゃん』がいないことだ……。

 小宮は小さな商店街の、文房具店の前で足を止めた。ボロいという訳ではないが、年季が入っているのは判る建物。
 以前訪れた際、このどこか懐かしい雰囲気が気に入ったので、今日はただの客として足を運んだ。
 というのが本音でもあり建前でもあり。
 店主である深町のことが気になってもいたから、というのも理由になるだろうか。
 二年半前の深町はトラウマを抱え、小宮はそんな彼にある種の共感を持っていた。
 だから彼のことが気になったのかもしれない。
 トラウマを乗り越え今を生きる彼の姿を見たら、自分も何かを見つけられるような気がして――。


 小宮は自動ドアを抜け中に入った……。


「いらっしゃいませ〜」
 と奥から声がし、そちらに小宮が顔を向けると、声の主は驚いた顔をした。
「君は――、久しぶりだな。どうしたんだ、わざわざこんな所まで」
 店主の深町が、淡く微笑んで言った。
 外見は以前と変わってはいない。が、纏う空気は和らいだようだ、と小宮は思う。小宮も微笑み返し、
「もちろんお客として来たんですよ。店内を見てもいいですか?」
「ああ、どうぞ。他に客はいないから、ごゆっくり」
 さして広くはない店内を、小宮はのんびり見て回る。幸い、深町はレジ横の椅子に座って小宮を放っておいてくれている。
 小中学生が主なお客らしいから、子供向けの文具が目に付いた。
「あっ、これ僕も持ってたなあ〜!」
 自分も小学生の頃使っていたバトル鉛筆を見つけて、思わず声を上げる。
「うわ、これも懐かしっ。男子の間で流行ったんだよね」
 無駄な機能がたくさん付いた筆箱を取り、あちこちいじってみた。何に使うのか分からないルーペが出てきたり、消しゴム収納箱が出てきたり、意外な所が開いたり。
「あー、これ欲しかったなあー」
 などと匂い付きのねり消しや、ロケット鉛筆やカラフルなペンを、子供に戻ったような気分でウキウキしながら、一つひとつ手に取って眺めてしまった。
 今でも廃れずに置いてあるということは、こういうものは常に一定の需要があるらしい。

 懐かしの文具で思った以上に時間を潰してしまい、一通り見終わった後、小宮は自分の探し物が見当たらなかったので深町に声をかける。
「あの、万年筆ありますか? あと、便箋と封筒も」
 当然レターセットは置いてあったが、若者向けのかわいいキャラクターが描いてある物しかなかった。ちょっと自分が使うには厳しすぎる。できればもっとシックな感じの物がいい。
 普段は滅多に聞かれないことなのだろう、深町は一瞬目をぱちくりさせた。
「万年筆に便箋と封筒とは……、今時珍しいね」
「ええ、まあ。遅れてきた春を謳歌しようと思いましてね」
 小宮はさらりとそんなドラマのセリフみたいなことを言った。
「誰かいい人でもできたか」
「だといいんですけど」
 ふふ、と笑った小宮の顔に何かを察したのか、深町はそれ以上詮索も茶化しもせず、店内の隅へと向かう。
「今はそういうのあんまり売れないからなあ〜。万年筆も、古いモデルしかないぞ」
 と、棚の引き出しやらを開けて持って来たのは、縦書きの、淡い桃色の紙に桜の花が控えめに印刷されている便箋と、セットの封筒だった。
 万年筆の方は、濃紺の地に銀色の星々が煌めいているような色合いの物だ。
「便箋も万年筆も素敵じゃないですか」
 小宮は嬉しそうに万年筆を深町から貸してもらい、握り具合を確かめてみたりする。
「うん、それじゃあこれをいただきます」
「いいのか?」
「はいもちろん。とても良い買い物ができました。あと、これも一緒に」
 さっき見ていた懐かし文具のひとつ、書いた文字を消せるというペンセットもレジの机の上に置いた。
「見てたら懐かしくなっちゃって」
「そうか。ま、買ってくれるならこっちは構わないが」
 深町が品物をレジ打ちし袋に入れる。
 その様子を見ながら、小宮は自分は新しい万年筆で桜の便箋に何を書きたいのだろう、消えるペンで何を書いて消したいのだろう、とぼんやり思った。

「『彼』は元気ですか?」

 それだけで深町には通じた。
「あぁ、東京で一人暮らししながら大学に通ってるって。あの子は本当に頑張ってて偉いよ。時々しか連絡は取ってないけど、心配はしてない」
 深町は晴れやかだ。
 彼にとって自慢の弟のような存在。離れていても、確かな信頼関係が彼らの間に築かれている。
 それは小宮にないもの。
「いい関係ですね」
 自嘲でも羨望でもなく、ただ心のままの小宮の顔は、今までだったら人形以外の誰にも見せなかっただろう。
 小宮の中で何かが変わり始めていた。
「……君にも、いつか見つかるさ」
「ええ、今なら信じられる気がします。私は今まで、上辺の愛があるだけ、心は空虚。私には真に人を愛す心などないのだと思っていました」
 だから、自分の都合のいい受け答えをする人形に愛を注いでいた。偽りの愛を。
「ですが今、ようやく何かが見えてきたところです。深町さん、それは貴方のおかげでもあるのですよ」
 負い目を抱えていた深町が、そんな自分を受け入れ偽りではない絆を見せてくれたから。
 屈託なく小宮は笑い。
「それは気のせいじゃないか? でも、ここに来て良かったと君が思ってるなら、そうしておく」
 深町も笑った。


「ありがとうございました〜」
 深町の声を背後に聞き、自動ドアが閉まる。
「こちらこそ、ありがとうございました」
 その言葉は本人には届いていないけれど。
 人形を失い、小宮はやっと分かりかけてきたところだ。
 人生は苦痛に満ちているかもしれない。それでもどこかに希望はあり、迷いながらも見つけられた時、それはきっと輝いているはずだ。

「ままならないからこそ、世界は美しいのでしょうね」
 外の眩しさに目を細め、小宮は空を仰ぐ。
 彼は今、歩き始めたばかりだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc2177/小宮 雅春/男/31才/歩き始めた】
【NPC/深町晃一/男/34才(2018年現在)/文房具店店主】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は発注して下さりありがとうございました!
小宮さんの未来へのお手伝いをさせていただけて嬉しく思います。気に入ってくださったなら幸いです。

懐かしの文房具のくだりはポピュラーなものをチョイスしたつもりなのですけど、PL様のよく知らない物だったりしてたらすみません…。

もしイメージと違った、気に入らない所がある等、ございましたら遠慮なくリテイクをお申し付けください。
また何かありましたらよろしくお願いいたします。

ありがとうございました。
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久遠由純 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年02月26日

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