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『思い出は焼肉の香り』
月乃宮 恋音jb1221)&緋打石jb5225)&香奈沢 風禰jb2286)&鳳 蒼姫ja3762)&黄昏ひりょjb3452)&鳳 静矢ja3856)&袋井 雅人jb1469)&満月 美華jb6831


 久遠ヶ原商店街の一角にある、とある店。
 暖簾をくぐると、中は白い煙がもうもうと立ちこめていた。
 もちろん火事ではない。煙幕を焚いているわけでもない。
 ここは月乃宮 恋音(jb1221)が懇意にしている焼肉屋だった。
「……いつも焼肉部の活動で、使わせていただいているのですよぉ……」
 今日は仲間内で集まっての新年会。
 換気扇をフル回転させてもなお白く煙る店内を、幹事を務める恋音は慣れた様子で奥へ進む。
 店員の案内は必要ない。客として利用する大抵の店で働いた経験を持つ彼女にとっては、この店もやはり勝手知ったる何とやら、なのだ。
「……どうぞ、こちらへ……」
「足下に気をつけてくださいね! 履き物に躓いて転ばないように!」
 殿に控えた袋井 雅人(jb1469)の声に従って、一行は一列縦隊でそろりそろりと進んで行った。
 通路の幅は大人が三人並んで歩ける程度はあるが、両側に並ぶ座敷の前に置かれた客達の履き物がその三分の一ほどを占拠していた。
 きちんと端に寄せて揃えられてはいても、うっかりすると蹴り飛ばしてしまいそうになる。
 そこに両手に大皿を捧げ持った店員が通りかかろうものなら、進軍の難度は更に上がる。
 おまけにこの煙だ。
「足下が見えないなの! お店の中で遭難しそうなの!」
 香奈沢 風禰(jb2286)は片手で前を行く鳳 静矢(ja3856)の袖をしっかり掴み、もう一方でリコ・ロゼ(jz0318)の手を引いていた。
 なお本日は新年らしく、鳳 蒼姫(ja3762)に着付けてもらった和装でキメているため、カマふぃではなく、ただのフィーだ。
 しかし、せっかくの晴れ着に容赦なく染み込む焼肉の煙と匂い。
 こんなことならセーター姿の満月 美華(jb6831)のように、普段着で来れば良かったか――いやいや、そこは乙女のアレがソレ。
「リコさん、この手を離したらもう二度と生きては巡り会えないなの!」
「うん、わかった! リコぜったい離さないよ!」
 そんなやりとりも大袈裟とは思えない。
 気分はまさに、山火事に巻き込まれた探検家ご一行様だった。

