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『とある神社の直会で 』
音無 桜狐aa3177)&ATaa1012hero001)&セレン・シュナイドaa1012)&猫柳 千佳aa3177hero001)&水上 翼aa3177hero002
 音無 桜狐は無表情をかくりと傾げ、ひと言。
「ぬぅ」
 猫の額よりは広いはずの敷地。彼女はその真ん中にある小さな神社の巫女さんである。専属の神主がいないのをいいことに社務所を建てて済んでいるわけだが……ケモミミのお稲荷さんがーということで、知名度だけは妙に高かったりして。
 だからバレンタインデーシーズンになると、たくさんの捧げ物をいただくことになるのだ。熨斗紙に「奉チョコ」、「献チョコ」なんて書きつけられた、とりどりのチョコレートを。
「理由はよくわからぬが……この時期はちょこれーとがたくさんでよいのぉ」
 彼女の第一英雄である猫柳 千佳は、いつにないシニカルな笑みを口の端に浮かべて「やれやれ」。
「ま、バレンタインだからにゃ〜」
 と、桜狐の狐耳をこしょこしょ。
「こしょこしょは……やめるのじゃ……そも、ばれんたいん?」
 その後ろで第二英雄の水上 翼が、手にしたチョコを浮かない顔で見下ろして。
「なんかさ、さりげなく僕宛てのチョコが混ざってるんだけど」
 その明るさと運動能力の高さとでこの辺りの女子に大人気な翼だが、男子ならぬ女子。できれば欧米のバレンタインみたいに、男子から花束とかもらってみたかった。
「えっと……人気があるのはいいことだから」
「そういうことだよ。すべては桜狐ちゃんたちの人望さ。しかし、これほどの量が集まるとは――お姉さんもびっくりだ」
 桜狐たちと共同生活中のセレン・シュナイドとATが小山を成すチョコの向こうから言う。
 ちなみにセレンは男子である。が、見た目があまりに女子っぽいので、桜狐たちは気にしていないし、参拝客も近所の人たちも女子だと信じているので問題なし。まあ、本人的には、翼とは逆の意味でげんなりすることも多いのだが。
「……ちょこれーとは存外管理が難しい、保存に適さぬ食品じゃ。特に……手作りはの」
 桜狐が一同を見渡し、言葉を継ぐ。
「……ゆえに、直会(なおらい)を行おうぞ……」
 直会とは神饌(しんせん。神へ捧げた食品)のおさがり――撤饌(てっせん)をいただく儀式である。神と同じものを食し、より深く縁を結ぶことを目的としているのだが。
「よしゃ〜! ひさしぶりの宴会にゃっ!」
「アルコール入りのチョコは御神酒として私と千佳ちゃんでいただこう。桜狐ちゃんにはまだ早いからね」
 千佳とATがいそいそ小山の包みを開きにかかり。
「生チョコとかお菓子系のはいちばん先に食べたほうがいいよね」
「うん。手作りみたいな加工品もだよね――あ、神様じゃなくて桜狐宛てのがあるよ!」
 セレンと翼が傷みやすそうなものや手作りのものをより分け、桜狐に渡す。
「……わしは台ではないのじゃが」
 果たしてすべてのチョコの選別を終えた後。
「次はおいしく食べる準備するにゃよ」
 千佳がATと笑みを交わし、チョコの一部を台所へ運び込んだ。

