▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ひさかたの 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

●うつせみの命
 日暮仙寿(aa4519)は縁側に腰を下ろし、中庭をぼんやりと見つめていた。珍しく雪が降り、苔むした岩に白化粧を施している。小鳥が跳ね回り、ちっちと可愛らしく鳴いている。
「……慈悲、信頼、優しさ、か」
 仙寿は懐からトランプに似たカードを取り出す。そこに刻まれているのは、三重冠を被り、杖を携えた教皇。友人が言うには、彼の魂の在りようを示すものらしい。
 彼自身は、教皇の厳かな佇まいに自らが相応しいとは中々思えなかった。自分が信ずるに足る何かを追い求め、がむしゃらに道を剣で切り拓くので精一杯だったからだ。
 しかし、気付けばその途上には仲間がいた。想いは様々でも、彼と同じ道の先を見据える仲間に囲まれていた。
(あけびに逢うまでは……どれも考えられなかった事だよな)
 改めて彼女との出会いに奇跡めいたものを感じながら、仙寿は己が道の先に立ちはだかる存在を見つめ直す。傲岸不遜な笑みを浮かべて、彼は弁慶のように仙寿の道を塞いでいた。己を認めさせたいのならば、力で以て示せ。彼は無言でそう語っていた。
(ああは言ったけど、俺の正義は――)
「少しは良い面構えになったか」
 ふわりと白い羽根が舞う。仙寿は思わず跳ね、慌てて隣に目を向ける。仙寿に似た面立ちの、背中に白翼を持った青年が腰を下ろして庭の景色を眺めていた。
「あんたいつの間に!」
「案ずるな。その札を見つめて悶々としているところは見ていない」
「つまり見てたんだろ!」
 日暮仙寿之介(NPC)。八重の桜が舞う頃に、彼と仙寿は数奇な出会いをした。斬り合いとなりつつも、ついぞ一太刀も加えることが出来なかった因縁の相手。不知火あけび(aa4519hero001)の師匠にして、彼女に“芯”を与えた男。そんな彼は横目に仙寿を見つめて尋ねる。
「それで蕾よ、一体何を悩んでいた」
 仙寿は顔を顰める。今でこそ過剰な敵愾心は薄れたが、それでも彼が恋敵には違いない。
(……けど、こいつは誰よりも俺の事を理解するんだろうな)
 とはいえそんな確信もあった。頭を掻いたりきつく腕組みしたり、困りに困って、渋々という調子を作って、仙寿はついに口を開いた。
「最近、こんな奴に会ったんだ」
 そう言うと、仙寿はトール(NPC)について話し始める。アマゾン河での遭遇から、燃え盛る集落内での戦闘、そして、彼が仙寿に向かって叩きつけた言葉を。仙寿之介は庭を見つめたまま、時折相槌を打ちながら仙寿の話に聞き入った。
「……それで、今になって路傍の石に躓いたような気分でいるわけか」
「守るために剣を振るうって誓いを貫く。そこに迷いは無い。ただ……あけびは凄くまっすぐで、ひたむきだろ。あんたのいう清濁表裏って言えるほど、今の俺とあいつはつりあってるのかって……」
 バツが悪そうな顔で、仙寿は仙寿之介の横顔を窺った。ちらと二人の目が合う。しばしの沈黙。やがて仙寿之介はからからと笑いだした。
「婚儀を前にでもしたかのような口振りだな、蕾」
「からかわないでくれよ、真剣なんだからな」
 仙寿は顔を紅くして噛みつく。心臓が早鐘を打っていた。仙寿之介は肩を竦めると、幾分か頬を引き締めて応える。
「うむ、すまない。……だが俺に聞くような事でもないだろう。俺がその問いに応えた途端に、おまえのそれは“俺のお墨付きを得た”正義になるぞ」
「分かってる。だから、俺がどうじゃなくて、ただあんたの話を聞かせて欲しいんだ」
 ようやく鼓動が収まった。仙寿は息を整え、鋭い光を秘めた視線を天使へ向ける。天使はうむと唸ると、空の彼方をじっと見つめる。己が発った地点へ思いを馳せるかのように。
「俺の、か」
「ああ。ずっと気になってたんだ。何で、あんたはあけびを使徒にしなかったんだ?」
 仙寿之介はその問いを聞いた途端、頬を綻ばせた。何かを懐かしむような眼をして、彼は脇に置いた小烏丸を抜き放つ。冬のからりとした光を浴びて、刃の先が煌きを放った。
「そうだな……侍になったから、だろうか」