 硝煙地帯を無事に抜け、奥まった座敷に辿り着く。
 障子の向こうはまだ、清々しい空気に満たされていた。
「お座敷の方は意外と広々してるのですねぃ☆」
 上がり框の高い段差に難儀しつつ、フィーと同じく晴れ着姿の蒼姫が部屋を覗き込む。
「……そうですねぇ……お部屋を少しでも広くするために、通路が犠牲になったと……いつか店長さんが仰っていたのですぅ……」
 畳敷きの個室には大きな焼肉テーブルが二つ並び、その周囲に十枚の座布団が敷かれていた。
 それでも隅の方には、何人かが寝転がって休める程度のスペースがある。
「なるほど、食べ過ぎて苦しくなったらここで少し休んで、復活したらまた腹一杯食べられるってことだね」
 見かけによらず大食漢な黄昏ひりょ(jb3452)の目がキラリと光った。
「ところで、今日の費用は誰が持つのかな?」
「そう言えば会費の話は聞いておらぬのじゃ」
 緋打石(jb5225)の目が、ごく自然に門木章治(jz0029)へと向けられる。
「……俺?」
「教師という立場上、そういうことになるのではないかのう?」
 いや待て、ちょっと待て。
 呼ばれたのは財布か、用があるのは財布なのか。
 嬉しかったのに、誘ってもらえてめっちゃ嬉しかったのに!
「……あぁ……いいえ、違うのですよぉ……」
 畳に「ののじ」を書き始めた門木に向かって、恋音は首を振る。
「……僭越かとは思いますが、今回は全て私の奢りとさせていただきますのでぇ……」
「え、いや、しかし……」
 他人の金で食う焼肉は美味いと聞く。
 しかし、どうなんだろう。卒業から歳月を経た敬老の日に、立場も稼ぎも立派になった教え子が恩師を囲んで同窓会を開くような場合ならまだしも、今はまだ――
「心配しなくても大丈夫ほえ〜、恋音はとっても商売が上手ほえよ〜」
 隣に座った美華が恋音の首に腕を回した。
「大好きな自慢の義妹ほえ〜」
「……確かに順調ではありますがぁ……満月先輩は褒めすぎなのですよぉ……」
 ともあれ、店の在庫を全て食べきるような事態にでもならない限り、支払いを負担に感じない程度には稼いでいる。
 だから心配無用と恋音はにっこり微笑んだ。
「……その辺りのお話は、食べながらでもさせていただくことにしましてぇ……まずはご注文をお伺いしますねぇ……」
 大皿に溢れんばかりに盛られた肉は、各テーブルにひとつずつ。
 あとはサラダにスープ、キムチやナムル、ピビンパやクッパなどのご飯もの、アルコールやジュースなどのドリンク類――スイーツはまた後で。
「フィーはこう見えてもちゃんとした大人なの! だからお酒もおっけーなの! でもフィーは周りの空気に流されるようなことはしないなの!」
 そう、出来ることを敢えてしないのもまた大人。
 決してアルコールが苦手とか、そういうことはあるけれど、それはそれ。
「大人は弱味を見せないものなの!」
「でもたまには見せても良いと思うのですよぅ☆ そういうのをギャップ萌えと言うのでっす☆」
 蒼姫に言われ、フィーは新たな地平へと目を開く。
「フィーはバージョンアップしたなの! これからは堂々と苦手なものは苦手って言うなの!」
 それで結局どういうことになるかと言うと。
「フィーはクラクラとシュワシュワが苦手なの! だから、ぶつぶつみかんをリクエストなの!」
「……ぶつぶつ……ですかぁ……?」
「つぶつぶみかんのこと、だな」
 静矢さん通訳ありがとう。
「ついでに言うと、クラクラはアルコール、シュワシュワは炭酸のことだ」
「じゃ、リコもお揃いー♪」
「アキは少し日本酒を頂きますのですよぅ☆」
「ふむ、それなら……折角の宴じゃ、どうせなら店で一番良い酒を頼むとしようぞ」
 緋打石が他とは一桁値段の違う純米大吟醸を指さす。
「あ、俺もそれが良いかな……あんまり強くないから量より質みたいな?」
「ほう、黄昏氏も成人済みじゃったか。人は見かけによらぬものじゃのう」
 もっとも、天魔ほどではないけれど。
 見かけによらない最たるもの、それは恐らく緋打石よりも門木の方が遙かに年下であるという事実だろう。
「これも一種のギャップ萌え……いや、ないな」
 ないない。

