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『Fate & destiny』
フェイト・−8636)&工藤・勇太(1122)


 阿修羅、と呼ばれている。複数の顔を持つ悪魔、という意味合いであるらしい。
 確かに、変装はそこそこ得意だ。戦闘行為も、まあ得意な方ではある。
 潜入・偵察任務を、そのまま破壊工作・殲滅任務へと移行させるのは、得意中の得意と言っていい。
 斬撃用の大型クナイを右手に、独鈷杵を左手に握り構えたまま、俺は今、1人の男を追い詰めている。
「IO2の……飼い犬がっ……ネズミがぁ……ッ!」
 白衣に身を包んだ、理系の老人である。ここは、言ってみれば彼の城だ。
 虚無の境界配下の研究施設。
 その所長である老人が、廊下に座り込み、柱にしがみつきながら虚勢を張る。
「我ら虚無の境界に刃向かう、身の程知らずが……!」
「虚無の境界はな、この研究所をとっくに切り捨ててる」
 俺は告げた。
「見捨てられたんだよ、あんたは」
「戯れ言を……盟主様が、私をお見捨てになるものかあっ!」
 所長の叫びに呼応するかの如く、その時。
 轟音と共に、天井が崩落した。
 それは、何か恐ろしいものの降臨を思わせる光景だった。
 後方へ跳びながら俺は、瓦礫と共に降って来て廊下に着地した何者かを見据えてみる。
「近付くな……所長先生に、近付くなよ……」
 立ち込める粉塵の中で、発光するエメラルドのような緑色の輝きが2つ、禍々しく点った。
 眼光だった。
「所長先生を脅かすもの……虚無の境界に、刃向かうもの……俺が滅ぼす。新たなる霊的進化の道を、辿るがいい」
 緑色に輝き燃え上がる両眼。
 それ以外は、取り立てて特徴のない少年である。
 必要最低限の栄養しか与えられていないのであろう細い身体は、肉体的な躍動感を全く感じさせない。戦闘訓練の類は全く受けた事がないのだろう。
 そんなものを必要としないほどの能力を、容赦なく開発されてきた少年。確か、17歳になるはずだ。
「おお、来たかA01。やはり私を守る者は、お前しかいない」
 所長が命じた。
「さ、さあ戦えA01。IO2のネズミどもを殲滅するのだ! そうすれば盟主様が、お前の力をお認め下さる」
「……お任せ下さい、所長先生」
「A01……虚無の境界が、そこそこの金を注ぎ込んで開発中の切り札。お前さんの事かい」
 俺は、ひとまず会話を試みた。
「その金の流れが止まった。虚無の境界の盟主様にはな、お前さんをこれ以上育てる気がないって事だ。見捨てられたのか、それとも好きなようにやってみろと盟主様が言ってるのか、それはわからんが」
 エメラルドグリーンの眼光が、少年の両目から迸り出て俺を襲う。
 念動力の嵐。
 独鈷杵を眼前に構えながら、俺は真言を叫んだ。
 力と力のぶつかり合いに、俺は歯を食いしばって耐えるしかなかった。
「この先……1人で生きていけって事だぜ、坊や」


