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『贈りもの/贈るもの 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&迫間 央aa1445)&ナイチンゲールaa4840)&墓場鳥aa4840hero001)&藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001)&アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001)&氷鏡 六花aa4969
 メガフロート。それは東京湾上に浮かぶ人工島だ。H.O.P.E.東京海上支部を含むさまざまな施設が建ち並び、ライヴスリンカーのみならず多くの一般人が勤務、来訪している。
 しかし、休日だからとはいえ、やけに人出が多いようだが? と、人々の向かう先を見やれば理由は知れた。
 普段は貨物船や高速艇がひっきりなしに出入りしているはずの湾岸部に掲げられた『H.O.P.E.東京海上支部主催のバレンタインイベント』の文字。
 そう、バレンタインデー直前の日曜日である今日――2月11日、ここでエージェントと一般人との交流イベントが開催されるのだ。
 ちょっと変わったエピソードをチョコに練り込んでやろうと意気込む女子がいる。
 一部のAGWや機体が展示されるということで駆けつけてきたマニアがいる。
 無料送迎シャトルになんとなく乗り込んできた冷やかしがいる。
 さまざまな人の思惑があるわけだが、それはもちろん、エージェントも例外ではなかった。

「本当に潮風も波音も遮断するんだな」
 日暮仙寿が感心した目を半径50メートルのドーム型テント内で巡らせ、息をついた。
「もともとは戦場で避難民や傷病者を一時的に受け入れるためのものだそうだ。グロリア社の特製品だよ」
 解説を挟んだ迫間 央の傍ら、マイヤ サーアは薄笑みを浮かべ。
「今日は別の意味で戦場になるのかしら」
 このドームでは、一般人がリンカーにバレンタインチョコの作りかたを教わりながら実際にチョコを製作するという「チョコ&スイーツ教室」の場である。
 とはいえ主目的はなかなか触れ合う機会のないエージェントとの交流なので、お菓子作りにくわしい女子や男子も大歓迎だ。
「ファンが押し寄せてきたりしたら……俺、大丈夫かな」
「リオンは大丈夫だと思うよ。うん、多分っていうか、絶対」
 心配そうに言うリオン クロフォードの背を、達観した顔で藤咲 仁菜がぽんぽん。
「今日はいっぱい迷惑かけちゃうと思うけど……ごめんね」
 ナイチンゲールは、パステルカラーのキュートなドレスの袖に隠した両の義手――今は故障して機能を停止している――を見下ろし、付き添ってくれている氷鏡 六花へ目礼を送った。
「……ん、ぜんぜん、大丈夫……です。それより、ずっといっしょで……うれしい、です」
 ナイチンゲールの腕が損なわれた日から、六花は献身的にその腕の代わりを勤めあげてきた。それが義務感からのものではないことを、懸命に伝える。
「ごめ――ううん、ありがとう」
 ほっこり顔を見合わせるナイチンゲールと六花を見やり、アルヴィナ・ヴェラスネーシュカはうなずいた。
「ありがとう。六花にお友だちをくれて」
 対して、静かにかぶりを振る墓場鳥。それはきっと、私がアルヴィナに、そして六花に言うべき礼だよ。心の奥でつぶやいて、またかぶりを振った。
「……私も感謝している。六花にもアルヴィナにも、そして皆にも」
 言わなくともわかるだろうなどただの身勝手だ。言わなければ、なにを伝えることすらかなわない。だから、言葉にしよう。どんなに小さな思いでも、伝えたい願いがあるのならば。
「お客さん入ってきたよー! みんな準備よろしく!」
 一同の真ん中に不知火あけびが駆け込んできて――こんなときでも足音をさせないのはさすがだ――高らかに告げた。
 かくて桃色の想いを掲げて黒き塊に挑む戦いが開幕したのだった。