 注文の品が一通り揃ったら、皆が理性を失う前に乾杯の音頭を。
「……えぇ……本日はお忙しい中お集まりいただきましてぇ……」
 いや、もう既に脳内が「肉」の文字で埋め尽くされていそうな顔がちらほら。
「……新年、おめでとうございます、ですよぉ……」
「乾杯!!」
 雅人が後を引き継いで、高々とグラスを掲げる。
「今回はお誘い有難う」
「お招きにあずかり光栄なのですよーぅ☆」
 鳳夫妻は流石の大人対応、しかし育ち盛り(年齢不問)の食欲は礼儀には勝てなかった。
 二つのコンロから、たちまち上がるジュウジュウと美味しそうな音と食欲をそそる匂い。
 狭い座敷はあっという間に煙で真っ白になった。
「なるほど、これは確かに自宅では難しそうだな」
 煙を吸い込んで軽く咳き込みながら、門木は煙の向こう側に目を凝らす。
 アパート風雲荘にゆかりの者も多いことだし、新年会をやるならリビングで――とも考えたのだが。
「どうじゃ、これで正解だったであろう?」
 思い切り胸を反らした緋打石が、上から目線で下から見上げる。
「あのままリビングで決行すれば、今頃は煙と匂いで大変なことになっておったじゃろうな」
「バーベキューを外でやるのも、多分同じ理由だと思うよ」
 肉の焼け具合を見ながら、ひりょがくすりと笑った。
「門木先生もすっかり人間世界に馴染んだように見えて、意外なところで不意打ちとか結構スキル高いよね」
「何のスキルだ」
「人界知らずと……天然、かな」
 言いつつ、ひりょは焼けた肉を口に放り込む。
「あふっ、あふあふ……っ」
 熱い、けれど、この火傷しそうなアツアツを頬張るのも焼肉の醍醐味だ。
「皆さん自分の分は自分で焼いてくださいね!」
 雅人の宣言通り、ここに焼肉奉行はいない。
 言わば無法地帯の網の上では、自分の肉は自分で守るしかないのだ。
「うむ、良い具合に焼けておるのう」
 緋打石の箸が程よく焼けた肉をさらって行く。
「あっ、それリコのお肉!」
「ふっふっふ、所有権を主張するなら(もぐもぐ)きちんと名前を書いておくことじゃな(ごきゅん)」
「お肉に名前書く人なんていないと思うけど……」
「リコさん、フィーはちゃんと書いてるなの!」
 ほら、タレでこうやって!
「フィーの名前を書けば、このお肉は全部フィーのものなの! でも独り占めは良くないからリコさんの名前も書くなの!」
「アキの分も残しておいてほしいのですよぅー」
「わかったなの! リコさんもアキ姉もばっちぐーなの!」
 フィー、リコ、アキ……ほら、みんなカタカナでシンプルだから書きやすい!
 なおこれ以上に画数の多い字は書けませんのでご了承ください。
「しかし上から塗り潰せば証拠隠滅じゃ」
 じゃぶじゃぶ、緋打石は「フィー」と書かれた肉をタレに浸してぱくり。
「あーーー! 食べ物の恨みは怖ろしいなの!」
「アキのお肉は食べるとお腹で暴れて大変なのですよぅ☆」
「じゃあリコのお肉は100パー脂肪に変わってぶっくぶくだよっ」
「贅肉が怖くて肉など食えぬわ!」
 ダイエットは明日から!

「……あのぉ、お肉はまだまだたくさんありますのでぇ……」
 肉食女子の騒ぎを受けて、恋音は追加を注文しようと腰を浮かせる。
 が、その肩に雅人の手が置かれた。
「恋音もちゃんと食べてますか?」
「……はい、皆さんの勢いには敵いませんがぁ……」
 小食のためあまり多くは食べられないが、焼肉部に所属するだけあって恋音も焼肉は好きだ。
 しかしこうした席では、どうしてもマネージャーとしての本能が先に立ってしまう。
 料理は足りているか、味付けはどうか、楽しめているか――自分の食事よりも、そんなことが気になって仕方がないのだ。
「大丈夫ですよ、今日は私が裏方を引き受けますからね! 恋音は心置きなく食事を楽しんでください!」
 そのために、こうしてラフなジャージ姿で参戦した……というわけでもないけれど、結果オーライ。
「では、私は注文ついでに皆さんにお酌してきますね!」
 フットワークも軽く、席を立った雅人は皆のところへ突撃して行った。
「はい、どうぞ門木先生! 大吟醸でいいですか!」
「お、悪いな……ありがとう」
 今日は飲むより食べる方が優先と思っていたが、お酌してくれるなら遠慮はしない。
 しかも大吟醸なら断る理由がどこにあろうか。
「いやー今日は豪華メンバーで、一緒に居るだけでワクワクしますね! そうだ先生、これ見てくださいこれ!」
 雅人が脇に挟んだバインダーを嬉々として差し出した。
「自慢のくず鉄コレクションなんですよ! 今日は写真でしかお見せ出来ないのが残念ですが、今度ぜひ本物を見に来ていただきたいものです!」
「……あぁ、うん……」
 雅人はそのひとつひとつが元は何だったのか、その由来と発生の経緯までこと細かに解説してくれた。
 でも、なんだろう、古傷を抉られるような気持ちになるのは気のせいだろうか。

