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『飛翔の戦乙女』
サクラ・エルフリードka2598


 非難囂々であった。
 観客たちが不平不満を叫び、轟かせ渦巻かせ、闘技場全体を揺さぶっている。
 サクラ・エルフリードが、胸に盾を装着しているからだ。包帯を身体に巻き付け、辛うじて固定してある。
 防具でなくて構わないからと、何か胸を隠すためのものを要求してみたが、やはり通らなかった。
 だから、こんな格好をするしかなかったのだ。
 観客たちの不平不満や怒号など、しかしすぐにサクラは気にならなくなった。
 地響きが、起こったからだ。
 それは、足音だった。
 サクラの対戦相手が、地震の如き足音を響かせながら入場して来たところである。
 巨大なものが1体、誘導の係員数名をグシャ、グシャリと踏み潰し撲殺しながら、試合開始の合図も待たずに踏み込んで来る。
 人型の、巨大な怪物。巨人族か、あるいは魔導アーマーか、魔導型CAMか。
 否、ゴーレムである。
 魔導エンジンが開発されるよりも、遥か昔……王国暦以前の古代魔法技術で造り出された、自律人型兵器。製法も制御方法もすでに失われており、今この時代においては遺跡等で発見される事があるのみだ。
「そんな……そのような貴重なものを、こんな競技に……」
 呆れ果てながら、サクラは跳躍した。
 ゴーレムの、土塊で出来た巨大な拳が、猛然と空を切って闘技場の石畳を粉砕する。
 石畳の破片をもかわしながら、サクラは抜刀した。
 銘刀「菊理媛」が一閃し、ゴーレムの巨大な脚部を直撃する。土塊の外皮に、微かな傷が生じた。
「くっ、これでは埒が……」
 あまりにも強固な手応えを握り締めながら、サクラは気付いた。
 観客席の一角。試合を最も広範囲に見渡せる位置に、まるで玉座のような貴賓席が設けられている。
 そこで、わかりやすく美女を侍らせ酒杯を手にしている、1人の肥満した老人。この最終試合を観戦するため直に姿を現す、と言われていた人物。
「この競技の、主催者の方……あうッ!」
 貴賓席に注意が向いた、その一瞬が隙となった。
 ゴーレムの拳が、サクラを直撃していた。胸当て代わりの盾の上から、凄まじい衝撃が叩き込まれて来る。
 一瞬、気を失っている間に、サクラは観客席まで吹っ飛ばされていた。
「おほう、来た来た美微乳ちゃん来たぁああああああ!」
「ほらぁ早く試合に戻れよお。俺ぁ嬢ちゃんに有り金全部突っ込んでんだからよォー」
「試合放棄はルール違反だぜぇえ。そ、それとも選手交代か? あのデカブツの代わりに俺らが嬢ちゃんの相手してやろォーかあヒへへへへへへ」
 群がる観客数名を、サクラは張り倒し、殴り飛ばし、蹴り退けた。
「私に……触る事は、許しませんよ」
 しつこく追いすがろうとする男の顔面に、サクラは肘を叩き込んだ。
 そして跳躍し、闘技場に着地する。
 待ち構えていたゴーレムと睨み合いながら、サクラはゆっくりと横に動いた。
 動いた方向へ、ゴーレムの巨体が突進して来る。
 土塊で出来た拳が、隕石の如くサクラを襲う。
 直撃の瞬間、サクラは後方に跳んだ。
 その跳躍を、ゴーレムの拳が後押ししてくれる形となった。傍目には、サクラが再び殴り飛ばされたようにしか見えない。
 貴賓席の方に、である。
「このような試合の勝ち負けなど、私にはどうでも良い事……そもそもの目的はッ!」
 吹っ飛びながら砲弾の如く丸まった少女の細身が、貴賓席に座る老人を直撃した。
 粉砕された貴賓席の残骸がぶちまけられ、その真っただ中に老人の肥満体が倒れ込む。
 だらしなく肥え太った老体の上に、サクラは座り込むような格好となった。柔らかく強靭に引き締まった左右の太股が、老いさらばえた贅肉の塊を圧迫して石畳に押し付ける。
「げ……元気な、嬢よ……」
 鼻血を噴出させながら、老人が笑う。
「……このまま、わしのモノになれ。悪いようにはせぬ、良い思いをさせてやろうてフヒヒヒヒヒ、ききき気持ち良くさせて進ぜるとも」