「これを湯煎してくれ」
 ATがセレンに熱湯の入ったボウルを示し、刻んだミルクチョコとバターを入れた小鍋を手渡した。
「あ、うん!」
 ちょっとわたわたしながら鍋を受け取ったセレンは、おそるおそる湯に小鍋を浸し、木べらでかき混ぜる。
「おー、溶けてきた」
 横からのぞきこんだ翼が歓声をあげた。バターとチョコがじわりと形を崩し、溶け合っていく「こってり」とした様は、甘い匂いと相まってなんとも食欲を刺激する。
「……むぅ、まだかの?」
 調理台の縁にかじりついた桜狐が尻尾を振り振り千佳の袖を引いた。
「急ぐともらいが少なくなるにゃよ〜?」
 その横からATもまた。
「せっかくの撤饌だよ。最後までおいしく食べられるほうがいいだろう?」
 彼女はざくざくチョコを刻み、オレンジや苺をカットしていく。シンプルな作業だが、切られた食材の角がもれなくピンと立っているあたりに技を感じさせる。
「今刻んでるのもこっちに入れる?」
 セレンがATに訊いた。粘度の高いチョコバターをかきまぜる手が意外なほど力強いのは、その体に叩き込まれた拳法の功夫あってのものだ。
「いや、そっちのはブラウニー用。こっちのはフォンデュ用だから」
「チョコフォンデュ!?」
 翼が目を輝かせて食いついた。彼女は甘いチョコが好きで、それも果物が入ったものが大のお気に入りなのだ。この女子っぽさ、ぜひ世間に配信できればいいのだが。
「そ、チョコフォンデュ」
 一方、千佳である。
「んにゃ〜」
 彼女は今、絶賛困惑中だ。
 千佳はここまで板チョコを成形しなおして、いろいろなチョコに仕立ててきた。動物型のやら、ディフォルメした桜狐たちの顔型のやら。
 結構いい感じにできたので、次は定番のハート型チョコだと、そう思ったのだ。
 それがなぜか。
「……心臓じゃな」
 桜狐の言葉どおり、心臓型チョコに成り果ててしまったのはどうしたことだろう。
「ただのハートじゃおもしろくにゃいにゃ、とか。ここまで来たらちょっとだけリアルににゃ、とか。そういうのが積み重なったんにゃよ……で、かわいくないからかわいいのもって思ったにゃ」
 そっと彼女が示したものは、先の心臓よりひとまわり小さな心臓。
「拡張と収縮、か」
 ふたつ並べると、見事なまでに「鼓動する心臓」となるのだった。
「いや、でもさ。味は――チョコだから問題ないよ、ね」
 翼のフォローも今ひとつ冴えない感じ。
 と。そんな気まずさを、ふわーっといい匂いが押し流す。
「オーブンの余熱はしっかり入ってるね?」
 セレンに確かめたATは、チョコバターへ卵、砂糖、ヨーグルトを加えたものへさらに薄力粉、ココア、ベーキングパウダーをざっくり絡ませた生地を型へ流し込み、オーブンへ。その熱に乗って流れ出した匂いはたまらない。
 その来たるべき幸福の予感に、気まずい人々はもう、降伏することしかできなかった。
「焼き上がるまでに30分近くかかるからね。その間にフォンデュ用のチョコの準備をしてしまおう」
 ATは生クリームを小鍋で加熱、刻んだチョコを流し入れた。
「なめらかになるまでゆっくりかき回して。翼ちゃん、任せたよ」
「任された!」
 勢いよく応えた翼がヘラを手に鍋の前に立つ。気合は十二分、でも手つきはあくまで慎重に。少しだけサラダ油を足して、とろりとしたホットチョコを仕上げていく。
「桜狐は普通に食べるチョコを持ってって。お皿の準備もね」
 千佳に言いつけられた桜狐は「ぬぅ」。
「……力仕事はセレンに任せたいのじゃが……」
 ぶつぶつ言いながらも、渡されたチョコを社務所の奥の生活空間へ運んでいく。しかたない風情を醸し出しつつ、そのふさふさ尻尾がぱたぱたしているあたりがなんともかわいらしい。