 黒いスーツを一応は着こなしている若い男が、平日の昼間からこうして公園の芝生で寝転がっている。傍目には、どのように見えるだろう。
 そんな事も、ぼんやり空を見つめているうちに気にならなくなってしまう。
「平和……なのかな」
 フェイトは呟いてみた。
 こう見えて勤務中である。
 パトロールを名目にブラブラと外を出歩いているだけ、とも言う。
「IO2エージェントが暇っていうのは、まあ悪い事じゃないんだろうけど」
 微かに苦笑しつつ、フェイトは上体を起こした。
 どこか遠いところで、何かと何かがぶつかった。ふと、そんな気がしたのだ。
 力と力の、ぶつかり合い。
 珍しい事でもない、とフェイトは思った。能力者など今時どこにでもいる。
 そのぶつかり合いの結果が、しかし今、目の前に現出しようとしていた。
「何だ……!」
 フェイトは息を呑み、立ち上がった。
 轟音と閃光が起こった。
 まるで落雷である。エメラルドグリーンの稲妻が、眼前で激しく地面を穿つ。
 公園に、クレーターが生じていた。
 その中央で、細身の人影が1つ、ゆらりと身を起こす。
 禍々しく輝く緑色の眼光が、フェイトに向けられた。言葉と共にだ。
「……誰だ……お前は……」
「それは、こっちの台詞だよ」
 スーツの内側から、フェイトは拳銃を抜いていた。左右2丁、構えながら問いを返す。
「お前、誰だ……一体どこから来た」
 答えてもらう必要はない、という気がした。
 自分は、この少年が何者であるのかを知っている。
 それはフェイトの、全く根拠のない思いであった。
「答えたくないなら別にいい。元いた場所に大人しく帰れ」
「お前……IO2か……」
「IO2のフェイト。お前、もしかして」
 フェイトは訊いた。
「……虚無の境界の、関係者か?」
「我が名は、A01……生きとし生けるもの全てに、新たなる霊的進化をもたらす……破滅の、尖兵」
 A01。
 懐かしい単語ではある、と思いながらフェイトは言った。
「……虚無の境界の思想を、完全に刷り込まれてるな。俺も、あのままじゃそうなってただろうけど」
「所長先生は、どこだ……」
 A01と名乗った少年が、緑色に輝く瞳で周囲を見回す。
「所長先生を……お前、どこに隠した?」
 所長先生。そう呼ばれていた人物を、フェイトも知っている。自分も、そのように呼んでいたものだ。
「……死んだよ。その人は、とっくに」
「戯言を、吐くな……戯れ言を吐くなっ、世迷い言を吐くなああああああッッ!」
 エメラルドグリーンの眼光が、A01の両目で涙の如く膨れ上がり、破裂しながら迸る。フェイトに向かってだ。
 念動力の奔流が、真っ正面から押し寄せて来る。
 見据えるフェイトの両眼が、緑色に輝いた。鋭く、静やかな発光。
 襲い来る力の奔流が、フェイトの眼前で真っ二つに割れた。激しい水流が、岩に激突したかのように。
 フェイトの左右で、凄まじい量の土が舞い上がった。公園が砕け散ったか、と思わせるほどに。
 まるで、爆撃だった。
 A01が、無傷のフェイトを睨み据えたまま硬直し、呻く。
「何……っ……!」
「その念動力……人間サイズの標的に当てたいなら、もう少し絞り込んだ方がいい」
 フェイトは言った。
「今の、お前の攻撃……物凄い量の水を、でたらめにぶちまけたようなもんだ。ホースを使え、俺にぶつけるなら」
 言葉と共に、片膝をついていた。
 絞り込めていない力の奔流を、真っ二つに叩き斬る。それが精一杯だった。
 まさしく大量の流水をホースで集束するが如き絞り込みに、A01が成功していたとしたら。自分など今頃、跡形も残ってはいないだろう。
 そう思いながら、フェイトは左右を睨んだ。
「それが出来てないから……俺1人を斃すのに、こんな被害を出す……」
 芝生が、広範囲に渡って消失し、抉れた土が剥き出しになっている。
 疎らに公園を歩いていた人々が、悲鳴を上げたり息を呑んだり、腰を抜かしたり立ち竦んだりしている。
 幸い、人死にも怪我人も出てはいない。今のところは、だ。
「お前……ここが、もっと人通りのある場所だったとしても今、たぶん同じ事をしてたよな。俺1人を殺すのに、大勢の人を巻き込んで……」
 怒りが燃え上がり、緑の眼光が燃え盛るのを、フェイトは止められなかった。
「力の制御もろくに出来ない子供が……一丁前に、外を出歩くもんじゃない。家に帰れと言いたいとこだけど、家なんてないんだよな。お前」
「俺の帰るべき場所は虚無の境界だ」
 A01が、口調強く即答する。
「お前たちIO2の犬どもを殺し尽くし、所長先生をお守りする! そうすれば盟主様に認めていただける、栄えある虚無の境界の戦士として!」
「お前、その盟主様に会った事は? いや、ないんだろうな。俺はあるぞ、会いたくもなかったけど」
 暗緑色の髪、真紅の瞳、美しく禍々しい笑顔。フェイトの脳裏から、消え去ってくれない。
「彼女は、今のお前を……そうだな、高く評価する事だけはないだろうよ」
「黙れ!」
 肉体的な戦闘訓練が施されていない少年の細身から、再び念動力の嵐が迸る。
 ひとかたまりの嵐だった。力の集束に、先程よりは成功している。
 若干ましになった、とフェイトは一瞬、戦闘教官になったような気分に陥った。アメリカでの日々が、胸中に甦る。
「それはともかくっ……まだ駄目だ、これじゃあ!」
 攻撃を念じながら、フェイトは引き金を引いた。
 念動力の宿った銃弾の嵐が、左右2つの銃口からフルオートで迸る。
 正面から迫り来る、巨大な力の塊。それはしかし、凄まじい量の念動力を無理やりに寄せ集めてあるだけだ。力と力の継ぎ目が、合わせ目が、まるで亀裂の如く露わである。フェイトには見える。
 それら亀裂に、無数の銃弾が突き刺さった。念動力を宿した銃弾。
 亀裂だらけの力の塊に、フェイトの念動力が注入される。
 念動力同士の、化学反応のようなものが起こった。
 それは、そのまま爆発となった。
 最初に感じた、力と力のぶつかり合い。あれと同質の現象が今、起ころうとしている。
 その瞬間のみ、繋がった。
 フェイトとA01、両者の心が。
「……まず、当たり前の事をはっきりさせておくぞ」
 自分とA01のみが存在する、一瞬の世界。
 フェイトの方から、会話を試みた。
「どこか途中まで、お前は俺だった。そこから先の、お前と俺は……同姓同名の、別人だ。何年経っても、お前が俺になる事は絶対にない」
「何を……わけの、わからない事を……っ!」
 A01が、苦しげに激昂する。
 あれだけの力を、立て続けに放ったのだ。消耗は、生半可なものではないだろう。
「俺は! 栄光ある虚無の境界の尖兵、A01だ! お前などであるものか!」
「違う」
 エメラルドグリーンの眼光をぶつけ合ったまま、フェイトは断言した。
「お前とは今や赤の他人である俺だけど、これだけは言わせてもらうぞ。お前の、本当の名前は」
「やめろ!」
「……お前は、工藤勇太だ」
「今更、戻れるわけがないだろう! 工藤勇太になど!」
「……そこは、俺と同じだな。俺も、まず工藤勇太を取り戻すところから始めなきゃならなかった。それは……1人じゃ、無理だった」
「俺は……1人だ! 無理って事じゃないかあ!」
「1人。そう認めたな。いいぞ……お前は今、所長先生からも虚無の境界からも解放されたんだ」
 フェイトは、にやりと笑って見せた。
「そうだよ、人間っていうのは1人なんだ。自分が揺るぎない1人だって事をまず受け入れた上での、仲間であり家族であり友達だ」
「……お前が何を言っているのか、わからない」
「当たり前だ、そう簡単にわかられてたまるか。俺がこの事に気付くまで一体、何年かかったと思ってる……」
 一瞬の世界が、終わった。
 爆発が、フェイトを吹っ飛ばしていた。
 まだ工藤勇太を取り戻していない少年も、吹っ飛んで消え失せていた。
 芝生の上で、フェイトは受け身を取って一転し、起き上がる。
「お見事」
 声を、かけられた。
 その男は、いつの間にか、そこにいる。
「俺と出会えなかったら、お前もあんなふうに捻くれてたわけだ。大人の役割の重さ、痛感するぜ。まったく」
「……遅いよ」
「助けが必要な戦いには、見えなかったがな」
「あんたは、俺を助けてくれたさ。俺が、5歳だか6歳の時にね」
 少年の姿は、見えない。
 今の爆発で、とてつもなく遠いところまで吹っ飛ばされてしまったのだ。
「向こう側の、あんたは……あいつが17歳になるまで一体、何をしていたのかと思ってね」