●たまづさの使
 仙寿之介はぽつりぽつりと語り始めた。彼の過去を。元々は、優秀な駒を得る為にあけびに近づいたのだという事を。
「とはいえ、鍛錬を通して心を磨くという在り方は面白いと思ったんでな、極めた」
「なるほどな。つまりただの戯れだったのか」
 仙寿之介は深々と頷く。
「しかしな、あけびはそんな俺に憧れ侍を目指し始めたんだ。俺はただ、優秀な駒を得る為動いていただけだったというのに」
 仙寿之介は刀を片手で正眼に構える。その眼は何者かと対峙しているかのようだった。仙寿は彼の構えの先に、一人の少女の姿を見る。
「(あけびを……見ているのか)」
「あけびは自ら未来を決めた。忍の一族の跡取りであり、それに相応しい才を持ちながら、あの娘は狭き門から入らんとしたわけだ」
 彼は合わせて語る。天使という存在は、厳格なヒエラルキーに縛られていたこと。下級天使の己などは、一介の駒でしかなかったこと。仙寿之介は滔々と語った。
「未来を己で選び取ったあけびが、俺には不思議で、また好ましかった。……使徒になれば俺と同じ駒になる。あの娘の笑顔は永遠に失われる」
 俯く仙寿之介の心の内を、仙寿は理解できた。笑顔を失った彼女は、彼が共に生きたいと夢見た彼女ではなかった。仙寿も、今や彼女の笑顔は決して失いたくないと思っていたのだ。
「彼女の魂が目覚め、使徒とする事が叶わなくなった時……どこかで安心さえしていた。結局俺は、最後まであけびを殺せなかったのだな」
 仙寿之介は小烏丸を鞘へと納め、仙寿へと晴れやかな笑みを見せる。
「今は、それで良かったのだと心から思う」
 彼は付け加える。知己に己の命を握らせた時、彼は仙寿之介を生かす道を選んだ。あけびとその知己は、彼に笑って手を差し伸べた事を。そこでようやく彼は、己の未来を己で決められたのだと。
「二人が俺を家族と言った。故に俺は二人の家族であり、剣の師だ。そう己で決めることが出来た。今の俺がいるのはあの二人のお陰というわけだ」
 仙寿は狐につままれたような顔で仙寿之介を眺めていた。瞳の奥に対抗心は無く、ひたすら驚きに満ちていた。
「……てっきり、俺は最初から最後まであけびの憧れそのものな奴だと思ってたよ」
「そんな事は無い。俺もお前と同じだ。あの娘に心を救われた、一人の男。故にあの時、お前に対して全霊で臨んでしまったのかもしれないな」
 おもむろに仙寿之介は立ち上がる。雪が枝に纏わる桜に近づいてみると、既に堅い蕾が枝のそこかしこに萌え始めていた。手近な枝の雪を払ってそのさまを眺めながら、仙寿之介は静かに続けた。
「立ち止まる事が出来た俺と、立ち止まれさえしない奴の立場はまるで違う。だからその心境は慮る以外に無いが……」
 仙寿之介は振り返る。幾つもの戦いを潜り抜けた、歴戦の英雄の眼で彼は仙寿の心を探っていた。仙寿は思わずその場に座り直す。
「お前の話を聞く限り、その男は全てを擲ちに来ている。お前達との戦いを楽しみ、……そうだな、お前達の礎となって死ぬつもりだ。己の敗北の為に戦うとは、奇妙な男だな」
 負けてやるつもりはさらさらないだろうが。小声で付け足す。
「何も犠牲にしない者の刃は、全てを賭ける男の下へ届くのだろうか」
「守りたいものを守る。それが俺達の正義だ。……そこにはあいつの決意も含まれてる」
 仙寿もまた彼の視線に導かれるように立ち上がった。半年の間にも少々背が伸びたかもしれない。しかし、彼が昔よりも大人びて見えるのはそれだけが理由ではないだろう。
「お前とあけびらしいな」
「……俺達が俺達の剣を振るう意味があるとしたら、そこにしかないと思ってる。誰が何を言ったとしても、この想いを曲げるつもりはない」
 仙寿は目を逸らす事無く言い切った。己の感情に振り回されていた頃に比べたら、気構えが違った。夜の三日月にも似た鋭さがある。
 仙寿之介は笑みを崩さぬままに頷き、その翼を静かに広げる。白羽根が冬の空に舞い、周囲の空間をうっすら緩ませていく。暇乞いの雰囲気を感じ取り、仙寿は彼に尋ねる。
「あけびには会わないのか?」
 仙寿之介は首を振る。
「あの娘のためにもな」
「もし俺がトールに正義を示せたら……生きて帰って来られたら、また一戦交えてくれないか?」
 次はもっとあんたに近づいてるから。澱みのない、からっとした気を彼は放っていた。
「あいわかった。既に傷も癒えた事だし、次は正真正銘の実力で臨ませてもらう」
 そう応えると、彼は背を向け、そのまま虚空の中へと消え失せた。