「袋井がおもてなしする間、恋音のお世話は私が引き受けるほえ〜」
 美華は恋音のグラスにジュースを注ぎ、改めて二人で乾杯。
 油断するとあっという間に消えて行く肉を確保しながら、皆の胃袋が落ち着くのをのんびりと待つ。
 やがて話をするために口を動かす余裕が出来た頃、恋音はさりげなく切り出した。
「……卒業してから、もう四ヶ月ほどになりますかぁ……」
 恋音自身は学園に残ったが、中には卒業を機に島を離れた者もいる。
 島には残っても、進む道が違えば顔を合わせる機会は殆どなく、今日は久しぶりの再会となる者も多かった。
「そうじゃな、アパートの面子とは毎日のように顔を合わせておるし、月乃宮氏とも懇意にさせてもらっておるが、こうして改めて集まるのもまた良いものじゃ」
 緋打石は卒業後も風雲荘の一室を事務所として借り受け、万事屋『トルメンタ』の代表として仕事に精を出している。
 主なお得意様は、恋音の事務代行業――と言っても、引き受けるのは書類の山ではない。
 おおっぴらには言えない、ちょっとヤバめな類のアレコレだ。
「少々の危険が伴うこともあるが、まあ問題はない」
 なんたってベテラン撃退士だからね!
「卒業はしたが引退はしておらぬぞ。皆も何か困ったことがあれば遠慮なく自分に相談するがよい」
 あ、これ料金表ね。気分次第でお友達価格にしてあげてもいいのよ?
「今のところ、それなりに儲かっておるしのう……まあ、忙しいほど多くないが生活に困るほど少なくはない、といったところか」
「それくらいが丁度良いほえ〜、あんまり欲をかいてもろくなことにならないほえ〜」
 既に場の空気に酔っているらしい美華が、恋音にしなだれかかる。
 いや、空気酔いではない。
 酒の中に、撃退士さえ酔わせる例の酒がこっそり紛れ込んでいたらしい。
「恋音とまたいっしょ〜♪」
 ほろ酔い加減の美華は、ご機嫌で恋音をはぐはぐすりすり。
 二人は義姉妹であり、共に学園に残って事業を支えるビジネスパートナーでもある。
「……ええ……今後ともよろしくお願いするのですよぉ……」
「ま〜かせ〜んしゃ〜い」
 先にも言った通り、恋音の事業は順調だった。
 ただ、順調に行きすぎて嬉しい悲鳴が聞こえる今日この頃。
「……基本的には上手く行っているのですがぁ……その、副業と言いますか、本来の業務の他にも手広く扱っておりましてぇ……」
 大きな声では言えないが、恋音には緋打石に依頼しているような案件を扱う裏の顔がある。
 いやいや、何か悪辣なことを企んでいるわけではなく、むしろその逆、悪辣な輩を成敗する側だから安心してほしい。
 ただ、公にしてしまうとその仕事に支障が出るということは、おわかりいただけるだろう。
 現在そちらの影響で、業務提携先以外にも必要な管理先や行うべき業務が増えている為に、少々人手が不足してきている状況だった。
「……今後のことを考えますと……やはり人員の拡充が必要になるでしょうねぇ……」
 特に重要な案件を任せられる、役員候補者が。
「……現在は協力者として力をお貸しいただいている、学園生や卒業予定者のうち何人かを……役員候補として登用するべく選定作業を進めているところですねぇ……」
「それが済んだら、ますます順調に拡大を続けるってわけか。すごいなあ月乃宮さん」
 ひりょが自分のことのように喜びながら目を丸くする。
「……そうですねぇ……でも、事業が順調なのは私だけの力ではないのですよぉ……ご協力いただいている皆さんのお力添えのお陰ですのでぇ……」
「恋音はまたそうやって謙遜して」
 おもてなしを終えて戻った雅人がくすりと笑った。
「でも、その謙虚さが成功を引き寄せてくれているのでしょうね。その気持ちを忘れなければ、いつか世界一の大企業にだってなれますよ!」
「……ありがとうございます、袋井先輩……」
 と、美華の喉から地を這うような声が漏れる。
「ふ〜く〜ろ〜い〜〜〜」
 完全に出来上がった美華は、鬼気迫る勢いで雅人に詰め寄った。
「その時は逆玉だ〜なんて思ってないでしょうね〜?」
「思ってませんよ! それは結果的にはそうなる可能性も否定はしませんが!」
 否定しないのか。
「それならいいけど〜」
 いいのか。
「袋井〜、危ないことばっかりしてないで〜、ちゃんと恋音を守りなさいよ〜?」
「危ないこと?」
 門木の問いに、雅人は首を振った。
「恋音の助けを借りて、今も現役のフリー撃退士として最前線で戦い続けている……というだけですよ」
 かつては殆どの者が身を置いていた、死と隣り合わせの日常。
 だが今では昔日ほどの危険はない。
「ただ、マルコシアスとはいつかきっちりと決着をつけないといけませんねー」
 少なくともそれまでは、現役を続けるつもりだった。
「大事な義妹を泣かせたら承知しないわよ!」
「わかっていますよ、決着と言っても協定違反になるようなことは出来ませんし」
 それに一応、あれは門木の血縁でもあるらしいし。
 向こうから攻めて来るなら別だが、そうでなければ穏便な手段で決着をつけることになるだろう――ラブコメ対決とか?
「その言葉、忘れ……ぐぅ」
 あ、寝ちゃった。
「……悪酔いしたのでしょうかぁ……暫く寝かせてあげましょうねぇ……」
 一眠りすれば酔いも醒めるだろうと、恋音は座敷の隅に座布団を並べ、美華をそっと横たえた。
 なお、裏の顔はかなり掌握を進めてはいるが、規模が非常に大きいこともあって、完全掌握にはまだ1〜2年はかかりそうだ――というのも大きい声では言えないけれど。

