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『今宵、クリスマス・キャロルを 』
矢野 胡桃ja2617


 岐阜県多治見市、12月。
 紆余曲折を経て、矢野 胡桃は、多治見で撃退士を擁する企業の社員寮――借り上げマンションにて住み込みで働いている。


 多治見へ移り住んだものの住まいや職探しに行き詰まり気味だった彼女へ、多治見預かりである堕天使ヴェズルフェルニルが伝えた言葉がきっかけ。
 彼の保護者である夏草 風太へ相談をしたところ『彼女に出来ることを無理なく続けられることと、その環境』について手を尽くしてくれた。
 そうして、男女問わず単身者の多い社員寮で希望者への食事の用意という仕事にたどり着いた。
 1階の管理人室を簡易食堂に仕様を変えて、朝と晩の食事を。
 そんな生活が始まり、1カ月と少しが経った。
 紅葉の盛りを過ぎた盆地の街は、ギュッとした寒さが続いている。雪が降るのも遠くないだろう。




『もしもし、矢野さん? 今、だいじょうぶかな』
 夕飯の買い出しへ行こうとした胡桃へ連絡を入れたのは、仕事中であるはずの夏草だった。
「クリスマス会……、です、か?」
『そうそ。あの天使たち、コッチ来てから初めてだろう? 楽しく過ごせたらと思ってねぇ』
 楽し気な夏草の声から、表情は見なくても解かる。彼なりの気遣いであり、息抜きであり、イタズラであろう。
「そういうこと、なら、喜んで」
 共犯者の笑みを浮かべ、胡桃は答えた。


(クリスマス、……ね)
 暖かな料理と、美味しいケーキ。それからプレゼント交換。この3つは必須かしら。
「こんなのんびりとイベントをするなんて、初めてじゃないかしら……」
 もしかしたら、消えてしまった記憶の中にあるかもしれない。
 けれど書き留めてあるのは、任務に就いていたことばかり。
「……楽しい日に、なるといいわ、ね」

 あなたにとっても、わたしにとっても。
 もちろん、共に過ごすみんなにとっても。




 それから2週間後。夏草の部屋。
 慎ましやかなクリスマス会が開催の運びとなった。

「お邪魔します、ね」
「いらっしゃーい、みんな揃ってるよー」
 男3人が、仲良くコタツに入っている。
 部屋の片隅に申し訳程度に小さなツリーが飾られていて、クリスマスらしさと言ったらそれしかない。
「ふ、ふふ……。お待たせ、いたしました」
 笑いをこらえながら、胡桃は卓の上に手作りのクリスマスケーキを置いた。
「わー! 待ってました!」
 スノードームをイメージした、真っ白なケーキ。削ったストロベリーチョコが、花弁のように周囲を飾っている。
「まるいものを、みんなで分けあう……そのことに、意味があるらしい、わ」
「日本の鍋に通じるものかねー」
 ワインの用意をしながら、夏草が言葉を挟む。
「ケーキの後は、鍋だかんね」
「まともなお鍋、ですよね!」
「矢野さん、何を青ざめてるさ……?」
 忘れたはずの何かが胡桃の脳裏をよぎっては消えていく気がするのはどうしてだろう。
「これが『日本のクリスマス』さねー。楽しいものを積極的に取り込む!」
「そうです、ね……」
「胡桃?」
「あ、なんでもない、わ。それじゃあ、始めましょうか」
 ヴェズルフェルニルが案じる眼差しを送るも、胡桃は軽く首を振る。
 消えてゆく。
 大切なことも、さらさらと粉雪のように消えてしまう。それを止める術はない。
 けれど――

 ――メリー・クリスマス

 消えていっても、あきらめず、思い出を重ねていくことはできるから。
 クラッカーを鳴らし、ケーキを切り分ける。
「あ。わたしは未成年、なので」
「矢野さんには、ノンアルコールを用意してるさ。グラスだけでも雰囲気が出るさ」
 独り身の夏草がワイングラスの揃えを持ち合わせているわけもなく、聞けば今回の為に用意したのだそうだ。
 サンドブラストで雪の結晶がデザインされた、小洒落たグラス。
「僕からのプレゼントは、これね。呑みに集まりやすいでしょー」
 矢野さんが、お酒を飲める年になるのも楽しみだしね。
 夏草はそう続け、乾杯を促した。




 ふわふわケーキから、土鍋へと卓の上がチェンジする。
「お鍋ができるまでの間に、プレゼント交換、ね」
 みんな、何を用意しただろう。
 自分が用意したものは、喜んでもらえるだろうか。
「ユングヴィ様から、どうぞ」
「……あなたは、そうやって反応を面白がって」
 ヴェズルフェルニルが上司を優先すれば、ユングヴィが嘆息と共に傍らに置いてあった紙袋を持ち出した。
「まずは――夏草。日頃から世話になっていますからね。感謝を」
「それらしいこと言うねぇ?」
 ニヤニヤしながら、夏草が正方形の箱を受け取る。見た目に反して軽い。

