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『ガラスに咲く竜の花 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

 シリューナ・リュクテイアが手をかざすと、何もなかったはずの場所に液体が現れる。精製されたその魔法の液体を、彼女は知り合いの女店主の用意した入れ物の中へと入れた。
 店内には、いくつもの魔法で出来たガラス細工が並べられている。魔法ガラス細工を作成、展示しているこの店の女店主から仕事を手伝ってほしい旨の依頼がきたのが、そもそもの事の始まりであった。
 ガラス細工の元となる魔法液の精製を頼まれたシリューナは、次々と目的のものを作り上げていく。膨大な魔力を、まるで戯れるようにたやすく操る彼女の動きには、一切の無駄がなかった。シリューナの作る極上の魔法液は、次々に容器の中を満たしていく。普段から魔法薬屋を営み、魔法に関して数多の知識を持つ彼女の精製した魔法液で作られるガラス細工は、きっとこの世のものとは思えない程美しい輝きを放つ事だろう。

 シリューナに与えられた仕事は、あっという間に終わってしまった。
 予定よりも早く済みそうだったので女店主が依頼した量よりも多めに作ったのだが、それでもまだ日は傾いてすらおらず、かといってまだ依頼が完全に終わったわけでもないので帰るわけにもいかず、どうすべきか思案するシリューナを女店主はお茶へと誘う。
 その言葉に、シリューナが首を横に振る理由などない。どうせ、この後の予定は特にないのだ。久々に、彼女と歓談するのも悪くないだろう。
(さて、あの子のほうは順調かしら……?)
 視線の先にある部屋の中で今頃必死に仕事をこなしているであろう弟子の姿を脳裏へと思い浮かべながら、シリューナは温かなカップへとそっと唇を寄せた。

 ◆

「くしゅっ……! う〜、誰かに噂されている気がする〜!」
 黒髪の少女は、小さくくしゃみをした後に一人喚いてみせる。シリューナの弟子ファルス・ティレイラもまた、女店主に仕事の手伝いを頼まれこの部屋で作業を進めていた。
 少女の手が特殊な魔法道具を操作すると、シャボン玉のようなものが宙へと舞う。魔法液で出来た膜を持つ、魔法のシャボン玉。その中にゆっくりと花をいれると、だんだんと膜がしぼんでいき、まるで中にあるものの形をその場に保存するかのように花の形に固まってしまうのだ。
 こうやって、可愛らしい花の魔法ガラス細工を作るのがティレイラに与えられた仕事であった。頼まれた量が多かったので、時間がかかるのではと心配していたが、今のところは順調に進んでいる。
「ただ同じ作業を繰り返すだけだし、慣れちゃえば結構簡単ね。さっさと終わらせて、お店のガラス細工を見せてもらおうっと」
 今日は、魔法で作られたガラス細工をゆっくり鑑賞出来る絶好の機会だ。好奇心旺盛なティレイラが、それを堪能したいと思わないわけがない。
 しかも、ここのガラス細工はただのガラス細工ではない。魔法液で作られた、魔法のガラス細工。それに、今日はティレイラの師匠であるシリューナが精製した魔法液で作られた特別なガラス細工もある。ただでさえ珍しいものを見る事が大好きなティレイラにとって、今の状況は宝物に囲まれているのに必死にそちらへと目を向けないように我慢しているようなものである。ワクワクとした気持ちをおさえろというのは、酷な話だろう。
 この店は、展示だけではなくレンタルもしていると聞く。ティレイラも、いくつか綺麗なガラス細工を頼めば貸してもらえたりするかもしれない。もしかしたら、仕事のお礼にタダでくれたりする可能性も……。
「ふふ、なーんてね! ……って、な、何これっ!?」
 想像を膨らませ、つい頬を緩めていたティレイラは、いつの間にか目の前にあった巨大な魔法の膜に驚きの声をあげた。どうやら、気もそぞろになっていたせいで魔法道具の操作を間違え、一際大きい膜を作り上げてしまったようだ。
 花を入れたら、その形にしぼんで固まってしまう魔法の膜。もし、うっかりティレイラの肌が触れてしまったら……どうなるかは分からない。
 咄嗟に背から翼をはやし、少女は膜に触れてしまわないように気をつけながらも這うような姿勢で逃げ出そうとする。ばたばたと必死で翼を動かし、逃げ惑うティレイラ。だが、気付かぬ内に膜へと触れていた尻尾から、彼女の身体は徐々にその中へと取り込まれていってしまう。
「や、やだ! 私は花じゃないってば!」
 あたふたと暴れるそう訴えるが、その声を魔法の膜が聞いてくれるはずもない。とうとう完全に膜の中に囚われ、ティレイラは抜け出す事が出来なくなってしまった。
 ――まずは、足だ。薄膜にパックされるように、ティレイラの体を魔法液で出来た膜ガ包み込んでいく。――次に腰。まるで弄ぶかのように、膜はゆっくりとゆっくりと彼女の肌の上を滑り徐々に範囲を広げていった。撫でられているかのようなその感覚に、少女は思わず可愛らしい声をあげてしまう。
(え……な、なに……なんなの……これ……)
 しかし、もはやそんな事を気にする余裕がティレイラにはなかった。抗う術すらないティレイラの胸を、翼を、頬を、尻尾を……その全身を、緩やかに魔力が包み込む。その感覚はあまりにも心地よく、竜の翼を持つ少女の体からは力が抜けていってしまった。
 すっかり脱力した様子で、ティレイラはぼーっと遠くを眺めている。その赤の瞳には、今はもう何も映っていない。ティレイラの体は全て膜に包み込まれ、とうとう彼女は一つの大きなガラス細工になってしまったのだから。