 というわけで。
 いろいろと準備を整えた五人は大きなちゃぶ台を囲み、ついに「いただきます」の声を合わせたのだった。


「やっぱりあったかいのからだよね!」
 翼が鉄串の先に刺したバナナを、超弱火の携帯コンロにかけた鍋チョコへそっと浸した。
「おー」
 ぷるんとした弾力に一度は押し返されたバナナが、まるでチョコへ溶け込んでしまうかのようにその内へ抱かれ、引き上げられたときには芳醇な黒褐色をまとってチョコバナナを成す。
「これは……エロいね」
 それを存分に味わってから、皆の顔を見てサムズアップを決めた。
「エロいにゃ?」
 首を傾げつつ、千佳はボンボン・ア・ラ・リキュールのひとつをつまんでATと乾杯。
「ん、ウイスキーじゃなくてラムにゃね。悪くにゃい!」
 ATがうなずいた。
 ボンボンと言えばウイスキーが定番だが、蒸留酒であればなにを使ってもかまわないのだ。
「焼酎なんかで作るのもおもしろいかもにゃ〜。チョコとお酒、相性いいにゃよ」
 千佳の言葉に、ATが「あ」と声をあげた。
「そういえば、クラブでチョコの付け合わせに出てくるものがあるな」
「逆なんじゃないかにゃって思うけど、あるにゃね。魅惑のあれが」
 なにやらうなずき合うふたり。
 その傍ら、セレンと桜狐はもくもくとチョコ菓子を頬張っている。
「これ、チョコと合うね――」
 セレンが鯛焼きを見てほうと息をついた。
 薄い皮にたっぷり詰め込まれたチョコクリーム。その皮がとにかくぱりぱりで、生地としてチョコを引き立てるのはもちろん、食感も楽しませてくれるのだ。
 さらに、飲み物として用意した牛乳である。チョコとこれほどまでに相性のいいものが、世界のどこにあるものか!
「油揚げも……おいしいのじゃ」
 桜狐がかじっているのは、彼女自身への捧げ物として奉納された油揚げチョコだった。
 しっかりと油抜きした油揚げをホットココアに浸して乾かし、チョコで内外を固めたそれは、どこからかじっても甘くておいしい。食感がちゃんと油揚げなのも、桜狐的にはうれしいところだ。
「……チョコと牛乳、無限ループじゃな……」
「牛乳おかわり!」
 翼も加わって、三人で牛乳を飲む。口が洗われれば、次はまたチョコだ。
「ジャムが入ってるのもいいんだよねー」
 ブルーベリーや木苺のジャム入りのチョコをぽいぽい口に入れ、翼が幸せそうに目を細めた。甘いはうまい。うまいは正義。
「生の果物もチョコで味が深まるね。甘すぎないから食べやすいし」
 クリームで伸ばされたチョコは、果物の味わいと甘みを殺さない。ビスケットなんかを入れてもおいしそうだ。
「油揚げ……入れるかの?」
 桜狐のお誘いはそっと辞退するセレンだった。
 と。
「チョコレートに!」
「バレンタインデーに!」
 かんぱーい!! 千佳とATの声音が弾け、次いでチンと固い高音が。
「……ぬ、ふたりともそれは、奉納酒ではないか」
 ふたりがそれぞれ前に置いていた一升瓶は、神社に奉納されたものだ。
「いやいや、宴って言ったらお酒にゃよ? こんなの世界の常識にゃ〜」
「それにだな、同じ酒を酌み交わすことで、神との仲に加えて互いの仲も深まるというものだよ」
 酒を神社に奉納する場合、二本の清酒をひと組とする決まりがある。同じ酒とはそのあたりのことを言っているのだろうが……。
「ひとり一升って、さすがにまずいんじゃないの?」
 ふたりが酒好きなことはもちろん知っているが、あの量はさすがに無謀だろう。顔をしかめてささやきかける翼へ、セレンはなんともあいまいな笑みを返し。
「ま、まぁ、今日くらいはいいんじゃ――ないかな?」
「……神酒もまた撤饌じゃ。溜め込んでおいても、しかたないからの」
 桜狐がしかたなさげに言った途端。
「お墨付きが出たにゃよ〜!」
「宴らしくなってきたな。よし、肴とともにいただくとしよう」
 いつの間に作っていたものか、塩煎餅にビターチョコを塗り固めたものやボンボンをつまみながら飲み始める。
「清酒の甘み(あみゃみ)とチョコのこってり、意外にいい感じじゃにゃい?」
「さきいかもフォンデュしてみようか。確かどこかにそんな珍味が」
 盛り上がるふたりからそっと目を逸らし、桜狐、翼、セレンは顔を見合わせた。
「この流れはあんまりよくない流れなんじゃ」
 セレンに翼が賛意を示し。
「心の準備だけはしといたほうがいいかも」
 桜狐は鷹揚にうなずいた。
「……起きぬうちから起きた後を考えておっても……しかたないのじゃ。ほれ……これなど、おぬしが好きそうではないか?」
 と、セレンに桜狐が差し出したのは、数センチという大きさながらやけに細部まで作り込まれたタコっぽい化物のチョコだ。
「オーシャン堂の古き神々シリーズチョコ? うん、おもしろい形してる!」
 うきうきと邪神チョコをながめていたセレンが、はたと顔を上げた。
「そういえば」
 部屋の隅から綺麗にラッピングした包みを持ってきて、桜狐と翼に渡す。
「いつも桜狐さんたちにはお世話になってるから、お礼にって思って。あ、ほんと、大層なものじゃないんだけど……ハッピーバレンタイン」
 桜狐と翼が包みを開けると。
 銀に塗られた小さな狐のキーホルダーが現われたのだった。
「僕のは黒だ♪」
 色ちがいの狐を掲げ、翼がわーっと声を上げる。
 それぞれの髪の色を映したそれは、セレンらしいやわらかなラインを描いて彫り上げられた、完全手作りの一品だ。
「……む、お礼? よくわからぬが、もらえるならもらっておくのじゃ……」
 無表情で袂にしまいこむ桜狐だったが、その手は過ぎるほどに慎重で、尻尾はぱたぱた、せわしなく振れていた。あからさまに大喜びである。
「そうだよね。しまっといちゃもったいないもんね。僕、お財布につけて使わせてもらうね!」
 翼の後ろで桜狐は「わしは根付かの……」などと小さな声を弾ませた。

