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『光と影 』
鞍馬 真ka5819

 今夜は月が見えないから、自分の影も見えなくて、自身の形を見失ってしまいそう。
 雲もないのに暗い夜。真は今、病院のベッドに横たわっていた。依頼で重傷を負ったのである。
 真は全身の傷が焼けるように痛むのを感じていた。
 こんなことだから、眠ることなどできなかった。いや、時折気絶するように眠りについた。しかし傷による高熱により、見るのは悪夢ばかりだった。
 真は夢を見ていた。
 救えなかった人間の夢を見ていた。
 殺してしまった人間の夢を見ていた。
 魘され続ける深夜。寝ていても目覚めていても安寧はどこにもなかった。
 夢の中では、そのような人間の顔がぼんやり浮かんで、真のことを見ていた。
 彼らはただ見ているばかりだった。
 けれど、それは耐え難かった。
 救えなかった人間を救いたかった。
 殺してしまった人間を殺したくなかった。
 そんな思いは罪となり真にのし掛かった。
 苦しい。首を絞められているわけでもないのに、息ができない気がする。
 痛い。確かに自分は傷だらけだ。けれど、死んでしまった彼らはもっと苦しかったはずだ。
 逃げたい。駄目だ。それだけはできない。なぜなら……
 ……私は、この罪と向き合わなくてはならない
 真の土色の肌に、熱のためくすんだ青い瞳が、彼がぎりぎりにいることを示唆していた。
 どうして、彼らを救えなかったんだろう。
 ……それは、私が弱いからだ。
 どうして、彼らを殺してしまったんだろう。
 ……それは、私が弱いからだ。
 答えは変わらなかった。
 自分が弱いから、救えなかった。殺してしまった。
 真は体を起こし立ち上がった。それだけの動作なのに、息切れがする。未練がましい体は休ませろと言うようにきりきり痛む。
 真は、ついに病室を抜け出した。

 病院の廊下には、冷たい空気と、白々しい死の匂いが充満していた。
 その中を、壁を伝って真は進んでいく。体が痛いのは当たり前だ。でも、それ以上に……
 その時、真は躓いた。倒れこむ体をなんとか壁を杖がわりにして支える。足元に違和感があった。
 そこには、赤く濡れた手が真の足首を掴んでいた。
 いつの間にか、病院の床は柔い黒い沼に変貌していた。ざわざわと神経質な音を立てて波打っている。
 何事かと考えるよりも先に、赤黒い手は数を増やし、真に纏わりつく。
 よく見ると、沼の水面には人の顔があった。波打っているように見えるのは、水面に凹凸があるからで、それは全部人の顔だった。かつて真が出会い、殺し救えなかった人々の顔だった。
 口は虚ろに開き、吐息ともつかない叫びを発している。
 助けたかった。殺したくなかった。でも、現実は違う。
 彼らは死んでしまった。死なせてしまった。
 すると、不思議なことが起きた。潮が引くように彼らの顔は廊下の向こうへ消えて言ったのである。怨嗟の声も薄れていった。
 しかし、その消えて言った廊下の奥には、暗闇よりなおくらい影がぽつねんと立っていた。
 それは音もなく、真に近づいてくる。彼には顔がなかった。影がそのまま立ち上がったかのようで、その背格好は真によく似ていた。
 影は真の目の前までやってくると、にわかに腕を伸ばし、真の首を絞めはじめた。
 真も抵抗するが、どうしてもその手から逃れられない。
 きりきりと喉がしまっていく。
 真は床に膝をつき、倒れた。影は好機とばかりに、真に馬乗りになって。ますます力を込める。
 そして、真の意識が暗転した。