「おんせんのもと」

「疲労回復に良いと」
「そうさね! たしかにね! 長期休暇も取れないし、旅行気分うれしい!!」
「夏草さん、あの、涙……」
 胡桃が、そっとハンカチを差し出した。
「そしてヴェズルフェルニル。あなたには」
「ネクタイですか。有り難く使わせていただきます」
「無難だけど、僕との価格の差が気になる……」
 嗚呼、知識はあっても金銭感覚にはまだまだズレがあるのかもしれない……
「温泉の素も上等品ですよ。是非、試してくださいね」
 にこりと夏草へ笑みを向けてから、ユングヴィは胡桃へ。 
「年頃の女性が喜ぶものといえば、何処へ行っても詰め合わせに困りませんでしたが……」
 だからこそ悩んだと、人界へ来て日の浅い大天使は苦笑いした。
「見つけた時、これしかないと思いました」

 桜色のちりめん和布の包みをそっと開くと――宝石のように輝く苺。

「!!!」
 胡桃の瞳が解かりやすく見開かれ、ヴェズルフェルニルと夏草はその場に笑い崩れた。
「ユングヴィ様、大正解だと思います」
「わかってる、すごいわかってる……」
「なななな、なによう、ふたりともっ。ありがとう、ユングヴィ……大切に頂く、わ」
 震える手で、胡桃は宝石を受け取った。

「それでは、次はわたしかな。実用的だけれど――」
 夏草にはペンを。
「手に馴染むものを1つ、持っておくと重宝するよ」
「……毎回、読みにくい文字でごめんね……?」
「そ、そんなことないです、よ! 夏草さんの字、味があって、良いと思いま ……ええと」
「フォローありがとさ、矢野さん……」
 小馬鹿にされた気分ではあるものの、堕天使が選んだものは腹が立つほど書き心地が良かった。
 ご親切に替え芯も3本付けられている。腹が立つ。
「ユングヴィ様には、こちらを」

「としょカード」

 金額がストレートすぎる。
「わたしの部屋の本は読み終えたでしょう。図書館で借りるのもいいですが、新しいものを手元に置くのも楽しいですよ。歴史ばかりが『人』ではありませんから」
 この時代に、どういったものが持て囃されるのか。
 新刊を置く書店であれば、そういった文化の変遷も見つめて行けるだろう。
「……胡桃」
 恐らく、いちばん好きなものはユングヴィ様が渡してしまったな。
 そんなことを言いながら、ヴェズルフェルニルは名を呼んだ。
「髪が、少し伸びたね」
「え……」
 取り出したのは、なにものにも染まらない白いリボン。
 プラチナピンクから銀へと、ゆっくり変化しつつある胡桃の髪を一房すくい、軽く結ぶ。
「似合うよ」
 彼は、満足そうに金色の目を細めた。
「長く、近く、傍に居られるものをと思ってね」
「……ありが、とう」
 忘れない。忘れたくない。そう思っても、記憶は指の隙間からすり抜けてしまう。
 だから、ならば、忘れてしまっても『忘れない』ものを。
(なかない、つもりだったのに)
 ぐ、と胸が詰まる。胡桃は唇を噛んで、なんとか耐える。
「えと……最後はわたしから、ね」
 えいっと顔を上げて、元気な笑顔で。
「夏草さんには、胃薬を――」
「!?」
「冗談、です」
 第一案だったことは伏せて、胡桃は3人同時に包みを渡す。
「おお……手編みさ!!」
「お、重いかなぁ、と思ったんです、けど……、よければ」
 夏草にはミトンの手袋。
 ユングヴィにはひざ掛けを。
「おでかけ用の私服は、揃えちゃった、かしら?」
 それから、ヴェズルフェルニルにはコートに合わせやすいマフラーを。
「ありがとう。イヴに、何処へ行きたいか決めておくんだよ」
「!?」
「残念、その日は仕事を入れてあるさ休めると思わないように」
「日曜日ですけど、夏草さん!? え ええええ!?」
「ふっ……職権濫用かい?」
「リア充ほろびろとはいわないけどね……?」
「へーわに! へーわにいきましょう、クリスマス会なんですから!!」
 スッとコタツから立ち上がる大人2人を、胡桃が精いっぱい宥める。
「む、鍋がガタガタしてきましたよ。そろそろ食べ時ではないのですか?」
「あっ、お鍋――!!」
 われ関せずといったユングヴィが卓上の変化を告げる。
「ポン酢と胡麻ダレあるから、お好みでねー!」
「好き嫌いなく食べるんだよ、胡桃」
「うぐ……」
「箸の扱いに慣れてくると、こういったものも楽しいですね」


 暖かな料理と、美味しいケーキ。それからプレゼント交換。
 これが揃えば、日本ではだいたいクリスマス。
 卓の中心が鍋でも、傍らにワインがあればだいたいクリスマス。

 幸せの鈴のように、白いリボンが彼女の髪で揺れている。




【今宵、クリスマス・キャロルを 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja2617  / 矢野 胡桃 / 女 / 18歳 / ヴェズルフェルニルの姫君】
【jz0288  /カラス(ヴェズルフェルニル)/ 男 / 28歳 /多治見の堕天使】
【jz0392 / 夏草 風太 / 男 / 27歳 / 多治見の企業撃退士】
【未登録NPC/ ユングヴィ / 男 / 28歳 / 多治見預かりの大天使】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
そして大っっ変お待たせいたしました……! お待ちくださり、本当にありがとうございました!!
めまぐるしくも穏やかに移ろう日々、クリスマスの一幕をお届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2018年03月20日

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