▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『待ち合わせは弓張月で』
シキaa0890hero001)&アーテル・V・ノクスaa0061hero001


 ある冬の日。
 すっかり葉を落とした街路樹の下から見上げる空は、透き通るように青かった。
「ずいぶんと、みはらしがよくなったものだね」
 夏の間は茂らせた葉で日差しを遮り、冬にはこうしてスカスカになることで暖かな光を届けてくれる。
 落葉樹とは良く出来たものだと感心しつつ、シキ(aa0890hero001)は煉瓦敷きの歩道を歩いていた。
 降り注ぐ日差しも、北風の冷たさを和らげてくれるほど力強くはない。
 吸い込んだ空気は鼻の奥をキンと鳴らして、身体の芯を冷たく冷やし続けていた。
 そろそろ、どこか暖かい場所に腰を落ち着けないと氷漬けになってしまいそうだった。
「まちあわせのばしょは、たしかこのあたりだったね」
 シキは片側に並んだ店をひとつずつ確認しながら歩を進める。
 目指す店は看板が特徴的だから、見ればすぐにわかると言われたが――

「ふむ、これだね」
 軒先から半円形の銅板が下がっている。
 その直線部分と交差するように重なった矢印の、尾羽の部分に『弓張月』の文字が読み取れた。
 同じデザインが施されたドアを開けると、軽やかなベルの音が控えめに転がる。
「いらっしゃいませ」
 間髪を入れず、奥のカウンターから声がかかった。
「おや」
 聞き覚えのある声に、シキはその出所をじっと見据える。
「やあ、しったかおだね。ひとりかね、アーテル」
「シキちゃん?」
 思いがけない出会いに、アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は一瞬だけ営業用の仮面を外した。
 シキが自分も客の一人だと思い違いをしているらしいことに気付いて、アーテルは手にしたメニューを軽く持ち上げて見せる。
「もう終わりですがバイト中ですよ」
「ふむ、アルバイトをしているのかい」
 言われてみれば、アーテルは白シャツに黒ベスト、黒のサロンエプロンを着けたウェイタースタイルだった。
「なるほど、せいふくが、よくにあっているじゃないか」
「ありがとうございます。さて、お席はどこにしましょう。今日はお一人ですか?」
「わたしは、ひとりではないのだが、ここでまつようにいわれたのだ」
「待ち合わせですか」
 それならと、アーテルは出入りの様子がよく見える窓際の席にシキを案内した。
「ご注文はお決まりですか?」
「ふむ、そうだね」
 今日は好きなものを食べていいと、小遣いをもらっている。
「ケーキをたべよう。どれがオススメかね?」
「オススメはガトーショコラです。飲み物は何に合わせても美味しいですよ」
「では、それをもらおうか。のみものは、なにかあたたかいものにしよう」
 選択を任されたウェイターが伝票に何やら書き込む間に、シキはふと思い付いたように尋ねた。
「きみ、じかんはあるかね?」
「え? ええ、そろそろ上がる時間ですし……その後は特に予定もありませんが」
 それを聞いて満足そうに頷いたシキは、向かいの席を指し示した。
「ならば、いっしょにケーキをたべようじゃないか。なに、つきあいたまえよ」
 折角ここに知った顔がいるのだ、約束の時刻まで一人でぼんやりしている手はないだろう。
「ええ、俺でよければ」
 営業用ではないスマイルを残し、アーテルはカウンターの奥へと姿を消した。