 ほのぼのとした空気が場を満たし、三人はお互いにチョコを勧め合いながら食べ進めた。
「うん、いい。実にいい」
 唐突に立ち上がったATが、半眼で桜狐たちを撫で斬った。
「え? あの、なにが?」
 セレンの問いに渋い顔を左右へ振って、彼女は共に立ち上がった千佳を見る。
「いや、すっかり冬も暑くなってきていい感じだ。そう思うだろう、姉妹?」
 千佳は深くうなずき、くわっと両目を見開いてひと言。
「暑いにゃ〜っ!!」
 桜狐はATと千佳の顔を見比べ、ぽんと手を打った。
「……酔っ払っておるのじゃ」
 引き攣った顔のセレンがため息をついて。
「ついに恐れてたことが――」
 そんな彼に千佳はにやぁっと粘っこい笑みを向け、おもむろに和装の帯締めを引きはずし、帯を解いて下へばさぁ。
「ほほぅ、私も遅れをとるわけにはいかないなっ?」
 千佳の脱ぎっぷりに感じ入ったらしいATもまた、ジャケットを脱ぎ捨ててインナーをまとうだけの肢体を晒す。
「やるにゃ〜。でも僕ぁ負けない! なんでかって言ったら、僕は負けないからにゃーっ!!」
「私だって負けないから負けない! だって負けないんだからね!!」
 ばっさばっさと酒臭に染まった服が舞い飛んで。「お姉さん組」を自称するふたりの地肌が露れる、露われる、露われる。
「ちょ、なんでそんな――僕ちょっと外に出てるからー!」
 たまらず逃げ出すセレン。
 桜狐は無表情を翼に向けて顎の先をしゃくり、自らも立ち上がって。
「……ヤッチマイナー、なのじゃ」
「やっちまうよー、だね。はいはーい、誰かに見られたら困るから奥に入って入ってー」
 果たして社務所の奥へ脱ぎ散らかした服ともども叩き込まれた千佳とAT。
「ここにゃーこっそり買っといたお酒あるにゃよ!」
「宴はまだ終わらんよ! 生まれ変わったというか生まれたままというかな私たちは、まだやれる!!」
 閉じ込められた部屋の中、パージ完全終了バージョンで二次会を開始した。

「やれやれだね」
 社務所の濡れ縁に腰を下ろしたセレンが重い息をつく。
 何枚かの引き戸を貫いて届くATと千佳の笑い声にその背を打たれながら……。
「……じゃが、まだまだあるの」
 桜狐が背中越し、山積まれたチョコの箱を見た。普通の人なら一年がかりでやっと消費できるだろう量をすでに食べているはずなのに、あと二年分くらいが残されたままだ。
「いっぱいもらえてよかったよねー♪ うふふ、しあわせー」
 女子としての嘆きはどこへやら、翼はうれしげにチョコを食べては笑みをこぼす。
「うむ……そうじゃな」
 こくりとうなずいた桜狐も、新たなチョコをつまんでもむもむ。
 と。
「あー、翼がチョコ食ってる!」
「なんだよもー、知らねーでコンビニ行くとこだったじゃんかー」
 いつも翼といっしょに境内で遊んでいる小学生の一群が、どどっと押し寄せてきた。
「みんな学校終わったんだ? 塾とか行かなくていいの?」
 ランドセルを濡れ縁の端にどさどさ投げ出した子どもたちは、皮肉な笑みを浮かべて言ったものだ。
「塾、六時からだぜ」
「最近は物騒だからって送り迎えつきだよ。帰り道くらい、ひと息つきたいだろ」
 小学生は小学生でいろいろ大変なのだ。
「……むぅ。ならば、息をついていくとよい」
 桜狐の言葉を受けた翼は、心得た顔でチョコの山から適当に箱を抜き出し、子どもたちに手渡した。
「いつも遊んでくれるお礼だよ♪ 今日はなんだかお礼にチョコ渡す日なんでしょ?」
 シンプルにチョコをもらって喜ぶ子あり、妙に薄暗い顔でかぶりを振る子もあり。
「?」
 疑問符を浮かべる翼にセレンがそっと。
「翼さんもちゃんと女の子なんだってことだよ」
 ますますわけがわからない顔をする翼だったが、これ以上言葉を重ねれば「友チョコかよ……」と落ち込んでいる男子にまでダメージを負わせることになる。
 苦笑するセレンだったが。
「その、セレンさんは、チョコくれないんですか?」
 夢見る顔の男子数人に詰め寄られ、それどころではなくなってしまった。
「なんじゃ……みな若いのぅ」
 ひとり達観した顔でつぶやく桜狐だった。
 ちなみに彼女の支持層は、もう少し年齢高めでありながらストライクゾーンは低めという紳士たちばかり。ゆえに、彼女がそれどころじゃなくなるのはひと月後のホワイトデーになるのだが、このときの桜狐には知る由もなかった。
「あ、でも俺たちなんにも捧げ物持ってないんだけど」
 よく神社に集まる彼らは、翼だけでなく桜狐とも顔なじみだ。自然と神前での礼儀やしきたりを学んでいる。
「……撤饌じゃからの。神に礼を言うて食らうばかりでよい。ただ、ほどほどにしておけよ。母御に叱られるからの……」
 翼がすかさず運んできたグラスに牛乳を注ぎ分けて差し出し。
「牛乳もあるよー。飲んで飲んで」
 社務所に上がりこんだ子どもたちに、セレンがあわてて注意した。
「あ、奥に入っちゃだめだよ! 怖いウワバミがいるからね!」
 などとやりとりしつつ、みんなでチョコを食べ、他愛のない話に花を咲かせた。
「……うむ。よき日になったのじゃ」
 切り分けたブラウニーを、桜狐は思いと共に噛み締める。
 子らの笑い声は鳥居を伝って神へと届き、その心を和ませるだろう。
 よきかなよきかな。
「僕ぁもうだめにゃああああああ」
「私はもっとだめだああああああ」
 奥から響き渡る濁った声音は聞かなかったふりで、桜狐ははたはた、ゆるやかに尻尾を振った。


