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『スタートライン 』
大空 湊jc0170)&赭々燈戴jc0703




 大切な場所を守るため、大切な場所から離れた。



 アウルの不調を感じた藍那湊が、祖父・赭々 燈戴と共に休学届を出して久遠ヶ原を離れたのは夏の終わり。
 あれから少しばかり時が経ち、窓からは秋口の爽やかな風が吹き込むようになっていた。

「湊ー、たーだいまっ。肉屋で鶏唐オマケしてもらっちゃったぜー」
 夏でも秋でも、燈戴というひとは賑やかだ。
「おかえりなさい、燈戴さん。それじゃあ、お茶を淹れますね」
 湊は日中を勉強時間に充てている。
 この時間ばかりは燈戴も邪魔をしないよう、街へ出て散歩や買い出しをしているわけだ。
 湊はテーブルに広げていた勉強道具を片付け、キッチンへ向かう。
 入れ替わりに、燈戴が買い込んできた惣菜を広げ始めつつ湊の様子を伺った。
(……まだ本調子じゃないな)
 今の生活に馴染みを見せているものの、湊の姿はやはりどこか覇気のないまま。
(ま、始まったばかりだしな)
 ゆっくり過ごすうちに、心も体も元気を取り戻していけばいい。焦ることはない。
 
 お昼の、毒にも薬にもならないバラエティ番組を見ながら昼ごはん。
 自炊が経済的には優しいが、誰かの暖かさを感じられる街のごはんも、美味しい。
 牛肉のコロッケと鶏の唐揚げをメインに、朝に炊いたご飯とみそ汁、簡単なサラダ。
 誰に気を遣うでもない、ごくごく日常的な食事。
「それでさー」
「食べながら話すのは行儀が悪いですよ」
 そんな会話も『いつも』になって――……テレビから、速報の音が流れた。

 ……□□地区で天魔出没……近隣住民は退避を……現在、久遠ヶ原学園から撃退士が――……

 反射的に画面へ釘付けとなった湊は、そのまま硬直する。
「…………」
 驚き。それから怒りの感情が襲ってくる。
 最後に顔をのぞかせたのは『悔しさ』だった。
(僕は助けに行けない)
 いつスキルや武器を扱えなくなるかわからない今は、助けに行くこと自体がマイナスになってしまう。
 悔しい。
 撃退士としての知識をつけて、力と技を磨いてきたつもりだった。
(……いつになったら取り戻せるんだろう)
 この無力感が、消えるのだろう。
「おっ。こんな時間だ、温泉殺人事件の再放送見ようぜ。ポロリもあるぜ!」
「そういうのはいりません」
 下ネタはやめてと言ったでしょう。
 燈戴が、湊を気遣ってくれていることを受け止めた上で、少年は半眼で祖父を見遣る。
「温泉がイヤなら――」
 燈戴は名案とばかりに人差し指をピッと立てた。

「動物園はどうだ、好きだろ? お触りもあるぞ!」

 電車で30分とかからないところに、小規模な動物園があることは湊も知っていた。
 そういえば、この街へ来てから一度も行ったことが無かった。




 平日の昼下がりの動物園は、幼稚園児連れの姿が目立つ。
 常連といった雰囲気の老夫婦がベンチに腰掛け、柵向こうの動物をのんびり見守っていたりして。
 のどかだ。
「うわぁ、コアラも居るんだ……」
 案内板を覗きこむ湊の瞳は、すでに輝いている。
「おやつタイムがある動物はこっちだから、先に回って……あっ、燈戴さん、ひつじ観に行きましょう?」
「さっそくのお触りかー」 
 燈戴がニヤニヤすれば、「もう!」と怒声が返った。

 もふもふひつじたちが、餌を求めて列をなして湊を追ったり。
 熟女ヤギに、燈戴の衣服が襲われそうになったり。
 樹上では、ヒョウがスヤスヤと昼寝をし、無防備な寝顔を晒していたり。

「なぁ湊。コアラが食べるユーカリの葉には、毒があるって知ってるか?」
 パンダが笹しか食べないように、しかしてコアラもユーカリしか食べないという。
 自然界の動物には、不思議な特色を持つものがいる。
 ユーカリのもつ毒は、長い長い時間をかけてコアラの体内で解毒され、栄養分が吸収される。
 ユーカリを食べるために、コアラの消化器官は進化したとさえ言われている。
「そこまでして、あの葉っぱにこだわった理由はな、コアラが弱い生き物だからってハナシがある」
「弱いから、ユーカリしか食べない……ですか」
「他の動物と、獲物の取り合いをしなくて済むんだよ」
 毒がある。
 高い高い木の上にある。
 弱いから、生き抜くための知恵を絞る。
「ただなぁ、ユーカリってのは決して栄養のある植物じゃない。だからコアラは極力動かないようにして体力を温存してるらしい」
 ユーカリを食べるために生きているのか、生きるためにユーカリを食べているのか。
 けれど、それが争いを避けるために選んだ生き方なのだという。