「まったく賑やかなことだが、こういう楽しみもありだな」
 静かに杯を傾けつつ、静矢がしみじみと呟く。
「こうして気兼ねなくのんびりと出来るというのも、平和になってきた証なのかもしれないな」
 これが半年前なら、何かあればすぐ出動出来るようにと帯刀は欠かさなかった。
「今はこの通り丸腰だ。もっとも、これが普通なのだろうが」
「普通が一番なのですよぅ☆」
 空になった杯に蒼姫が酒を注ぐ。
「ひりょさんもいかがなのです?」
「あ、そうだね……もう少しくらい飲めるかな」
 酌を受けつつ、ひりょは静矢に尋ねる。
「静矢さんは今、学園で先生してるんだっけ?」
「ああ、卒業してすぐに認定試験を受けてな。今は非正規の臨時教員だが、次年度からは正式な教員として採用してもらえる手筈になっている……それまでの間に充分な実績を積めば、という条件付きではあるが」
「静矢さんなら大丈夫なのですよぅ、そしてアキは鳳家の家長として、そんな静矢さんをまったりと支えるのですよぅ☆」
「そうだね、静矢さんは面倒見も良いし人望もあるし、きっと大丈夫。それで、専攻は?」
 静矢は「それは少し褒めすぎではないか」と思いつつも、まんざらでもない気分でひりょの問いに答える。
「主に実技の担当だ。とは言え、これからは実際に戦闘を経験することも少なくなっていくだろう……勿論それは良いことなんだが」
 平和で安全な世界でも、備えは必要だ。
 実戦を知らない世代が増えれば、いざという時に対応が出来なくなる恐れもある。
「だから今までの戦闘記録や自分の体験を伝えることで、実際の戦場を知らない学生にも出来るだけ詳しく教え伝えることが出来ればと考えている」
「そうか、静矢さんはすごいなあ、そこまで具体的に考えてるんだ」
 ひりょは杯に僅かに残った酒を揺らし、その波紋を見つめながら呟いた。
「俺はまだ、そこまではっきりとは決めてなくて……少しぼんやりした感じかな」
「と言うと?」
「うん、俺もね、先生になろうと思ってる。今は免許を取るために勉強中なんだ」
 正直、在学中はそれほど勉学に励んでいたわけではない。
 勉強しようと思っても、戦いが忙しくてそこまで手が回らなかったという事情もある。
「だから来年……いや、もう今年だね。秋の教員資格認定試験を受けるために頑張ってるところ」
 一度で受かるのは難しいかもしれないが、諦めるつもりはなかった。
「もうひとつの夢を叶えるためにも、諦めるわけにはいかないんだ」
 ひとつは「撃退士ひりょ」として「教員となり後の撃退士達に伝えられることを伝えていきたい」という夢。
 もうひとつは「学園生ひりょ」として「考古学者になりたい」という夢。
「両方とも無事に叶えられたら両立を目指すつもりなんだ。非常勤講師として勤務する傍ら、普段は遺跡の発掘作業に精を出す……みたいな」
 そんな日々を過ごしたいと、ひりょにしては珍しく熱く語る。
「戦う考古学教授なのですねぃ☆」
「いや、ムチ振り回したりはしないけど……多分」
「しかし元撃退士なら大抵の危険はものともせずに、発掘や調査に邁進出来るだろう」
「そうだね、トラップなんかがあっても余裕で避けられそうだし」
「シズ兄シズ兄、幼稚園の先生も仲間に入りますかなの!」
 リコとお喋りしていたフィーが静矢の袖をくいくいと引っ張った。
「リコさんは幼稚園の先生を目指してるなの! ね、リコさん?」
「うん、保育士さんとか小さな子を相手にするお仕事がしたいなって」
「リコさんならきっとお似合いなのですよーぅ☆」
「えへへ、みんながそう言ってくれるから、リコ思いっきりその気になっちゃったよ♪ だからね、いっぱい勉強して先生の免許とるんだー♪」
 恐らくは茨の道だろうけれど――主に学力の面で。
「大丈夫なの、茨の道はフィーも一緒なの!」
 フィーは目下、鳳家でまったり暮らしつつ種子島宇宙センターへの就職を目指して猛勉強中。
「科学のことならフィーに任せてなの! フィーは博識なの、このぶつぶつみかんのぶつぶつって蜜柑の細胞なの!」
 そんな知識で大丈夫か。
「大丈夫なの! シズ兄とアキ姉とか、他の家族から勉強を教わってるなの! リコさんも一緒に教わると良いなの!」
「ああ、それは構わない……生物学については基礎からおさらいする必要がありそうだがな」