「というわけで、ここはどこかな?」
 見事に逆立った金のショートカットを抑えつけ、ぼんやりとATが問う。
 まわりには一升瓶を始め、大量の酒瓶とチョコの空き箱が転がっていた。そう、そうだ。ATは今、ごそごそ起き出した千佳とふたりで酒盛りを始めて……いい感じに記憶が飛んでいる。
 ちなみにもう翌日となっていることも、ふたりはまったく気づいていなかった。
「わかんにゃい。最初が日本酒スタートだったのが悪かったのかにゃあ」
 薄暗い部屋の中、うにうにと目をこすった千佳がATを見て。
「てゆうかATさんナイスバディにゃね」
「いやいや千佳ちゃんも実にかわいらしいよ」
 互いのあられもない姿を見合って、考え込む。
「一夜のまちがいはなかった……よね?」
「うに。それも自信ないにゃ〜」
 ふたりは悩み、悩み、悩み。
 とりあえず三つ指ついて。
「もしかしたら、ごちそうさまでした」
「わかんにゃいけど、ごちそうさまにゃん」
 この後、ふたりまとめて桜狐の大麻(おおぬさ)でお祓いがてらしばかれたのは言うまでもない……。

「……今日から、あらためて日々の営みが始まるのじゃ」
 空き箱を畳んでは、境内で焚いた火の内にくべていく桜狐。一度神に捧げられたものをゴミに出すような不敬な真似はできない。季節外れながらどんど焼きで清めることにしたのだ。
 最初は独りでこの神社にたどりついたはずなのに、気づけば千佳と翼が現われて、セレンとATが加わった。合縁奇縁と言うけれど、本当に縁とは不可思議なものだ。
「神に、感謝奉る……」
 天に一礼し、桜狐は社務所から出てきた一同を返り見た。
「記憶ないからセーフにゃんね? ちょっといい感じの事故にゃんね?」
「うん、私もその意見に完全同意だな。ちょっといい感じだとしても、事故は事故だ」
「いや、ふたりがそれでいいなら……僕は否定しないけど」
「桜狐ー、空箱これで全部だよー」
 一部まだ靄めいた疑惑があったりもしつつ。なんでもない、しかしかけがえのない一日が、今日もまた始まった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【音無 桜狐(aa3177) / 女性 / 14歳 / アステレオンレスキュー】
【AT(aa1012hero001) / 女性 / 18歳 / エージェント】
【セレン・シュナイド(aa1012) / 男性 / 14歳 / エージェント】
【猫柳 千佳(aa3177hero001) / 女性 / 16歳 / むしろ世界が私の服】
【水上 翼(aa3177hero002) / 女性 / 14歳 / エージェント】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 直会趣深しは同じ時を共連れる者共あればこそ。
 
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2018年03月05日

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