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『時を重ねて 』
ヴァイオレット メタボリックaa0584

●改造
 ヴァイオレット メタボリック(aa0584)。アイアンパンクという存在が珍しくもなくなった今日この頃だが、彼女ほど珍しい変遷を遂げた者もそう多くはないだろう。そもそも、彼女の肉体改造は機械改造に留まらなかった。最新鋭のバイオ技術を取り入れ、元々の痩躯の面影さえ無いほどに太ってみせたのだ。全ては彼女の救い主から下された潜入依頼の為だった。
 しかし、急激な体格の変化は身体に大きな負担を掛けた。いくら能力者でも、不摂生をすれば病気になる。ヴィオも例に漏れない。生身の部分の関節が擦り減り、股関節や腰部に少なからぬ痛みを感じるようになっていたのだ。

「そろそろ……関節の修復を考えなければなりませんわね」
 消毒液の匂いが薄く漂う一室。一人デスクに向かい合ったヴィオは、独り言ちながらタブレットを見つめていた。
 ここはヴィオが肉体改造手術を受けたバイオラボ。アイアンパンク技術が競うように発展していく影で、生体改造技術は一部の技術者が研究を進めているのみだ。
「……ふむ?」
 ヴィオは無数の項目にチェックやら書き込みやらする中で、老化処理という項目を見つける。年齢水準から、白髪か、薄毛か、など様々に選択肢が設けられていた。
(老いれば、私はどのようになるのだろう)
 ふと、ヴィオは書き込みを進めていた。自分の老い先の事を考えて。しかし、ヴィオはふと我に返る。
「いえいえ。何をしているのでしょうか」
 重ねた選択を、一つ一つ消去していく。少なくとも、老後は数十年も後の話だ。改めて指示を取りまとめ、決定ボタンを押す。関節の痛みを取り除く程度の施術に済ませ、後は経過観察で済ませる。そんなつもりだった。
 物理的に重たい腰を上げると、ヴィオは施術室へと向かう。孤児院で待つ子達の為にも、早々に終えてしまいたかった。

 そこで背後を振り返っていれば、タブレットが勝手に作動した事に気付けたかもしれない。しかし彼女は、何を疑う事もなく、その豊満な巨体をカプセルの中へと閉じ込めた。
 培養液が足元から充填されていく。普段よりぴりぴりする。そんな事を思いながら、頭上から噴霧された気体麻酔を吸い込み、ヴィオはその意識を闇の中へと鎮めていくのだった。

●夢に揺蕩う
 ヴィオはゆっくりと目を覚ます。気付くと、その身は肥満処理を受ける前の姿となっていた。それどころか、その身体は五体満足、火傷跡すら見当たらない。周囲を見れば、見渡す限りに花が咲き誇る野原。
(……夢か)
 ぼんやりと考える。生体加工技術の発展は亀の歩み、火傷跡はともかく、失った手足を蘇らせるほどの技術には発展していない。有り得ない世界だ。
「ヴィオ」
 空が曇ったかと思うと、目の前にローブを着こんだ一人の男が現れる。彼女に度々依頼を与えた男だ。見つめていると、手足に違和感を覚えた。見れば、右腕両脚が義肢に変わり、胸元にも火傷がある。
「君には老いて貰おう」
 彼は何を言っているのだろう。そんな事を考えているうちに、その姿は肥満処理を終えた後の巨体へと変わっている。何が起きたかもわからないうちに、依頼主は彼女へと詰め寄り、その頭に手を翳す。ヴィオの全身が輝きを放ち、その輝きは主の手へと吸い寄せられていく。
(何だ……!)
 全身に伝わる違和感。ヴィオは全身の骨が軋み、筋肉が痩せ衰えていくのを感じた。針の切っ先で撫で回されるような痛みと共に、皮膚も弛んでいく。夢の中の感覚とは思われない。
(まさか。老化処理は取り止めた筈……)