「菓子作りにいちばん大事なのは計量だ。これさえ完璧にできれば絶対にうまい菓子ができる」
 はーい!! 仙寿のまわりに集まった女子が吼える。
 先生役として参加している仙寿は、その端麗な容姿から若年層の女子に大人気である。さりげなく接触を試みようとする女子を足捌きでかろやかに、且つ失礼にならないようあしらいながら、仙寿は材料を乗せたデジタルスケールの数値を確認していく。
「あと1・8グラム薄力粉を足してくれ。生地が少ないとそれだけ焦げ付きやすくなるからな」
「仙寿さん、さすがの細かさだよな」
「……」
 ため息を漏らすリオンに仁菜は応えない。それどころじゃなかったから。
 人目があるせいで突き放しきれず、彼がついてくるのを阻止できなかったのは痛かった。こうなればとにかく、被害が出ることだけは食い止めなければ!
「今日のリオンは機械だよ。仙寿さんの言うことだけして、言ってないことはしない。お菓子製造マシーンなんだからね!」
 暗い声を突きつける仁菜にリオンは最高の笑顔を返し。
「俺、やればできるオトコだぜ?」
 なんにもわかってないーっ!!
 高すぎて音にならない絶叫をあげる仁菜の向こう、マイヤは黙々とチョコクッキー用の材料を計量し、準備を進めていた。
 ただ計るだけなのに、どうしてこんなに難しいのかしら?
 ふと横を見れば、すでに大きなボウルの中でバター、砂糖、塩、や卵黄を泡立て器で混ぜ合わせている六花がいた。
「……早いわね。それに、多くない?」
「……ん、ナイチンゲールさんと、来てくれた、みなさんにも、配れたらなって……」
 そんなことまで考えて!? 思わずたじろぐマイヤだったが、二秒で心を整え、背筋を伸ばした。
 今のワタシはもう、彼が好きなクールで格好のいいワタシじゃないけれど……それでも。特別な日にくらい、最高に特別なワタシを見せたいから。そうでなければ作れもしないチョコクッキーを作ろうなんて思わない。
 マイヤがあらためて意を決したところで、仙寿のやわらかな声が届いた。
「マイヤはそのまま混ぜて生地ができたら冷蔵庫で休ませればいい。六花のほうはもう、なにも教えることはないな」
 マイヤが安堵し、六花がほんのり赤らみながらうなずいた後。
「っと、混ぜるときは手早くていねいにだ」
 一般参加の小学生女子に手を添え、スピードを足してやる。
 ――仙寿さん、ほんとにやさしい。思わずうっとり見入りかける六花だったが、その甘やかな気持ちを息に乗せ、体の外へと押し出した。
 淡い想いはあのクリスマスの夜に置いてきたのだから。たとえ今はまだ黒胡椒を食べられなくても、いつかきっと笑って味わえるときがくるはず。辛い(つらい)のも辛い(からい)のも、今だけのこと。
「リオン! そのカレー粉、どこから持ってきたの!?」
 六花の甘い痛みが仁菜の声で断ち斬られた。
「え? クッキーと色いっしょだから大丈夫だろ?」
 きょとんとしたリオン。その両肩を仁菜の両手ががっしりつかむ。
「ちょっと私たち、お話しなきゃだよね?」
「ちょ、ニーナ痛いって! 話はどこいったんだよ!?」
 ぎゃー。
「……ん。仁菜さん、急がないと……間に合わなくなります、よ」
「次のプログラムが始まるまでに生地ができていないとだめなんでしょう?」
「誰か――俺の心配――」
 六花とマイヤの無慈悲がリオンを絶望させる中、あけびはなかなかの手捌きでクッキー生地をこねあげていた。
「いい感じだな、あけび。菓子はあまり得意じゃないと思ってたんだが」
 神妙な顔を上げたあけびは、澄んだ瞳を仙寿に向けた。
「私、悟ったんだ。お菓子だと思うからうまくできないんだよね。でも毒調合してるんだって思えば行ける!」
 裏稼業に身を置く仙寿にも、あけびの言葉が正しいことは理解できる。が、菓子にその発想はどうだろう?
「でも、だからって毒はないだろ」
 仙寿の渋い顔に、あけびはなにか気づいた顔で。
「じゃあ薬! 薬調合してるんだって思えば行ける!!」
 聞こえはよくなったが、毒も薬も分量がちがうだけで同じ素材だったりするわけで。……いや、菓子ができるならいいか。たとえ俺が釈然としなくても、正しい結果が導き出されるならそれで。