 ◆

 女店主と談笑していたシリューナの形の良い耳を、不意に騒々しい音がくすぐった。弟子が作業をしているはずの部屋から聞こえてきたその音に何かトラブルが起こった事をすぐに察したシリューナは、肩をすくめつつもそちらへと足を向ける。
 いったい何をしでかしたのだろう。高価な魔法道具を壊してしまっていたりしたら、お仕置き代わりに呪術を試させてもらう事にしよう。ふと思いついたこの言葉をもし弟子に伝えたらきっと面白いくらいに慌て始めるに違いなく、涙目になりながらも謝ってくるティレイラの姿が容易く想像出来、シリューナは少しだけ笑ってしまう。
「……あら」
 扉の前にシリューナが辿り着いた時には、うるさかったはずのその部屋からは不思議と何の音もしなくなっていた。
 室内へと足を踏み入れた彼女を、いつもなら迎えるはずの弟子の元気な声もまた、ない。その部屋にいるはずの弟子の姿は、どこにも――なかった。
 それでも冷静さを崩さず、落ち着いた様子でシリューナは歩みを進める。そして、ティレイラの代わりとばかりに部屋の隅へと立つ、彼女そっくりなガラス細工の前で立ち止まった。
 そのガラス細工の近くには膜を作るための特別な魔法道具と、作りたてのガラスの花がいくつか散らばっている。倒れた椅子に、恐らく逃げ出そうとした時に引っ掛けて取れてしまったのであろう、服についていたはずの飾りリボン。
「ティレイラ。あなたったら、なんて……」
 彼女にいったい何が起こったのか。想像するのはあまりにも容易く、シリューナは溜息を吐いてみせた。
「なんて、可愛らしいのかしら」
 しかし、その吐息は感嘆の意をはらんでいる。なにせ、ガラス細工と化したティレイラの姿は、シリューナが思わず心を奪われてしまう程に愛らしかったのだ。
 今まで見てきた数々の美術品など目ではないくらい、今の彼女の姿はシリューナの心を掴んで離さない。透き通ったガラス細工のティレイラの肌に触れ、シリューナはその滑らかな曲線の感触に思わず笑みを深めた。
 ひんやりとした冷たいガラスの温度は、普段の元気で明るい弟子の温かなものとは改めて比べる必要など感じない程に差があり、ティレイラがガラス細工と化してしまったのだという事実を改めてシリューナに突きつけてくる。それがまた、彼女の心を悪戯にくすぐった。
 高揚する気持ちを抑えきれず、シリューナは再びティレイラへと手を伸ばしその感触をゆっくりと噛みしめるように味わい始める。
「本当に、可愛いわ」
 添えられる甘美な言葉と共に、シリューナはティレイラを飽きる事なく撫で続けた。

「おや、これはこれは! 良い出来じゃないか!」
 いったい、あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。今のシリューナには、自分が時間を忘れる程ティレイラに夢中になっていたという事実に気付く余裕もなければ、突然の来訪者の方を振り向く暇すら惜しがる程だった。
 席をたったシリューナがいっこうに帰ってこないので、何かあったのかと心配したのだろう。部屋へと足を踏み入れた女店主は、けれどティレイラの姿を見た瞬間そんな心配すらも忘れ、すぐにシリューナと一緒になって少女の形のガラス細工に興味を移してしまう。
「こんなに素晴らしいガラス細工、何年もこの仕事を続けている私ですら作った事がないよ」
「ふふ、この丸み、どれだけ撫でていても飽きる事がなさそうだわ」
 無邪気な子供のように楽しげに、シリューナはティレイラを撫でそう呟いた。それに「ええ」と肯定し、女店主も遠慮なしにキラキラと輝く彼女のガラスの肌へと触れる。
 二人の女は、一人の哀れな少女を好き勝手に撫で回す。頭の角から尻尾の先まで、余す事などなく。
「髪の先端までガラスになってしまっている。こんな精巧なガラス細工……見た事がない」
「そうね、私の店にこのまま展示したいくらいよ」
「もし展示したら、きっと大騒ぎになってしまうでしょうね。こんなにも愛らしいガラス細工、きっと見た事ある人なんていないもの」
 竜少女のガラス像の造形の美しさを、二人は口々に褒め称える。ティレイラの姿のガラス像に比べたら、他のガラス細工など視界の隅にも入らないだろう。この場は、すっかりティレイラの品評会の場と化してしまった。
 二人の会話に咲いた花はしばらく枯れそうにはなく、ティレイラが解放される気配はない。だが、未だ魔力に包まれまどろみの中にいるティレイラはそれを知覚する意識すらなかった。自らに自由が再び訪れる時がいったいいつになるのかを気にかける事すら出来ないのは、ある意味彼女にとっては幸福な事であったのかもしれない。
 とある魔法ガラス細工店にて、美しいガラスの像は心地良いまどろみに包まれ穏やかな表情を浮かべたまま、シリューナ達を楽しませ続ける。翼を広げ尻尾をくねらせたその姿は、まるでガラスの中に咲く、一輪の花のようでもあった。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3785/シリューナ・リュクテイア/女/212/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターのしまだです。このたびはご発注ありがとうございました!
ガラス細工とお二人のお話、このような感じになりましたがいかがでしたでしょうか。お楽しみいただけましたら幸いです!
何か問題等ございましたら、お手数ですがご連絡ください。
それでは。またいつかご縁がございましたら、その時はよろしくお願いいたします。
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2018年03月12日

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