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『けもみみでいこう! 』
アリア・ジェラーティ8537
 普通の人なら入り口に立っただけで鳥肌をたてて逃げ出すだろう、深く昏き森の奥。
 そこに建つ巨大としか言い様のない――なにせどれほど目をこらしても端というものが見えない――アパートのとある一室に、アリア・ジェラーティはいた。

「コタツでアイス、最高だねぇ」
 炬燵に突っ込んだ生足を尻尾といっしょにぱたぱた。くーっと目を細め、妖狐の少女である柚葉はアリア手製のアイスキャンディーを前歯でかじる。
「スパッツとか……はいたら、いいんじゃ?」
 小首を傾げたアリアにかぶりを振ってみせ、柚葉は言った。
「スパッツはいたらスピードが落ちちゃうよ。夕飯はドン勝だー!」
 勝負というものをこよなく愛する柚葉は、短パン以外の装備を認めないのだった。
「そういえば……」
 アリアは短パンのお尻から伸び出す柚葉の尻尾を見やり、傾げた首を反対側へ傾げ。
「……なんでお耳、出さないの?」
 柚葉は尻尾同様、狐耳も自由に出し入れできるだけの変身能力を備えている。なのに、普段でも有事でも、その耳はしまわれたままだ。
「いやー。耳まで出ちゃったら怖がられんじゃないかなって」
 柚葉は人の世と交わり、生きている。だからこその心配なのだろう。
「こすぷれの人? とか、いっぱいいるし……。大丈夫だよ」
 いえー。サムズアップで保証したアリアが炬燵から脚を抜き、立ち上がった。
「私に、ついてこいー」
 生来の無表情ゆえにわかりづらいが、アリアは柚葉に思いきり生きて欲しいのだ。
 だって柚葉ちゃん、大事なお友だちだから。


 結局キャスケットを装備した柚葉の手を引き、アリアがついた先は。
「獣耳喫茶“けもみみ”?」
 そのまま読み上げた柚葉が信じられない目をアリアへ振り向ける。
 中に入ってみれば、さっそく熊耳のメイドさんがお出迎え。
「お帰りなさいクマお嬢様ー」
 ちなみに“クマ”は熊の鳴き声で、熊が熊と呼ばれるようになった理由なのだという。
「……アイス、どうです、か?」
 手を振り振りしながらアリアが問うと、メイドさんは黒っぽい耳をうなだれさせて。
「大好評クマ……白くまが……なんでツキノワグマはないクマ……」
 メイドさんは月の輪熊コスプレらしかった。
「あ、アイス屋さん」
 お客さんからも声がかかる。もちろん、彼女ら、彼らもみな獣耳のカチューシャ装備である。
「今日は……お友だちと、遊びに」
「え、遊びに来てくれたゥオォーン?」
 かぶりを振ったアリアと、まだなにがどうなっているのかわからずにいる柚葉とを、アムールトラ耳メイドさんがさっそくふたりを席に案内してくれた。
「なにここ?」
「メイドさんが……おもてなししてくれる、お茶屋さん。私、アイスの納品、始めました……」
 アリアは柚葉のキャスケットを引っぱり取って、その狐耳を露わした。
 瞬間。
「狐耳――!」
「本物みたいじゃね!」
「写真いっしょに撮ってーって、メイドさんじゃないからダメ?」
 予想外の騒ぎにぐるぐるしていた柚葉だが、我に返って、にやり。
「じゃあボクと勝負する? 勝ったら写真撮っていいよ!」

「燃え燃えじゃんけん」
 アリアと熊耳メイドさんが握り締めた拳をぐっと振るわせて。
「打ち据えろの……グー」
「突き抜けのチョキー!!」
 勝ったアリアはメイドさんからアイスのトッピングをプレゼントされることになった。
「アイスはなににしますクマ?」
「白くま……バニラアイス、トッピング」
「お嬢様まで白クマー!」

「オムライスになにお書きしますクク!」
 ケチャップの詰まったディスペンサーを手にしたイタチ耳メイドさんが鳴き、アリアとようやくジャンケン勝負から引き上げてきた柚葉の前に置いたオムライスを指した。
「柚葉ちゃん……は?」
「えー、ボクはベタだけど狐!」
「私、雪の結晶……がいい、です」
「そう来ましたクク」
 メイドさんがエプロンのポケットから取り出したのは、ディスペンサー用の超極細口。それを装着しなおして、ものすごい緻密な手捌きで、それはそれはリアルな狐と結晶を仕上げてみせた。
「これさ、かわいくはない、よね?」
「……うん」