「順調、なのかな」
 事前に用意されたチョコやケータリングを自由につまめる食べ放題ブースの片隅、央はロングカクテル(氷入りのカクテル)に口をつけ、離して、また口をつける。
 マイヤのことが気になってしかたない。しかし、チョコを作ってみたいとあの内向的な彼女が言ったのだ。邪魔はしたくなかった。
「央、あまり気にしてやるな」
 墓場鳥がやわらかい声音で、無意識のうちにマイヤへ視線を向けようとしていた央をたしなめた。
「そんなつもりはない……つもりなんだけどな」
 苦笑する央にナイチンゲールは笑みを向け。
「どうしても気になるよね。でも、見られてると緊張、しちゃうし」
 と、まわりから向けられる目線を避け、身をかがめる。
 正直、注目されていた。ナイチンゲール自身が目立っているわけではなく、主に彼女の左右を固めた墓場鳥とアルヴィナのせいで。
『六花が、いない間、お願い……します』
 教室に参加する六花は、その間のナイチンゲールのサポートをふたりに託していた。
『是非もない』
 墓場鳥は重々しくうなずき。
『お任せよ』
 アルヴィナもかろやかに請け負った。
 だがしかし。
 身にまとう黒きゴシックドレスに負けない、一種の荘厳さを魅せる墓場鳥と、際どい羽衣姿の、優美にして妖艶な気配を振りまくアルヴィナ。このふたりが並ぶと絵になるな……見慣れているはずのナイチンゲールでさえ思わずにいられないふたりに挟まれ、あまつさえ――。
「喉を湿しておいたほうがいい。さ、少し顔を上げろ」
「足りないものはない? ああ、かゆいところがあったら言ってね?」
 ――かいがいしくお世話されたりしていて。注目されないはずはないのだった。
「なにを固くなっている?」
 墓場鳥に解せぬ顔で問われたナイチンゲールはさらに縮こまり、「なんでもない」と小声で返す。
いや、実際のところ、なんでもないはずがない。なんというか、畏れ多いじゃないか。墓場鳥は自分の英雄だからまだいいとして、アルヴィナは女神なわけで。相貌もスタイルも露出度も実にゴージャスだし。
「どうしたの? あ、もしかして肩凝り? 揉んであげようか?」
 目のやり場に困るし畏れ多すぎる!
 それでもナイチンゲールは懸命に。
「大丈夫。――ふたりとも、その、ありがとう」
 が、その言葉でふたりの麗人がさらにやる気を出してしまい、注目を集めることになるのだった。
 どこもかしこもままならないな。心の内で央が肩をすくめると。
『クッキー生地とチョコレートを寝かせている間に、次のプログラムをお楽しみください』
 場内アナウンスが流れ、人々がわっと動き出す。


 バレンタインデーと、ついでにホワイトデーをテーマにしたファッションショー。
 食べ放題ブースの真ん中を貫くランウェイは、食材が詰まっていたダンボールを畳んで重ねた上に赤い樹脂を塗って固めただけの急造だ。
「勇者?」
 係員に耳打ちされた央が眉根を跳ね上げた。
 ショーへの参加者はそれなりの数いるのだが、しょせんは素人ばかり。肝心の先陣を担う勇者がいない。そこで主催のH.O.P.E.から数人出て欲しいというわけだ。
「こういう日に限ってアイドルやってる人、いないんだね」
 六花の帰還で、ようやく人々の目から解放されたナイチンゲールが小さなため息をつく。
「……ん、困りました、ね」
 難しい顔をうなずかせる六花。
「こういうときは年長者から、よね」
 と。薄笑みで軌跡を引き、マイヤがふわりと進み出た。
「マイヤさんなら文句なし! だけど……ほかの人、ちょっと別の意味で勇気いるかも」
 あけびが勢いを急降下させる。よほどの美的偏差値を備えている者でなければ、マイヤの直後に続くのはなかなか辛いだろう。
「後方は私が固めよう。続く者たちがため、道を斬り拓く」
 それを聞いた六花はアルヴィナの羽衣の裾を引き、「ん」。
「私も行けって?」
「アルヴィナ、すごく、綺麗……だから」
 マイヤにも墓場鳥にも負けないくらいに。だからそれをみんなに見せてあげて。
 正直なところ気乗りはしない。しかし、たまには六花の願いを叶えてあげるべきだろうか。アルヴィナは女神で、六花は世界でただひとりの巫女なのだから。
「――しょうがないから付き合うわ。ひとりよりふたりでしょ?」
 続いてリオンがとんと自分の胸を叩き。
「大丈夫だよ。俺とニーナがしっかりカバーするからさ」
「え、私も!?」
 唐突な展開にロップイヤーを逆立てる仁菜だったが、リオンはその腕をつかんでずるずる。
「じゃあ俺たち準備あるから」
「え、ちょ、リオン! ああああああああ」
 それは見なかったことにして。
「マイヤの魅力は誰の目も惹きつけるよ。誰かのとなりに立てば、その人の価値まで高めるくらいに。今日はそれを、俺以外の誰かに見せつけてやってほしいな」
 かく言う俺も存分に見せつけられる気なんだけどね。笑みを湛えた央がマイヤを送りだそうと伸べた手――それがふわりと彼女の手に取られて。
「今の言葉に嘘がないなら、ワタシがとなりに立てば央の価値も高まるのよね? 見せつけてあげる。ワタシたちの魅力と価値を、あなた以外の全員に」
 マイヤは央の手を引き、舞台裏となっているカーテンの向こうへまっすぐ進む。
 それを見送った仙寿はぽつり。
「さすがとしか言い様がないな」
 六花とナイチンゲールは何度もうなずくことしかできなかった。大人の関係は、ただただすごい!
「露払いが真打というのはなんともはやだが……六花」
 墓場鳥は苦笑を引っ込めて六花に目をやり、その頬を指先でやさしくなぜた。
「ナイチンゲールを頼んだぞ」
「……ん、了解、です……」
 心地よさげに目を細める六花。
「じゃあ、私も行ってくるわ。せっかく出るんだもの。せいぜい見せつけてあげないと――」
 羽衣をはためかせて歩き出したアルヴィナは、三歩で左右から係員に拘束される。
「――え、この格好じゃだめ? そんなこと言われてもほかの服なんて持ってないんだけど!」
 仁菜とは別の方角へ連れて行かれるアルヴィナ。
 仙寿は諦念を込めてかぶりを振った。
「それはそうなるか。でも、どんな衣装で出てくるのかは楽しみだな」
「……六花も、そう思います」
「私も実はちょっと楽しみ」
 六花、ナイチンゲールとうなずきあう仙寿は、完全に観客モードであったのだが。
「仙寿様、時間ないから行くよ!」
 なに? 聞き返す間も与えられず、あけびに背中を押されて舞台裏へ。
 後に残されたナイチンゲールと六花はあらためて顔を見合わせる。
「仙寿、出るんだね」
「……ん。楽しみ、です」
 六花の目が少し潤んでいるのは気のせいだろうか? 思いながらもナイチンゲールはさりげなく六花からランウェイへ目線を移す。もしなにかあるのだとしても、それを問い質す理不尽はしたくなかった。
 だって、六花は大切な友だちだから。

