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『The day before side A 』
アーテル・V・ノクスaa0061hero001


 水に沈む少女を見た。
 それがこの世界で彼が得た、一番最初の光景だった。


 少女はベッドの上で足を投げ出し座っていた。
 長く伸びきった黒い髪は、好んでそうしている訳ではなく、切られず放置されていたと一目で分かるものだった。
 動く事はほとんどなく、日のほとんどをぼうっと過ごし、目は酷く虚ろ。人形と見紛う程に。脆くて存在が希薄で危うさを持っていた。
 アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)がこの少女と出逢ったのは、体温を容易く奪う冷たい水の中だった。
 気付けば水の中にいて、それだけでも衝撃なのに、視線の先には今正に沈みゆく少女の姿。
 思わず両の腕を伸ばし、水中から抱え上げた。その時腕の中にいる少女の細さに驚いた。
 命ある人間とは思えない程軽かった。
 少女を抱えたままなんとか岸を探していると、わずかな呻き声と共に少女の瞼が薄く開いた。
 夜のような黒い右目と空のような青い左目。異なる美しい色の瞳がひどく印象的だった。
「生きたいか?」
 その瞳に思わず聞いた。少女は虚ろな目で頷く。
「なら『お前を生かす』」
 最初の誓約はほぼ一方的に交わされた。
 アーテルは少女を抱え知らぬ道を当てなく走った。文字が読めず、目や耳で捉えた動作や音でしか信用する材料がなかったが、怪我人を治療するためと思しき施設に運び込み、彼女が目を覚ますまで壁に寄り掛かりただ待った。
 少女が目を覚ました時、自分は何を思ったか。アーテルはその時の感情を覚えていない。
「目が覚めたか」
 気なしに喉から出た言葉。少女から返ってきたのは拒絶の声と表情だった。「来ないで……いやだ、来ないで!」そう叫ばれて逃げられた。少女がベッドから落ちたので「大丈夫か」と手を伸ばした。「叩かないで!」と叫ばれた。「殴らないで!」と怯えられた。部屋の隅にうずくまり、少女はただ繰り返す。
「こないで、ごめんなさい、ゆるして」
 頭を抱え、震えながら、必死で許しを乞う少女。その時初めて気付かされた。少女は、自分に恐怖していると。


 少女と出逢ってしばらく経ったが相変わらず文字は読めず、目や耳で捉えた動作や音以外の信用材料は得られなかった。
 誓約を交わした少女にしても、変わらず自分を拒絶するので頼ることは叶わない。
 やっていけるのかも不安だった。この世界で生きる縁は微塵もありはしなかった。
 それでも何かしらの事をしたい、そう担当医に相談すると、料理をしてはいかがでしょうと親身な声で提案を受けた。
「そろそろお粥でも出そうと思っていたんです。せっかくならどうですか。あの子と仲良くなるきっかけに」
 見たことがない調理器具。口にしたこともない食材。慣れない料理を教わりつつやっとの思いで完成させ、人形のように座るだけの少女の所へ持って行く。
「これ、良かったらどうだ」
 まだ名前も知らない少女にぎこちなく微笑んで、出来るだけ怖がらせないよう慎重に言葉を選ぶ。
「初めて作ったから、あまり自信はないんだが」
 食べて欲しい、そう思いを込めて少女を見つめ続けると、少女は震える手でさじを取り、一口だけ口へと運んだ。水と、米と、卵と、だし、そんなもので構成されたシンプルな食べ物を、口に入れた瞬間生気のない頬に赤みが差した。
「おいしい」
 その声が、恐怖や拒絶とは違う言葉が、耳に入った瞬間アーテルは「そうか」と呟いた。目元が綻ぶのを感じて、知らず自分が笑っているのを自覚する。
「多かったら残していい」
 そう言って病室を出た。閉めた扉に背中をつけ、中の様子にそっと耳をそばだてた。
 カチャカチャと食器の鳴る音。食べてくれているとわかった。 
 良かったという言葉を噛み締めて、思わず拳を握り締めた。


「おかわり」
 お椀によそわれた白米を、少女は受け取りおかずと共にもくもく食べる。
 あの日、アーテルが初めておじやを作ったあの日から、少女は彼の作るご飯を進んで食べるようになった。
 長かった髪を切り、ボロアパートで共に住み、リンカーとして依頼をこなし、知り合いも徐々に増えていき。
 何も持ち合わせていなかった。望みさえ存在しなかった。何も望みを持たないリライヴァーが『お前を生かす』という誓約を交わしたのは、ある意味で必然だったのかもしれない。 
 けれど今は。
「うまいか」
 彼女と出逢ったばかりの頃は女性のような口調をした。男性恐怖症の能力者が少しでも怯えずに済むように。
 だが、今はもうその仮面は外している。ありのままで向き合っている。二人を隔てる壁はまだあるけれど、それでも、少しずつ。少しずつ。
「おいしい」
 あの日のように返す少女にアーテルは笑みを浮かべた。自分が作ったおじやを少女が口に入れた時、生気のない頬に赤みが差すのを見て安堵した。
 ちゃんと生きている子であると心の底でホッとした。
 「おいしい」という言葉を聞いて何故か無性に嬉しかった。
 初めて頑張ろうと思えた瞬間でもあった。
「そうか。いっぱい食べろよ」
 アーテルの言葉を受け、少女はもくもくと食べ続ける。アーテルが作ったご飯をおいしいと言って食べてくれる。アーテルはそんな彼女を、ただ優しく見つめている。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)/外見性別:男/外見年齢:22歳/ソフィスビショップ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、雪虫です。いつも大変お世話になっております。
 前回頂いたお話とリンクする形で書かせて頂きました。あとおまけの方も色々捏造させて頂いたので、イメージと違う所がありましたらお手数ですがリテイクお願い致します。
 ご指名下さり誠にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
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2018年03月12日

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