 そのおぞましい笑顔に、サクラは菊理媛の切っ先を突き付けた。
「このような手、使いたくはありませんが……どうか、動かないで下さい」
 周囲を見ずに、言い放つ。
 老人の護衛、普段は殺し屋でもしているのであろう男たちが、客席のあちこちから湧いて出てサクラを取り囲もうとしている。
「私は、ご老人のお命を奪わなければならなくなります……それだけではありませんよ。私のセイクリッドフラッシュ、この間合いなら貴方がた全員を直撃するでしょう。その人数がお相手では手加減も出来ません。痛い、では済みませんよ」
 人質を取って脅す。聖導士の戦い方ではない、とサクラは思う。ハンターの戦い方としては有り、とでも思うしかなかった。
「……お嬢ちゃんよ、何か勘違いしてるようだな」
 護衛、であるはずの男たちが、言葉と共にジリジリと包囲を狭めて来る。
「そのジジイはなぁ、俺たちの誰にとっても目の上のタンコブだ。誰かが切り取ってくれるんなら、それが一番いいに決まってんだよなぁ」
「殺すんなら殺しちまってくれや。そのジジイの持ってやがった資産やら利権やら、早ぇもん勝ちで切り取らなきゃいけねーからよォ」
(そう……それはそう、ですよね……)
 サクラは天を仰いだ。自分もハンターとして、もはや新米ではないのだから気付かなければならない。
(人質とは……見殺しにされてしまえば、それまでのもの……)
 観客席では、相も変わらず怒号が渦巻いている。
 ……否。怒号と言うより、悲鳴であった。
 騒然とした気配が、闘技場のあちこちで発生している。
 逃げ惑う観客たちが、係員らが、ことごとく捕縛されていた。サクラと同業の、聖導士たちによって。
 ゴーレムが取り囲まれ、総攻撃を受けている。サクラと顔なじみの闘狩人や猟撃士、機導師、魔術師たちによって。
 ハンターズソサエティからの、援軍であった。
 サクラを包囲していた男たちが、舞刀士に斬り倒され、格闘士に叩きのめされてゆく。
「お姉様!」
 声がした。女の子の声。だが、お姉様とは一体誰の事か。
「ご無事で! あ、いや……あんまり無事じゃなさそうですけど、良かった! 生きておられた!」
「貴女……」
 鏡を見ている気分に、サクラは一瞬なった。
 美しさよりは可愛らしさが前面に出過ぎた顔立ち。凹凸の控えめな身体と、下着か水着のような甲冑。
 本来、この闘技場で戦わされる予定であった少女だ。
「そう……貴女が、ギルドに連絡をして下さったのね」
 駆け寄って来た少女に、サクラはとりあえず微笑みかけた。
「ところで、その……お姉様、というのは」
「ごめんなさい、勝手に呼ばせていただきます!」
 少女が、歓喜に泣き咽ぶ。
「あたしによく似て、だけどあたしよりずっと強くて素敵な人……お姉様、以外にどうお呼びしたらいいんですかぁ……」
「……サクラ、でいいですよ」
「ではサクラお姉様……あの、これを」
 少女が、自身の羽織っていたマントを、サクラの肩に着せかけてくる。何故だか、顔を赤らめながら。
「まさか、とは思いますけど……あの、お気付きではなかった……ですか?」
「何の事……」
 言いかけて、サクラは気付いた。仲間であるハンターたちの、微妙な視線と表情に。
 特に男のハンターたちは皆、わざとサクラを見ないようにしているようである。
 己の身体を、サクラは見下ろした。
 胸に装着していた盾は、ゴーレムの一撃を受けて潰れてひしゃげ、とうの昔に剥がれ飛んでいる。
 全ての事態が収束しつつある闘技場内に、サクラの悲鳴が可愛らしく響き渡った。


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登場人物一覧
【ka2598/サクラ・エルフリード/女/15歳/聖導士】
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2018年03月05日

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