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『失ったものと手にしたもの 』
レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001)&狒村 緋十郎aa3678

●全てを失って
 邪知暴虐なる魔族の女王として帝国を脅かし続けたレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)。深紅の月が昇る夜、黒い霧となって人々へと忍び寄り、次々にその身を切り裂き、捻り潰した。街を焼き払い、凍りつかせ、紫雷で打ち砕いた。天災が如く、暴威を千年もの間、周囲へ振り撒き続けたのだ。
 しかし彼女は“その世界”から忽然と消えた。否、その世界の方が消えてしまったのかもしれない。いずれにしても、レミアは虚無の狭間を超えて、“この世界”へと舞い降りる事になったのである。

(……どうして)
 洞穴の奥底に潜んだレミアは、瞳だけを暗闇の中で爛々と光らせる。吹き込む冷気が洞穴に溜まった水を凍らせ、入り口から差し込む光が氷柱を水晶のように輝かせていた。
 暗澹たる気分だった。野山を焼き払う炎も使えなければ、岩を穿つ雷も失った。霧に姿を変える事もままならない。辛うじて残されたのは、洞穴の硬い石筍を切り裂き、仮の寝床を作った怪力だけ。深い山林の中で手の打ちようもなく、彼女は無為に時を過ごしていた。
(わたしは、誰かと誓約を結ぼうとしていたはず。誰と……)
 永遠にも感じられる昼の時、彼女はただひたすらに思考していた。自分は何故このように辺鄙な冬山に放り出される羽目になったのか。考えれば考えるほど、記憶は靄がかかったように朧げとなっていく。思い出されるのは、自分が吸血鬼である事と、その苛烈な力で人間を殺し虐げていた事くらいだ。
(ここは、わたしの世界ではない。それだけは確か。どうしてわたしはわたしの世界ではない場所に。……愚神が。忌々しい愚神がわたしを世界から追い落としたから……?)
 考えるたびに、“愚神”という言葉が脳裏に現れる。彼女は本能的に、その言葉を嫌悪した。
(気に入らないわ。本当に気に入らない)
 唯一神をも袖にしていた不死の女王が、愚かな神に執心させられている。“取るに足らない”と思えずにいる。力無き今の有様では、それさえ屈辱に感じられた。
(わたしがこの世界で生きていくためには、この世界の何者かと代わりに誓約を結び、英雄とならなければならない……。まさか。何を考えているのよ、わたしは)
 生と死の矩を超えた存在である自分が、今更この存在を維持するため何者かに依存しなければならないというのか。降って湧いた考えに、レミアはさらなる屈辱を感じた。
 しかし、ふとレミアは気付く。吸血鬼という在り方そのものが、何者かに依存しているではないか、と。人の生命を借り受けて、踏み倒さなければ個として存在し得ぬ存在ではないかと。
 彼女を見れば何者も膝を折る。彼女は折らせるだけの力を持っている。それが、彼女の存在の頼りなさを覆い隠していたのだ。しかし、今はそれと向き合わざるを得ない。自分は降り注ぐ光を浴びただけで弱り、十字架を前にして容易に跪く。神には歯牙にさえかけられぬ存在であった事を自覚するしかなかった。
「ふざけないで……!」
 暗闇の中で牙を剥く。蝙蝠が鳴き叫び、慌てて洞穴の外へと飛び去って行った。

●手にしたもの
 黄金に輝く満月が闇の天辺に輝いている。目覚めたレミアは、仏頂面で洞穴の外に姿を現す。月の光を浴びて、レミアの肌は白磁のようにうっすらと輝いている。深紅の爪も、普段より鋭さを増していた。
(……これでは、無聊が強まるだけね)
 レミアは氷のように冷たい眼で自らの手を見下ろし、眉をしかめて歩き出した。
 遠くに河のせせらぎが聴こえる。流れる水は吸血鬼にとって忌むべきものの一つだ。流れる水は清らかだ。清らかな水は、神の領域だ。不倶戴天である彼女を捉え、呑み込んでしまうだろう。
(本当に、この世界は忌々しい)
 目の前を流れる清水に苛立ったような眼差しを向けると、レミアは河を遡り始める。四、五日こうして夜を彷徨っていたが、一人の影も見えなかった。女王の矜持で、孤独な世界の中でも堂々と振る舞っている。しかし、既に頭は重く、軽く眩暈もする。耳鳴りさえ聞こえてくる。血に飢えていた。
(夜さえも、わたしの味方ではないというのかしらね)
 レミアは喉を鳴らす。渇き、針で突くような痛みを感じていた。満月の光が、彼女に血を呑めと囁き続けていた。その渇望に狂いそうな心をどうにか鎮めながら、彼女は滝壺の前に立つ。
(ここなら……)
 滝壺のそばは僅かに流れが滞留している。川とは違ってどうにか浸かれる。レミアは黒革のブーツを脱いで脇に置くと、ドレスの紐を解いていく。黒く柔らかな衣が、彼女の肌を滑ってつるりと落ちた。

