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『彼女の歯車 』
スノーフィア・スターフィルド8909
 スノーフィア・スターフィルド。
 この姿を与えられる前はどこにでもいるおじさんだったはずの、“私”。
“私”はスノーフィアを知っている。今いるこの、いかにも猫足家具が使いたくてネットで調べてきました然とした、クイーンアン・スタイルの貴婦人仕様な部屋もだ。
 スノーフィアは薄霞の奥の奥に隠されていた記憶に触れようとして、弾かれた。どうやら厳重な封印が施されているらしい。
 でも。
 理由はわかなかったが、思うのだ。“彼”ならぬ“彼女”なら、と。
「解けなさい」
 力持つ声音が達すると同時、封印はその厳しさも重さも失い、解けた。
「思い出して、私」
 その命が心の靄を払い、記憶が露われる――


 スマホゲームが世を席巻する以前の時代。
 コンシューマーゲームとして発売された、1本の男性向け恋愛シミュレーションゲームがあった。
 90年代中盤にオリジンたるタイトルが発表された後、多数の派生形が作られたものだが、それはその内の1本。売りは、現代アドベンチャー物が多かった中での中世風ファンタジーRPGという点で、開発中は特に話題にならなかった。このあたり、開発会社が当時弱小だったせいで宣伝が足りていなかったことが大きいのだろう。
 しかし、ひとりの絵師が多数のヒロインキャラを生産するせいで髪型と身長以外見分けのつかない、いわゆる“判子絵”が横行していたこのジャンルで、1キャラ1絵師を採用したことで話題となり、さらにはRPGパートの完成度の高さと相まって長期シリーズとなった作品である。
 第一作が発売されたとき、“彼”はすでに社会人だったわけだが……まさに運命的としか言い様のない出逢いを経験し、そこそこ以上の資金を投じてソフトとゲーム機、専用のモニターまでそろえてプレイを開始したのだった。
 三つの選択肢を攻略ヒロインに合わせて選び、好意値を上げる。最後に恋仲となるため、ヒロインと共に鍛錬したり冒険へ出かけたりして自らを高め、ステータスを整える。ただし、あちらの数値を上げればこちらの数値が下がるといった感じなので、ヒロインとのグッドエンドを迎えるために必要な数値バランスを考えるのは意外に骨が折れた。
 それでも幾度とない失敗の果て、10人のヒロインのマルチエンディングすべてを自力で攻略し終えた“彼”だったが。昼休みに昼食を求めて訪れたコンビニで、たまたまプレイ中のタイトルを特集したゲーム雑誌を見つけてしまい、購読。そこで不穏な情報を目にするのだ。

 このゲームにいる、隠しヒロインの話を。

 彼はその日の午後をなんとかやりすごし、キーステーションの前にある大きな本屋で今まで避けていた攻略本を買い込み、家へ飛び帰った。
 隠しヒロインの出現方法はかなり難しく、自力で探し当てるのはほぼ不可能――いや、姿だけはオープニングで見ていたのだ。現実世界から召喚された主人公をゲーム世界へ導く彼女の姿。
『ああ、見つかってしまいましたね』
 それが、彼女のくれた最初の言葉だった。
 とにかく時間が惜しかったので、“彼”は寝るのを電車移動時に限定した。食べるのも会社の行き帰りに歩きながらすませ、彼女との冒険と交流に没頭した。
 正直、彼女はチート級に強い。このゲームではRPGパートで行動を共にしたヒロインも成長し、主人公のサポート役として最適化していくのだが、彼女は直接的な攻防はもちろん、攻撃と支援の魔法、召喚術までも最高位にまで達する逸材だった。
 ちなみに各ヒロインの能力値上限開放もできる裏技もあり、“彼”は全ヒロインでそれを試してはいた。しかし彼女に関しては、それをしてしまうとゲームにならなくなってしまうレベルだったので、早々に解除してしまった。
 そしてチート級なのはそればかりではない。もっともすさまじいのは固有スキルである【言霊】。言葉によってさまざまな現象を起こす力だ。
『この力を疎んだ王により、私はあのお部屋に封印されることとなったのです』
 好意値が一定以上に達した際に挟み込まれるイベントシーンで彼女は語ったものだ。
 もっとも、ゲームという枠内で彼女の【言霊】を活かしきれる場はなかったようで、戦闘で主人公の能力を倍近くにまで高めるバフとして、または敵の能力を半分近くまで引き落とすデバフとして機能する程度だったのだが。
 それでも“彼”は彼女を完全開放するため、冗長に引き延ばされた――データを増やさず難易度を上げるための方策だったのだろう――冒険の旅へ挑む。
 実際、困難な道のりではあったのだ。
 隠しキャラゆえか彼女の設定が薄く、イベントシーンの質と量が足りていなくて。
 それでも最後までクリアできたのは、“彼”にとって彼女は、表情に乏しい強いだけのキャラではなく、ぽんやりとした箱入りのお嬢様だと思えたからかもしれない。
 そしてそれは、一定数のプレイヤーも同様だったようで、ナンバリングを重ねていく中、初代と同じ隠しヒロインとして彼女は登場し続けることとなる。
 その中で少しずつ加えられていく、彼女のエピソード。そのひとつひとつが“彼”の内で彼女を構成する血肉となり、ただの箱入りではない、淡い表情の奥に意外なマイペースさや茶目っ気を持つ魅力的な女性像を完成させていった。
 果たして“彼”はその後のタイトルも買い続け、すべてのヒロインを完全クリアし続けた。……心置きなく彼女との再会を楽しみたいがために。


 彼女こそが、スノーフィア・スターフィルド。
 今、“彼”から“彼女”となった存在の名であり、肉体である。
「そうか。私は、スノーフィアなんですね」
“彼”のものよりふたまわり以上小さくなった手を広げて、握ってみる。透白の肌はどこまでもなめらかで、無粋な血管の筋が浮かぶこともない。
 なかったものがあるようになって、あったものがなくなった。正直なところ、とまどいは大きいけれど――なにも知らない人になるよりはよかった、のかな?
 あらためて部屋を見渡せば、プレイヤー時代にはただの背景でしかなかったものに込められた情報が見えてくる。
 閉じ込められていた彼女はけしてただうなだれていたわけではないのだ。与えられた調度を大事に使い、掃除したり磨いたり、囚われの日々を彼女なりの豊かさで満たしていた。マイペースだとは知っていたが、どうやら想像以上だったようだ。
 そして。
 この身にはゲーム同様、【言霊】が宿っている。
 その力があってこそ、自分は大いなる力を持つらしい誰かの思惑を越え、この記憶を取り戻すことができた。

 なるようになるまま生きてみようとすでに思ってはいた。
 でも今は、スノーフィア・スターフィルドとして、なるようになるまま生きてみようと思う。自分を転生させ、この部屋を用意した誰かの意図がどうあれ、ペースを保ってスノーフィアらしく。
 思い定めてみればあっさりと気持ちが固まった。
 ゲームの彼女ほどの儚さはないかもしれないけれど、私は私だから。
 スノーフィアはうんと伸びをし、洗面所へ向かう。
 いつなにが起きるかわからないから、起きている間はせめてちゃんとした化粧と衣装を整えなければ。
「その後はお茶にするとして……コーヒーより紅茶がいいかしら?」
 キッチンの存在と、そこにガスと電気が通っていることを確かめた彼女は、今度こそ洗面所に入ってドアを閉めた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 かくて回り出す彼女の歯車。
  
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年03月08日

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