「色々と忙しくてな、まあ大目に見ておけ」
 何やら訊かれたような気がしたので、俺は応えてみた。
 そんな俺の足元に、あちら側から吹っ飛んで来た少年が横たわっている。今、目を覚ましたところだ。
「……う……っ……お前……ぇ……」
「おう、不思議の国から帰って来たな。アリスかドロシーの男版みたいな奴」
 俺は手を貸してやろうとしたが少年は拒み、よろよろと自力で立ち上がった。
 そして、一瞥する。
 所長先生と呼び、崇め畏れていた男が、物言わぬ屍となって倒れている様を。
「仇を取ってみるかね?」
「……俺は、1人になった……それだけの事」
 俺の方を振り向きもせず、少年は弱々しい足取りで歩み去って行く。
 そして10歩も進まぬうちに膝を折り、崩れ倒れた。
 否、俺が倒れさせなかった。
「放せ……」
 無理やりに肩を貸す俺を、もはや拒絶する力もないまま、少年が呻く。
「俺は……1人で、生きていく……お前になんか……」
「そうだな、1人で生きる。人ってのは皆そうだ」
 俺は言った。
「だけどなあ少年。今のお前は、まだ人ですらないんだよ。可愛くもない捨て犬か捨て猫みたいなもんだ。そんなお前を、難儀だが育て直さなきゃならん……工藤勇太という、1人の人間としてな」



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登場人物一覧
【8636/フェイト/男/22歳/IO2エージェント】
【1122/工藤・勇太/男/17歳/超能力高校生】
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2018年03月15日

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