 さて。メイド喫茶を堪能したアリアは息をつく。
 柚葉が出しっぱなしにしていた狐耳。ここなら変な注目もされないだろうと思ってはいたが、実際、讃えこそすれいぶかしむような人はいなかった。
 これから少しずつでも、隠さないで過ごせるようになるといいよね。
 というわけで、そろそろ帰ろうと思うわけだが、柚葉はまだトイレから帰ってこない。
 十五分が過ぎて、アリアはさすがに立ち上がった。
 野生動物のトイレは早い。これほど長引くなんておかしすぎる。

 時間は少し遡る。
 柚葉は店の奥のトイレから出てきた瞬間、口を塞がれた。
「――っ!」
 その手は見間違えようもない。熊耳メイドさんの手だ。
「ごめんなさいクマ。私たち、店長の命令には逆らえないクマ」
 店で見たメイド何人かが、申し訳なさそうに柚葉を拘束する。
 なんだこれ? 店長って?
「アンタ本物の狐っ娘ね? いいじゃない。ウチのメイドはなんかこう、今ひとつメジャーな子がいなくてねぇ」
 絶対的優位を確信した、いけすかないオネェ声。柚葉は耳を振って音を払い落とす。
 こいつ、悪い奴だ!
「あら、反抗的じゃなぁい? でも大丈夫! これつけたらいい子になるからねぇ」
 暗がりから“店長”が進み出た。案の定いけすかない顔をしているが、問題はそれじゃない。手に持っている、細い首輪だ。そういえばメイドさんは全員首にそれをつけていた気がする。
 そして今、この距離でメイドさんのにおいを嗅いではっきりわかった。メイドさんたちは本物の獣人だと。
 だとすれば彼女たちは――この首輪で無理矢理働かされているのか!
「ぅぅぇぁい!」
 ゆるせない! 憤る柚葉だが、月の輪熊の膂力にはかなわなくて。
「首を出させなさい。おまえらも仲間が増えてうれしいでしょ?」
 このままでは――
「……悪い人には、おしおき、だよ」
「冷たぁー!」
 店長の手が吹き寄せた氷風に打たれ、手にしていた首輪を放した。
 メイドの目がそちらに集まった瞬間、柚葉は熊耳メイドの手からずり落ちて逃がれ。
「首輪! メイドさん、首輪で言うこと聞かされてる!」
「……了解」
 アリアの氷雪魔法が凍れる爪を作りだし、その先でメイドたちの首輪を断ち斬っていく。
 柚葉ももちろん負けてはいない。持ち前のスピードを活かして場を、攪乱。反撃しようとする店長の顎に頭突きをくれて、思い出したように。
「狐耳頭突き……ケン!」


 店長を縛り上げ、おしおきとして氷像に変えたアリアは柚葉と共にメイドたちの話を聞く。
 店長は魔法使いで、この世界のあちこちにいる獣人や獣妖を「獣耳でいられる場所」たるこの店へ引き寄せ、首輪で支配していたのだという。しかし、それも今日で終わり。
「お嬢様方のおかげさまで助かったクマ。今日のお代はサービスさせていただきますクマ」
 他のメイドたちと共に一礼する熊耳メイド。
「ん? みんな住処に帰ったりしないの?」
 柚葉の問いにメイドたちはかぶりを振り。
「店長はクズだったけど、この商売けっこう楽しいクマ。搾取もなくなったし、燃え燃え稼ぐクマよ!」
 人の世で生きる人外は、思いのほか強かだ。
 アリアはこっくりうなずき、熊耳メイドに向かってひと言。
「……毎度あり」
「ボク、たまにでよかったら手伝いにくるよ。みんななんか、がんばってるもんね。ボクもがんばらなくちゃ!」
 柚葉はキャスケットをポケットに突っ込み、狐耳を揺らして笑んだのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【アリア・ジェラーティ(8537) / 女性 / 13歳 / アイス屋さん】
【柚葉(NPCA012) / 女性 / 14歳 / 子供の妖狐】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 少女が少女たればこそ、少女は少女であろうがゆえに。
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年03月06日

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