 刹那、長閑な世界が塗り替わる。漂うガソリンの臭い。人や物の焼ける臭い。家族を失い、自らも手足を吹き飛ばされた当にその場所だ。見上げれば、主の姿は黒煙の彼方に見た敵のヴィランと重なっていた。
 彼女に依頼を与えていたアルター社のエージェントこそが、仇のヴィランだったのだ。
「気付いたか。ようやく」
(踊らされていたというのか? 私は。この男に……!)
 反射的に、ヴィオは男へと飛び掛かっていた。全身の関節が悲鳴を上げたが、構わない。
「貴様は、私の家族を奪うに留まらず、私の人生をも弄ぶのか!」
 右手の義手を男の胸元に叩きつける。何度も何度も、叫びながらその拳を荒々しく叩きつけた。そのうちに、男の身体は潰れ、ただの肉塊へと変わっていく。狂乱する昂りに任せ、その肉塊へ獣のように噛みつこうとした。瞬間、ヴィオははっとなる。
(……私は)
 手を止めた瞬間、肉塊は消え去り、再び世界は移り変わっていく。エージェントとして戦ってきた記憶や、見た事も聞いた事も無い記憶まで、様々な記憶が目まぐるしく移り変わっていく。
(わらわは……)
 既にその姿は、老婆のものへと変わっていた。
(こうなっては仕方ない。中途半端に止めたところで奴の思うつぼぢゃ)

 ヴィオは受け容れる事に決めた。己の全てを奪い去った依頼主の怒りを抱えたまま、本のページを繰るように移り変わる記憶の世界へと飛び込んだのだ。

●絶望に克つために
「何なのじゃこの顔は、毒林檎を持った魔女のようぢゃ」
 ヴィオは鏡を見つめ、気が触れたかのような高笑いを上げる。彼女の雇い主は、そんな彼女を見て思わず目を白黒させた。
「……随分と変わり果ててしまったな」
「四十年分記憶も上乗せしたのぢゃ。もうわらわは完全な老婆ぢゃ」
 上司を前にしても、尊大な態度を崩そうとしない。雑多に積み重ねられた記憶が、彼女の人格を変わり果てたものにしていた。いかにも腰が痛そうな足取りでよたよた歩くと、ヴィオは椅子にでんと腰を下ろす。
「経緯を話そう。……あれは親父の患者だった。依頼主、いや……命の恩人ぢゃった。……しかし、紛れもなくわらわの仇でもあったのぢゃ」
 ヴィオは雇い主に語りつつ、からからと笑う。
「もう記憶も身体も処理を終えた後ぢゃ。やり直す方が金が掛かるから、もうこのまま、成り切る事を選ぶことにしたのぢゃ」
「その処置を強行したのは……その仇なのかね」
「分からぬ。夢に仇が現れただけぢゃからなぁ。ただのバグかもしれぬ」
 雇い主に尋ねられると、ヴィオは入れ歯を嵌め直しながら応えた。研究所にも確認を取ったが、結局真相はわからずじまいだった。しかし、仇の正体はハッキリしたには違いない。にんまりと笑うと、ヴィオは雇い主を見つめる。
「しかし、良い機会ぢゃ。いずれにしても、このままでおれば仇の眼は欺けるぢゃろうて」
「……まあ、君の決断ならば、私から言う事は無いが」
 ヴィオの変わりように中々慣れられずにいるのか、雇い主はそわそわしている。
「長い老いに身を置く事になったが、構わぬ。師の残した孤児院の子らを守れるなら」
 そばのデスクへ手を伸ばし、彼女は写真立てを手に取る。そこには、少年少女に囲まれて微笑む一人の青年の姿があった。
「分かった。……此方でその男について調べたデータを渡しておこう。どうするかは君次第だ」
 雇い主はフラッシュメモリをヴィオに手渡すと、立ち上がって部屋を去った。それを見送ったヴィオは、車椅子の車輪を転がし自らも部屋を出る。
「シスターさん」
 孤児院に入ると、一番年上の、世話役を買って出た少女がヴィオを出迎える。
「今日のご飯はうどんです。おばあちゃんになってしまったのなら、消化の良いものを食べないと」
「うどんか。育ち盛りなのにわざわざ、すまぬな」

 老婆と化したヴィオの、新たなる生活が幕を開けた…

 おわり



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ヴァイオレット メタボリック(aa0584)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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カゲエキガ

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2018年03月15日

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