 それはそうと、科学ならここにお誂え向きの先生がいる――そう言って、静矢はその視線を門木に向けた。
「同じ教師としてよろしくお願いします。ついては先達として何かアドバイスがあれば――」
「……ぁ……私も、現役で教職に有る方には力をお借りすることが有るかもしれませんのでぇ……」
 しかし。
「ああ、駄目じゃ駄目じゃ、こやつは教師とは名ばかりの奇人変人じゃからのう」
 ひどいな緋打石さん、間違ってないけど。
「まあ、確かに授業を受け持ったことも殆どないし、たまに出番が回って来ても大体自習だったしな」
 影響力としてはそこそこ期待出来るかもしれないが、教師としてなら新人である静矢の方がよほど頼りになるだろう。
「リコもね、科学室の先生なら理科とか得意だろうなーって思って、教えてもらおうとしたんだけど……もうぜんっぜんダメ!」
「世の中には自らの知識を他人に分け与える行為が壊滅的に下手な者もおるのじゃ。しかしそれでも教師は務まる、案ずることはなかろうよ」
 教師が百人いれば、百通りの教師像がある。
「それぞれが自分の思う通りに、自分にとっての理想の教師像を目指せば良かろう」
「それに俺も卒業組だしな」
「あ、そう言えばもう科学室のヌシじゃなくなるんだっけ」
 呟くひりょに、門木は頷き返す。
「馴染んだものが変わっちゃうのは寂しいけど、門木先生も新しい一歩を踏み出すんだよね」
「……門木先生は春から医大生なのですねぇ……」
「お医者さんになるほえ? どこの学校ほえ? まさか同級生ほえ〜?」
 充電を終えてむくりと起き上がった美華が、半分寝ぼけながら尋ねた。
「いや、島の外に出ようと思ってる。さっきも言われたが、意外な所で人界知らずのスキルを発揮するからな……一般的な生活にも馴染んでおいた方が良いだろうって、な」
 島から通える場所だし、科学室の手伝いも必要だから、学園から完全に離れるわけではないけれど。
「それは賢明な判断かも」
 ひりょが頷く。
「あんまり世間知らずだと患者さんとの意思疎通が難しくなりそうだし。ほら、医者って問診も大事だから」
「そうなんだよな。でも昔に比べたら、だいぶマシになっただろう?」
「確かに、最初は気難しそうで取っつきにくい印象だったけど……今はそうだな、イジラレーって感じ?」
 うん、そこは話しやすくなったという意味に解釈しておこう。
 しかし島外での生活に不安がないわけではない。
「戦いが終わったとは言っても、島の外には天魔を良く思わない者も多いだろうし――」
「そこは大丈夫なの! 門木先生は天使に見えないなの!」
「むしろどう見ても人間と言うか……オッサンじゃな」
「オッサンとか言うな、これでも色々と気を付けてるんだぞ」
「でもあんまり若作りするのも逆効果だと思うけどな……ほら、痛いとか思われたりして」
「ふむ、そこは教師としても気を付けるべき点だろうな」
 ひりょの指摘に、静矢が神妙な顔で頷く。
「生徒に気に入られようと流行りの話題を取り入れることに夢中になるあまり、肝心の指導が疎かになるケースもあると聞く」
「先生は生徒と友達になる必要はない、とも聞くね」
「そうなのか? 俺、よく科学室で生徒とお茶したりゲームしたり……」
 むしろ自分が率先して生徒達を遊びに誘ったり、色々とやらかした記憶があるのだが、それは拙かったのだろうか。
「……それは問題ないと思うのですよぉ……」
「そうですよ! お陰で楽しい思い出をたくさん作れましたし、何事も度を超さなければ良いということで!」
 心配しなくてもなるようになると、雅人は笑った。
「でも人に教えるのが苦手なら――科学室の引き継ぎは大変だったんじゃないですか? 見習いの人達に教えることも色々あったでしょう?」
「いや、まあ……大部分は助手達がやってくれたし、見習い連中も熱意のある奴ばかりだからな。特に教えなくても勝手に吸収してくれて、助かったよ」
 今では引き継ぎも殆ど終わり、あとは学校が始まる四月まで長い春休みだ。
「お休みの間はどうしてるのです? 勉強の予習とかです?」
「いや、世界中をあちこち回ってみようかと……」
 蒼姫の問いに、門木は柄にもなく頬を染めた。
「その、あれだ、遅くなったけど……新婚旅行的な?」
 直後、あちこちから「爆発しろ」コールが上がったのは言うまでもない。