 昂る戦意を冬の真水で冷まし、レミアはそっと岸へと上がる。夜風が彼女の肢体に纏わる水を浚うのを待ちながら、彼女は傍の樹を見上げる。真っ直ぐに伸びた木は、頂点までも逞しい枝ぶりを保っていた。
(不思議ね。どんな世界でも、こんな樹を見るとその上から世界を見下ろしたくなる)
 彼女が人間だった頃の日々など、最早一欠けらも覚えてはいない。それでも、平和だった頃の一面は、確かに残っていた。しばし穏やかな顔で木立を見上げていた彼女はやがて澄ました顔へと戻り、ドレスを再び身に付け始めた。背中へ器用に手を回すと、ドレスの紐を静かに結んでいく。
 ブーツの紐も解き、彼女はそこへ脚を通そうとする――

 刹那、鈍い音がして紅色の塊が滝の傍に降ってきた。死を前にした者の、掠れた呻き声が聞こえる。レミアは眼を向けた。風が血の匂いを彼女へと伝える。飢え切っているせいか、鼻をくすぐるその香りは芳しい。レミアはその場にブーツを放り出し、裸足のまま肉塊へと近づいていく。
(猿……? それとも人間?)
 レミアは首を傾げた。積もる白雪をみるみる紅へと染め上げるその男――狒村 緋十郎(aa3678)は、小さく蹲っていた。その命は風前の灯と見えた。しかし、近づくほどに、その身は血によるのみで深紅へ染まっているわけでないと気付く。
(人狼のようなものかしら。緋色の毛皮に、尻尾まであるなんて。まるで本当の猿みたい)
 レミアは好奇心から、蛆虫の様に蠢く緋十郎へ声をかけた。
「いい香りね」
 うっすら緋十郎は眼を開ける。絶望と痛悔の入り混じった眼をしていた。血塗れで倒れ伏すその姿には相応しい眼だ。
 しかし、レミアがうっすら笑みを浮かべて眺めているうちに、緋十郎の眼に違う色が宿る。悦楽だ。彼女と目が合った瞬間に、彼の眼は大きく見開かれていった。彼女の全てを一度にその眼へ収めようとでもするかのように。
「あなた、もう死ぬのかしら?」
 緋十郎は頷いた。穢れを知らぬ処女に比べれば、見るからに不味そうだ。しかし血は血である。レミアは緋十郎を見下し、朗々と命じる。
「どうせ死ぬなら、わたしに全てを捧げなさい。……あなたの、その血を」
「吸血鬼か……この世に、実在するとは……」
 緋十郎は呻く。レミアは腕組みすると、爪先を伸ばして緋十郎の傷口を撫でる。
「気付いたらここにいたのよ。そして今、とても飢えているの」
「……もしや、君は英雄か」
 その眼に悦楽ばかりでなく、希望さえも宿った。レミアは目を瞬かせ、そっと一歩離れる。不可思議だった。吸血鬼を前にして、この男は一切の恐れを見せないのである。興味を抱いたレミアは、勿体付けて騙ってみる。
「さあ。愚神かもしれないわよ」
「どっちでもいい。頼む……俺と契約してくれ」
 緋十郎は起き上がると、レミアに向かって頭を垂れた。
「何故?」
「殺したい奴がいる。まだ死ねない」
 彼女を見上げる緋十郎の眼は、まるで惚れた女に向けるかのような眼差しだ。
「……」
 どんな男も女も、魅了の魔眼を使えばもっと蕩けた眼を向け首を差し出す。しかし、それを使う間もなくこんな目をしてみせる人間は、百年に一度見るか見ないかだ。
「おかしいわね。さっきは死ぬといったくせに」
 レミアは唇を結ぶと、踵を返す。とっとと殺してしまっても良かったが、もう少し遊べそうな気がした。哀れな玩具は、レミアを引き留めようと手を伸ばした。倒れ込みながらも必死に伸ばされた指先が、レミアの踝に触れる。刹那、レミアは反射的に緋十郎の頭を蹴り飛ばした。
「触らないで」
 横ざまに倒れた緋十郎の頭を、そのまま踏みつける。雪原の中に、緋十郎は情けなく埋もれた。一切逆らおうとしない。
「私は不死の女王。下賤な者がこの脚に触れる事は許さないわよ」
「……頼む。代わりに……君の望みを、何でも叶える」
 為すがままで、緋十郎は呻く。つくづく不思議な男だ。そして哀れなほど無知だ。レミアは脚を払って緋十郎を仰向けにすると、その傷口を再び足でなぞる。
「阿呆ね。私には私の望みを全て叶えるだけの力がある。あなたの力など必要ないのよ」
 レミアが力の大半を失っているなど知りもしない。唯一の交渉カードを簡単に破り捨てられた緋十郎の眼は、初めて絶望の色を帯びる。しかし、深く抉られた傷口に足の指を差し込むと、その絶望の色は直ぐに失せた。
「嗚呼」
 緋十郎は身悶える。愉悦の声が漏れる。今にも死にそうだというのに、少女にその身を慈悲無く弄ばれているというのに、この男は悦楽を感じていた。
(……こんな可笑しな男は、千年の内にも見た事がないわね)
 女王は気に入った。此処で物言わぬ骸にしてしまうのは惜しい。そばに置いて、しばらく弄んでやるのが相応しい。丁度、籠の中で躍り回る珍獣の様に。
 レミアはそっと緋十郎のそばに跪くと、髪を掴んで持ち上げる。
「でもそうね……女王が女王たるには、まず供廻りが必要だわ。残念なことに、ここに来てわたしは領土も供廻りも失くしてしまったのよ」
 無理矢理緋十郎の首を耳元へ引き寄せ、レミアは囁く。
「わたしに全てを捧げる覚悟はあるかしら」
「君の……望むままにしてくれて構わん」
 どうやら本気らしい。その言葉に迷いは無かった。しかしレミアは立ち上がり、緋十郎を蹴り飛ばす。緋十郎は仰け反り、その場に倒れ込む。
「躾が成っていないわね」
「貴方の、望むままにして、ください……」
 緋十郎は肩で息をしながら、すぐさま言い直した。レミアは愉悦の笑みを浮かべる。本当に面白い玩具を見つけたものだ。この男を傍に置いておけば、しばらく退屈もしないだろう。
「いいわ。まずはわたしに血を捧げなさい。そして……」
 レミアは冷たくなり始めた緋十郎の首筋をつうっと撫でると、満月で鋭さを増した牙を突き立てる。
「……あ、ぐう」
「“わたしに全てを捧げなさい”」
 男は甘く身悶えしている。飢えていたせいだろうか。この男が面白いせいだろうか。口元に溢れだす血は、薔薇の花の蜜のよう。今までに吸ったどんな血よりも甘美なまろやかさだった。レミアは思わず夢中になり、緋十郎へ覆いかぶさって血を吸い続けた。
 吸っているうちに、何故だかレミアの片目から涙が溢れる。深紅の涙が。涙は緋十郎の胸元に垂れ、歪な輝きを放つ紅玉へと変わる。誓約の証、幻想蝶だ。緋十郎とレミアは、各々の歓喜に震える手を紅玉へ伸ばす。
 二人の手が重なった瞬間、二人の身体は輝き、一瞬にして融け合う。

