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『ZERO-SUMの天秤 』
紀伊 龍華aa5198
 怖い。
 紀伊 龍華はいつものとおり、そう思った。
 知らぬ誰かと向き合うのが怖い。
 知らぬ誰かに見られるのが怖い。
 知らぬ誰かに問われるのが怖い。
 だからコートのフードを引き下ろし、怖がる自分を隠して、怖くないふりをして。
 怖いのだ。怖がっていることを知られるのが。だからおまえはだめなんだと責められるのが。指され、世界のただ中にその無様を晒されるのが。
 結局、“俺”っていうおまえは自分のことしか考えられないんだよ。
 胸の内で吐き捨てる。世界で唯一の、純然たる無価値……紀伊 龍華へ。

“陰影”の銘を与えた飛盾「陰陽玉」を繰り、龍華はスラムへ駆け込んだ。
「な」
 んだ!? とは言わせない。この地に巣くうヴィランの一掃こそが龍華の任務。
 漆黒の盾をヴィランの顔面に押し当て、思いきり肘を打ちつける。前歯を綺麗にへし折られたヴィランはそれを吐き出すことも飲み込むこともできぬまま、喉に詰めたまま昏倒した。
 おまえらをどうしたところで、俺は誰に責められることもないんだよ。
 倒れたヴィランの延髄をへし折ろうとした龍華は我に返り、路地の奥へと向かう。
 自分さえ守れるなら、他の者がどうなろうとかまわない。そんな自分の身勝手がたまらなく怖かった。それと向き合うくらいなら、後ろから撃たれる怖さを置き去るほうがましだ。


 路地は入り組んでいて先は見えない。それどころか一条の光さえも。
 暗闇は嫌いだ。善悪も大小もかまわずすべてを等しく包み込む公平性。それは龍華の内でけして釣り合うことなく振れ続ける心の天秤をも押し包み、隠してしまうだろうから。
 龍華は己が身を護る“陰影”の気配だけを頼りに歩を進めた。陽光をもたらさんとする意志を込めた、闇よりも黒き盾にすがりながら。
 と。闇が押し退けられ、安っぽい白光が路地を満たす。
「来んな!!」
 引き下ろしたフードの端からすがめた両目で声をたどれば、そこにいたのはヘッドライトを装着したヴィランの少年と、その腕で首筋を抱えられた少女。
「てめーが前に出たらこいつ殺すぜ!?」
 少年はグロリア社のAGWのコピー品と思しきナイフをこちらに見せ。
 ひぅ。少女の締めあげられた喉が高く鳴った。
 そういうことか。なんともわかりやすい、加害者と被害者の図。
「あの……ちょっと、落ち着こうよ。人質の人が死んじゃったら、そっちだって困るだろ」
 龍華はおどおどと言葉を紡ぐ。
 幸い、今は共鳴中で女性体だ。相手に余計な威圧感を与える心配はない。
「武器捨てろ。幻想蝶に入ってるのも全部!」
 こういうとき、一般人ならぬヴィランは面倒だ。ライヴスリンカーとしての知識があるだけにごまかせない。
 龍華は“陰影”を下に落とし、次いで回復アイテムや通信機をばらまいた。
「他は持ってない。俺の武器は、盾だけだ」
 両手を上げて一歩下がる。
「こいつの代わりにてめー殺す! オレらのジャマはぜってーさせねーんだよ!」
 新進気鋭の武闘派ヴィランと聞いていたが、構成員は存外粒が粗いようだ。少なくともそれでは交渉にならないじゃないか。
「俺が死んだら、人質が助かるって保証……ないよな?」
「あぁっ!? てめーよか先にぶっ殺しゃいーのかよ!?」
 死ぬのは怖い。これは単純な自己保存本能の問題だ。
 しかしそれ以上に、目の前で誰かが死ぬのは怖い。守りきれなかった後悔に苛まれることが……なによりも心を通じ合わせた数少ない知己から憐れまれ、見限られ、背をむけられることが。