「四月と言えば、新しいゲームの稼働も四月に延期になったんですよね」
 コールが落ち着いた頃、ふと思い付いたように雅人が言う。
 新しいゲームとは、久遠ヶ原の学生なら誰もが一台は持っていると言われる携帯ゲーム機で遊べるMMORPGのことだ。
「おお、自分もベータテストに参加しておったのじゃが、急に延期になってしもうて……お陰で暇を持て余しておるわ」
「私もですよ……え、皆さんベータテスターなんですか? 門木先生まで?」
「前のゲームじゃアパートの面子で小隊作ってたしな」
「門木先生、意外にゲーマーなんですねぃ☆」
「天界におる能天使もメンバーのひとりじゃな、一番下っ端じゃが」
 ゲーム世界では階級も無意味と緋打石が笑う。
「そうだ、丁度良い機会だし皆でフレンド登録しない?」
 ひりょがゲーム機を取り出すと、皆がそれに倣った。
「それ良い考えなの! でもフィーは受験勉強頑張らないとなの!」
「大丈夫、リコも勉強しなきゃだけど、息抜きも大事だから!」
「わかったなの、ゲームの世界にもカマキリを広めるなの!」
 もちろんリアルでも!
「宇宙センターに就職したらカマキリグッズコーナーを併設するからみんな協力宜しくなの!」
 さりげなく、いや堂々とアピールしつつ、フレ登録ぽち。
 これで、四月になればまたいつでも皆に会える。
「……リアルでも……またいつか、こうして集まりましょうねぇ……」
 食べて飲んで、色々な話をしたい、聞きたい。
 会えなかった時間をこうして埋めていきたい。

 その時まで、暫し――

「あ、肉おかわり」

 誰ですか、しっとり良い空気をぶち壊したのは……!


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【jb1221/月乃宮 恋音/女性/外見年齢19歳/肉乳姫】
【ja3762/鳳 蒼姫/女性/外見年齢22歳/ペンギン封印】
【jb1469/袋井 雅人/男性/外見年齢20歳/ラブコメ対決に期待】
【jb2286/香奈沢 風禰/女性/外見年齢12歳/カマキリ封印】
【jb3452/黄昏ひりょ/男性/外見年齢20歳/実は熱かった】
【ja3856/鳳 静矢/男性/外見年齢25歳/ラッコ封印】
【jb5225/緋打石/女性/外見年齢12歳/しゅちにくりん】
【jb6831/満月 美華/女性/外見年齢20歳/絡みクジラ】
【jz0029/門木章治/男性/外見年齢36歳/爆発する若作り】
【jz0318/リコ・ロゼ/女性/外見年齢14歳/実は乗せられやすい】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、STANZAです。
この度はご依頼ありがとうございました。

次のゲームでまたお会い出来ると良いなあと思いつつ、最後は思い切りアドリブさせていただきました。

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。
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エリュシオン
2018年03月16日

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