 行く先々で、燈戴は自慢の蘊蓄を語って聞かせる。
 湊は無意識のうちに燈戴の袖を引き、次の語りを楽しんだ。




 秋の空気は、清々しくて胸の中で淀んだものを浄化してくれる気がする。
 生命の声が、匂いが、温度が、湊に穏やかな表情を取り戻させていた。
 今日一日で全てが劇的に好転することはないだろうけれど、今は今を楽しめることが一番。
 安堵しながら、燈戴は先を行く湊の後ろを進み……
(うん?)
 何かが、胸に引っかかった。
「わっ!!」
 湊の手元を、一羽の鳥が掠めていく。
「いたた……カラスが園内に紛れこんだのかな」
 湊は浅く裂かれた左手を押さえ、ワンテンポ遅れて『違う』と気づく。
 いくら不調と言っても、自分は撃退士。自然界の動物に、おいそれと傷つけられはしない。
 ――ということは

「天魔だ、燈戴さん……!」
「任せろ! 湊は避難誘導を頼むぜ!!」

 湊が振り返ると、すでに燈戴は光纏と同時に双銃を顕現していた。
 あいさつ代わりに一発。空から襲い来る天魔を一体、地に墜とす。
「……っ、はい!!」
 数はいるが、決して強い敵ではない。
 それより、民間人を守り切る方が難しいだろう。
(けど……)
 じくり。
 鈍い痛みが湊の胸に刺さる。それを押しのけるように、少年は逃げ惑う人々の方へと駆け出した。

「安心してください、僕たちは撃退士です。非常経路に従って逃げて下さい!」
 避難誘導には、動物園の職員も協力してくれている。彼らだって怖いだろうに、必死に自身の職務を全うしようとしている。
「襲わせるか……!!」
 燈戴の狙撃から逃れた個体が迫りくる。湊は震える手で青白く輝く盾を構えた。
 想像以上の衝撃が、腕に響く。
(ちからを……出し切れていない)
 アウルが魔具へ集中していない。
 これでは守ることに精いっぱいで、万が一の時に攻撃へ転じることができない。
 冷え冷えとした恐怖が、足元からせりあがる。
 遠方から、燈戴の援護射撃が入り怪鳥を背面から撃ち抜く。
「好みじゃ無いが仕方ねェ、男前が踊ってやる」
 人数の多い湊たちを襲えば、燈戴のアウル弾が容赦なく降り注ぐ。
 数が半減したところで、天魔の群れは反転して燈戴へ群がり始めた!
「燈戴さん!!」
「来るな!」
 さすがの燈戴でも、包囲されてしまっては――踏み出しかけた湊へ、燈戴の鋭い声が飛ぶ。
「まだ逃げそびれてる奴らがいるかもだろ、しっかり守ってくれ。それに――孫を守るときくらい無茶させろ」
 頬に、肩に、負傷が増えていく。それでも燈戴は余裕を崩さない。
 湊を、大切な存在を、守るためだから。恐怖も痛みも関係ない。

「燈戴さん……!!」
 どんよりと灰色の雲が垂れこんでいた湊の胸に、熱い風が吹いた。
 雲を追いやり、ずっと『そこに在った』空の色が、見える。
(そうだ、僕は最初から……大事な人を助ける為の力がほしかったんだ)




 力が欲しかった。


 強くなりたいと願った。
 悪魔である父のような強さに憧れていた。
 久遠ヶ原学園へ来て、経験を積んで。
 強さを欲しがる戦士のような生き方をしていた。
 それを、あの時、好きだった人に否定されて――……
 氷の結晶のような、湊の澄んだ心は砕けてしまった。

(――それでも)
 砕けた結晶の、奥の奥に、大切なものは残っていた。
 ようやく見つけた。思い出した。

 迷いの理由。
 本当に欲しいモノ。
 それらを再確認すると同時に、湊の内側から眠りに就いていた力が湧きあがってきた。
 もう、立ち止まれない。


「……湊」
 その変化に、燈戴も思わず声をもらす。
 黒曜石のようなツノが出現し、銀の瞳が金色へと変化する。
 自身の外見の変化には気づかぬまま、湊は走り出した。