 わぁ――跳ね上がるはずだった歓声が押し詰まり、ため息に変わる。
 ブラックチョコスーツで身を固めた央と、ホワイトチョコドレスで身を飾ったマイヤに目を奪われて。
「……よくこんな服がとってあったな」
 つぶやく央の腕にからめていた指を解き、マイヤが優美に踏み出した。
 それにしてもマイヤは堂々とした歩みを魅せる。信じられるか? あんなに綺麗で自信に満ち満ちた麗人が、いつもは人目を疎んで幻想蝶に閉じこもりっきりだなんて。
「ちゃんと捕まえていて。ワタシが誰にもさらわれてしまわないように」
 ……俺はなにもわかってない。マイヤは俺がいるからあそこに立てるんだ。マイヤがいるから俺がここに立てるように。だから。
 央はことさらに大きく両腕を広げ、ランウェイの先で待つマイヤへ歩み寄る。
「わ」
 これは観客席の六花の声。
 すまないな。青少年には少しだけ刺激が強いかもしれない。マイヤにその腕の内を独占させた央は薄く苦笑を閃かせた。

 ふたりと交代してランウェイへ進み出たのは墓場鳥とアルヴィナだ。
 おお! 太いどよめきで場が満たされる。
 オールバックに固めた髪とブリティッシュ・スタンダードの風格を映すストライプ柄のタキシードで決めた墓場鳥。どこか男性的なにおいを感じさせる引き締まった面と、その唇にさした薄紅のミスマッチは、さながら歌劇のスターといった風情である。
 ランウェイの下で声をあげる女性陣に対して墓場鳥はかるく手を上げてみせ、結果、絶叫を轟かせた。
 それを見上げるナイチンゲールは思うのだ。墓場鳥、意外とそっち系もいけそう?
 対してアルヴィナは、青と白とを組み合わせたシフォンドレスをまとい、透白の肌を透かし見せる。
 このドレスは新進気鋭のデザイナーの手によるものだが、並の女では下品に堕ちるとの理由から衣装箱の隅に押し込まれていた。それをアルヴィナが見つけたのは、ある意味で運命だったのだろう。
 果たして彼女はそれをこの上もなく着こなしてみせた。その肢体から匂い立つ妖艶と氷雪の荘厳をもって。
「信者を増やすつもりはないけど、そうなったときのこと考えておくべきかしらね」
 墓場鳥のエスコートを受けたアルヴィナは楚々とランウェイの先へ進んで立ち止まり、優美なターンを決めて一礼。その瞬間、彼女の周囲に氷雪が羽衣さながら帯を成して舞い踊った。
 息もなく見惚れるばかりの観客の内で、六花が大きな目をしばたたく。
「アルヴィナ……すごい。すごいすごい、すごい……」
 ああ、六花が喜んでる。どう? 私はあなたの心に、少しでも贖えた?