「はい、お待ちどおさま」
 私服に着替えたアーテルが、シキの目の前にケーキの皿とポットに入った紅茶を置く。
「ほう、これがガトーショコラというものか」
 ショートケーキよりもやや大きめにカットされたチョコレートケーキの上に、看板と同じ形に型抜きされた粉糖がまぶしてある。
 傍らにはスライスした大きな苺とミントの葉が添えられていた。
「紅茶はキャンディという種類ですよ」
「このなかに、あめだまでもはいっているのかね?」
「いいえ、キャンディとは地名で……そこで採れた葉を使っているのです。渋みが少なくて、チョコレートによく合うと言われていますね」
「さすがはせんもんかだね」
 ずっしりと重いひとかけらをそっと口に運ぶと、滑らかな舌触りを残してすぅっと溶けていく。
 流し込んだ紅茶はその後味と混ざり合い、甘い香りが鼻に抜けた。
「ああ、たしかにどちらもおいしいな、きみがすすめるだけのことはあるよ」
「気に入ってもらえましたか、よかった」
 コーヒーを手に向かいの席に座ったアーテルは、安心したように微笑んだ。
「きみは、それだけでいいのかい?」
「ええ、俺だけ贅沢をしては後で叱られてしまいますからね」
 アーテルは冗談だと言うように笑ってみせるが、目が笑っていない。
「ならば、みやげをもってかえればよいのではないかね。かのじょも、きっとよろこぶであろうよ」
「そうですね、たまにはそれくらいの贅沢も……いや、この程度は贅沢でも何でもないか」
「うむ、ぷちぜいたく、ていどのことだね」
 倹約も良いが、引き締めてばかりでは気が滅入る。
「ケーキひとつで傾くほど切羽詰まってもいませんしね」
「それでかたむくなら、どうやってもおさきまっくらだよ。ひらきなおって、つかってしまったほうがいいね」
「そうならないように、バイトに励んでいるわけですし?」
「ちがいない」
 くっくと喉を鳴らしながら、シキはカップに紅茶のおかわりを注ぐ。
「そういえば」
 ポットを置いて、今初めて気付いたように呟いた。
「きみと、ふたりではなすのは、はじめてのようかきがするな」
「ああ、言われてみれば……初めてですね」
 互いに顔を合わせる機会は少なくないが、大抵は能力者のほうが話の主体になる。
「あの子とシキちゃんは、よく話が弾んでいるようですが」
「かわいいものどうし、はなしもあうのだよ」
 しれっと言って、紅茶を一口。
「であって、もう2ねんがすぎたかね。かのじょも、おおきくなったものだ。わたしは、いつまでもちいさくてかわいいが」
 最後の部分はさりげなく流して、アーテルは頷いた。
「見た目もそうですが、特に中身のほうですね。あの子はここ最近本当に楽しそうで」
「きみのつくるごはんが、おいしいからじゃあないかな」
「ごはん、ですか?」
「いぜんにわけてもらったカラアゲ、とてもおいしかった」
「ありがとうございます、よかったらまた作りますよ。お弁当にでもして……そうだ、みんなでどこかに出かけてもいいかもしれませんね」
「ああ、それはいいね。あたたかくなったら、そうしよう」
 そう言いながら、シキは最後の一切れとなったケーキを名残惜しそうに口に運んだ。
「あまりわらわないこだが、おいしいものをたべると、やけにしあわせそうなかおをする――いや、これはわたしのチビスケのことだったかな」
 それとも自分のことか。
 恐らく今、自分は口の中のケーキと一緒にとろけてしまいそうな顔をしている。
 いや、誰でもそうかもしれない。
 美味しいものを食べながら仏頂面を維持できる者は、そうそういないだろう。
 と、目の前で食べたはずのケーキが復活した。
「おかわり、ありますよ」
 気を利かせたアーテルが注文してくれたのだ。
「これは、ありがたいことだね。えんりょなく、いただくとしよう」
 美味しいご飯は人を笑顔にする。
 笑顔は人を幸せにする、それを見ている周りの者さえも。
「……あの子が……幸せそうに見えているのなら良い事です。怯えた顔ばかりでないのは」
「ああそう、きみのはなしをするときも、しあわせそうなかおをするよ」
「そうですか?」
 アーテルは少し意外そうな、それでいてまんざらでもない様子で尋ねた。
「うむ、わたしには、そうみえる」
「だとしたら……嬉しいですね。あの子は大切な家族ですから」
 家族として庇護し、愛情を傾けるのは、見返りが欲しいからではない。
 それでも、自分が関わることで幸せを感じてもらえるのだとしたら、こんなに嬉しいことはないだろう。
「それがどんなカタチかは、わからないが。やさしく、あたたかいキズナがあることは、しあわせなことだよ」
 アーテルはその言葉を噛み締める。
 頭の隅に焼き付いていた、あの子の怯えた表情。
 今はその印象も次第に薄れつつある。
 それが笑顔に取って代わるのも、そう遠い先ではない気がした。
「あなた達は、最初はあなたの能力者が保護者の方だと思っていた時期がありました」
「そうかね。まあそれも、しかたがないね。わたしはちいさくてかわいいから」
「実際にはその枠に収まらないと今では思いますけどね」
「と、いうと?」
「シキちゃんも彼を大切にしていますけど、彼もシキちゃんを大切にしている。良い信頼だと思います。離れて見ている時の印象ですけど」
「では、これからはちかくでみるといい。なにかいんしょうがかわったら、おしえてくれたまえよ」
「そうですね、こうして思いがけず話す機会を得たことですし、これからはもっと――」
 ああ、そうか……と、アーテルは思う。
 これはきっと、偶然ではない。

 そろそろ、シキの待ち人がベルを鳴らす頃合いだ――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【aa0890hero001/シキ/?/外見年齢7歳/ちいさくてかわいい】
【aa0061hero001/アーテル・V・ノクス/男性/外見年齢22歳/おおきくてかわいい】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

お世話になっております、STANZAです。
お待たせしました&ご依頼ありがとうございました。

口調や設定等、齟齬がありましたらご遠慮なくリテイクをお申し付けください。

パーティノベル この商品を注文する
STANZA クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年03月23日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.