(アウルが……全身に漲ってる)
 大丈夫。大丈夫だ。
 四方と上空を囲まれた燈戴を助けるべく、真っ直ぐに真っ直ぐに走る。
(――今だ!!)
 伸ばした手の先からアウルが放たれる。

「届け――……!」

 例えるならば氷で造られた茨の鞭。しなやかに、それは燈戴の頭上から襲い掛かろうとしていた怪鳥へ絡みついた。
 氷の鞭は硬く凍てつき、一瞬ながら敵の動きを縛る。
「助かったぜ!!」
 民間人の避難完了も確認し、燈戴は翼を顕現した。
 単身での飛行は、地上からも回り込まれる可能性があり控えていたのだ。
「見とけよ湊、俺の雄姿! 惚れるなよ〜!」
「まずは敵の動きを止めます。燈戴さん、トドメをお願いします!」
「見て!!?」
 続けざまに、湊は紫電の輝きを纏う氷剣『クロセル』を形成する。走る足を止めることなく、向かい来る敵を斬りつけては麻痺に落とし込む。
「くーー、出来の良い子だぜ……!」
 迷いなく『力』を振るう姿を視界の端に収め、燈戴は己の為すべきことを果たす。的確な射撃で、撃ち落としていった。




「カハハ、随分と格好良いじゃねェか」
「髪をぐしゃぐしゃするのはやめて! もう……」
 頭をなでくりまわされ、顔を背けながら湊は燈戴の手当てを進める。
「しっかり届いたぜ、お前のアウル」
「……うん」
 戦いが終わり直近の撃退署から職員が到着するまでの間、二人は動物園の事務室で応急手当をしていた。
 もっともケガが酷いのは燈戴だけで、それも決して深くはない。
「ありがとう、燈戴さん……。時間がかかったけど、ようやくわかりました」
「お?」
「僕は……僕に、嘘をつきたくない。大事な人を守るために戦いたい。強く、なりたいんです」
「……おう」
「だから――……大切なものを護るために、あの場所へ帰らなくちゃ」 
 晴れやかな笑顔で、湊は想いを伝えた。
(薀蓄語りは好きだが、大切な事は自分自身で気付かないと意味がねェからな)
 燈戴は改めて、湊の頭をもみくちゃになでまわす。
 ああ、嬉しくて仕方がない。
「残りの人生、お前の成長を楽しませてもらうからな!」
「ええ……なんですか、それ……」
 声では嫌がっているものの、湊は頬の熱さを感じていた。どうにも照れくさかった。




 そして――十月上旬。
 爽やかな青空の下、湊は街中を走る。

(復学早々遅刻とか、ありえないから……!!)
 久遠ヶ原学園の最寄り駅。
 電車を飛び降り、急げ急げ!
「……あっ」
 それでも――どんなに急いでいても、小さなことに気づいてしまうのが、湊。
 先を行く人が、何やら落とし物をした。
「おとしましたよー」
「……どうも」
 茶色の髪が、眼前で揺れる。帽子を目深にかぶっているため、顔がよく見えない。
 どこか虚ろな声で、持ち主は湊の手から男物の免許証入れを受け取った。
(包帯……)
 差し出された手で、相手は女性だとわかる。それが白い包帯に覆われているのが気に懸った。
 ――が。
「行っちゃった……」
 治療済みなのだから、湊が気に懸けても仕方ないだろうけれど。
 聞いている曲までは確認できなかったが、イヤホンや帽子といったアイテムから、あまり『外』に触れたくないタイプなのかもしれない。
「!! 僕も急がなくちゃ!」


 戻ろう。久遠ヶ原学園へ。
 時計の針は、静かに、確実に、進んでいる。
 大切な仲間と、きっと新しい出会いが待っている。

 季節のトンネルを抜けた少年は、新しいスタートラインへ真っ直ぐに向かって行った。



 
【スタートライン 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jc0170 / 藍那湊 / 男 / 16歳 / アカシックレコーダー:タイプA 】
【jc0703 /赭々 燈戴/ 男 / 17歳 / インフィルトレイター 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
大っっ変お待たせいたしました……! お待ちくださり、本当にありがとうございました。
再スタートを踏み出した、大切な一歩のお話をお届けいたします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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エリュシオン
2018年03月14日

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