 ナイチンゲールの世話を焼きながら、六花はランウェイを陶然と見上げている。
 みんなすごい。六花もドレス、似合うようになるかな? アルヴィナのははずかしいけど、マイヤさんのドレス、すごく綺麗。
 でも六花だったらやっぱり青かな。でもでも、あんなドレス、背がもっと高くならないと似合わないよね。……小さいままだったらどうしよう。
 あれこれ思い悩みつつも、六花はナイチンゲールの口にチョコを運ぶ。
 しかしながらそれがすでにわんこそば状態になっていることに、夢見る少女は気づかないのだった。そしてそのチョコが普通のチョコではないことにも。

 続くはあけびと、その後ろに従う仙寿だ。
「和装かと思ってた」
 先を行くあけびが仙寿の言葉に振り向いて。
「バレンタインに敬意を表して!」
 ランウェイの赤に負けない鮮やかな赤のワンピースはシンプルなIライン。腰の絞りがアクセントになって、あけびのスタイルを際立たせている。仙寿にはもちろん「高級そう」くらいしかわからなかったが、素材はクレープ・ド・シーヌである。
 ――いや。もうひとつだけ、仙寿にもわかることがあった。
「いつもより大人びて見える」
 あけびの赤に合わせて白のタキシードを着込んだ仙寿は、努めて平らかに告げた。
 心がやけに波立つのは、やっと追いつけたつもりでいたあけびの背がまた離れて行くような気がするからか。
 ……ふてくされてんじゃねーよ、俺。
 思わず首を締め上げるホワイトタイをゆるめれば、ランウェイの下から高い声が飛んできた。墓場鳥の男装が意外性の黒なら、彼の礼装は王道の白。女子に受けない道理はない。
「仙寿様、受けてるよー」
 にやにやとからかうあけび。少しだけ穏やかならぬ気持ちがなくもないが。
 問題は、どうして私が穏やかじゃないかだよね。
 理由はわかっているが、言えない。だってちゃんとそういうこと、言ってないし聞いてないし。でもやっぱりもやもやはするわけで……。
「仙寿様! 舞おうか!」
 どこに隠していたものか、仙寿に雷切を放って自らは守護刀「小烏丸」を構える。
「舞うって剣舞かよ!? って、いつから剣舞が模擬戦に――」
「いいから行くよーっ!」
 ハイヒールじゃなく、パンプスにしておいてよかった。これなら最初からこうする気だったと言い張れる。
 キィン! 鋼が打ち合う高い音が響き、観客が今日いちばんの歓声をあげた。
「クレープはともかく、フランス生地というところは好かないが、せっかくだ。混ぜてもらおう」
 あけびのサポートとばかりに墓場鳥が乱入し。
「じゃあ雪でも降らせてみる?」
 アルヴィナはライヴスを雪の結晶に変えて吹き流し。
「見せつけるならアクションも、かしら?」
「俺はついていけそうにないから、後ろで応援させてもらうよ」
 央に送り出されたマイヤが参戦した。
 かくて繰り広げられる剣士の饗宴――と思いきや。
「みんなー、楽しくバレンタインを過ごしてるかなーっ? 悪い子はあま〜いお菓子で退治しちゃうよっ♪ ――シューティング!」
 色とりどりの星と共にランウェイへ降ってきた仁菜が、ピンクを基調としたフリルいっぱいゆるふわロリータドレスをなびかせてポーズを決めた。
「お菓子とか平和とか自由とかの味方です! 魔法少女マジカル★ミルフィー、降・臨!」
 星マークは本来白抜きなのだが、表記の都合上黒星になってしまったことをお許しいただきたい。
 と、それはともあれ。
 本来どうにもならないくらいはずかしがり屋な仁菜が魔法少女になってしまったのは、ある魔導書と再会してしまったがゆえのことだった。
 メンサ・セグンダ。がっつりファンシーに改造されたそれは、忘れもしない、過去に参加したお祭りでリオンに陥れられ、“変身”させられたミルフィーのメイン武装。
『な、なんでこれがここにあるの!?』
 舞台裏でおののく仁菜へ、リオンは実にいい笑顔で言ったものだ。
『ショーの主催者の人があのお祭りも見てたらしくてさ。せっかくニーナが出てくれるんならぜひ! って』
 ようするに仁菜ははめられたのだ。またしても、リオンに。
『はいニーナがんば!』
『うう……ううー。あーもーあーっ!』
 リオンの手から魔導書を引ったくり、仁菜は覚悟を決めた。
 女は度胸! 魔法少女は勢いとノリ!
 そういうわけで、リオンと共鳴した仁菜はミルフィーとして皆の前に降り立ったのだ。
「これは……罪深いな」
 墓場鳥の謎ゼリフに迎えられて。