 散った白い羽根が、雪のようにひらひらと舞っていた。

●ひさかたの光
 焦げ茶色を基調にした、大正の風情が漂う一室。広めの窓に格子戸、天井には古めかしいペンダントライト、アンティークな家具に、羽毛の柔らかい寝台。あけびは寝台の上に寝転がり、ぼんやりと天井を見上げていた。思い出されるのは、昏い昏い地の底で繰り広げた最後の戦い。
(……最後には、タナトスと通じ合えたのかな。異種族との共存は出来るって信じたいけど)
 あけびはタロットを一枚手に取る。戦いが終わった後、友人に頼んで引かせてもらったアルカナ。「逆位置の月」だった。
(失敗にならない過ち。過去からの脱却。徐々に好転……ちょっと抽象的だな……)
 おぼろげな元の世界の記憶まで辿っていたら、思い当たる節が多すぎてきりがない。あけびはカードを枕元に置き、ふっと息を吐き出す。
(教皇は、今の仙寿様に似合ってるし……これからもっと似合うようになるんだろうな)
 とりとめも無い事を考えていると、いきなり戸が開かれる。あけびは慌てて跳ね起きた。寝台を飛び降り、あけびは頬をうっすら紅くして仙寿に詰め寄る。
『ちょっと仙寿様! 部屋に入るならノックとかそういうのしてよ!』
「わ、悪い」
 仙寿は慌てて部屋の外まで飛び退く。そんな彼を見て、あけびは思わず苦笑してしまった。その天然な振る舞いは、どうしても仙寿之介にそっくりに見えてしまう。ふわりと跳ねて仙寿を部屋へと招き入れる。
「いいよ。それで、仙寿様はいきなりどうしたの?」
 言いつつ、あけびは仙寿の頭のてっぺんから爪先までさっと見渡した。何があったのやら、彼の纏う雰囲気は普段と違う。決戦へと赴く若武者のようだ。
「大切な話をしに来た」
 死神と戦った後と同じ顔をして、仙寿は懐から小さな装飾品を取り出す。
『……ライヴスソウル』
 仙寿は深く頷いた。リンクバーストは諸刃の剣。二人の力を十二分に引き出せるが、仙寿の身体は間違いなくそれに耐えきれない。よくても無傷では済まず、悪ければ生還さえもままならない。それでも仙寿は決意したのだ。
「命を懸けてあいつと戦う。付き合ってくれるか?」
『タナトス戦で私に我を通させてくれたのは仙寿様だよ』
 あけびはそっと手を伸ばすと、仙寿と手を重ね合わせる。ライヴスソウルが、二人の手の内でほんのりと熱を帯びた。
『仙寿様の答えは私と同じでしょ。私の答えも仙寿様と同じだよ』
 守りたいものを守る。守れる刃になる。二人の誓いを確かめ合う。その誓いを以て、密林の雷公を討つ。彼の決意を守るために。彼が自分達を信じた事が、間違いではなかったのだと伝える為に。
 ややあって、そっと二人は離れて向き合う。対等で無二な存在と。
『仙寿様。無事に生きて帰れたら、話したい事があるんだ』
 今の私なら話せる。今の仙寿様になら話せる。自分の中でしこりの様に残っている闇を。もし、この出会いが救済や贖罪だとしても、今なら一緒に背負ってくれる気がするから。二人で一緒に侍でいられる気がするから。
 そんなあけびの希望に応えるかのように、仙寿は眼を細めた。
「奇遇だな。俺も話したい事がある。俺達にとって、とても大切な事だ」
「……じゃあ、絶対生きて帰らないとね」
 二人は微笑み合う。
「ああ。俺達を信じてくれる、皆の為にもな」

 日の光がのどかな春の日にも、桜の花は慌ただしく散っていく。しかし桜は夏に青く生い茂り、秋と冬の寒さを凌いで堅い蕾を付ける。そして春になると、去年よりも華やかに咲き誇るのだ。
 八重桜は他の桜よりも咲くのが遅い。仙寿もまた、長くその蕾を堅いままにしていた。しかし、幾つもの奇縁に結ばれた今、我が春来たれりと、彼の蕾が燦然と花開こうとしていた。

 つづく

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

日暮仙寿(aa4519)
不知火あけび(aa4519hero001)
日暮仙寿之介(ゲストNPC)
トール(ゲストNPC)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
影絵 企我です。この度は発注いただきありがとうございました。
あけびさんのアルカナもついでに用意してみました。
これまでの積み重ねに相応しい出来だといいのですが。
(これもつづきます)

カゲエキガ

パーティノベル この商品を注文する
影絵 企我 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年03月06日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.