『中々悪くないものね。……この世界も』

 次の瞬間には、闇を吸い込んだような黒い外套を纏い、レミアが深紅の雪の上に立っていた。艶めく爪で寒風を撫で、小首を傾げる。
 空気の凍りつくひりついた音さえ耳に聞こえる。相変わらず炎も氷も扱えやしないが、今の彼女は不死の女王としての、真の矜持を取り戻していた。
『……遠くから汚らしい呻き声が聞こえるわ。もしかしてそれが貴方を傷つけたのかしら』
(そうだ……奴が、俺を、俺の故郷までも……!)
 緋十郎は彼女の中で怒りを露わにする。
『その怒りは、さしずめ復讐心というところかしら。そして貴方は返り討ちにあった、と。情けないわね』
 容赦の無い罵倒に、緋十郎は黙り込む。図星だったようだ。口元に残る血を舐める。血に宿っていた緋十郎の絶望や無念が伝わってくる。同時に、何も出来なかった無力感も。レミアはドレスの裾を払うと、肩肘張って堂々と歩き出す。
『まあいいわ。……今や貴方はわたしの下僕。そしてわたしの下僕を傷つけるは、わたしを傷つけるも同じ。そんな奴には、惨たらしい死を与えてやらなければね』
 一足飛びで崖上に飛び上がると、彼女は雪原を駆けだした。

 彼女を照らす空の月は、今まさに赤く染まっていた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)
狒村 緋十郎(aa3678)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
ノベルを参照しつつ、出会いのシーンは私なりにリメイクさせていただいております。
元ノベルとの違いを楽しんでいただきたい……というところですが、元に忠実に、という事であればリテイクをお願いします。
ではまた、御縁がありましたら……

カゲエキガ

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2018年02月27日

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