 そしてランウェイでは、剣舞でも模擬戦でもない魔法少女ショーが始まった。
 ミルフィーの甘々な魔法で平和とか自由とかを取り戻したエージェントが、ミルフィーもう一冊の魔導書である星の書からあふれ出る流星に美しく彩られる。
「こんなに照らされたら暗殺は無理ね」
 すくいあげた流星が手の上できらきら散りゆく様を見下ろし、マイヤが苦笑。
「でも似合ってる。なによりも、誰よりもね」
 央はそんな彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「仙寿様、ほんとに王子様みたいだよ!」
 仙寿の髪をなぜて落ち行く星に、あけびが目を輝かせて。
「おまえもまあ、おひ……お日様みたいだな」
 お姫様みたいだと言えないところが、仙寿の仙寿たるところなのだ。
「不思議なものだな。このような私をも照らす光があるなど」
 星が湧き出す上空に万感の目を向ける墓場鳥。
「光も闇も等しく在るものよ。あなたにも――人ならぬ私にも」
 アルヴィナはうなずき、言葉を添えた。
 そのとき。
「墓場鳥! 私もマジカルきらきらする!」
 ランウェイに飛び乗ってきたのは、両腕をだらりと下げたナイチンゲールだ。
「あの……さっき食べたチョコに、お酒……入ってたみたいで……」
 下から六花が掲げてみせたのは、ブランドチョコの詰め合わせ箱。中身は半分なくなっていて、そのすべてが酒入りだったらしい。
「ナイチンゲール、食べさせてもらえるのがうれしくて黙っていたのか……ん、やめろ、今はだめだ!」
「きらきらするー!」
 無理矢理に墓場鳥と共鳴したナイチンゲールは、あけびと同じ赤の、しかし背が大きく開いたセクシーなロングドレス姿で観客に向かった。
「みんなー、きらきらしてるー?」
 星の代わりに投げキッスを撒き散らす。
「小夜って酔っ払うとあんな感じなんだ……」
 呆然とつぶやくあけびの肩を叩き、マイヤが駆け出した。
「ワタシたちで止めるわよ。男性陣に触らせられないし」
「六花、共鳴するわよ! 頭冷やしてあげなくちゃ」
「……ん!」
 アルヴィナと六花が共鳴。氷雪の妖精然とした姿を顕わして、これまた歓声を浴びたりする。
 そして、肚を据えたらとことんなりきり、やりぬくミルフィーである。
「このままじゃ悪いヨッパライに世界が……! みんなの力、ミルフィーに集めて! 呪文はもう知ってるよね!? じゃあ、声を合わせてせーのっ!」
 シューティングー!!
 完璧なアニメ芝居による音頭で観客が声を合わせると、魔導書から飛びだした無数の小さなきらめきがドーム全体へと降りそそぐ。
 かくて彼らが目を奪われている隙、一同はナイチンゲールを捕獲、舞台裏へと退場したのだった。