 どんなに逃げたって、俺は。

 龍華はおもむろにコートを脱ぎ落とした。そのままインナーに手をかけ、ゆっくりと、ずらす。
「てめ、なに」
 そうだ。俺を見ておけ。あと5秒でいい。4、3、2、1。
 ゼロ。
 操作を切られ、落ちていたはずの“陰影”が淡い光を点滅させ、飛んだ。10秒間ライヴスをチャージすることで次撃の威力を高めるレイディアントシェルの効力であり、直接手で構える必要のない飛盾だからこそ為し得るだまし打ちだ。
「っ!」
 足首を砕かれた少年がバランスを崩し、支えを求めてナイフを握った手を振り回す。
「き」
 迫るナイフが、悲鳴をあげかけた少女の体に突き立つ――かと思われた。
「……向こうに、逃げて。H.O.P.E.の誰かがいるから」
 割り込ませた肩でナイフを受け止めた龍華がささやき、引き戻していた“陰影”で少年の肝臓を突き上げた。
 少年は呼吸を奪われ、意識を失うこともできぬままにのたうちまわる。
「け、ケガして」
 少女にかぶりをふってみせ、龍華は彼女を押し放した。
「刺されるの、怖くないの?」
 重ねて問う少女へあいまいな薄笑みを向け、肩からナイフを抜くと同時に拾い上げておいたヒールアンプルを傷口へ打ち込んだ。
 怖くないか? 怖いよ。
 少女の安全を考えれば、こうするのがもっとも効率的だった。もちろん善意などではないし、合理性に基づいての行動でもない。
 そう、天秤にかけただけなのだ。傷つく恐怖と、己が悔やみ、そしられる恐怖とを。あとは傾いた側へただ踏み出すだけのこと。
「やさしいんだね」
 ちがう。
 俺はひとりでゼロサムゲームをやってるだけなんだ。
 左手に乗せた怖さを右手に乗せた別の怖さで塗り潰して動くだけ。
 そんなことしたって差し引きゼロにしかならないって、わかってるのにな。
 龍華は皮肉な笑みをこぼし、眼前に浮かべた“陰影”を背後へ回り込ませた。
 ギキィ。背中を追い越して龍華に届いたのは、金属の先が金属を引っ掻く甲高い音。
「……そういうこと、か」
 ゆっくりと振り返れば、盾に姿勢を崩され、膝をついた少女が歪んだ顔で龍華を見上げていた。
「――そういうことってどういうこったよ!? あんた、あたしのこと見切ってやがったのか!」
 龍華はブーツの踵で少女の手首を躙り、バタフライナイフを手放させる。
「なにも知らなかったよ」
 そう。少女が少年とグルだったことなど、今の今まで知らなかった。先の、少女にとってもイレギュラーだったのだろう騒ぎのせいで、思いつきもしなかった。
 考えてはいたのだ。こんなスラムに売り物になる少女がうろついているのはおかしくないかと。しかし、少女の奇襲を防いだのはその懸念からではない。無意識のうち、自分の目が届かない死角に備えただけのことだ。
「このまま連行させてもらう。悪意を向けられるより多分ずっと、ヴィランさんが死ぬほうが怖いから」
 手首を踏んだままコートを拾い上げ、その身にまといなおした龍華を少女は引き絞った両目でにらみあげ。
「引き返しちまっていいのかい? あたしらのツレはまだいるんだ。あんたらはひとりずつ殺されんだよ」
「でも、ヴィランさんが死んだら、もっと大勢の人に責められるよ。エージェントは命を捨てて当然だと思ってる人たちに」
「だったら死ねよ」
 少女の声音が憤怒で跳ねる。。
「あたしの兄貴はH.O.P.E.に殺されたんだよ。兄貴飲み込んだ愚神ごと吹っ飛ばして――! ふざけんな! 死んで兄貴にあやまってこいよぉーっ!!」
 龍華は静かにかぶりを振って。
「知らない人が死ぬより、肩を並べてくれた人が死ぬほうが怖い」
 俺は「怖い」と「怖い」を比べて、俺にとってより大きな怖さへ向かうしかできないんだよ。たとえゼロサムにならなくても、俺は――
「勝手なこと言ってんじゃねぇええええええ!!」
 龍華は一条の光すらも見えやしない闇の茫漠を見据える。
 闇は怖いけれど、自分と向き合うより遙かにましだ。逃げ切れないことを誰よりも知りながら、それでも。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【紀伊 龍華(aa5198) / 男性 / 18歳 / 閉じたゆりかごの破壊者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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「怖い」は「迷い」。
 
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2018年02月28日

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