 はっと息を飲んで、真は目覚めた。彼は病院の廊下に倒れていた。
 どうやら、躓いた拍子に気絶して夢を見ていたらしい。
 真は歯噛みをした。そんな夢をみる自分が許せないのだ。
 真は再び立ち上がる。そして、ついに病院の外へ出た。
 誰もいない夜道を真は歩いていく。ついてくるのは、後悔だった。
 救えなかった人間がいた。
 殺してしまった人間がいた。
 彼らを、真は忘れなかった。忘れることができなかった。
 それは後悔という澱となって真の心に渦巻いていた。
 どんなときも。喜びや楽しさに心を満たした時も、底の方では常に後悔があった。
 それは、誰にも言えない傷だった。誰にも癒えない傷だった。
 自分が弱いから。
 もっと強ければ。
 そうすれば、きっと……

 真は壁にかけられた一振りの剣を手にとった。
 彼がたどり着いたのは訓練場。こんな時間であるから、真以外誰もいなかった。
 真は素振りをして、自身の体の調子を確かめ、感覚を研ぎ澄ませていく。
 素振りで、体をほぐした後は、演武へと移行する。横薙ぎの斬撃から、円を描くように斬り上げる。
 様々な喜劇があり、悲劇があった。
 そんな中をくぐり抜けて、今日もまた進まなければならない。
 しかし、一歩進む分、同じだけの後悔が纏わりつく。
 足は次第に重くなって行く。いつしか体も心も傷だらけだった。
 もし、ここで立ち止まるというのなら、これ以上傷つかないのかもしれない。
 だが、本当に、真が後悔しているというのなら……
 ……私は立ち止まることだけはしてはならない。
 ふと、真は演武を中断して、鋒を地面へとおろした。背後に気配を感じたからだ。
 だから、そちらへ振り返る。
 そこには、病院の廊下で真の首を絞めていたのっぺらぼうの影が、真と同じように剣を提げて立っていた。
 そして影は、剣を体の脇に引き付けたかと思うと、一気に真の胸に飛び込んで、彼の胸を串刺しにした。
 血は流れなかった。ああ、これもきっと夢だな、と真は思っていた。
 でも、だからこそ。この悪夢と向き合わなくてはならない。
 影は剣を深々と突き刺した後も、なおも刃を押し込もうとするように、真に体を密着させていた。その姿は、母親に抱きしめて欲しくて纏わりつく子供のようにも見えた。
 真は優しく微笑みながらその影の頭をそっと撫ででやった。
「私は、とても後悔している」
 影と自身に言い聞かせるように、真は話し始めた。
「救えなかった人間を救いたかったし、殺してしまった人間を殺したくなかった」
 もしかしたら……と真は続ける。
「その中にはとても悪い人間もいたのだろう。けれど、それでも私は、生きていて欲しかったんだ」
 優しく、優しく真は影の頭を撫でる。
「過去に起こったことを変えることはできない。だから私は苦しい。でも、だからこそ、立ち止まることだけはしてはいけないんだ」
 真は剣を持たない腕で、ぎゅっと影を抱きしめた。真の背中から、墓標のように刃が突き立った。
「私は、進む。けれど、君たちを……救えなかった、殺してしまった君たちを、決して置いていきはしない」
 その時、影の膝が崩折れた。そのまま、地面に倒れこむ刹那、真は目を醒ました。

 真は一人訓練場に立っているばかりだった。
 影を抱きしめていた感覚はどこにもない。だが、ずきり、と真は胸に痛みを覚えた。ちょうどそこは先ほど夢の中で影に刺されたところだった。そこからは血が溢れ包帯を汚していた。
 この痛みだけが夢の残り香だった。
 東の空を振り仰ぐと、地平線から黄金の光が漏れ出し、真っ暗だった夜を駆逐し始めていた。
 それに連なり、地上にあるものは、己の輪郭に合わせて影を作り出す。
 真にもまた、長い影ができていた。しかし、そこに怨嗟を聞くことも人の顔を見ることはなかった。
 暁の冷たい風に身を晒し、真はすっくと立っている。
 影とともに、立っているのだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819 / 鞍馬 真 / 男 / 22 / 闘狩人】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 影は片時もあなたを離れることはない。
 過去のように、時間のように。
 時として影は長く伸び、あなたを食らおうとするかもしれない。
 己の輪郭と、光が作り出した、もうひとりのあなたとして。
 けれど、影は影でしかないのだ。

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2018年03月22日

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