 エージェントの大騒ぎで勢いづいたか、一般参加歓迎のファッションショーは続いている。
 その脇の食べ放題ブースには役目を終えたエージェントがようやく顔を合わせていて……物理的に頭の先からつま先まで冷やされたナイチンゲールが平謝り状態なのだった。
「すみません。すみません」
「まあ、うまくごまかせたみたいだからいいんじゃない?」
 介添えのアルヴィナが言い、一同はうなずく。
「まあ、ファッションショーっていうより仮装ショーになってきたけどね」
 央はランウェイ上の人々の有様から目を逸らし、苦笑した。
「みんなお待たせー」
 仁菜を先頭にし、教室に参加していた面々が焼きたてのチョコクッキーやチョコレート、ケーキを盛った皿を抱えてやってきた。
「ああ、焼き上がったのか」
 今の今までしゃべる気力も尽き果てた体だった墓場鳥が、青ざめた顔をほんのりゆるめる。
「コーヒーと紅茶もあるよ。さすがにネルドリップーとかジャンピングーとかこだわれなかったけど」
 あけびは皆にどちらがいいか訊きつつ、ポットから紙コップへ次々茶を注いでいく。
「みんなコップ持った? えー、今日はいろいろあったけど、お疲れ!」
 リオンがコップを皆のほうへ差し出して、皆がぽすぽすぽこぽこ、コップの口をかるく突き合わせた。
「センセイのはさすがね」
 仙寿のクッキーをひと口かじったマイヤがどこか悔しげに言う。計量を正しく行えばうまい菓子はできると彼は言ったが、まさにその境地を見せつけられた気分だ。それに比べて、ワタシのは……。
「マイヤのクッキーもよくできてる。あとは慣れだな」
 仙寿の言葉に、思わず央の顔を見る。
「うん、うまい。――14日も期待していいかな?」
 死にたがりだったマイヤに生きることを強いたのは俺だ。だけど。
「もちろんよ。やりかたはちゃんと憶えたから」
 もう死にたがりじゃないマイヤは、その日を俺といっしょに迎えてくれる。でも俺は礼を言ったりしないよ。だってそれはあたりまえのことなんだから。
「……ん、ナイチンゲールさん。仙寿さんのクッキー、おいしい……ですよ」
「うう、ありがとう」
 ナイチンゲールも少しだけ立ち直ってきたようだ。
「私たちのも食べてね。リオンのことはしっかり監視してたから、多分大丈夫!」
 仁菜が皆に自分の作とリオンの作を盛り合わせた皿をすすめる。
「チョコクッキーはなにが混ざってるかわからないからな……」
 仙寿がおそるおそるクッキーを口に入れる。問題なくおいしい。
「大丈夫みたいだよ!」
 あけびがうなずいてクッキーを一枚つまみあげた。
「俺は毒味役かよ」
 実に不満げな仙寿だったが、超料理下手なことで名高いリオンの品にあたっても問題なさそうだ。
「大丈夫だって! 俺、ちゃんと混ぜて作ったしー」
 胸を張るリオン。
 おそるおそる食べる一同。
 果たして。
 仙寿と六花を除く全員が、がっくり膝をついたのだった。
「――驚くほどにカレーの味がする」
 ブレイブナイトの防御力を発揮し、誰よりも早く我を取り戻した墓場鳥がコメント。
「リオン、なに混ぜたの?」
 昏いライヴスを滾らせて詰め寄る仁菜に、リオンは堂々と。
「甘いのにしょっぱい隠し味入れるだろ? だから俺もスパイス入れてみた!」
 あのときあれほど“話し合った”はずなのに。リオン、なんにも聞いてなかったんだね――!
「まずガラムマサラだろー」
「カレーだね……」、あけびがうなり。
「ターメリックだろー」
「カレーよね……」、アルヴィナがうなだれ。
「クミンだろー」
「カレーだな……」、央が眉をしかめ。
「あとコリアンダー!」
「びっくりするくらい、カレー……」、仁菜が力尽きた。
「唐辛子が入ってなかったのは不幸中の幸いだったな」
 人々にあわてて新しい茶を配る仙寿。
「……ん、そう、思います」
 少しだけはやる気持ちを抑えて、六花は仙寿の手伝いにかかった。
 となりに仙寿がいる。けして添うことはできないのだとしても、手を少し伸ばせば届くほど近くに。
 この距離を保っていこう。友だちよりも近くて彼女より遠い、兄妹みたいな間隔を。
 六花は明るい顔を作った。小さな胸で結んだ決意が透かし見えてしまわないよう、ありったけの力を込めて。
「これは罰……主が私に下した罰なんだね……」
 一方、先の失敗と併せて猛烈に落ち込むナイチンゲールへ、自らの失敗に気づかないリオンが向かう。
「ほら、ナイチンゲールさんこれすごくおいしそうだよ! 色も綺麗だし!」
 ロンググラスに満たされたコールドドリンク。それはナイチンゲールの瞳の色と同じ、綺麗な青色をしていた。
「待て。ナイチンゲールへの気遣いには感謝するが、それはカクテルだ」
 墓場鳥がそっと止めて、自らの手にそのグラスをとった。
 どうせ酒は楽しむつもりだったし、今はなにより口の中のぞわぞわを洗い流さなければ。ぐうっとグラスを呷り、そして差し出されたものを反射的に口へ運び――悶・絶。
「酒とチョコって合うんだってな!」
 すばらしい笑顔のリオンをかすむ目でにらみつけ、墓場鳥は歯を食いしばる。言いたいことはあっても、これではなにも言えやしなかった。

「仙寿様……追加で冷たいお茶、用意したほうがいいかも」
 危うい足取りで仙寿に近づくあけび。仙寿の腕をつかんで体を支えようとしたが……かくり。仙寿の体がよろめいて、ふたりはそのまま尻餅をついてしまった。
「いやいや、私そんなに重くないし!?」
「あけびは重くない。重いのは、俺だ」
 ん? 仙寿の声に力がない。とろりと崩れて、いつもの張りが……
「仙寿様、もしかして酔ってる?」
「みてーだな。なんか、力入んねー」
 あけびは知らなかったが、リオンのクッキーにやられた人々へ飲み物を配った後、仙寿がひと息つこうと口にしたものは既製品のチョコレートで、しかもそれはナイチンゲールをランウェイへ押し上げた例のものだったのだ。
「あー、もう。お酒弱いのに」
 ぐにゃりともたれかかってくる仙寿を支えてやりながら、あけびは息をつく。すっかり言葉づかいが前の感じに戻ってる。仙寿様ってこんな酔いかたすることもあるんだ。
「すぐ醒める。だからそれまで」
 ますます体を預けてくる仙寿。あけびはあせあせと仙寿を抱き留め、ぐるぐる。
 それまで!? え? それまでなに!? いやいや、それより今の体勢ってその……だよね? せめてちゃんとしてるときにって、思うんだけど、ね。
 唐突に心が澄んだ。背中で仙寿を支え、あけびは微笑む。
 いいよ。醒めるまで私が護る。だから――ほかの誰にも、そんな仙寿様を預けないで。

 六花は手にしていた冷水のグラスをそっとテーブルに戻した。
 ふたりの邪魔をしたくなかった。それに、邪魔になると知っていながら割り込む自分をゆるせなくて。
 置いてきたつもりでも、振り切ったつもりでも、忘れ去ったつもりでも。その想いの欠片は今も胸の底をカラコロ転がって、存在を知らせてくる。痛い。痛い。痛い痛い痛い。
 でも、どんなに痛くても泣かない。叫ばない。負けない。
 六花は――前を向くって決めたんだから。


 時間は流れ、イベントはついにエンディングを迎えた。
「教室に参加してくれた人はこれを土産に」
 酔いを醒ました仙寿はあけびと共に、仕込んでおいたカップケーキタイプのガトーショコラを。
「よい子のみんなはチョコどうぞー」
 再びリオンと共鳴してミルフィーとなった仁菜は、中にいろいろな果物を詰めた星形のトリュフチョコを。
「……ん、クッキー、どうぞ……」
「言ってくれたらお持ち帰り用の冷凍サービスもありよ?」
 アルヴィナに手伝ってもらい、六花はたくさん作ったチョコクッキーを。
 帰路につく参加者へ手渡していった。
「ごめんなさい。今日はみんなにたくさん迷惑かけちゃった」
 少し切ない目で菓子を配る面々を見やっていたナイチンゲールが、ギヂギヂきしる両腕を持ち上げた。
 と、央がその手を取り。
「俺たちの誰かが傷ついたら、小夜啼さんは放っておけるかい?」
 かぶりを振るナイチンゲール。
 そういうことだ。造りものだとしても、その手は確かに彼女自身の腕なのだから、放っておきたくない。
「情というものは本当に厄介よね」
 マイヤが肩をすくめ、墓場鳥はただうなずく。
 情は理性を狂わせる。狂わずにいられないほど、情は強いものだから。
「ごめん手伝ってー! これじゃよい子のみんなにお菓子が届かないー!」
 仁菜が助けを呼んでいる。
 四人は顔を見合わせ、思いの彩を胸に駆け出した。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 17歳 / 守護者の光】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 18歳 / 希望の意義を守る者】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 素戔嗚尊】
【マイヤ サーア(aa1445hero001) / 女性 / 26歳 / 奇稲田姫】
【ナイチンゲール(aa4840) / 女性 / 20歳 / 【徴】を刻む者】
【墓場鳥(aa4840hero001) / 女性 / 20歳 / 【能】となる者】
【藤咲 仁菜(aa3237) / 女性 / 14歳 / その背に【暁】を刻みて】
【リオン クロフォード(aa3237hero001) / 男性 / 14歳 / 希望の意義を守る者】
【氷鏡 六花(aa4969) / 女性 / 10歳 / 絶対零度の氷雪華】
【アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001) / 女性 / 18歳 / シベリアの女神】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 贈るは愛しき物。贈られるは愛しき者。其は巡りて円を為し、縁を成す。
 
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2018年03月15日

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